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移動要塞ゴエティア編 ~猫は滅びの夢を見る・前編~



 まるでギンギラギン状態な、猫目のように膨らんだ満月の夜。

 モフ毛さえ冷える夜空に凍える風が吹く。

 

 ようやく発見した移動要塞ゴエティアは、やはり敵に乗っ取られていて。

 その城壁には人間を盾にした、枯れ木のようなスレンダーマン達。


 古き神々の手を借り進化した飛蝗――蟲人ローカスター。


 ギシギシと蟲の翅を鳴らす蟲人達の魔力は低いが、量が異常。

 無数に灯っていく光は――紅い瞳か。

 城塞の窓に花開くように、次々と赤い点が広がっていく。


 要塞を占拠した万を超えるローカスター達が、異形なる敵である我等をジロリと睨んでいるのだろう。

 これはそう。

 まるで森の中から眺める都会の灯りだと、大魔帝ケトスこと転生者である私はそう感じていた。


 もし私が、転生前の世界でも野良猫であったのなら――暗闇の森の中から人間達の街を眺めてこう思ったのだろう。

 気持ち悪いと。


 彼等はかつて地を這い、空を駆けていた時代の――蟲としての矜持を捨てたのか。人質を使い時間を稼ぐ。

 なんていう、古典的な手を使っていたのだ。


 それはとてもつまらなくて。

 くだらない事だと私は冷めた瞳を細める。


 捕虜となっているのは鎖に繋がれた、顔色の悪い人間達。

 怯え固まるその首筋に鋭い前脚をギシシとかけて――蟲人はこちらをギヒィと見て嗤う。

 これ以上近づいたら、一人ずつ殺す。


 そう言っているようだ。


『こりゃ――予想通り過ぎて、なんか拍子抜けだね。興が冷めたよ』


 あまりといえばあまりな、お約束な外道戦術。

 つまらないよ。

 ほんとうに、つまらない。

 モフ毛をぶわっと膨らませた私は、呆れの吐息と魔力を漏らしはじめていた。


『――これじゃあまるで、本物の人間みたいじゃないか』

「蟲のままなら人質は取らない――魔族も厳しい掟で禁じられている。人質なんて取る種族はこの世界でただ一つ、人間しかいない、か。おまえさんもなかなかの皮肉屋だな」


 キシシシと嗤い――。

 魔王様の兄、レイヴァンお兄さんはタバコの煙で結界を張りながら、蟲人で溢れかえる移動要塞を眺め、瞳を細める。


「で、どうするつもりだ魔王軍最高幹部殿」

『どうするって、何がだい?』


「救ってやるかという事さ――こう言っちゃなんだが、こりゃ依頼料に見合った仕事じゃねえだろ」


 人間に対してさして情を覚えていないのだろう。

 魔族としての男の皮肉が、ゆったりと私のモフ耳を揺らす。


『確かに。本来これは魔王軍最高幹部の仕事ではないだろう。魔族が人間にここまで肩入れしてやる必要もない。けれど、いいかい? 私は仕事を引き受けて、契約もした。彼らが裏切らない限りは――私も裏切りたくないんだ。分かってくれるかな?』


 私とは意見が違うのか、魔兄レイヴァンは紅き瞳を闇夜にギラつかせ唇を蠢かす。


「襲われているのは人間の地。囚われているのも人間。あのムシどもは魔族を襲わない。これは――人間たちが対処するべき事態だろう。お人好しの魔王だって、ここまではしてやらねえだろうさ」


 魔王様と比較されて、確かにそれはそうかもしれないとの考えも浮かぶ。

 追撃するように、魔兄は言う。


「だいたいだ――人間どもはいつまでアイツの影に縋る。アレから魔術を受け取り、力を得て――奴らは驕り高ぶった。言いたいことは山ほどある。正直言うとな、嫌いなんだよ人間って奴がな。けれど今、言いたいことは単純だ。奴らは――感謝を忘れ、恩人であるはずの弟を深き眠りにつかせた。それは裏切りと言えるんじゃねえか? そろそろ奴らは奴ら自身で、自らの力で問題を解決するべきだ。もう魔王の手に助けられていた時代は終わった。それがけじめってもんだろう」


 それはこの飄々とした男の本音でもあったのだろう。

 この男は――人間である勇者のせいで、弟が眠りについている今が、気に入らないのだ。

 なんだかんだ言っても、やはり……魔王様の事が大切なのだろう。


 それは私も、同感だ。そしてそれは嬉しい感情だ。

 きっと魔王様も、魔王様のために憤っているお兄さんの反応を喜ぶだろう。


『そうだね。まあ言いたいことも分かるよ』


 魔術を授けたという話が本当なら――魔王様は自ら与えた魔術により、今、永い眠りについておられるのだから。


『しかし。それとこれとは、話が別だ。魔王様は世界救済の奴隷と化した勇者に同情し、自らの意志でこの未来を選んだのだから。私ごとき使い魔の一匹が口を挟む領分ではない。我は唯――あの方の願うまま、お望みになられていると思われる行動を選択する。それがあの方に拾われ世界の明るさをほんの僅かに取り戻した――私の矜持さ』


 悠然とした笑みを浮かべ、更に私は告げた。


『それに、君は言ったね。自らの力で問題を解決するべき――と。いいかい、それは私も同感だ。けれど、よく考えてみて欲しい。強者である私を満足させる報酬。それを用意できるのもまた、人間の力でもあるのさ――自分の手に負えないからできる者を雇う。他人の手に任せる事は必ずしも無力じゃない、それもまた答えで力だと――私はそう判断している。そうは思わないかい? お兄さん』


 必殺、それっぽい言葉攻撃である。


「グルメが力ってか? 笑わせるなよ、ただの食い物じゃねえか」


 ムカ!

 たかが食べ物、されど食べ物。

 小食なお兄さんには分からないかもしれないが、食べ物というのは生きる希望なのだ!


 私は今まで見せた事のないほどのシリアスな貌を作り――猫ヒゲを上下させる。


『それでも――私にとっては、グルメこそが希望の光なのさ。飽くなき食への探求。それこそが――あの方が御眠りになられているこの醜い世界。疎ましくも忌々しい輝きの世界でただ一つ残された、私の道、安住であり生きがいなのさ』


 憎悪の魔力を垂れ流しながら、私の猫口は動き続ける。


『私は憎悪の魔性。世界を蝕み呪う獣。本当はね、今でも全てが憎いんだ――壊して、潰して、何もかもを無に帰して私も共に滅びたい。私が失ってしまった焦げパン色の思い出の中で、永遠に……思い出を抱いたまま闇の中に帰りたい――そう思う瞬間があるんだよ。けれど、それは魔王様の望みじゃない。魔王様はそれをお望みになられていない。私をお救いくださった魔王様が悲しむ姿は、見たくない。だから私は――全てを破壊し駆逐するほどの憎悪を、食への楽しみ、すなわちグルメ探求へと変換し――世界を壊さないでいるんだよ。言いたいことを分かってくれるかな? そう、そんな顔をしてしまうのも理解はできているんだ。グルメなんてくだらない、そう思うモノの心も理解はできるんだよ。けれど、私にとってはそうじゃない。グルメがあるからこそ、自我を保っていられる。猫たる器を保っていられる。そう、分かるかな? つまり、本当の意味でグルメこそがこの世界を支え続けているのさ。グルメを開発し続ける人間が滅んでしまえば、この世界――いや、私が渡り歩ける範囲の異世界は全て滅びる』


 朗々と語り切った後――私は肉球を翳した。

 お兄さんにグルメが途絶えた場合の世界を、奇跡を用いた未来観測により提示する。


『脆弱なる人間どもよ――世界を滅ぼされたくないのなら、我にグルメを提供し続けよ。心を満たし、荒ぶる御霊を鎮め続けよ。希望という名のグルメで夢を見せ続けよ。巨神鯨ケイトスのように膨れ上がった憎悪滾らす黒猫を寝かしつけよ――それがこの世界に与えられた、罪と罰であり――贖罪。勇者などという身勝手なシステムのために呼び出された我が魂、次元の狭間の中で揺蕩い憎悪し続けた――我等が魂の復讐なのさ』


 まあようするに。

 グルメを放棄して感情を元の憎悪と破壊衝動に委ねちゃうと、問答無用で世界を壊しちゃうからグルメを用意しつづけてにゃん♪

 と――いうことなのだが。


 それをむつかしいことばで、ひょうげんすると。

 さっきみたいな感じになるのである。


 詳しい事情を知らないケントくんが、雰囲気にのまれ。

 顔面を蒼白とさせているが。

 気にしない!


 頭痛を抑えるように、強面の額を大きな手で抑えて――お兄さんが唸る。


「ったく、アイツはまーたとんでもない特大地雷を育てやがって……っ」

『ま、そんなわけで人間を助けてグルメを貰うってのは結構重要なんだよ、分かってくれただろう? だからちゃんと協力しておくれよ。私もうっかり本当に世界を壊し続ける魔性となっちゃいそうで、ちょっと心配なんだよね。魔王様が目覚めたときには、世界はあの方と、あの方の膝の上で眠る私。そしてただ虚無だけが広がる壊れた世界――なーんてなっても、申し訳ないし』


 と、他人事みたいに言ってやる。


『本音を言うとね――憎悪を滾らす魔性としての私はね、それでもいいと思っているんだ。何もない世界。眠るあの方の上で、私もただ静かに眠り続ける――それはきっと、静かで心地の良い世界なのだから』


 猫の瞳で、猫の口で……私は滅びの夢を語る。


 それも――黒猫としての私の本音。

 肉球で掴める未来の一つなのだ。


 ネコの頭に抱く理想の世界の一つだと悟ったのだろう。

 慌てて、得意な未来予知を行うレイヴァンお兄さん。

 彼は瞳を赤く輝かせ私の眼を覗き込むが――その全身に、びっしりと浮かぶのは脂汗。


 たぶん、見えたのだろう。

 そういう未来も。


「がぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ! 何度先を見ても、てめぇ、どの未来でも人間がグルメを提供できなくなると、マジで世界そのものをやりやがるじゃねえか! いっとくが、四百年前に見た未来より悪化してるぞ、これ!」

『ぶにゃははははは! 私のせいじゃないもんねえ! だいたい、私はこの世界の誰かに中途半端な勇者召喚で呼ばれたみたいなんだ。文句ならそいつに言っておくれ!』


 超必殺。

 開き直りである!

 まあ、言っている事は嘘じゃないし。思う所があるのも確かなのだ。


 勝手に呼ばれて、勝手に殺され続け――悲しい別れだって経験させられた。

 その憎悪は消えはしない。


 私という破壊の魔性を生んだのは、この世界そのものなのだ。

 故にこそ――。

 私は私で、この世界を壊す権利があるとわりと本気で思っている。


 そう! つまり!

 私は悪くないのである!

 壊されたくなかったら、グルメを提供するべきなのだ!


 よし、証明完了!

 大義名分を自分の中で勝手に決めて、ドヤ顔でモフモフを膨らませる私を見て。

 お兄さんは、はぁ……と苦労人の息を漏らす。


「わかったよ、俺も協力してやる。で、どうする? やっぱり一番手っ取り早く、後で治療と蘇生をする前提で――人質ごと全部まとめてふっとばすか?」

『ふむ――とりあえずここにケントくんの知り合いがいるかどうか、それが問題だね。そもそものジャスミンさんの願いは連絡の取れなくなった連中の救助なんだし』


 言って私は肉球を鳴らし――移動要塞全体に干渉。

 強制的にダンジョン化させ、構造を掌握しはじめた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] うん、ケトス様の予想通りだ! [一言] 人間、滅ぼされないようにグルメを生み出し続けてくださいね。 ある意味祟り神とも言えるケトス様を鎮める唯一の方法ですからね。
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