猫の医療室 ~にゃんこ治療はグルメと共に~
時はギルド内での戦闘後。
場所は医務室代わりとなっているギルド食堂。
蟲人ローカスターを駆除してから一時間程が過ぎていた。
大魔帝ケトスこと最恐で最強なニャンコ、魔王軍最高幹部な私は――様々な祝福が使用可能な聖者ケトスの書をパラパラパラ。
報酬代わりにテーブルに積まれていくグルメ。
横目でちゃんとお布施をチェックしながら、肉球から淡い聖光を翳し――フフンとネコの息を吐く。
負傷者の治療を行っているのである。
聖者ケトスの書の他に浮かべるのは、大いなる光を讃える書。
更に世界樹と化した異世界の主神、元女教皇ラルヴァの書。
大いなる三神の力をもって行われる治療魔術なのだ、さすがに効果も絶大で――。
治癒を扱う職業の者は、まるで神を崇める目で私を眺め平伏している。
……。
まあ、実際に神属性あるんですけどね!
『異神の大神。光満ちる大神――偉大なりし我の力を持って命ず。汝を蝕む魔を今こそ打ち払わん……キャットリフレッシャー!』
蟲人に掛けられた永続の呪いを、翳す肉球でベチベチ取り除き。
パァァァァァァァァ――ッ!
光の柱が、地脈で守られるギルドを伝い、天を衝く。
十重の魔法陣から溢れる肉球模様の回復エネルギーが、仕切り代わりになっている魔術カーテンをバサバサバサと揺らしていた。
『これで君は大丈夫。さて、じゃあ次の人は――』
声をかけて、次の治療を開始する。
これがきっかけとなり、猫の治療神としての名声も広がったら、魔王様への自慢も増えるのだが――治療を求めて、魔王城に人間が訪れてくるようになっても困りそうなので……うん。
ご遠慮願いたいかな。
一応、ラストダンジョンだからね、ウチ。
ちなみに。
現在――連れの炎帝ジャハル君と、魔王様の兄レイヴァンお兄さんはそれぞれ外出中。
あの飛蝗どもがギルドだけに湧いた――とは限らない。
他の区画で、蟲人ローカスターが沸いていないか。
また湧きそうな痕跡や前兆はないか。
妖しい影はないかを未来予知などを交えつつ、見回りに行ってもらっているのである。
長く続きそうな説教を誤魔化すため。
それっぽい理由を、真面目な貌で語りだし任務を押し付け、逃げた――ともいう。
まあ、実際偵察は必要だし。
冒険者たちの傷の治療が必要だったのも、確かなのだ。
それぞれの詳しい事情説明などは治療や偵察が終わった後。
となったのだが。
その治療を終えるというのが、なかなかどうして大変で。
私は呻き声の響くギルド内をちらり。
そこそこ大きいギルドだけあって、怪我人がけっこう洒落にならない人数いるんだよね……。
しかも。
あのローカスターども。
どうやら以前から出没していたみたいなんだよね。
数週間ほど前から、既にこの火山地帯周辺に湧き始めていたらしく――他のモンスター討伐依頼や火山地帯の採掘依頼の最中に遭遇、会話も成立せず即戦闘。
結果。
今回の襲撃事件より前に、あの蟲人キックで負傷していた人までそれなりの人数がいて。
そういった人々も噂を聞きつけ、グルメ報酬を担いでやってきているからキリがないのである。
さすがに私たちが到着する前の怪我人までは責任の範疇外だとは思うのだが。
どーも……こう。
助けを求められると、断れないんだよね……。
まあこれは魔族としては欠点なのかもしれない。
ともあれ。
幸いにも死者は出ていないが。
軽いとはいえない怪我や状態異常を負った者は多い。救いの肉球を翳す私への感謝も、当初の予定通りかなりのモノとなっているのだが。
こう――作戦通りになってしまうのも考え物である。
都合よく話と交渉を進めるため、危機に陥るまで待っていたと言えなくもないのだから。
ちょっとした、後ろめたさがあるのである。
だからこそ、こうして格安で完全治療を行っているわけだが――。
ぶにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!
それにしても、数が多い。多すぎる――!
こんなことなら、とっとと助けておけばよかった!
『汝の身に大猫の祝福あらんことを――キャットヒール!』
腕の筋を断ち切られていた剣士くんの傷を、完全に再生させて――。
肉球でペチペチして完治を確認。
『ま、こんなもんかな――どうだい? もう動くはずなんだけど』
「動く……っ、ほんとうに、動きますよ! すごい、はは、すごい!」
腕をブンブン。
剣士君はパァァッァアァァッと明るい表情を作り出す。
『どうやら成功のようだね。では報酬をテーブルに奉納し、次の人に席を譲ってくれたまえ』
「はい! 本当に、もう動かなくなってしまったのかと、オレ……っ、あ、ありがとうございます――えーと……」
冒険者生命を断たれるかと、強がりながらも笑いながら転職を考えていた剣士くん。
仲間達の笑顔で迎えられた彼は、後遺症なく完全治癒された腕を回し――鼻水顔で私に頭を下げる。
対する私はクールキューティー。
今の私、お医者さんモードだからね!
カボチャのタルトを報酬として受け取り、うにゃぁぁぁぁん!
毅然と私は名を告げる。
『ケトスだよ、ケトス。大魔帝ケトスさ――まあ、最近じゃあグルメ魔獣その一とも言われているけどね。この私の治療を受けられたことを、生涯の誇りとするがいいさ!』
くわっ!
と、猫目と口を開いてドヤ……顔、しちゃった。
せっかく、クールキャラになろうとしているのに、まあいいや。
「ありがとうございます、ケトスさま……まさか伝説の大魔族の方に命を救ってもらえるとは――……感謝いたします」
『報酬を受け取ったんだ、過度な感謝は要らないよ。んじゃ、お大事にね』
クールに言ってゆったりと瞳を閉じる私――かわいいね?
……。
それにしても、カボチャのタルトか……。
見た目もかわいいし、子どもが喜びそうだし。
異界の猫と人間が共存する街の、新婚ハロウィンキャット達に送ってあげるのもいいかな。
……。
いや、その前に分裂させて味見をしてもいいよね~♪
おっといけない、涎が……ふきふき。
『さて――頑張らないと』
雰囲気づくりに装備した銀縁ネコ眼鏡をカチャリ。
肉球でクイクイ。
インテリジェンスに持ち上げて、次の患者を呼びつける。
『次の人ー?』
「あいよー、ちょっと待ってておくれ」
合図に従い、助手のように動き出すのはこのギルドのマスター。
ジャハル君と交渉していた人間族としては大柄な、女性戦士である。正式な紹介はまだなので、名前は知らないが――とりあえずマスターと呼んでいる。
「あちゃー、こりゃ酷いねえ――おい、そこの連中。手を貸しておくれ!」
先ほどまでは、ベルトコンベアーみたいに順に患者を連れてきていたのだが。
はて?
ぎしりと玉座を鳴らし、私は貫禄のある声で告げる。
『おーい、ねえねえ! マスター! どーしたんだーい! 次の人、つれてきてー!』
「あいよー、だが少し待っていてくれ! じゃなかった――どうか、お待ちください。けっこう重傷でして……よっと、大丈夫かい? すまないねえ、ケトスさま。次はこの娘を、よろしくおねがいします――」
仲間たちに担がれ入ってきたのは、女性武闘家らしいおさげ髪の女の子。
その怪我は――溶岩による裂傷と炎症かな。
クエストの途中で例のローカスターに絡まれ、溶岩に脚を落としたのだろう――。
今回の襲撃とは直接関係のない一週間ぐらい前の負傷である。
その脚の付け根は爛れて焼けており、ちょっとしたグロ映像になっている。
『んー……こりゃ酷いね。しかも時間が経っている』
「ここまでとなると――治せそうにないのかい?」
と、化粧すらしていない顔を僅かに引き締め、マスターは悲壮さを押し隠すように淡々と問いかける。
ギルドマスターとして様々な死や挫折。諦めを経験しているのだろう。
これは――。
たしかに人の領域では治療の出来ない傷であろう。
が――。
私、大魔帝ケトスだからね。
女性武闘家は、ぎゅっと唇を噛み締めるが。
泣き腫らしたその貌に微笑みかけ、ニャハり!
『大丈夫、私を誰だと思っているんだい? かつて勇者を滅ぼした伝説の大魔獣。殺戮の魔猫。大魔帝ケトスだよ? これくらいの傷を治すなんて、お昼寝前のホットミルクを沸かすよりも簡単な事さ――!』
言って、私は三冊の書を同時にバサササササ――!
三つ同時に、十重の魔法陣を並行展開。
天を衝く、三つの柱は全て禁術レベルの大魔術と大奇跡。
大陸を揺らす魔力波動は、やはり世界で何事かと騒がれだしているだろうけど――気にしない!
聖光を纏った肉球でペチペチ。
座標を固定して、猫のお目めをクワっと見開き――発動!
『キャットリフレッシャーヒール!』
本当は、この回復魔術に名前なんてないんだけどね。
人間達って魔術名がないと不安になるらしいから、テキトーにそれっぽい名前を付けて宣言、効果を発動させているだけだったりする。
さて。
今回も――本来なら時間の経過の影響で干渉できないはずの傷を大魔帝の力で把握。
時属性の魔術で干渉可能な時間にまで時を遡り、やはり大魔帝の力で捕捉。
大いなる光の力で傷を治療し、欠損部分を世界樹の魔術で再生――怪我自体を過去の時点で治療し、無かったことにし現在に戻し――完治である!
むろん、並のレベルなんてもんじゃない大奇跡である。
『治療は完了さ――目を開けてごらん』
「は――はい」
女性武闘家が恐る恐る目を開く。
彼女の眼に映ったモノは――きっと、元に戻った脚と、涙で揺れる世界。
息を呑み、泣きじゃくることすら忘れて――元に戻った足を眺め続けていた。
「あ、ありがとうございます……っ、ほんとうに、ありがとうござい……ま……っ、っぐ」
『まあ依頼だからね。私は報酬に従い仕事を果たしただけさ――次からはもうちょっと慎重に依頼を受けるんだね』
本当に治してしまった私に、やはり女性武闘家は大泣きをし感謝。
彼女の仲間達も、口元や目元を手で覆って、感謝を述べながら瞳を濡らしている。
彼女たちが退出した後。
ギルドマスターは女性ながらも武骨な顔立ちに汗を浮かべ。
ごくりと息を呑む。
「伝説でしか語られない十重の魔法陣なんて初めて見たけど、いやあこりゃすごい! 三つも同時に展開するなんて、本当に治しちまうし。あのジャハルさんの上司って話だし、ただ者じゃないなんてレベルじゃないねえ……」
『にゃはははははは! まあね~、で? ほら、で? 奉納する物がある筈だよね?』
トントンとテーブルを肉球でソフトに叩き、ごはんアピールである。
「はははは、すみません。はい、今度のは火炎魚の塩釜焼だよ。本来なら年に一度のお祭りの時にしか出しちゃいけないんだが、特別さ。これじゃあ足りないかい?」
『いやいやいやいや、問題ないよ。一年に一度の特別料理ってところが気に入ったのである!』
モフっと頬毛を膨らませて、私は塩釜焼を亜空間に収納。
にゃほー!
グルメが捗る~!
『さあ、どんどん怪我人を連れてきておくれ!』
猫の医療室は大繁盛。
この後、帰ってきたジャハル君やレイヴァンお兄さんを助手代わりに、私はローカスターの被害に遭っていた人間を皆、治療して回ったのだった。
◇
とりあえずの治療が終わった頃には、夕方過ぎとなっていた。
治療魔術を必要とする程の傷を負った怪我人は、もういない。
笑顔の広がっていくギルド内。
平穏を取り戻していく冒険者たちを眺めながらも、私はふと考え込んでいた。
んー……と、これから先の事を私は考えていたのだ。
私達がここにくることとなった、きっかけ。
ジャハル君が魔法陣で魔術を放った理由が、ギルド内で突如発生した蟲人ローカスター召喚装置を破壊するためだった――ということは聞いているのだが。
それって、めちゃくちゃ厄介なんだよね……。
魔王軍でも例外中の例外を除けば、魔帝の中でもトップクラスのジャハル君。
状況判断にも長け、私の側近でもある冷静な彼。
自慢の部下ともいえる彼が、それなりに本気を出した攻撃じゃないと壊せない召喚装置が、町中に設置されたわけで。
んーむ。
飛蝗軍団をローカスターに進化させた謎の敵。
古き神々の眷属やら、張本人やらは既にこの街に入り込んでいる――ということだろうか。
なんにしろ、だ。
この治療を通じて――この地の人間との信頼関係も、少しは結ぶ事もできただろう。
とりあえず、詳しい話を聞いてみるしかないかな。
もし、今回の件の黒幕が魔王様への逆恨みで嫌がらせをしてきているのなら。
……。
私は魔王様の愛猫として、動かないといけないだろう。
魔王様の敵は――この私が許しはしないのだから。




