炎熱騒乱 ~ガイラン冒険者ギルドにて~その3
燃える日常の景色。
滅びに向かうギルド内の戦闘。
その原因は――古き神々の手が加えられた蟲人ローカスターによる魔の手。
なぜ彼らがこのギルドを襲っているのか。
その理由はまだ不明だが。
部外者である我等の介入がなければ、徐々に押し負け全滅してしまう。そんな絶望の未来が見えていた。
魔王様の兄、レイヴァンは私に向かい魔力を滾らせ問いかける。
人間を救うか、救わないか――選択せよと。
受けた私こと大魔帝ケトスは、猫毛を膨らませ周囲をちらり。
たしかに、このままってわけにもいかないか。
何もせず、燃やしてしまうのは心が痛む。
『まあ――仕方ない。ここは私が片付けるとしよう』
「ったく、やっぱり救う気なんじゃねえか」
戦闘準備をした私はモフ毛を靡かせ、キリ!
レイヴァンお兄さんも翼をバサり。
いざ、参る!
颯爽と虫人間達を――退治!
することなく。
そのまま私は中央ホールを猫ダッシュで抜けて、その先にあるテーブル群に突撃!
やはり――あった!
『にゃっはー! やっぱり、あると思ってたんだよね~グルメ!』
ギルド食堂である!
しかも、食事中に襲われたのだろう――そこには戦火に燃えつつありながらも、まだ残っている食事が、誰にも食べられることなく滅びを待っている。
このままだと火に焼かれて、無惨で無慈悲にもグルメが消滅してしまうのは明らか。
食事とは、他者から命を頂くという行為。
無駄にしてしまうなど生命への冒涜。
ちゃんと食べる事こそが正義。
美味しい食事になってくれた彼等への最低限の礼儀。
敬意をもって召し上がらせていただくべきだ。
つまり――!
世界環境のために、私が犠牲となるべきだろう!
ズジャっと飛び乗ったテーブルの上、並んでいたお皿がガチャリと揺れる。
必殺!
テーブルの上でそのまま食い!
紅い肉を喰らいて、血のように紅い液体……乾燥サーモンとブドウジュースをぐびびびび♪
『くはははははは! タダで味わうご馳走程、うまいものはないのである!』
ギルド酒場のテーブルを渡り歩いて、盗み食いである!
燃え尽きる前の今がチャンス!
戦闘で無駄になったら、勿体ないしね……うん!
なんだかんだで人間を助けようと魔力を放っていたレイヴァンお兄さんが、ズッコケる。
「って、おい! いいのか、こいつら助けなくて!」
『だってどっちも一応人型だし。事情も分からないのに、一方的にどっちかに加勢するっていうのも、ねえ?』
シビアな考え方かもしれないが。
これ、人間達が昆虫王国に攻め込んでなんかやらかした――って可能性もゼロじゃないんだよね。
魔力飛蝗さんが蝗害犯人である古き神々の支配から解放されて、コミュニティを作っている可能性だってある。
まあ、その可能性は低いけど。
万が一と言うこともあるからね。
『とりあえず人間達の蘇生はできるようにしておいた。それに彼等も思ったよりは頑張っているし、まだ死者も出ていない。もうちょっと彼らの頑張りを見守ろうじゃないか』
むろん――いざとなったらもちろん助けるが。
その間にグルメもロストしちゃうし。
だったら人間達には頑張って貰ってその間に食事を済ませ。全てを食べ終わった後に、それを依頼料代わりとし手を貸してあげる――という。
ちょっと回りくどいけど、そういう変則依頼の形でもいいんじゃないかなあと思うのだ。
「はぁ? おまえさん、人間を最優先に行動するんじゃなかったのか!?」
『何を勘違いしてるのか分からないけど。私は魔族で猫魔獣だよ? 最低限の人命維持には手を貸してあげるけど、依頼されてもいないのならグルメを優先しちゃうんだよねー』
肉球で掴んだ照り焼きチキンレッグをふりふり♪
「いやいやいやいや……それでいいのかよ、おい!」
『覚えておくといいよ――猫は気まぐれなのさ!』
ビシ――ッ!
っと、チキンレッグの骨を銜えながら格好よく言い切ってやったのだ!
本音なのだと察したのだろう。
妙に嬉しそうにお兄さんは笑いだす。
「そうか、そうか! はははは、イイ子過ぎるヤツは正直好きじゃねえんだが、そういうのは悪くねえぞ。そりゃそうか――偏屈なアイツが気に入るような猫魔獣だもんな! ぶっ飛んでても不思議じゃねえわな!」
どうやら、即座に人間を助ける必要はないとの意見に賛同したようだ。
まあ、たぶん。
このお兄さんも、死者が出そうになるギリギリとなったら人間を助けちゃうタイプなんだろうけどね。
口にするとへそを曲げるだろうから、それは心の奥にしまっておくが。
さて!
これで大義名分もギリギリ確保できた!
ジャハル君がここに来るまでは、見学という名の盗み食いなのである!
だいたい私は最初に声をかけた時、素直に即座に助けるつもりだったのだ。それを拾えなかった人間サイドにも問題があるのである!
これこそが猫罰!
我を無視した事への罪と罰。
大魔帝による蹂躙の宴なのじゃ!
……。
まあ、一応ちょっとだけ幸運の加護を人間にかけておくか。
暴食する私を穏やかに見ていたレイヴァンお兄さんだが、彼も獲物を見つけたのだろう。
その視線の先にあるモノを捉えて状況が一変。
バササササ!
ズジャ!
っと、翼で舞って着地――!
年代物のワインを発見し、ご満悦顔でキシシシと叫んでいた。
「お! なんだよ、最初から言えっての! ちゃーんと、酒もあるじゃねえか!」
『よーっし。これで君も共犯だからね~!』
大魔族が二人。
人間達が残していった食事を集めて、ムフフ顔である。
◇
戦闘に構わず暴飲暴食する大魔族が二柱。
たぶん傍から見るとものすごい奇妙な光景だが、気にしない!
レイヴァンお兄さんもお酒ならグイグイいきたいのか、以前よりも食欲を表に出して酒瓶を傾け、
「ぷはぁぁぁぁっぁ……やっぱ、人間の作る酒はうめえな。これだけで生かしておく価値があるってもんだ!」
『あー、やっぱり、そうだよねー! 超わかるー! グルメを開発する能力があるってだけで、絶滅させるのは避けようって本能的に思うんだよねー!』
私は私で、猫毛をルンルン。
じゅるりと舌なめずりをし、テーブルの串を全回収!
山の幸が目立つ茸と鶏肉の串焼きを、一気に五本……猫口に銜えて引き抜いて。
ぶちっ、ぶちちちちちち――っ!
はむはむモキュモキュ……!
甘醤油ダレと塩串のハーモニーが、猫口の中で広がって……!
一気食いは――やはり、うみゃい!
『これ、一度やってみたかったんだよね~! 串焼きの全部食い!』
「ははーん、さては城だとあのねーちゃんとか、世話係に。大魔帝なんすから、一番偉い幹部なんすから――っ! 最低限のマナーはちゃんと守ってくださいっすよ、とか言われてたな、ニャンコウめ」
ジャハル君の口真似をしながら酒をグイグイ。
レイヴァンお兄さんもわりと乗り気である。
『正解! グルメ散歩の良い所は、好き勝手に貪れるところにもあるのさ!』
さすがに堂々と食事を始めたのは目立ったのか。
人間も、虫人間もこちらに注目し始める。
「な――なんだ、あの禍々しい魔力の塊は……有翼人と、猫魔獣!?」
「ギギギ?」
感覚の鈍そうな虫人間達はなにやら超音波でこちらを鑑定しようとしているが、もちろん全部レジスト判定である。
とりあえず、排除しようと判断したのか――。
ジャジャジャ――ッ!
こちらに向かって魔力で加速した突撃。
飛蝗キックで跳躍してくるが。
『あー、一応警告しておくけど。近づいたら危ないよー』
「ギギ……ギ……――――」
飛蝗さんの健脚は止まることなく――私の禍々しい魔力に阻まれ軋み。
サアァァ……。
その姿が――虚無の塵となって消えていく。
そりゃ。
憎悪の魔性である私に攻撃したら、こうなるよね。
「――なっ……――!?」
「宣言だけで存在を、消去した……だと」
「なにものだ、あの黒猫は!? 誰の眷属だ!?」
人間達がようやく私の危険性を認識し始める。
対して、ローカスター達の一部はまだ私をただの猫魔獣だと思っているのか。
ビュンビュン――ビュブン!
と、こっちに向かって大ジャンプ!
『こりゃ、やっぱり会話はできそうにないタイプかな。ご愁傷様』
埃が散らないように、私は目線だけで飛蝗さん二号三号を捕縛し。
『悪いね。君達が暴れると――グルメが穢れる』
「ギ?」
「ギィ……――……………」
「……――」
サァァァァァ……。
そのまま自動消去である。
私、これでも最上級魔族だからね。
ラスボスクラスが顕現してるわけだからね。
人間如きと接戦をしているような雑魚では、話にならないのである。
「ギギギ!」
「ギギ?」
「ギギギギギギギギギィ!」
群れの数匹が消えた事に反応したのか。
ムシどもが次々に跳躍して襲ってくるが――全てが無。
「ギギィ……――――!」
明らかな敵対行動を取ったその瞬間に、その身が塵となって燃えていく。
積もっていく塵と炎。
燃えた仲間に巻き込まれ、何匹かが炎上する――。
ちなみに。
あんまりおいしそうではない。
飛蝗って、群れになると変貌し黒色化。
とんでもない跳躍と飛行が可能になる代わりに、中身がスカスカになっておいしくなくなるらしいからね……。
ともあれ。
人間達の眼にはこう見えているだろう。
謎のプリティ黒猫が、ドヤ顔でごはんを貪りながら。
群がる邪魔な昆虫を魔炎で包んで消去している――と。
あまりといえばあまりの呆気なさ。
その衝撃に――人間達が魔術の詠唱を中断して驚愕の唸りを上げた。
「な――っ、なんなんだ……あの禍々しき黒猫は……!」
叫びにつられて、ヒステリックな声も響く。
「知らないわよ! とにかく、アレには絶対に手を出さないで――! 魔獣使いの使役獣とはレベルも格も違いすぎるわ!」
「我等が三人がかりでやっと防ぐあの攻撃を、何もせずに受けて……っ、消している?」
驚きの声にモフ耳も、ぴょこんと動くが。
まだだ。まだ我の怒りは収まらぬ……!
心が狭いとは言うなかれ。
だってー、超格好よく登場したのに気づかれないって。
ネコちゃん的にはかなりイライラなのだ。
「み……味方なのか?」
『ああ、勘違いはしないでおくれ。今のところ君達の敵じゃないってだけさ』
よっと、テーブルから降りて。
私は恭しく礼をして見せる。
『初めまして脆弱なる人間達。私は大魔帝ケトス――君達が言う所の魔族さ』
ここ、実はかなりカッコウイイポイントである!
毅然と紳士な声を出して自己紹介をしたのでとりあえず満足!
またテーブルに戻って、照り焼きチキンに食らいつく。
おお! 皮までおいちい!
『ああ、大丈夫。こっちに攻撃してこないなら殺さないで上げるし。気にしないでやっていておくれ~』
猫手でぴょこぴょこ返事をして、次に私は香草の包み焼と思われるマトンのローストをむちゅむちゅむちゅ。
やっぱりこの国は、熱系統の料理がメインだね。
うん、悪くない! 悪くないのである!
さて。
むろん、仲間を殺されて――しかも明らかに人間達よりヤバイ私達を捕捉した蟲人さんたちが、我等を放置する筈もなく。
ギギギギギギ!
レイヴァンお兄さんが翼をバサリとさせて消滅の風を起こし、飛蝗を消去。
魔術を用いないで、その魂を消し去ったようだ。
そのまま血文字による呪い。
アダムスヴェインが発動。
飛蝗さんの大足を、床から這いずり浮かんできた血の腕が掴んで、引き摺り――闇の中へと攫って行く。
んーむ、このお兄さん……まだなんか隠し玉がありそうだな。
「おい、この飛蝗人間ども――どうやらおまえさんを完全に敵認定し始めたみたいだぞ」
『どうやら、そのようだね――』
彼らの群れがこちらに向かって、ジリジリと歩み寄り始めている。
こりゃ。
依頼される前に本格的な殲滅が始まっちゃいそうかな……。
『人間達、君達に提案なんだけど――もし私がこの場にいるこの蟲人達を殲滅したら、報酬はどれだけ用意できるかな?』
「か、金ならいくらでも払う! だから……!」
金を持っていそうな貴族っぽい吟遊詩人が叫ぶが。
チッチッチッチ……と、ピンと立てた猫指を振って私は言う。
『私は魔族だよ? お金にさほど興味はないんだ。もっと怠惰で欲に満ちた――肉の宴。そう……甘い快楽が必要なのさ。ここまで言えば、分かるだろう?』
舌なめずりをして、私は魔族スマイル。
要求するには見返りが必要。
それは他者とのコミュニケーションの基本なのである。
「わ、わたしの身体をどう使っていただいても構いません。だから、どうか、皆様の命をお救いください……」
火炎弾を連打していた女性魔術師が頬を赤らめ、意を決して言うが。
私は首をこてりと倒し――ネコ眉を顰める。
『何の話? 私、人間を食べる気はないよ?』
「ふぇ!? だって、魔族様はいま……その……依頼料に、え、えっちなことを……要求なさったんじゃ」
ん……?
『エッチな? ……どゆこと??』
「こ、この場にいる女性冒険者を手籠めにしようと、そう企んでいたのではないのですか!」
他の女性陣も、仲間のためならば……と、服をぎゅっと握っている。
細く白い指の爪の先は、握った赤みで桜色になっている。
……、
それはさながら、悪代官の前に差し出された生娘たち。
あー、なるほど。
そういう発想もあったのか。
『私、ネコだよ? まあ中にはそーいう趣味な人もいるんだろうし……他人の趣向を私がとやかくいう気はないけど……あんまり興味ないなあ……』
「え、ええ? じゃあ、わたしの勘違い、なのですか?」
私は猫爪で頬を掻き掻き……、詫びながら目線を逸らす。
『あーうん……申し訳ないけど、勝手にエッチな想像されちゃって、あー、そういう発想もあるんだって……こっちが困惑しているというか、なんというか……。せっかく決意して貰ったのに……ごめんねえ』
かぁぁぁっぁああぁぁっぁっと紅くなっている女性魔術師に、男性陣の目線が注がれる。
レイヴァンお兄さんも肉欲を刺激されたのか、じぃぃぃぃいっと眺めているが。
人型の男どもって。
わりと単純だよね……。
「じゃ、じゃあネコさまは何を要求なさっているのですか!」
お、やっと直接的な質問が来たか。
にゃほん――と、私はモフ胸を張り。
十重の魔法陣で生み出したモヤモヤ演出を背景に、顕現し直す私。
かわいいね?
『実にいい質問だ。大魔帝ケトスこと――グルメ魔獣たる私が要求する報酬など決まっている』
せっかくの再登場シーンなのに。
襲い掛かってくるローカスターの数体を、肉球を鳴らし完全消去。
力ある者なら今の一撃で理解しただろう。
魔術のランクが見える程の強者なら、我の底知れぬ魔力に平伏し、脚を震わせている事だろう。
この私が――本物の大魔族。
大魔帝ケトスであると。
『さあ――人間どもよ、助かりたければ我にグルメを差し出すのニャ!』
デデーン!
大魔帝セット一式を装備した私が、超カッコウイイ玉座に座って再臨!
周囲に、暗黒の瘴気が伝っていく。
実はこの暗黒。
ホワイトハウルとロックウェル卿へのお土産の牛串を冷やし保存する、闇のドライアイスなんだけど。
言わなきゃ、なんかすっごいヤバそうな暗黒に見えている筈だろう。
あれ……?
なんかみんな目を点にしちゃってるな……。
聞こえなかったのかな?
じゃあ、もう一度言い直して――と。
『選ぶがいい人間よ――グルメか死か、よく考えて選択せよ!』
くわっ!
と、目を開いて言ってやったのである!
にゃふふふふ、人間どもめ――あまりの要求に驚き声を失っておるではないか。
死にたくなければグルメを提供しなくてはならない。
それは恐らく苦渋の決断。
さて、人間達がどう答えるか。
我のためにグルメを提供できるかどうか、決断の時は迫っていた――。




