移動要塞ゴエティア編 ~潜入、死と破壊の神その5~
並みいる敵をニャッハニャッハとぶちのめし、幼女を引き連れ我は行く!
大魔帝ケトス。
縦横無尽の大暴れである!
もはや私が大暴れした影響で、この移動要塞の機能は崩壊。
直すことは完全に不可能となっているだろうが――私はこれでいいと思っていた。
他人の魔力を無理やり電池として、動かす施設など外道が過ぎる。
そもそもだ。
これが何らかの事情で生活できない人のために作られた、魔力を供給する代わりに暮らすことができるホテル、だったのならギブアンドテイクな施設なのだが。
そういうのじゃないからね。
無理やり連れてきただけだからね。
破壊しても問題なし!
むしろ、こんな施設を次に作ったら大魔帝ケトスが感知して、お怒りニャンコモードで降臨すると伝説を残してやらんといかんのニャ!
ビシ!
と、ちょっと大人びた顔でイケにゃんポーズをする素敵ニャンコな私。
かわいいね?
ともあれ。
あの後も、私と幼女巫女コプティヌスくんは移動要塞を占拠する蟲人ローカスターを殲滅して回り。
残りの区画も極わずか。
ダンジョン化されたゴエティア全体の魔導地図を投射しながら、共に戦う戦士でもあるチンチクリン幼女に私は問う。
『さて――どうやらここが最後のようだけど。ここは、どんな施設何だい?』
重厚な扉で封印された、魔術的結界を内包した大きい空間である。
なんらかの情報遮断魔術が掛けられているのか、中の様子が見えないのはちょっと気になる。
それなりに強い敵が待ち構えている――ということだろう。
「礼拝堂じゃ。以前まではこの地をお救いくださる救世主、永遠なる死の皇子を祀っておったのじゃが――ある日を境に、別の神を祀り初めてのう」
と、私の取り出した、でっかいまん丸ペロペロキャンディーを味わいながらコプティヌス君。
別の神、か。
例の本部の連中に語り掛けてきた謎の存在だろう。
『まあ、十中八九、そいつが今回の事件の黒幕だろうね。で、どんな神なんだい。まあ神以外の存在かもしれないけど、相手の傾向が分かれば対策もしやすい』
「それが、妾にも分からんのじゃ」
シリアスな場面になったからだろう。
保存亜空間にキャンディーをしまい、考え込むようにコプティヌスくんは口元にぷっくらした指をあて。
「おそらくは夢魔サキュバスや吸血鬼ヴァンパイアレディのような、他者を操る事に特化した存在じゃとは思うのじゃがな。なにしろ妾が気付いた時には既に時は遅く、上層部の大半は志を捨て心変わりをしておった。今思えば――」
言葉を止めて、考え込む幼女。
『何らかの洗脳を受けていたと?』
「さあのぅ。だが、推測に過ぎぬが……魔術的な洗脳ではないじゃろうと妾は考えておる。魔術による完全な洗脳であれば――魔術師に類する妾にも感知できる。自らの力を過信するつもりはないが……事前に察知し、防ぐこともできたと思うのじゃ。しかし、できなかった――魔術により曇ってしまった心ならば晴らすこともできたのじゃろうがな――結果は全てが後手に回り、妾は追放された。ほんに、悔しい事じゃが……」
過去の苦さを噛み締めるような顔で、しかし前を見ながら彼女は続ける。
「魅了といった欲望を掴むあやかしの術であったのなら、解呪もできる。じゃが、あれはもっと別の……何かじゃ。単純に、妾程度の感知能力では届かぬ先の存在――未開領域の神という可能性もあるがの。なんにしろ、妾には今回の件――悪意ある宣教師や扇動者のような愉快犯、魔術を用いない邪なる存在の介入を感じておる」
つまり。
今回の件の黒幕は、あくまでも話術や思い込みなどを利用して人間にきっかけを与えただけに過ぎず――。
一連の蟲人への進化や、移動要塞に囚われていた民間人への扱いは……ここの歪んだ人間、本来の思考に過ぎない、ということなのだろうか。
中に待ち構える何かを睨みながら、私は言う。
『なるほど、確かに――魔術による洗脳であったのなら、私も蟲人と出逢った時にその兆候を感じ取れたはずか。それを避けるために言葉巧みに騙したのなら、敵はそれなりには賢く――性根の腐ったどうしようもないヤツだろうね』
「しかし、分からぬ」
戦いの準備をしているのだろう。
魔導書や呪符を浮かべながら、コプティヌスくんは戦士の顔で言う。
「良識ある筈の大人たちが、そのような甘言に耳を傾けてしまうモノなのかのぅ。分別のある成人ならば、悪意ある言葉など見分けがつくだろうに――妾には、よく分からん」
純粋な子どもゆえの、疑問……か。
私は猫の眉間を苦笑させ、告げた。
『人間は時に残酷になれる生き物だ。けれどそれを認めたがらない傾向にある。そこに隙があるのさ。騙されないと思っている大人ほど、子どもよりも頑固で……案外に騙されやすいモノなのかもしれないね。人間とは、大人とは君が思っているように完璧な存在なんかじゃない――そう、強い存在ではないのさ。もし、神から認められたという大義名分さえあれば――他者を容易く虐げる生き物であると……私は知っているからね』
例えばの話だが。
神を名乗った黒幕が、邪悪なる存在であることを隠しお偉いさんに近づき――正しき行いなのだと説き伏せ外道を正当化。
何か一つ、軽い悪に手を染めさせる。
一つの悪をさせてしまえばもう簡単だ。
その悪を正義とするため、人間は行動する。
あの小さな悪は正しい行いだったのだ! と、肯定するため、また別の悪に手を染めるのだ。後はもう崖から崩れ落ちていくだけ。
為した悪を正義と説く黒幕を妄信し、神と崇め続ける事だろう。
たった一つの過ちで人は変わってしまう。
悪意持つ何者かが介入するだけで、普通に生きていた善良な人であっても……時に道を踏み外してしまうのである。
それが心持つ人間の弱さでもあるのだろうが。
……別に、私がそういった詐欺師みたいな手段をとっていたわけじゃないよ?
まあ、この神様商法は昔からよくある手なのだ。
「ふーむ、そういうもんかのう。妾にはよくわからんのじゃ」
今回の事件がそうだと決まったわけではないが。
人間のそういった負の部分にはこれ以上、敢えて触れず。
私は肉球を顎にあてる。
『まあ、過程はどうあれ――為してしまった事への罰はきちんと受けて貰おう。今回の事件は少々腹立たしいからね、黒幕にも、黒幕の甘言に負けてしまった連中にも、滅んでもらう。私の手によってね。ただ、私だけでは少し手が足りないかもしれない――なにしろ蟲人の数が多いからね』
と、私は猫のヒゲをぶにゃんとさせて幼女を見る。
にゃほんと咳ばらいをし。
『だから、君の力を貸してくれないかな』
そう言って、私は肉球をさし出す。
それが慰めでもあったのだと理解したのか、コプティヌスくんは肉球を握って――すまぬ……と静かに呟いた。
誓いの握手の後。
彼女はふと、過去を眺めるような瞳で口を開いた。
「妾は――どうしておったら、このような悲劇を回避することができたのじゃろうか」
子供じみた仕草でぎゅっと唇を噛んで、けれど瞳は既に大人のような責任感に満ちた目で。
幼き祭司長は自らの無力を噛み締め、拳を握る。
「いや、どうにかできたかも知れぬと考えること自体が、甚だ図々しい思い違いなのやもしれぬな――。どう大人ぶったところで、妾は小さな羽虫の如き存在。ただほんの少し魔力が人より優れているだけの小娘。身寄りなき使いやすき、道具に過ぎぬ存在だったのじゃろうて……」
自らを道具と呼び。
それでも弱き者のために、この要塞に侵入し治療を行っていた――この者。
コプティヌスの貌は既に立派な魔術師であった。
「まあ、道具には道具なりの矜持がある、仕返しも果たさなければ気が治まらん。悔いてばかりいても仕方なく、後ろばかり見る事も詮無き事じゃろうな」
寂しい笑顔でそう言って、しかし元より性格が前向きなのか。
ぬふふふと幼女の笑みを浮かべ彼女は言う。
「つまり! 妾は最後のこの砦を撃ち滅ぼし、このモヤモヤを打ち払う! ようやっと強力な後ろ盾を手に入れ動けるようになったのじゃ、いままで味わった辛酸を倍にして返してくれる! そして、妾はこの地よりも解放され――明日を目指して生きてやるのじゃ!」
ビシっと幼女のドヤポーズ!
『嫌いじゃないよ、そういう明るさは――まあ少し、黒くなってしまった私にとっては眩しいけれどね』
「なーっはっはは! 良いぞ、良い! 妾をもっと褒め称えよ!」
傷ついても尚、その心は美しい。
無垢で無辜なるその魂が――眩しくて堪らない。
これも……人間の輝きか。
心の美しさが――かつて人間だった頃の私をザワつかせる。
ああ、妬ましい。
その輝きこそが――我が失ってしまった光。
ゆったりと瞳を閉じて――私は呼吸をする。
人間の中にもまだ、このような輝きは存在するのだ。
やはり。
安易に滅ぼすべきではないのだろうと、今の私はそう思っていた。
まあ!
滅ぼしていい類の人間はめちゃくちゃに滅ぼすんですけどね!
『じゃあ、攻め込む前に君に魔力を供給しよう。準備はいいかい?』
「おー! 良いぞ! 妾に力を授けてくりゃれ!」
魔力供給を受けた後の大暴れは、魔術師にとっては至福の時。
本来以上の魔術を行使する感覚は甘い蜂蜜シロップのようなモノで、あの甘さを思い出したのだろう。
ウッキウキな顔をして幼女コプティヌスはコクリと頷く。
彼女の額に肉球をペチペチ、魔力を送りながら私は言う。
『にゃふふふふ、私をここまでイラっとさせた相手は、久々だからね。首を洗って待っているといい――ぶっ潰してやるのニャ!』
「おー! 凄い魔力じゃな……いや、ちょ……っと、す、すごすぎるというか。まてーい! すこしは遠慮をせよ! これは人の身にはちと苛烈すぎるぞ!」
プニプニ肉球を握って、ぜぇぜぇ……。
『あー、ごめんごめん! いやあ、つい攻撃モードになっていたから、人間の魔力容量ってどれくらいかよく分からないんだよね』
「おぬしのぅ……加減というモノを知らんのか? 妾だったから良かったが……並の人間じゃったら破裂しておったぞ?」
たしかに、そうなっていたかもしれない。
だが。
『まあ、そうなったらそうなったで蘇生させるから大丈夫だよ?』
首をこてんと横に倒し言う私。
えぇ……と頬をヒクつかせる幼女。
『あれ?なんか変な事、言っちゃったかな。ご、ごめんねえ。どうも、真実の姿である猫モードだとデリカシー的な部分が猫基準になってしまうのか、人間のむつかしい心の機微とかが掴みにくいんだよね』
「やはり精霊たちより伝わってくるおぬしの噂は、本当だったんじゃのう……」
呆れかえったように言って。
けれど、ちょっと蹲り。
『だ、大丈夫かい?』
「いや、すまぬ――体調的には問題ないし。戦闘も問題ないのじゃが……っ」
コプティヌスくんはなにやらお腹を抱えて震えていた。
そして――。
「ぷぷ、ぷぷぷははははは! 駄目じゃ! おぬし、この妾を前にしても動じぬどころか、妾を逆に困らせるとはな! さすがは大魔帝、本物の傑物よ! 愉快、実に愉快じゃ! このような気持ち、ほんに久々じゃ!」
幼女、大爆笑である。
人を指さして、ははははははと大笑い。
『そんなにおかしいかい?』
「いやあ、すまぬ……っ! 妾はこれでも本当に祭り上げられておってのう。こうやって、対等以上な存在と話をする機会がなかったのじゃ。だから――とても嬉しい。そう……本当に、嬉しいのじゃ」
モフモフな猫ボディを抱き寄せて。
幼女はありがとう……と、擦れた声で漏らして鼻をずずっと啜る。
やはり。
どれほど強くても。どれほど大人びていても――子どもなのだろう。
その心は、純粋故に儚く美しい。
まだ穢れを知らぬ。いや人間の穢れを知っても尚、汚れずにいられる魂……か。
鼻水で汚れてしまったモフ毛を我慢する私、超えらいね?
ちょっとの間。泣いて。
ビシっと復活したコプティヌスくんは魔力をメラメラと燃やし――ドヤ!
「よーし! 妾もこれほどの魔力補給を受けたのじゃ、積年の恨みを晴らしてやる絶好のチャーンス! どーんと暴れてやるかのう!」
そして。
満ちる魔力でギラギラと瞳を紅くし。
魔力酔い状態になって、周囲を赤き魔力波動で輝かせる。
トランス。
シャーマンや巫女などの、神の依り代にもなれる職業が神からの力を強く譲り受けた時になる、一種の強化状態である。
まあ単純に、基礎能力が大きく向上した状態と思って貰えばいいかな。反射神経なども魔獣並みに強化されるので、回避行動の際にもその恩恵を受けることが出来るのもグッド。
あー、私も邪神だから……。
相手がシャーマンとかだとこういう変化もあるのか。
「来たぞ、来たぞ! さあ、来たのじゃ! これぞ妾の真髄じゃ!」
褐色の肌に浮かび上がる魔力の雫。
魔力波動によって靡く長い黒髪は、妖艶な女性であったのなら神秘的なのだろうが。
幼女だからなあ……。
扇風機の前で、髪をバサバサーっとさせているようにしか見えない。
ちょっと笑えるかも。
ぶにゃぁぁぁっとゴロンゴロン。
ジャレたくなってしまうが、我慢我慢。
「なにを半笑いをしておる! 準備万端、チャンスは一朝一夕! 今こそ妾の猛進撃じゃ!」
『そうだね、じゃあ――ここを攻略したらここでの物語も終了か。大暴れ、してやろうじゃないか』
両者。
やる気は満々なようで。
まんまるおめめを、二人でギンギラギンに尖らせニヤリ!
暴れまくるつもりで、魔力を放ってズザザザザ!
『蹂躙じゃぁぁああああああああぁぁぁぁ!』
「行くのじゃ――!」
言って、私達は重き扉を開いた。




