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滅びし楽園の女神 ~原初の神々・後編~ 



 古き神々の一人、眷族化能力を操りし滅んだ楽園の住人。

 異神リリスの力を引き出す、原初の神。

 女神リールラケー。


 戦場となった移動要塞に設置された異次元実験室。

 全てを裏で操っていた下卑た女の手は――今。

 異界神話に詳しい私を誘惑し、眷族化させようと、蛇の交尾を彷彿とさせる仕草で妖しく蠢いていた。


 こう。

 なんつーか、ぐねんぐねーんと。

 髑髏の宝玉を指先で撫で、妖しく手を翳してくるのだが――。


 私、猫だし。

 大魔帝ケトスだし。

 こういうの、効かないんだよね。


 はん……とヒゲをピンピンさせて、猫鼻で笑ってしまうのである。

 そんなわけで!

 いつものように、ぶにゃんとレジストしようとした。

 その直前。


 声を上げたのは――私の連れ。


「原初の神じゃと! 失われた神話大系じゃと? そんな話、聞いたこともないぞ! のう、のう! 気になるではないか! そなたは詳しく知っておるのじゃろう! わらわだけ置いてけぼりは、ズルいのじゃ!」


 誘う女の濡れた仕草を遮った、甲高い声の幼女。

 幼女シャーマン・コプティヌスくんの必殺、空気を読まぬ連続攻撃!


 私も得意とする、必殺技であるが――おそらくこれは、違う。

 今回のこれに限っては……わざとだ。

 魔術師としての彼女の計算でもあるのだろう。


 実際。

 魅了などのセンシティブな部分を扱う能力って、こういう空気や雰囲気をぶっこわす横槍に弱いのだ。

 背まで伸びた長い髪をブンブンブン。


「教えてくれてもいいじゃろう! なあなあ!」


 陽気に問う幼女、そのぷっくら褐色の肌に薄らと浮かぶのは、脂汗。

 握る呪符からは、私を守ろうとする結界陣の波動が広がっている。

 今のうちに、逃げろという事だろう。


 相手の強大さを、肌で感じ取っているようだ。

 ネコちゃんを守ろうとする、その心意気も良し!


 こりゃ、この歳でここまでの戦闘センスは将来が楽しみである。

 それにしても。

 モフモフ猫耳と尻尾をピョコピョコさせた私は、蛇を纏う女神リールラケーをチラリ。


 ぷぷぷー!

 幼女に遮られて、渾身の妖艶なポーズもタイミングもずれてやんの!

 伸ばす指先の置き所に困って、わきわきしてる!

 ぶにゃはははははは!


 さて。

 姿かたちだけ美しいオバちゃんを完全にスルーして。

 この娘を、避難させるべきだろう。

 オバちゃんに眷族化されたりなんかしちゃったら、可哀そうだもんね。


『んー、説明すると長くなっちゃうから割愛するけど』


 私はわざと幼女の方を優先し――にゃはり!

 ネコちゃんウインクで足元に視線を誘導してやる。

 そこに広がるのは、並々ならぬ大魔帝の魔力。


『彼女が言っているのは――こことは違う法則に支配された、異界での創世神話の事さ。こちらにはほとんどその情報を記した魔導書グリモワールは流れてこないからね――存在自体が秘匿……というか認知されていないのさ。知らなくても無理はない』


 転移魔法陣を展開しながら、ロックウェル卿と既に合流しているだろうホワイトハウルにメッセージを魔術送信。

 これから幼女を送るから、保護しておくれ――っと。


 まあ世話好きそうなレイヴァンお兄さんもいるから、大丈夫だろう。


『まあ――どうやらこの女は、あの神々とは違う存在のようだ。異界で創世神話として名を残す神とは直接に関係はない、あくまでも類似した神性を取得した者。力だけを模倣した、コピーキャットな存在に過ぎないんだろうね』


 楽園とは、異世界の神話や逸話、それら全ての力が内包された混沌とした世界なのだろうか。

 逸話や伝承が力となるのなら、知識量が力と直結する世界ともなる。


 分からないが――。

 様々な仮説は浮かぶ。


 魔術を作り出した魔王様――転生者であるあの方が持つ神話の知識。その知識の奔流が、魔術が生まれたその瞬間に力となって膨れ上がり……楽園の中で飛び散り広まったとか。

 そういう感じなんだろうか。


 魔術という強大な力が生まれた時に、楽園と呼ばれた世界にビッグバンや超新星爆発のような魔術エネルギーが発生した――という可能性は、あながち不自然ではない話なのだ。

 あくまでも魔術師としての考え方なので、ぜんぜん違うかもしれないけれどニャ!


 ともあれ。

 予想することしかできないので、この辺は魔王様がお目覚めになった時にゆっくりと聞けばいいだけの話。

 私も魔王様も既に、永遠の時の中を生き続ける存在となっているだろう。


 時間はいくらでもあるのだから。

 そう。

 だからこそ、悠久の時の流れに湧いたウジ虫は排除するべきなのだ。


 ぼふぼふっと、憎悪の魔力が滲んで。

 私の瞳は紅く染まっていく。


『さて、コプティヌスくん。これから私はちょっと本気を出す。巻き込まれないように――先に街へ戻ってグルメを味わって待っていておくれ。今、向こうは宴会中だからね』

「じゃが……! この者の魔力は本当に危険で……」


 言葉を受け止めるように、肉球で頭を撫でてやる。

 ネコちゃんスマイルもセットなのだ。


『君は十分頑張った。後は大人に任せなさい。そりゃまあ、かわいいニャンコを君が心配してしまうのも無理はないが――こう見えても私、五百歳以上の成猫だからね。ここはちゃーんと、先輩魔術師としての威厳を見せないと魔王様に怒られてしまう』


 モフモフな頬毛を膨らませて、ドヤってやる。

 こんな私でも、どうも子供には甘くなってしまうようだ。


「本当に、大丈夫なんじゃな?」

『くはははは! 我を誰と心得る! 天下の大魔帝、殺戮の魔猫ケトスなるぞ! なーんてね』


 大丈夫だから安心しておくれと、ネコちゃんモードでスリスリスリ。


「この妾をもってして足手纏いとはのう。まったく、並ぶ者がおらぬと謳われた妾を子ども扱いとは、に大魔帝とは恐ろしくも頼もしき存在よ」

『君が弱いんじゃない。私が強すぎるのさ』


 隙あらば自画自賛!

 まあ、事実だから仕方ないよね~♪


 にゃはははは! と猫笑いする私を見て。


「分かった。妾は子どもであるが、愚かではない。実力の差も――見えておるのじゃ。僅か程も本気を出していないそなたの、黒き尻尾の先を見る事が精一杯。けれど、少し寂しいぞ。おぬしの本来の姿、憎悪滾らす闇の獣たる本性と姿を見せてはくれぬのじゃな」


 実力の差が見えている。

 その時点で逸脱者。幼き身である彼女が、並の天秤では測れぬ本物の実力者だという証拠なのだが。

 まあ、それを口にしても慰めにはならないか。


『全てを見せる事を躊躇していることは否定しないけれどね。もっとも、君を先に帰したい一番の理由は別さ。子どもに――人間の形をした女を惨殺する場面を見せたくないんだよ。大人としての義務感だね。君が気にならなくても、私が気になってしまう。これでも紳士な魔猫を自称しているのさ』

「蟲人はさんざん駆逐したがのう」


 そういやそうだった。

 なので私は、キリっとシリアスにゃんこな貌でそれっぽい事を言う事にした。


『アレはもう人じゃなかった、人間の頃からね――。私には、他者を電池とするような人間が人間を名乗る資格などないと、そう思っているよ』

「おぬし、それいまテキトーに考えたであろう……」


 んーむ、けっこう鋭いな。

 まあ、ここまで勘が鋭いなら――私が本当に、この先を見せたくないのだとも悟った事だろう。

 分かった、と。

 幼女は頷き、大人びた顔で微笑する。


「それではのう、本当に迷惑を掛けぬうちに妾は退散しよう。ガイランの街で待っておるから、ちゃんと帰ってくるのだぞ。妾はこれでも大食いじゃ、早く帰ってこんとそなたの分まで食べてしまうでな!」


 言って、幼女は転移魔法陣に素直にちょこん。

 私が操作する前に――自らの魔力で転移陣を発動させてみせる。

 悪戯そうな顔で、にこりと振り向いて。


「そちに出逢えて、本当に良かった。もし妾が大人になったら、なれたのなら……そちのパートナーとなってやっても良いぞ! なーんてな、なははははは!」


 明るい冗談と共に、幼女シャーマン・コプティヌスくんの姿が消えていく。

 その魔力操作は完璧で。

 まったく、こんな子どもが強さの基準になってしまうようなら魔族も大変だと思いつつ。


 私はザッザッと転移陣に魔力砂をかけて、封印。

 この室内の退路を断つ。

 そんな私を見て、女神リールラケーはじっとりとした視線を向けながら、甘ったるい声を上げる。


「ふぅん、優しいのね。大魔帝ケトス。伝承されている話と随分違うじゃない」

『伝承すべてが正しく受け継がれるとしたら、それはきっと誰かの手が介入していることを疑った方がいい』


 それっぽいがそんなに意味のない事を言って。

 私は猫目石の魔杖を取り出し、ドヤ。


『待っていてくれてありがとうと、言っておくべきかな?』

「そういうのは結構よ。だってあなた、あのタイミングで襲い掛かったら――全てを一瞬で破壊するつもりだったのでしょう?」


 未来視の能力か。

 ようするに、襲わなかったのではなく襲えなかったようである。


「茶番はもういいわよね? どうやらガイランの街はまだ残っているようだけれど。まあ、いいわ。どうせ時間の問題よね。だって――あたしの能力からは誰も逃れられない。瞳が合って、心を繋いでしまえばそれでおしまい。矜持もプライドも心さえも――全てが泡沫の中に消えていくわ」

『大した自信だね――君、自分より強い相手と戦った事、ないんだろう?』


 否定することなく、身体に巻き付けた図太い蛇神をくねらせ女は瞳を細める。


「当たり前でしょう? だって、どれほどに強い相手であっても、あたしの眷属となってしまう。戦う必要なんて、そもそもないんですもの。完璧なる強制眷族化――これほど強力な能力って、なかなかにない筈よ。だって、相手の強さなんて一切関係ないんですもの」


 闇の中。

 黒猫の口元が、ぎしりと揺らぐ。


『なるほど。それ故に、九重の魔法陣しか展開できない程度の女がその余裕か。だが――違えるなよ、古き神よ。搦め手を権能とし得手とするのは、何も貴様に限った話ではあるまい? 魔王様の猫魔獣たる我に、本気で敵うと思っているのなら――原初の神とはさぞや滑稽な生き物なのであろうな』


 今回の事件の始まり。

 レイヴァンお兄さんが私を連れて行こうとした、あの襲撃を思い出して欲しい。

 魔兄レイヴァンは、実力や魔力では劣っている魔狐、色欲の魔性であるフォックスエイルによる魅了が因となり敗れたのだ。


 そう。

 他者を強制的に眷族化する能力は非常に強力。

 相手が強ければ強いほど、その真価を発揮する。


 だから、この女。

 リールラケーは余裕綽々でいられるのだ。

 おそらく、今動くことのできる神クラスの中で最も強き存在である私を見つけて――勝利を確信しているのだろう。


「さて、御遊びは終わりよ。異神リリスの力を持つあたしには、誰も敵わない。失われた異界神話を辿り、楽園を取り戻す者として――宣言するわ。今宵、あたしは楽園の女王として君臨する。大魔帝ケトス! あの男の使い魔よ! 楽園再建のための栄えある貢献者にしてあげるわ!」


 蛇の眼を見開き、ぎろり!

 ぎしりと口角をつり上げ、言って。

 女は細く白雪のように艶やかな腕を伸ばす。


『よっ――と』


 私は本気の魔性モードから、からかいのネコちゃんモードに戻り。

 ぷぷぷー!

 猫口を肉球で覆い、わざとらしい猫笑い。


『それ、さっきキャンセルされたよ? またやるつもりなの?』

「うるさいわね! 何度も引き延ばさないで頂戴! もう、いいからとっととあたしのモノになりなさい!」


 あ、キレた。


 肌に這う眷族を妖しく蠢かし。

 リールラケーは唇を光らせて、舌でペロリ。


「始原――解放! 甘き果実への誘惑(原罪へのいざない)! これで、もう――あなたはあたしの眷属。最強の駒となり、働きなさい」


 私の視界に、巨大なアップルパイが飛び込んでくる。

 これ。

 誘惑の象徴なのか……。


 たぶん、相手に合わせた幻影が脳を過るのだろうが――。

 とーぜん、レジストである。


 勝ち誇ったオバちゃんと蛇が、あはははははは、と月並みな哄笑を浮かべている。


「新しい主人を得た感想はどうかしら? 喜びなさい、命じてあげるわ。さあ、手始めに――まずはあの生意気なガキを始末なさい。今追えば、すぐに取ってこられるでしょう? 首を持っておいで」

『首、ねえ――』


 言って、私は女の首を薙ぐように、猫の手をスゥっと横に払う。

 キィィィィン!

 それだけで空間が切断され――勝ち誇る女神がいた空間が、湾曲。


 ズガズガズドドドーン――ッ!


 魔力爆発となって、実験室の設備を吹き飛ばしていく。


『おや、避けたのか。嬲り殺すつもりで手加減していたとはいえ、やるじゃないか』

「な……っ! バカな! どうして!?」


 まともに顔色を変えて、女が喉の奥を晒すほどの奇声を上げる。

 対する私は悠然と、斜に構えてネコ髯をピピンのピン。


『知らなかったのかい? ラストダンジョンの中ボスに状態異常は効かないモノなのさ』

「なにを意味の分からぬことを! ええーい! まあ良い、もう一度あたしの虜にしてあげるわ!」


 余裕の失った声で叫び、女は髑髏の宝玉をギラギラと照りつかせるが。

 んー。

 どーしよ。

 もう、このパターンは色欲の魔性であるフォックスエイルでやっちゃったんだけどなあ……。


 くわぁぁぁっとわざとらしく欠伸をして見せて、首筋を後ろ足でカカカカと掻いてやる。

 むろん、ただの挑発である。


『おばさんはしつこいねえ。そういうの、嫌われるよ?』

「完全耐性!? そんなバカな! あたしの眷属化は耐性も貫通する原初の力。防ぐことなんてできるはずがないのよ!」


 おー、焦ってる焦ってる。


『あのさあ、悪いんだけど。耐性を貫通したところで、レベル差とかそもそも精神力の高さの差とかあるんだから。そういうの、ちゃんと計算に入れているのかい? してないだろう? 私にはもう魔王様っていう偉大なる御方がいる、あの方のみが主。ご主人様なんだ。君みたいなどこのラバだかライガーだか知らないけど、中途半端な女神に魅了されるわけないだろう? まあ、君に魅了されるくらいなら、海岸でのたうっているナマコやタコに恋い焦がれる方がまだマシってもんさ』


 ネコちゃん、必殺の鼻で笑う攻撃である!


 ついでに十重の魔法陣で、にゃははのは!

 実際にナマコとタコを召喚してやって、セクシーなポーズを取らせて踊らせるオマケつきである。

 むろん。

 ただの嫌がらせな召喚宴会芸魔術である。


 宴会用魔術なのだが、それに興味を示したのは彼女の肌に這う図太い蛇神。

 くわぁっと瞳を開いて、首を左右に振りながら舞い踊りを眺めている。


『おや、興味があるのかい?』


 囁くように尋ねる私に、蛇神はコクコクコクと頷き返す。

 タコとナマコの舞い踊りを見て。

 横で拍手するように頭を揺らす蛇神くん――その瞳は、既に紅く染まり始めていた。


『ここが海底ならタイやヒラメも一緒に召喚するんだけど、今回は陸上だからね。それじゃあ、綺麗な舞をありがとうね! また今度呼ぶから~!』


 芸を披露し、お辞儀をしながら去っていくナマコとタコさん。

 ほんわか蛇さんと黒猫の前で――眷族化をレジストされて焦った原初の女神リールラケーさんが、ズザっと後退し始める。


 どうやら――。

 まだこの女は気付いていないようである。


「っく、なにをやっているのよ! 逃げるわよ――っ、きゃ! な、なによこれ!? く、空間が!」


 ギィィィン……。

 闇の障壁に阻まれ、その身は無防備に床に落ちる。


『結界にすら気が付かないなんて、本当に君。戦いができないんだね』

「こんな結界……、あたしの手に掛かれば!」


 言って、大蛇たちを纏わす無数の九重の魔法陣を展開するが――全てが微かな稲光を放つだけで、何の効果も発動しない。

 蛇たちが、既に誰の眷属となっているのか。

 この女は気付いていないのだろう。


「どうして? どうして魔術が発動しないのよ!?」

『さあ、どうしてだろうね』


 紫色の実験室の中で、黒猫の影がぼんやりと膨れ上がっていく。


「っ……く、開け次元の扉!」


 私も知らぬ魔術文字を空に刻み叫ぶが――。

 声だけ響いて、何の効果も発生しない。


「なんで! なんで、なんでよおぉぉおおおおおおお!」


 妨害されているとは察したのか、人間の魔術である火炎弾を連打し――私に向かって紅蓮の業火を放ち続ける。


『おー、ぬくいぬくい♪ ごめんねえ、私、火炎系の攻撃って全然効かないんだよね』


 ぶにゃははははは!

 と、コミカルに笑う私とは対照的に――女の心臓の鼓動は、魔力となって周囲を揺らし始めていた。


 ドクドクドク!

 ドクンドクドクドク!


『さて、次はどんな芸をみせてくれるんだい、お嬢ちゃん』


 声は明るい。

 雰囲気もただジャレているように見える。

 けれど――。


 ドクンドクン!


 憎悪の魔性たる魔猫の瞳は、ただ無慈悲に女の顔を凝視し続けている。

 女も察したのだろう。

 惨たらしく殺されることは避けられない――と。



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― 新着の感想 ―
[良い点] あーあ!やっぱりこうなったか。 [一言] うん、格の違いを見せつけたから後はプチっとやつけるだけですね! 頑張ってくださいねケトス様!
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