平穏なるグルメ帝国 ~アンネおばちゃんのハンバーグ~後編
魔王様の名を独占したいから大魔術を使っていると、えっへん!
モフ毛を膨らませ。
目をルンルンにしている猫魔獣こと私――大魔帝ケトスはドヤ顔で質問に答えていた。
グルメ巡りの最中。
追加オーダーの、チーズハンバーグ定食を待っている時の出来事である。
いやあ、百年も前に世界全体に掛けた儀式魔術だったのに、誰も気づいていなかったからね。
ようやく自慢ができるのかと、ちょっとウキウキになってしまっているのである。
レイヴァンお兄さんは伊達に魔王様のお兄さんではないのだろう。
さすがお兄さん!
世界で初めて、私の使っている魔術に気付いたアウトロー男。
タバコを灰皿に押し付けた彼は、真剣な表情で私を睨み――疑うように強面の皺を濃くする。
貌の前で手を組んで、まるで会議室のお偉いさんみたいにじっと見て。
「正直に話せ――何を企んでいやがる」
『どういう意味だい?』
並の魔族であったのなら、その睨みだけで震えて竦みあがっていただろう。
が、私には全然効果はなく。
ぶにゃーんと、尻尾の先をちょっと揺らして首をこてん♪
「とぼけるんじゃねえよ。お前ほどの大いなる闇が、何の意図も企みもなく行動するとは思えねえ。そこには必ず意味がある筈だ」
『大いなる闇ねえ……』
真剣な声音を正面から受け流し。
間食クッキーを摘まんだ私は、バーリバリバリ。
「この世界において主神の器にたる存在へと成長した魂は、僅かだ。おまえに、白き神獣ホワイトハウル。眠りし魔王に、あるべき場所へと帰還せし勇者。そして、現主神――大いなる光」
自称黒薔薇の貴公子さんの瞳は、蛇眼のように細く、紅く輝いていた。
未来視や過去視。
そういった、覗く系統の魔術を発動させているのだろう。
「あのグータラ光の女神がいまだに主神をやってるってのも驚いているが――そこにも大きな闇の介入の形跡が確認される。むろん……大魔帝ケトスによる干渉だ。おまえさんは光の女神にさえ認められた大神。現在、この世界において匹敵する者のいない力と統率力を持つ危険な存在だ。それも、闇の力を持ったな。大いなる闇の名は、大魔帝ケトス――お前にこそふさわしいモノだろう?」
『おや、信用してはくれていない。ということかな?』
挑発の魔術を受け流し――私は悠然とレモン水を啜る。
うにゃ……! ちょっと柑橘が強めで驚いてしまったのである!
あー、お肉の脂を流すためかな。へー、アンネおばちゃんも色々と考えているんだね。
いやあ、内心はレモンに驚いているのにそれを表に出さないなんて。さすが私。
さすが大いなる闇と呼ばれし男!
「信用していないのはお互い様だろう? まあ……俺様を信用できないっていうのも分からん話でもないがな。なにしろ突然現れたわけだし――ただ、一応言わせて貰うとだな。おまえさん個人に関しては、俺様も少しは気に入っている。モフモフでもふもふで、モフモフだしな。どちらかといえば愛しいと思えるカテゴリーに分類されるモフモフ存在だ」
お兄さん、モフモフ……好きなんだね。
この辺はさすが魔王様の兄弟である。
「けれどな――それとこれとは話が別だ。俺様は……俺はアイツの愛した世界を守る義務がある。兄としてな」
なんかお兄さん、ものすっごい渋くシリアスハンサムな貌でそれっぽい事を言い出してるけど。
えー、どーしよ。
マジで魔王様の御名を独占する以外の、意図も意味もないのだが……。
あー、これ。
アレだ。
よくある無駄に警戒されてしまういつもの、アレだ。
私ほどの存在が何の目的もなく、魔王城を離れるはずがない。
あの大魔帝ケトスがグルメだけを目的とし散歩をする筈がない――。
あの殺戮の魔猫が、用もなく人間界を徘徊する筈がない――と、過剰に警戒する人間がよく現れるのである。
それと同じだろう。
つまり。
大魔帝の行動には必ず裏があり、崇高で恐ろしき計画が張り巡らされていると勘違いされがちなのである。
グルメ街の散歩はただ――ランチタイムを楽しんでるだけ。
魔王様の御名を独占する理由など、至極簡単な事。
私だけがその名を抱きしめたい。
ただ――それだけの事なのに。
まあ、それも確かに猫の歪んだ独占欲。
我儘なのかもしれないが。
本能なのだから仕方がない。
『仕方がないね』
私は魔霧を発生させて――姿を獣人のモノへと切り替える。
現れたのは。
クールで静かなる魔族幹部の美丈夫。
生きとし生けるものを魅了してしまう――人型の私だ。
真剣な話をするのなら、こちらの方が信用してもらえるだろう。
『本当に言葉の通りなんだけれどね。この魔術に掛けた願い、私の望みは唯一つ……。魔王様の御名を独占したい――それだけさ』
「んなことのためだけに! こんな禁術なんてもんを超えた極大魔術を発動させる馬鹿なんて、いるわけねーだろ!」
馬鹿と言われるのはとても心外なのだが。
極大魔術と言われるのは悪い気分ではない。
しかし。
どうして分からないのだろうか。
魔王様の名を独占できる。
それはとても心地の良い事なのに。
まあ、魔王様への想いは海よりも山よりも、バケツアイスよりも深く甘いモノなのだ。それを他人に伝えるのって、難しいからね。
しかしこれでは埒が明かない。
私は一枚の魔道具を取り出し――スゥっと男の前に差し出して見せる。
『そんなに信用できないのなら、そうだね――嘘をつけば反応する邪妖精の羊皮紙を使って会話をしよう。この魔道具は昔からあったと聞く、知っているかい?』
「あー、アレだろ……たしか真っ白な布紙なのに。嘘をつくとぶわっと黒い脂が浮かび上がってくるって魔道具か。本物を見たのは初めてだわ」
神々の叡智と魔導技術によって作り出された、ウソ発見器である。
「どうでもいいけど、これ、めっちゃ高くなかったか?」
『まあ、それなりにはね』
確かに。
どんな嘘さえ見抜いてしまうので、お値段はそれなりに高い。
具体的には、軍事砦を一つか二つ建てられるぐらいのお値段にはなる。
ちなみに。
今現在、これは使用も所持も禁止されている。
だって、わりと外道な使い方もできるからね、これ。
どーして、それを所持しているかって?
それはまあ、その……ネコちゃんだし問題ないよね?
『魔王様への愛を信頼して貰うためだ。狂えるほどに愛おしいあの御方への感情。それを証明すること以上に価値のあるモノ、高いモノなど存在しないさ――』
まあ、ここで消耗してしまった方が証拠も隠滅できるし。
ちょうどいいか。
『私はね。魔王様に関する事だけは――妥協したくないんだよ……だから、あの方のお兄さんである、君にも私を信じて欲しいと、そう、願っている』
だから私は――静かに微笑する。
落ち着いた声音の、物静かな魔族紳士がこう告げると、なかなかどうして説得力も高まるのである。
実際。
レイヴァンお兄さんも、なんか空気に流され始めているし。
現実は非情で、哀しいかな。
やっぱりこう言っちゃなんだけど、魔族も人間も所詮はまず外見だよね……。
レイヴァンお兄さんは手を翳し――。
羊皮紙に魔力を通し、紅き瞳に光を灯らせる。
「大魔帝ケトスに問う――アイツ……現魔王、眠りし弟の名前を独占したい、ただそれだけが理由で魔術を使った。それは、真実か?」
『ああ、魔王様に誓って本当さ』
ゆったりと答える私に、羊皮紙は反応しない。
反応しない魔道具をお兄さんは、じぃぃぃぃいいいっと睨み、指先でぺしぺし。
「えぇ……マジかよ、これ、不良品なんじゃねえか」
『はは……なら試してみようか。私は今日、一度もご飯を食べていないよ』
告げる言葉に羊皮紙が反応し――。
ぶわっと黒い脂ジミが浮かび上がってくる。
『まあ、正常な反応だね』
「じゃあマジだとすると……」
お兄さんは、それはもうドン引きなさった顔で。
口をへの字にして、眼を半目。
微笑む私を、じぃぃぃぃぃいいいっと見る。
「うへぇ……マジドン引きだわ……、おまえさん、どんだけアイツの事が好きなんだよ」
『好きとか嫌いとか、そういう次元ではないのさ。憎悪の汚泥の中で這いずっていた私を掬い上げてくれたあの方は……本当に、素晴らしき御方。私にとってあの方は光で、輝きで――全てなんだ。私はね、あの方のためならばなんだってできてしまうんだよ』
その言葉に偽りはない。
羊皮紙も反応しない。
「じゃあ、なにか。アイツが世界を滅ぼせって言ったら滅ぼすのか?」
『ああ、そうだね。あの方のお言葉は全てにおいて優先される』
告げる言葉に羊皮紙は反応しない。
全て真実なのだ。
「だぁぁぁあああああぁぁぁぁ!? マジかよ、どんびきだよ! マジ、怖いわ、おまえ! ……ぜってぇ、なにかヤバイ企みがあるって思っていたんだが――えぇ……ドン引きするぐらいの魔王愛が理由とかって、普通に同情しちまうわ」
『じゃあ逆に聞くけれど、魔王様の御名を封じることのどこにメリットがあると思っていたんだい?』
「えーと、弟の名を封印することにより――魔王であるあいつの力を借りる魔術を封じ、独占使用しているとか……」
『そんな意図はないさ。魔術を使わずともそれくらい可能だしね』
実際。
今、現在。
魔王様の力を引き出した魔術を使えるのは、私だけだが。
魔王様の御力を借りた魔術はあえて使っていないし。
「魔王という名と器にアイツを縛り付け、存在を薄め――弱体化。自分が大魔帝ケトスとして活躍し歴史に名を刻み、新たな大魔王になろうとしてやがるとか……」
『どうして私が大魔王にならないといけないんだい? 面倒だし、嫌だよそんなの』
腕を組み、唸り考え彼は言う。
「主神になり替わろうとしているとか」
『あー、よくそれは勘違いされるね。けれど――私は大いなる光ともそれなりに交流を持っている。全ての人間を見守り、その善心や悪心まで見通さないといけないなんて……死んでも御免だね』
とーぜん、羊皮紙は反応しない。
しばしの沈黙の中。
やってきたのはレイヴァンお兄さんからの言葉ではなく、店のマスターで料理人のアンネおばちゃん。
私の前に置かれるのは、当然、素晴らしき肉料理。
ハンバーグゥ!
ポンと姿を猫に戻し、私はじゅるりと舌なめずり。
「はいよー、ケトスちゃん! 熱いから、気をつけて食べるんだよ」
『おー! 早かったねえ! ありがとう、美味しくいただくよマダム、アンネ』
届いた粗挽きハンバーグ定食、チーズ入りをまず目で楽しむ私。
さあ。
いざ勝負とナイフとフォークを魔術で浮かべたその後。
お兄さんはようやく開いた口から言葉を発した。
「はぁっぁぁっぁぁぁあああああああああ!? え……ちょ! まさか……っ、てめぇ! そんなことのためだけに、とんでもないレベルの大儀式魔術を使っていやがるのか!」
粗挽き肉感を楽しめるように、大きく切り分け――鉄板の上にタレを落とし、じゅわじゅわ~!
弾ける肉汁音をモフ耳でも楽しみながら私はお兄さんに答えた。
『まあ見解の相違だね。他の者たちにとってはそんなことのため、かもしれないが。私にとっては大事な事なのさ』
「触媒とか、生贄とか。そういうのはどうしたんだよ!」
倫理に反しているモノを使用していないか、詰問しているのだろう。
『あー、儀式魔術ってそういうの必要だからね~。とりあえず、お兄さんが思っているような生贄は使用していないよ。私が使ったのは、これさ』
言って、私が投影した魔術映像に浮かぶのは聖なる輝きを放つ布と小瓶。
ほぅ……と片眉を跳ねさせ、男は感嘆とした息を漏らす。
「これは……聖骸布に神秘の霊薬エリクシャーか?」
『違うよ。普段私が使っていたモフ毛の染みたお昼寝用毛布と、眠る時にむにゃむにゃ毛布に垂れた涎を詰めた小瓶だよ?』
うにゃん、と首を傾ける私に。
なぜかお兄さんはがくりと肩を落とす。
『私、ベースは最下級の猫魔獣だけど最上位の魔族だからね。私自体が最高級の媒体。抜け毛とか生え変わりの爪とかが、素材になっちゃうのさ』
鉄板でじゅわじゅわ~っとするタレの中に、ハンバーグの肉汁とチーズを絡ませ。
数秒待機。
タレ、肉汁、チーズ。
三種の神器の揃った鉄板――その濃厚ダレにふさわしきモノ。
副菜に添えられた温野菜からアスパラガスを選定。その身を潜らせじゅわじゅわ~……濃厚なタレ汁に浸し、じゅじゅじゅじゅー。
垂れたチーズで包まれた、肉厚ハンバーグと一緒に。
パクリ♪
ごくりと呑み込むと、お腹の中がほわほわ~っと熱くなる。
にゃふふふふ、これが幸せというヤツだろう。
しゃきっとアスパラに染み込んだ肉汁が、ぶわっと弾け、肉感強めの粗挽きハンバーグとマイルドに絡まり。
うみゃい!
『くはははははは! これこそが我にふさわしき贄である!』
必殺、乱れ食い!
五皿も頼んだから、お腹いっぱい食べられるのである!
魔王様が御眠りで傷心な私への、とっておきのご褒美というヤツだ。
「まあ、わかったよ……とりあえず、お前さんがアイツの事を大事に思っている。その辺の事は信用してやることにする」
『そりゃ、どうも――あ、お兄さんもお肉食べるかい?』
勧める私に、お兄さんは翼をぴょこぴょこ。
けれど、首を横に振る。
「そこまで害はねえからいいけどよ……おまえさん、そんなに魔王の事が大事なのか? こう言っちゃなんだが、まだしばらくアイツは眠り続けるだろう……古き神々である我らの時は長く、時間の流れも緩やかだ。お前さんはお前さんで、自分の人生を歩む道だって、あるだろうに」
問われて私は、眉を下げる。
食事の手を止めて。
私は告げた。
『ああ、けれどね。とても――大事な御方なんだ』
この私が食事の手を止めて答えることなど稀だ。
あの方だからこそ、それが許される。
というか、魔王様……やっぱり大いなる光と同じく古き神々なんだね。
おそらく元は私と同じく、青き星、またはそれに類似する世界から転生して来た元人間……だとは思っているのだが。
ともあれ。
『君が何の目的でここに来たのか、正直に話してくれなくてもいい。好きなだけ居て、好きな時に旅立ってくれて構わない。けれど、もし――魔王様に害をなす何かを企んでいるのなら……』
言葉を区切り。
警告するようにぶしゅり――とハンバーグにナイフを突き立て私は言う。
『私は躊躇なく君を消す、たとえあの方の御兄弟だとしても、どうかそれを覚えておいて欲しい』
刺された刃から滴る肉液。
血にも似た汁が、鉄板の上に落ち――ばちりばちり……蒸発して。
やがてそれは。
弾けて消える。
嘘を見抜く羊皮紙は反応しない。
猫口をついてでた警告に、嘘はないからだ。
もし、本当に魔王様にとっての邪魔ものになるのなら――。
私は躊躇なく、消滅の肉球を翳すだろう。
その演出の意味は理解できたのだろう。
魔王様の兄レイヴァンは、渋く苦笑してみせて。
私の口元を眺め――。
「分かったよ。ただ一つだけ言っておく。これは警告じゃねえ、忠告だ」
『ほぅ……なんだい』
ジト目をして見せて、男はトントンとテーブルを指で叩く。
「口から涎をじゅるじゅる垂らしながら言っても、ぜんぜん怖くねえぞ」
言われて私はハッ! 慌ててペロリと、猫舌でお口の周りをふきふき。
そりゃ。
目の前には美味しそうな鉄板焼きハンバーグ。濃厚芳醇な肉汁がパチパチと音を鳴らしていたら、仕方ないよね。
だから、今のはノーカン。
セーフ中のセーフなのである。いいね? 魔王様には内緒だよ?
『これは失礼した――』
キリリとイケにゃん貌を作り直し。
猫鼻の前で肉球を組んで――。
『私は躊躇なく君を消す、たとえあの方の御兄弟だとしても、どうかそれを覚えておいて欲しい』
言い直した私に、お兄さんははぁ……とため息をつき。
なぜか優しい手で私の頭を撫でた。




