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調査結果 ~炎帝の帰還と過去視の魔術~後編



 前回までのあらすじ。

 まじめな会議の最中なのに――私の自室に、酔っ払い三人が追加されました。

 おわり。


 えぇ……いつになるか分かんないけど。

 これから億単位の飛蝗バッタの群れが発生して、人間世界グルメに大打撃を与えちゃうかもしれないから。

 どうにかしようとしている最中なのに。


 もしかしたら黒幕候補かもしれない、魔王様の兄を連れてくるなよ……。

 だって、ねえ?

 お兄さんの能力かもしれない悪食を調べていたら、人間界の蝗害記録と繋がったわけだし。


 これが偶然とは思えない。

 まず間違いなく、何らかの関連性がある筈なのだ。


 私はじぃぃぃぃぃっと酔っ払い魔性三人を見る。

 嫉妬の魔性に、怨嗟の魔性。

 暫定、悪食の魔性。


『って、君達――どんだけ飲んでるんだい』


 大魔帝こと素敵ニャンコな私は、頬のモフ毛をブスっと膨らませながら呆れ顔を見せてやる。


 私に次ぐ実力を持つ大魔族な筈のニワトリさんとワンコさん――。

 ロックウェル卿とホワイトハウルは互いに顔を見て。

 モフモフ羽毛とわんこ毛を膨らませ、ぶわーっはっはっは!


『酒こそが我らの贄! 酒のつまみこそが我らへの献上品!』

『余らは、与えられし権利を行使してるまでの事! 飲めや歌えよ、舞い踊れ! クワーックワククワ!』


 魔王様の兄。

 現在お客様中のレイヴァンお兄さんが、二獣をジト目で見つめてふかーい息を吐く。


「あのなあ……力ある魔族ほど変人が多いってのは、昔と変わってねえんだろ? こいつらに俺様の監視をさせようってのが、そもそもの間違いだったんじゃねえか?」


 ごもっともである。

 まあ、監視させていたのがバレているのなら仕方がない。

 開き直ったまま、私は両手を上げて――ニクキュウを見せる形で肩を竦めてみせる。


『こんなノーテンキわんことニワトリだからこそ、監視に気付かれないと思っていたんだけどね。それ以前の問題だったわけだ』


 言葉を受けて。

 レイヴァンお兄さんはタバコを銜え――呪を唱えることなく火をつけ、ふぅ……。

 まるで気を落ち着けるような、そんな様子で煙草を吸っているのだが――はて。

 何に対して怯えているのだろう。


「魔王が言っていたからな。ケトスはああ見えてその本質は猫だ、あの三獣の中で警戒心が一番強い。おまえと会っても警戒して、しばらくは信用せず――俺様より強き者を監視につけるだろうってな。そして俺様より強い者といったら、限られている。霊峰に隠れ住む孤独なる神鶏、主たる神に愛されし人を羨望し、渇望の中で唸り続ける魔狼。当然、こいつらがつくわけだ」


 この、酔っ払い魔獣共が?

 孤独なる神鶏に。

 渇望の中で唸り続ける魔狼ねえ……。


「これも弟との盟約。過去から見た未来の可能性の一つ。彼ら二獣が俺様と共に食事をする機会があったのなら、酒を与えて共に楽しんでやって欲しいってな。アイツに言われていたんだよ――四百年も前にだぞ? それを思い出したら、なんだか酒も醒めちまってな――あいつ、どこまで先が見えていたんだか……まったく、我が弟ながら恐ろしいわ」


 ああ、なるほど。

 弟を語るその言葉には――僅かな恐怖が滲んでいた。

 頬にもあの方の魔力を思い出した片鱗か、汗がうっすらと滲んでいる。

 ここまで見えていた弟、魔王様に本能的な恐怖を感じているのだろう。


 それは畏怖なのか、単なる恐れなのかは分からないが。

 猫としての鋭い感覚は、それを見逃さなかった。


『おや――魔王様が、怖いのかい?』

「ああ、怖いさ」


 バサリと開く男の翼が部屋の空気を暗く湿らせていく。

 感情により周囲を変動させる、魔力効果の一種か。

 力ある神が嘆き泣く時――雨を降らせる時がある。現象としてはそれと似ているのだろう。


 部屋のお菓子を湿気で駄目にされたら困る。

 映像を一時停止させた私は――スゥっと瞳を細め、レイヴァンお兄さんの魔力に干渉し、その感情魔力現象も停止させる。


『どうやら、魔王様に恐怖を抱いているという君の言葉に、嘘はないようだね。残念、と言った方がいいのかな。それともご愁傷様というべきか――魔王様を愛する私としては、判断に悩むね』

「同情してくれるなら、なあ……ネコちゃんが慰めてくれてもいいんだぜ?」


 ここはシリアスな場面なのに。

 モフらせろー! モフらせろー!

 と、お兄さんは筋張った長い指をワキワキワキ。


 伝わってくる気配と戯言を受け流し、私は淡々と言う。


『その様子だと、お眠りになられているあの御方を今でも畏れているようだね』


 完全シリアスモードな私は、モフモフ紅蓮のマントを靡かせギシり。

 玉座に腰かけ、王冠を傾け。

 王様風な角度で斜めに男を見る。


「当たり前だろう――お前さんは感じないのか、アイツの波動を、魔力を、鼓動を……普通じゃねえだろ。アイツは寝ながらにしても最強。誰も奴には敵わない。もし、今寝ているアイツの寝首を掻こうとしても消されるのは、仕掛けた方だろうよ」


 身内からもこう言われてしまうのだ。

 きっと。

 私の知らない魔王様の、私の知らない過去。かつて居た世界で、あの御方は孤独に生きていたのではないだろうか。


 私の知らない魔王様……か。

 あの方は過去を何も語ろうとはしなかった。それがあの方の望みだったのなら、私が肉球を踏み込むべき領域ではないのだろう。


『すまないが。生憎と、私もその当たり前という基準が分からなくてね――なぜあの方を理解できないのか、逆に理解に苦しむよ』


 この男が魔王様の兄で良かった。

 もし、そうでなかったら。

 戯言とはいえ、あの方の寝首を掻くなどという輩を許してはいなかった。


 この場で牙を剥いた憎悪の魔性としての私が、不遜なその喉笛を喰い千切っていただろう。


 抑えきれない大魔帝の魔力に反応した世界が、震え始める。

 抑えてはいる。

 抑えてはいるが、私の力は微かに漏れ始めている。

 私から伸びる荒ぶる猫の影だけが、辺りをぐるぐると回る。


 魔王様の事だけは、私もあまり抑えが効かなくなる。

 それはきっと、私の短所なのだろう。


 ジャハル君がごくりと息をのみ。

 ホワイトハウルとロックウェル卿は、酔いの中にありながらもいつでも結界を組めるように、その手先は魔術印を刻んでいた。


 いや、たしかにシリアスを促したのは私だけど。

 えぇ……そこまでシリアスになられても困るんだけど……。


 そんな私の内心を知ってか知らずか、球の汗を浮かべる魔兄は言う。


「おまえさんはやはりアイツの弟子で、息子で、同類だよ。笑っているくせに、笑っていない。正常に見えて、どこかが壊れている。底の見えない薄ら寒さが――笑えねえよ。あー、やめだやめだ! シリアスなんてクソくらえだっつーの! ったく、思い出させやがって!」


 と、一方的に宣言する男の眼は据わっている。


 ようするに。

 悪酔いしているのだ。

 おそらく、というか確実にワンコとニワトリのせいだろう。


『だいぶ飲んでいるようだね……我が友に付き合ってくれたことに感謝するよ。こいつら、石化が効きにくかったり、ある程度本気になっても壊れない相手じゃないと――気を許して飲めないから。君との杯が楽しかったんだろうね』


 彼らがなんだかんだ、私に依存しているのはそういう理由もあるのだ。


「感謝ついでに、少しぐらい可哀そうな俺様の愚痴を聞けよ――」


 と、言われても。

 んーむ、今、実はけっこう大事な作戦会議中なのだが。

 蝗害について、調べてる最中だし。


「アイツの昔話、聞きたくねえか?」


 レイヴァンお兄さんは悪戯そうな顔をして、タバコをぷふー。

 対する私。

 その耳先はぴょこぴょこしてしまう。


『それはまあ、ちょっと興味はあるけれど』

「こいつらには語った事だ。つっても、ほとんど無理やり吐かされたようなもんだが……おまえさんだけに語らないのはフェアじゃねえだろ」


 なるほど、そういうことか。

 妙に律儀な男である。


 どこからともなく生み出したワイングラスを傾けて。

 魔王様の兄は語る。


「アイツは生まれたその瞬間から天才だった。信じられねえだろうが、アイツ――何の修行もしてない赤子なのに、俺達家族の誰よりも強かったんだぜ。当時武勇で名を馳せていた親父は絶望するよりも先に、生まれた自分の子の魔力に平伏した。訓練の最中、いつも俺を若輩者、未熟者、鍛錬を怠るなって殴るあの手を地面につけて、忠誠を誓いやがったんだぞ? まだガキだった俺にしてみれば、軽いトラウマだよ」


 魔王様の赤子武勇伝か。


 思い至ったのは――あの方が転生者だろうという、私の予想。

 産まれたその瞬間から有する奇異の能力。

 それは何らかの転生特典だったのか。

 はたまた、そういう力を持つべくして産まれた天才だったのかは分からないが。


 他人が聞いたら、すげえ子どもだ! と、なるだろうが、当事者で兄のレイヴァンお兄さんにとっては色々と複雑なのだろう。

 傾けるワインは一口でなくなる。

 やけ酒だな、こりゃ。


『んー……魔王様だしなあ。まあ、お兄さんとしては……そりゃなんとも、ご愁傷様な事で』

「なあなあ! だからモフモフさせてくれてもいいだろ?」


 それとこれとは別だと、私は猫睨み。

 コホンと咳ばらいをし、お兄さんは愚痴という名の魔王様武勇伝を続ける。


「生まれた次の日。ヤツは玩具が欲しかったのか単に暇だったのか――その場で魔力を読み解き、魔術を組み上げた――。猫と犬と鶏、そしてロバの縫いぐるみを召喚しやがったんだ。言葉を覚えるより前に、魔術言語と概念を生み出しやがったんだぜ? 今、様々な世界で使われている魔術の基礎。神の奇跡に匹敵する魔術系統をゼロ歳の赤子が生み出したモノだっていったら、誰が信じるだろうな」


 にゃふ、にゃふふふふふ!

 魔王様。

 生まれた時からマジパネェなんて、さすがである!


「って、なんでてめぇがドヤ顔してやがるんだよ!」

『にゃははははは! 我も知らぬ、我が魔王様の話を聞き入っているに、決まっているではないか!』


 モフ毛を靡かせドヤる私に、お兄さんはギロっと強面を尖らせる。


「嬉しそうに胸を張るな! 尻尾も立てて振るわせるな! あぁぁぁぁぁ、どいつもこいつも、弟の話ばっかしやがって! って、なんだよワンちゃん、こっちをじぃぃぃぃっと見やがって」

『いやなーに、ちょっと笑えてしまってな。ぷぷぷー、まさか実の弟に嫉妬しとるとは、のぉ! 情けないのう! 狭量じゃのう! おぬし、我のような立派な嫉妬の魔性になる才能もあったんじゃないかのぉー!』


 尻尾をブンブン、目をバッテン。

 とても嬉しそうにワンコは駆けまわる。


 確かに。

 あの方は偉大過ぎる。

 兄が嫉妬してしまうのも無理はない。

 文字通り。

 全知全能の神のように――なんだってできてしまったのだろう。


 比べられる方はそりゃ、並の天才程度じゃ苦労もするだろうね。


『なるほどね、だからそんなに捻くれちゃったんだね』

「てめぇ……マジで、チキン野郎が予言する通りに言いやがったな」


 ほら見た事か! 余の予言した通りである!

 と、ロックウェル卿が私の言葉を予想していたらしくて、ニワトリあんよをバタバタさせながら笑っている。


「たしかに俺様は捻くれた。そりゃもう荒んだ青春時代を送ったもんさ。けれど、まあそれでも楽しくやってたんだが――あいつは、凄すぎたせいだろうな。理解者なんて誰もいなかったからな、ずっと孤独だったんだぜ」


 いつか魔王様は言っていた。

 友達がいなかったのだと。

 慕うモノや、平伏する者はいても――友は一人もいなかったのだ。

 それもその筈だ、対等な存在がいないのだから。

 

 だから、死霊を呼び出す禁術を作り出したのだと、あの方が珍しく昔を語っていた時に漏らしていた。


 いつかのヤキトリ姫が使っていた、ネクロマンシーである。

 生きている相手とは作れなかった感情を、死者に求めたのである。


 その結果はどうだったのか、対等な友達はできたのだろうか。私は聞いていなかったが……恐らくはあまり、上手くいかなかったのだろうと思う。

 もし、友が出来ていたのなら。

 あんなに寂しそうな顔をして、あの魔術を私に伝授しなかっただろう――。


「まあ、後は本人が起きたら聞いてくれ。だから、もういいだろう? 監視をつけるのはいいけど、こいつら二匹は勘弁してくれ。こう言えば、おそらくケトスは監視を解くだろうってアイツに言われてたんだが、どうだ?」

『それも魔王様の預言かい』


 お兄さんは、これで監視がなくなると分かっているのだろう。

 妙に強気である。


「ああ、四百年前の時点での予言だけどな」


 魔王様は本当に素晴らしい御方だ。

 そして同時に、私には分からないが恐ろしき御方なのだろう。

 あの方にはどこまで見えていたのだろうか。

 自らを哀れなる勇者のために犠牲にした、優し過ぎるあの御方。


 必ずや、後の厄災となるだろう憎悪の魔性たる私を掬い上げてくれた。

 尊き御方。

 今、こうして人間とグルメを堪能している私の道程も、あるいはあの方の予言していた道なのだろうか。


 そんな私のセンチメンタルにゃん心を察したのか、お兄さんは優しげな微笑を浮かべた。


「安心しな。その道を選んだのはお前さん自身の肉球だ。アイツの介入はなかっただろうよ。もし見えていたのなら、今、それなりに幸せそうに生きているおまえさんを迎えに来てやってくれだなんて、俺に預言を残さなかったはずだ」


 妙にニヤニヤとしながら、お兄さんは続ける。


「ここは俺様が知っている未来とだいぶ状況が変わっている。誰かさんの活躍の影響でな? その辺はさすがのアイツも計算にはいれていねえんじゃないかとは思うぞ」


 ざまあみろだと、キシシシ。

 レイヴァンお兄さんは歯を見せながら嬉しそうに笑っている。

 魔王様の予言通りになっていないことが、嬉しいのだろう。


『魔王様の事が苦手そうなわりには、嬉しそうに語るんだね』

「ああ、あれでも大切な弟だ――それだけは、今も昔も変わらない」


 渋く決めたお兄さんは不精髭を擦り。

 本題に入るつもりなのだろう、明らかに空気を変えて私とジャハル君に目をやった。


「さて、昔話はまあもういいだろう。で、これはなんだ? なぜ、魔王ですら躊躇し開発しなかった過去視の魔術を使っている」


 真面目な貌で彼が指すのは、猫目石の魔杖から投影される過去の映像。

 まあ今は一時停止させているが。


『妖しいお兄さんが正直に話してくれないからね。君の能力に含まれていそうな蝗害について調べていたら――これに行き当たった』

「なるほど、こりゃ二百年前の時の映像だな」


 それを知っていると言う事は――。

 言い当てたレイヴァンお兄さんに、ジャハル君の炎の眼が輝く。

 スッと猫腕を間に挟み、私は彼を制止する。


『君は数回しかこの世界に訪れていないという話だったはずだ。どうしてこれを知っているんだい』

「単純な話だ――こいつらを滅ぼしたのは俺様だよ」


 こいつら。

 それはどちらの意味だろうか。


 飛蝗を滅ぼしたのか、あるいは――。

 無辜なる人間……民間人か。


 その返答次第で、私の行動はきっと変わってしまうのだろう。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔王様すごすぎ! [一言] 召喚された人形がまるでグルメ魔獣三人衆と同じなのは偶然?それとも予言? 魔王様は幼い頃からすごすぎなんですね。
[良い点] ギャグとシリアスがいい感じに合わさって読みやすくて面白いです。 [一言] 生まれた次の日に猫と犬と鶏を召喚って、この組み合わせは意味深ですなあ。 これからの更新も楽しみにしてます。
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