覚醒する獣達 ~遠き日の約束~
自分の二つ名がこの世界に知れ渡っていると思い込んでいた、不精髭のアウトロー男。
魔王様の兄を名乗る魔族、レイヴァン。
なんらかの魔性であるという事まで、既に露呈して――なんか、底が見えてきた感のあるお兄さんをジト目で見るのは。
大魔帝ケトスこと、この私。
魔王城のお客様用の部屋。
夕ご飯前の出来事である。
くわっと紅い瞳を見開いて、翼をバッサバサさせてレイヴァンお兄さんは唸りを上げる。
「いやいやいやいや、おいおい、ネコちゃん。そういうお約束はもういいっての、まあ? 俺様に出会えた緊張と感激で動揺しちまうってのは、理解できるけどな? 冗談はここまでだ。この俺様の二つ名がこの世界に轟いていない筈がねえだろ?」
『えーと、本当に……申し訳ないんだけど、まったく、轟いてないよ?』
再度、モフ毛をぶわっと膨らませた私はネコちゃんの首を横にこてり。
愛らしいポーズである。
しばらく、沈黙が続く――。
仕方がないと、私は魔術を展開することにした。
猫目石の魔杖でトントン、空を叩いて大魔法陣を形成。
『そんなに言うなら魔術でチェックしてみようか。えーと……こんな、感じでいいかな。あー、にゃほん! 我が名はケトス、大魔帝ケトス――! 世界に問いかける者也や』
世界に存在する魂の情報に干渉し、その知識にある対象者への情報……。
つまり。
知名度を数値化する世界規模の魔術を使って――。
肉球をぺちり!
新体操のリボンのように弧を描き広がるのは、凝縮された十重の魔法陣の群れ。
とんでもないレベルの魔術なのだが。
さて、どうなるか。
「な……――っ!?」
魔術式を読み取り、レイヴァンお兄さんとやらは驚愕にいかつい貌を尖らせる。
くくく、くはははははっ――!
どうだ、これぞ必殺!
ちゃんとした実力者なら、マジやっべぇと分かってしまうレベルの超高位魔術を即興で構築、いきなり披露芸である!
案の定。
犬歯の目立つ牙を覗かせ、男は叫んでいた。
「これは……っ! なんだこのとんでもねえレベルの魔法陣は!? てめえ、ケトスっちよ。あいつの一番弟子で、異世界にまでその支配を伸ばし暴れている――ってのはマジみてえだな!?」
魔王様の弟子である私が、とんでもないってのは言うまでもないけど。
サメとか狂犬っぽい印象の男だなぁと思いつつ、私は問いかえす。
『ケトスっち……ってなんだいそれ?』
「ああ、おまえさんはアイツの弟子で家族で飼いネコで、息子みたいなもんなんだろ? だったらその兄である俺様の方が偉い、つまり、どんな呼び方をしたっていいわけだ。なーっはっははは!」
俺ちゃん完璧、と――妙に偉そうにレイヴァンお兄さん。
どーしよ。
このテンション。
いままでいなかったタイプだから反応しにくいな……。
『ま、別にどう呼んでもらっても構わないけれどね……できたら尻尾をモフモフするのやめてくれるかな?』
「で、どうだ? やっぱり、俺様。知名度抜群だっただろ? な? いいって、ほら。遠慮せずに早く言えよ」
なあなあなあなあ!
ムフフと顔を赤くして、ほめろーほめろー!
と、待っている彼には悪いのだが……。
どーしよー……が再び。
私は魔術式と結果をぺたり。
文字と図解で宙に投影し、頬をぽりぽり。
『あー、そんな偉いレイヴァンお兄さんには悪いんだけど。ほら、君の存在への知名度は一パーセント以下だ。この以下ってのも、たぶん例の手紙を共に見た魔王軍の連中だろうし……その、やっぱり、君……マイナーというか、誰も、知らないんだと思う……んだけど』
あまりにも自信に満ち溢れているから、なんだかこっちが申し訳なくなってしまう。
知名度一パーセント以下の男が、ぐぎぎぎと私を向き唸る。
「そ、その魔術が失敗してるってことはねえのか!? なあなあ!?」
縋るように近づいてきたと思えば、動揺する瞳と牙をむいて。
くわ!
ぬいぐるみよろしく――。
私の両脇を腕で、うにょーんと持ち上げて彼は結構真剣に唸っている。
『ロックウェル卿やホワイトハウルと渡り合えるほどの力があるなら、魔術の精度ぐらいは分かるだろう? 魔術式を教えるから、自分でやってごらんよ』
「よーし、いいぜ!」
実はこれ。
この男の魔術模倣能力を試す実験なのだが――。
あー、ちゃんとコピーしてるな。
「俺様がちゃんとした手順で同じ魔術を扱えば、知名度百パーセントの大英雄だってことが分かって……って、なんじゃこりゃあああ! マジで知名度、最低値じゃねえか!」
見事に術は成功。とーぜん、結果は変わらず知名度はゼロに近い。
あ、どーしよ。
貌をプルプルさせ始めちゃった。
「はぁ!? だって、あいつ――ちゃんと俺様の名を後世に伝えるって約束したんだぞ!?」
『あいつって、もしかして魔王様の事かい』
兄だっていう体で話をすすめているし、たぶん関係者だろうから我慢しているけれど。
これ、実はそっくりさんの詐欺だったら後でぶっ飛ばそ。
「たりめえだろうが!」
あー……。
なるほど。
『たぶん、魔王様。伝えるの、忘れちゃったんじゃないかな……?』
「んな大事な事、忘れる筈がねえ! ……って、言いてえところだが……」
ジト汗をしとしとと滴らせ。
がくり。
しばらく項垂れていたのだが、不意に男は唸りを上げて――絶叫。
「うがぁぁぁぁあああああああああ! あいつの絶対とか、大丈夫とか。笑顔でする約束を信用しちゃいけねえって、忘れてたああぁぁぁぁぁぁ!」
『まあ、魔王様だからね』
「あのバカ野郎! マジでやらかしてくれやがったあぁぁぁあぁぁぁぁああ!」
まあ、たぶんこれ本物のお兄さんだな。
項垂れている所を悪いのだが――。
これじゃあいつまでも、話が進まない。
『そろそろ真面目に話をすすめよう。魔王様のお兄さんだって言う証拠か何かはないのかい? 私個人なら、まあ信用するかしないかの問題だけど。魔王軍は組織だからね、予算を通すにもそれなりの証が必要なのさ』
「そうだな……じゃあこれならどうだ」
言って、レイヴァンお兄さんは前髪を全部降ろし。
優しげな顔を作り――。
まっすぐに私を見て――困った様に微笑んだ。
「ケトスよ。全てを恨んでもいい、憎悪するのも仕方なき事。けれど――どうか、全てを諦めないでくれないだろうか。おまえには恨む権利がある。復讐のためだけに狂い暴れる権利もあるのだろう。ただ――それだけではダメだと、そう思うのだ。それはとても悲しい事ではないだろうかと、そう思ってしまうんだよ。なあケトス、醜くも美しいこの世界にも、僅かながらに良い事もある。ほんの少しでいい、どうか――光を探してみてはくれないだろうか?」
それは。
いつかのあの日。
魔王様が私に言った言葉で――。
あー、なるほど……これは確かに、私と魔王様の思い出。
あの場にいた存在のみの秘密でもある。
私は思わず肉球を伸ばしかけていた。
魔王様とこの男は違う。
けれど――紛れもなく、面影があったのだ。
猫としての私の直感も言っていた。
この男は――魔王様の兄だ、と。
「細かい部分は違うだろうが。ニュアンスは同じなはずだ。アイツは世界を滅ぼそうと暴走したお前に向かい、こう言っていた――」
『ああ、そうだね。寸分違わず――合っているよ』
伸びかけた肉球を止めて、私は言葉を漏らした。
私は少し、切なくなった。
どれほど似ていても、魔王様ではない。
『君を認めよう。それで、私に何の用だというんだい。迎えに来たと言っていたが……どこに連れて行こうとしていたのか、目的は何なのか。教えてはくれないだろうか』
「アイツに頼まれていたんだよ。兆候が見えたら――お前をこの世界から引き離してくれってな」
『兆候?』
「ああ――、単刀直入に言おう。大魔帝ケトス、お前は近いうちにこの世界を滅ぼしてしまう」
飄々とした仮面など捨てて、魔王様の兄は私を真剣に見つめてそういった。
『世界を、滅ぼす?』
「ああ、残念だがな。そう――俺様の宣託が告げている。おまえさんは、この世界に居ちゃ、駄目なんだ」
私をなだめるように、言葉を選ぶように。
男は慎重に口を開いている。
「共に行こう――なに、寂しいのなら一緒に居てやる。ここではないどこか遠くの世界に……お前さんの憎悪が治まるまで、静かなる場所へ……旅立つだけだ。俺は、アイツの愛したこの世界をアイツが愛したお前さんが滅ぼしてしまう姿など……見たくはねえんだよ」
この優しさは――。
やはり、魔王様の血縁者なのだと実感させる。
言葉遣いは違う。雰囲気もやはり違う。けれど、どこかが似ているのだ。
その言葉を受けた私は――。
ぶにゃんとネコの息を吐き、カカカカと首を掻く。
『なーんだ、そんな事だったのかい……いやあ、身構えて損をしたよ』
「……は!?」
シリアスな仮面が崩壊して、レイヴァンお兄さんは目を点にして呟いた。
ぶにゃはははは!
と、猫笑いしたくなる心をぐっと我慢し、私は言う。
『ごめんごめん……! いやあ、ものすっごい真剣になってくれたお兄さんには悪いんだけどさあ、実はもう何回もそういう状況になっていてね。その度に、なんだかんだ皆の協力があって滅ぼさずに来ているんだ――だから、いまさらそんなこと言われても、反応に困るというかなんというか』
もうちょっと詳しく説明しようとしたのだが。
その瞬間。
私の横に、ぶわっとニワトリ印の魔法陣が浮かび上がり――。
クワーックワクワ、コケコッコー!
ロックウェル卿がにょきっと出てきて、ドヤ顔をして見せる。
『ケトスの言っている事は真実であるぞ? 余も何度も滅びの歌を聞き、その都度、事件に介入しては世界崩壊を喰い止めておるからのう――くわっくわくわ!』
「げぇ!? 魔性の中で一番やばそうなチキン野郎じゃねえか!?」
ズザサザとシーツの上を後ずさるお兄さんの横で。
もう一つ雷鳴による魔法陣がジジジジ。
モコモコな犬耳が魔法陣からにょきっと生えてきて、ワオーンと現れたのはホワイトハウル。
『話は聞かせて貰っていたぞ。なーにを深刻そうな顔で、偉そうに我が友ケトスを惑わせようとしおって! 心配して損をしたわ! だいたい、ケトスが世界を滅ぼしかけるなど今に始まった話ではない! いまさら、訳知り顔をされても――のう? ニワトリの君よ、どう思うか?』
『クワワワワワ! 片腹痛いとはまさにこのこと!』
もこもこな羽毛を翻し、ロックウェル卿はワンコと一緒にヒソヒソヒソ。
『ど-する魔狼の君よ。あやつ、とんでもなく情報が遅いぞ。勿体ぶって、これだけとは……余は、なにか哀れに思えてきたぞ』
『まったくであるなあ! 我、そんなことでこんな騒動を起こしたのかと呆れかえってしまうのであるぞ! 我らを差し置いて保護者面をしようとは、ぷぷぷのぷーなのだ!』
いつの間にか、小姑のような顔でレイヴァンお兄さんを眺め。
ぷぷぷ。
二獣は互いに顔を見て。
『ぐわーっはっはっは!』
『くわーっくわくわくわ!』
先輩面をして、大笑い。
実はめっちゃ強い二獣の獣笑いを、ぐぬぬと睨みながらレイヴァンお兄さんが唸る。
「ちょっと待て、てめぇら! じゃあなにか? こいつは、マジで既に何回か世界を滅ぼしかけているってのか!?」
『クワーックワクワ! 何を驚く、新参者よ! 最近でも――そうであるな。憎悪倍増装置となっていたダークエルフと共鳴しその場のノリで世界を滅ぼしかけたり、嘆きの魔性の力を吸収した影響で火照り、天体召喚魔術で大崩壊を起こしかけたり。まあ色々とやらかしておるぞ?』
ビシっと顔面を硬直させて、レイヴァンお兄さんは頬をヒクヒク。
「憎悪の魔性が、憎悪倍増能力者と共鳴? しかも、嘆きの魔性の力を吸収しただぁ?」
事実か確認するようにこっちを見ているから、私はムフフとドヤ顔をし、
『ニャーッハッハッハ! 我の散歩は自由に行われるモノなのである!』
「ビシじゃねえよ、ポーズとってんじゃねえよ、褒めてねえよ!? 偉そうにモフ毛を強調して胸を張るな! だいたい、嘆きの魔性まで覚醒してるって、この世界マジでどうなってやがるんだ!?」
なにやら、こちらの世界の常識になれていないようである。
俺様タイプだと思っていたのだが。
案外常識人らしい。
もしかしたら……魔王様に振り回された人生を送っていたのではないかと、思ったりもするのだが。
どうなんだろうね。
『まあ、君の目的は分かったし理解はできたよ。とりあえず、その必要はないと言わせて貰うが――。まあそういっても信用できないだろうからね、しばらくここに滞在するといい。魔王様も、きっとお喜びになるだろう』
「はぁ……そうさせて貰うわ」
とりあえず、少なくとも今の私は世界を滅亡させる気はない。
そう思っている事を信じて貰うしかないか。
それに、まあ。
ちょっと……魔王様に似ているから、あんまり邪険にできないんだよね。
私は魔王様の兄レイヴァンおにいさんの滞在が決まったと正式に知らせるために、扉と外界とのほんの僅かな隙間に張られた亜空間に声をかける。
『じゃあそういうわけだから、ジャハルくんとサバス君もそのつもりで頼むよ。これは大魔帝としての命令だ。彼を魔王様の兄と認め、この城への滞在を許可する。皆に伝えておいて欲しい』
「って、オレ達が潜んでいた事に気付いてたんすか!?」
亜空間から完全武装モードで現れた炎帝と悪魔執事を目にして。
私は渋く苦笑してみせる。
『私を誰だと思っているんだい、君達の上司――大魔帝ケトスだよ』
「これは、はは……参りましたね」
なんか見た事もない邪剣を帯刀しているサバスくんが、ネコちゃんハンカチで顔を拭きながら頭を下げる。
隠れていたのはすぐに察知できたのだが。
何かあったら私を守るつもりだったのだろう。
それが分かっていたからこそ、私も言えなかったんだよね。
◇
こうして、レイヴァンお兄さんがしばらく滞在することとなったのだが。
はてさて。これから何が起きるのか。
何事もなく終わってくれるといいんだけど――まあ、こんなメンツが揃っているのだ。
絶対、何か起きるよね?
そういうの……なんか、最近、分かるようになってきていたのである。
ともあれ。
人間世界にも連れて行こうとは思っているのだが、きっとお兄さん。
驚くだろうなあ。
この世界に住まう人間達。
脆弱なりしも輝かしき者達。
かつて、私は彼らをムシケラ程度の存在としか思っていなかったが――今は少し違う。
ここ最近。
大人の余裕というヤツを磨き上げた私には、こころのよゆう、というモノができているからね。
私の心境の変化と共に、彼ら人間達にも変化の兆しが訪れていた。
彼らの暮らしや認識は、グルメの広がりと共に急激に変わっていた。
時代が動きつつあるのだ。
それは人間だけではなく、魔族や神もそうだ。
魔族側の変化としては――人間ともある程度友好的に付き合っているし、国家としての交流もある。
神側の変化も結構大きく――天界の神々と人間との関係も、心の通った協力関係へと変化している。
誰のせいとか、おかげとかは言わないけれど。
色々あったし。
今、人間達の平均レベルもあがっているからね。
人間という種族は、進化の真っ最中ともいえるだろう。
昔なら、人間のくせに生意気だニャ!
と、踏みつけに行っていたのかもしれないが――今は、その変化を見守ってやってもいいと思いつつあった。
人間達が進化をすれば、まだ見ぬグルメとも巡り合えるからね!
そういった変化を、数回程度しかこちらの世界に降臨していないお兄さんにも見せてやろう、というわけである。
もっとも。
ただ遊びや観光で行くのではない。
私がお兄さんを連れてグルメ街に行っている間。
ようは、注意を引き付けている間。
魔王城の皆には、悪食に類する魔性についての記録を一から探って貰おうと思っていたのだ。
確かに、レイヴァンお兄さんの目的は魔王様との約束を果たすこと。
世界を破壊しかねない私を別の世界に連れていく――それは間違いないとは思う。
けれどだ。
それだけが目的とは限らないからね――。




