エピローグ、ネイペリオン帝国編 ~にくきゅうは世界を救う~
神を落としたあの日。
歴史に刻まれるであろう、あの戦い。
封印王立図書館で行われた激闘から、既に二週間が経っていた。
世界には平和が訪れている。
メルカトルの王国軍は全員ちゃんと無事。
無傷ではないが死者はなく凱旋となったのだが、まあ……無事というと――ちょっと語弊があるかもしれない。
彼らがちゃんと動けるようになったのは、つい先日の話なのだ。
神を滅ぼし――。
ラルヴァの崩壊を見届けたあの後、私が生み出したゲートでちゃんと全員帰国したのだが――異界渡りをした途端に王国軍は皆ダウン。
うにゃうにゃ! わんわん!?
なんだなんだ!
これは新たな敵襲か! とネコとわんこで大騒ぎだったのだが。
理由は単純。
いやあ、よく考えたら神話レベルの強化魔術や支援スキル。
それらを何重にも重ねて戦い続けていたのだ。
人間の器にとって、それはかなりの負担となっていて――気が抜けたら魔力を維持する能力にも隙ができてしまい、負荷が一気にかかってしまったのだろう。
ようするに、大規模強化の副作用である。
犬天使と私が全力で治療をしたので、後遺症も残らなかったが、いやはや実はけっこうビビってしまったのである。
さすがに強化魔術で王国軍を滅ぼしてしまいましたーっとなったら、とんでもない悪猫として歴史に名を残してしまうからね。
蟲魔公ベイチト君の方も冬眠状態になっていて。
受けていた制約のダメージから立ち直ったのは最近の話。
つまり、世界は平和になったが――彼らにちゃんとした平穏が訪れたのは、二週間も経ったつい先日のことなのだ。
私も魔力疲労がぁぁぁぁぁぁぁ!
とかいって、ずっと眠っていたかったのだが……ピンピンしていたからね。
それに。
人間達の治療の他にやるべき重要な事があったので、休む暇なんてなかったのだ。
今、私がいるのは滅んだはずの帝都――栄光の手により滅ぼされた地。
ネイペリオン帝国である。
あの地で救い出した遺骸。
その蘇生が完了していたのである。
◇
歪んだ形で願いを叶える血塗られた栄光の手。
母の願いを引き継ぎ協力的だった彼等と私、そしてロックウェル卿の力で回収できた犠牲者全ての蘇生に成功していたのだ。
はっきり言って大奇跡なのだが、あまりそれを表に出して喜ぶことはしなかった。
母を失った彼等栄光の手を見ていると……少しだけ胸が痛んでいたのだ。
ラルヴァはあの極悪な主神、創造主である大いなる輝きによって狂わされた時の中を、歪み続けながら生きていたのだから……。
ともあれ。
ネイペリオンの人々は蘇生した直後ということもあり、魔猫王城で経過観察中。
魂と修復された肉体がちゃんとくっつくまで、安静とチェックが必要だったのである。
蘇生した直後はなにかと不安定で――油断すると……ノリが剥がれるみたいに、魂……剥がれちゃうんだよね。
さすがに首都のほぼ全員なので人数も膨大。
空間や衣食住の確保は私の魔術でなんとかなるものの、その管理が結構大変だったりするのだが――その辺はまあ、黒猫執事君と犬天使たちに丸投げ……。
いや、全幅の信頼を置いて任せてあるのである!
人間の役に立つことを是とする犬天使は大張り切りだし。
黒猫執事君も大役を任せられたと、感涙しながら私に頭を下げてくれたのだが……うーみゅ、まさかそういう管理とか、チェックとか……私には向いてないから任せちゃったとは言えないよね。
まあ、実際。
猫魔獣にしては珍しく丁寧な性格である黒猫執事君が、適任だったということは補足しておく。
その苦労に報いて、黒猫執事君には私特製の装備も贈呈した。
伝説の装備も顔負けな超強力防具、大魔帝印のオートクチュール執事服である。
押し付けちゃって、かなり悪いなぁ……と思っていたので、結構本気で作り出した装備なので。
うん。
本当に、いわゆるチート性能なぶっ壊れ装備となっていたりもする。
世界で一つの伝説級装備となっているのだ。
だから――うん、これで問題なし!
と……思いたい。
まあ受け取った黒猫執事君は冷静沈着な貌をぐじゅぐじゅにして、鼻水まで垂らしながら感激してくれたのだから。
あながち、私の勝手な思い込みというわけでもないだろう。
ともあれ。
犬天使の献身。
そして黒猫執事君の管理で回復した彼らネイペリオンの民を、そろそろ故郷に帰してあげる流れとなったのだが。
その前に――帝都の修復と、無事住めるかどうかの最終確認をする必要があった。
だからこうして私が直々に、かつて滅んだ帝都に肉球を運んでいたのである。
もっとも、この地の王族は既にいない。
悪さを企んでいた彼らを救う気など私にはなかったし、そもそも遺骸を回収できていなかったからね。
動けない王国軍に代わり、帝国の街並みを再建したのはハロウィンキャットと我ら猫魔獣大隊。
本当は私と猫魔獣大隊だけでやるつもりだったのだが。
どうやらこのハロウィンキャット達。
王国の他にも棲み処が欲しかったらしく、一部の若者たちが移住。
この地に住まうつもりらしいのだ。
なんというか。
メルカトル王国で愛を育んでいたというか……新婚さんが大量発生しているというか。
ハロウィンキャット達、新しい世界で春を迎えたのか、結婚……していたみたいなんだよね。
まあさすがに、まだ産まれてはいないのだが……。
そんな彼らが棲み処に選んだのは、王族が滅びてまるまる空き家となっていた場所。
つまり、ネイペリオン帝国の御城である。
お腹の膨らんだ妻猫を労いながら、夫のハロウィンキャットが乗っ取った御城の中に家具を運びながら――わっせわっせ!
メルカトル王国で結婚式を挙げた新婚猫たちが、次々と転移をしているのである。
まあ彼らが城に棲み付いてくれる事は、実はかなりありがたかったりもする。
だって、ここの地下監獄。
まだ魔物がいっぱいだからね……。
地下監獄だけの支配では物足りなくなった魔物達が地上に溢れだし――せっかく蘇生した帝国の民間人を殺しちゃう。
なんて事もわりとありえる話なのだ。
結界とか封印の札を張っておいても、時が経ったら解かれちゃうのがお約束だからね。
いっそ御城ごと地下監獄を消滅させようかとも考えていたら、それを聞きつけた新婚ハロウィンキャット達が魔物を押さえつけておくから、御城をください!
と、尻尾を震わせおねだりに来た――という経緯なのだ。
ハロウィンキャット達が城を棲み処とすれば、魔物の心配は完全になくなる。
だって、冗談抜きでこのカボチャ兜のニャンコたち……最上位の魔物だからね。
下から極悪な魔物が上がってきても、もっと極悪な彼らがホラー武器で一撃粉砕。
ウチの縄張りになんのようにゃ!
と、追い返してくれるだろう。
『さて――人間達がこの街に帰ってくる前に。やれることをやっておくかな』
言って私は御城の中庭に転移。
緑豊かな庭園、魔力肥料で肥えた土地を猫のお手々でざっしゅざっしゅ!
ネイペリオンの地下監獄の最深部から拾ってきた、植物の根を設置。
長い間、この地を呪いで満たしていたマンドレイク。
つまり眠るラルヴァが張り巡らせていた呪術の根である。
浮かべた聖者ケトスの書で土地を清めながら――私は口ずさむ。
『うめよー。ふえよー! 地に満ちよー♪』
握ったスコップでザッシュザッシュ!
街の中心に埋め込んだ根に、私は魔術を吹きこんでいく。
『汝、子を想うその母の心は誠なりや。なれど輝きにより歪められたのもまた事実』
世界に広がる十重の魔法陣。
あまりの規模に、風が揺れる。
大地が揺れる。
私のヒゲと尻尾も揺れていた。
私の影の中から浮かび上がってくるのは、四つの眷属。
血塗られた栄光の手。
母の魂を繋ぐことよりも、その願いに従い――このネイペリオン帝国の民の命を救う事を優先した、願いを叶える魔道具たち。
彼らは感じるのだろう。
この波動と根が誰のモノなのかを。
『地上の獣、空の鳥。大地を生きる全ての命は汝の子ら。全てが汝の守るべき子にして、命。汝の愛を必要とするこの世界』
集中する私の肉球に球の汗が浮かぶ。
一歩間違えれば世界を破壊しかねない――大儀式を執り行っているからだ。
『譬えそれが大魔帝による歪められた認識だと理解して尚、母としての慈愛を満たしたくば、我が声に応えよ。母としての責務を負いたくば、我が盟約に応じよ。かつてこの地に眠りし邪神、女教皇ラルヴァよ』
私の操作する創世の魔力が、優しい光で満たされていく。
おそらく、大いなる光が手伝っているのだろう。
異界の女神とはいえ主神である彼女は、私が為そうとしている事に気付いたのかもしれない。
腐っても大いなる光は実績のある主神。
その助けは大きかった。
創世魔術のコントロールは難しいのだが――それをうまく支えてくれている。
おそらく。
今は天で手を握り――祈っているのだろう。
彼女にも分かっているのだ。
あの狂える女教皇が、大いなる輝きによって狂わされた哀れな魂であったのだと。
『我が名は大魔帝ケトス。汝を新たなる主神、母なる神樹として命を吹き込む大邪神なり!』
主神の力を借り、私は聖者ケトスの書と猫目石の魔杖を同時に使用。
ネイペリオン帝国に奇跡が起こる。
ズモ、ズモモモオモモォォ!
植えられた魔根から、音が鳴っていた。
成長しているのだ。
かつて呪われていたその根が――伸びて、伸びて、伸びて。
天を衝くほどに大きな神樹――世界樹が生まれていく。
そう――。
私と大いなる光は異世界の神であるにも関わらず、勝手にこの世界の主神となる存在を創世してしまったのである。
種族は植物神族。
世界を支える程の神樹――ユグドラシルの長である。
その魂の元となっているのは……ラルヴァのモノ。
かつて、大いなる輝きに命を奪われ――その母としての心を利用され歪められた、哀れな魂。遠い昔、この世界のどこかの王国で女教皇の座についていた、名も顔も知らぬ聖職者の女性である。
母の心はとても強い。
それこそ、子を増やし守るために主神を喰らい、力を増してしまうほどに。
その心を、もし世界に生きる全ての命に向けられたら? 世界そのものを我が子として認識してくれるのならば?
母として子を守り、母として子を諭し、時に道を間違えた時は母として叱る。
これほど頼りになる主神は他にいないだろう。
あとは、ラルヴァの元となった女教皇の魂が受け入れてくれるかなのだが。
応えるように、生い茂る樹々を揺らす大樹。
ざぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁ……っ。
その木漏れ日の隙間から――光が射した。
それは安らかな風と輝き。
優しく淡い、聖なる光。
主神が扱う聖光だ。
『どうやら、成功したようだね――』
世界樹が――世界を守る癒しの結界を展開し始める。
生まれたばかりであっても、これほどの神樹だ、力もそれなり以上にあるのだろう。
まるで母が子に手を伸ばすように……その癒しの波動が世界を撫で始めている。
主神として、母として。
この世界を慈しんでいるのだ。
木漏れ日の光で温まるモフ毛を膨らませ――。
ちょっと皮肉を込めて私は言う。
『どうか、もう一度君を退治しにくるような事にならないよう。私は願っているよ』
一応。
道を踏み外したら、分かってるよね? と、一言だけ残しておいたのだ。
これ、もし暴走してもう一度なんかやらかしたら私の責任だからね。
わりとマジで洒落ではなく、私は禁忌を冒しているのだ。
この世界を私が救ったのだから、少しぐらい自由にしていいよね♪
と、起こした猫の気まぐれ。
この世界に生きる民に相談することなく、勝手に哀れな邪神を主神として転生させたわけなのだから。
もちろん、このような世界規模な魔術を何の代価もなしに行使できる筈がない。
私の中にある。とある大事なものが崩れて壊れていく。
大魔帝ケトスの主神としての称号……すなわち資格。
そして――。
私の所持アイテムから、かつて世界を救った際に入手した手作りのお守りが、割れる。
少し間の抜けた鑑定娘が作ってくれた――守りを願った御守り。
私が偶然世界を救った時に鍵となったことから、世界を守ったキーアイテムとして進化していた特殊な装備。
それが崩れて消えてしまったのだ。
アイテムロスト。
あまりの大魔術の代価に崩れてしまったのだろう。
これもまた私が、主神としての資格を得るためのアイテムともなっていた。
大いなる光が、私に問いかける。
主神の資格。それは誰にでも手に入れられるような安いモノではない。
本当に、これで良かったのか――と。
まあ、これで自分の主神の席が奪われることもなくなるぅ! と、地味に本気で安堵している空気も流れてきているのだが。
ともあれ。
世界樹として生まれ変わったラルヴァ、その周りを嬉しそうに飛ぶ血塗られた栄光の手に目をやって、私は猫の眉を苦笑させた。
『ああ、これでいいのさ。気まぐれな猫に世界全てを慈しむ主神なんて、似合わないだろう?』
……、まあ。
つい最近。心を入れ替えるまでの大いなる光が主神として似合っていたのかは、正直怪しいが……。
今の彼女なら、きっと……世界も安定するだろう。
ホワイトハウルが目を光らせているだろうし。
そんな内心を表に出さず、私は続ける。
『それにこの血塗られた栄光の手は自分の願いよりも、この帝国の民の命を優先した。その心に報いるのが、魔王様の愛猫としての務めだと判断したまでさ』
これでもう一度、なにか世界を救わない限りは私に主神としての資格はない。
全て、新しき主神に譲渡してしまったのだから……。
つまり!
のうケトスよぉ……やはりおまえが主神にならんか? 我はその補佐ワンコになるのもやぶさかではないのだが? とか。
責任から逃げるホワイトハウルに、ワンワンキャンキャン言われることがなくなるのである!
ぶにゃははははははは!
まさに完璧、計画通り!
ついでにこの世界の欠けた主神の座を埋める事もできるし、一石二鳥!
あとは、神樹として生まれ変わったラルヴァの魂が母として、この世界をちゃんと守ってくれるかどうかだが――。
未来を覗く私の魔眼によれば――。
まあ、それは言わぬが花なのかもしれないね。
優しさで満ちた世界を映す猫の魔眼を閉じて、私は再び目を開く。
土で汚れた肉球。
そして、肉球の間に挟まってしまった小石を、ぺぺぺぺぺと払いながら。
風に揺れる世界樹を――私はしばらく眺め続けていた。




