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同胞 ~懐かしチキンと正体バレ~


 ちゃんと私用に提供されたフルコースはなかなかに美味で。

 私はすっかりと気分を良くしていた。


 猫科の亜人類のために用意されていたというマタタビジュースをぐっびぐっびと飲み干して、


『ぷはぁぁぁぁぁ、っくぅぅうみゃい! にゃーーっはっはっは! もういっぱいもってこーい!』


 歓喜と興奮に釣られた獣毛ゆたかな尻尾と耳は、もはやモッフモッフのぶわっぶわに膨らんでいた。

 肉球おててでスプーンを握って、肉じゃがっぽいポトフを口いっぱいに頬張る。


 にゃあああああ、しあわせだ!


 ダークエルフのギルマスとかいうこの男。

 なかなかの料理上手だ。少しだけ日本の味を思い出してしまった。

 まあそれがいけなかった。

 とりあえず私は遠慮なくご馳走をいただき、マタタビジュースをいただき、またまた追加でご馳走をゲップり。

 さすがに食べすぎたかもしれないな。


 ポンポンと幸せ満足状態なお腹を叩きながら、目の前の皿をちらり。

 必要以上に人間から食料を徴収してしまったわけで……。


 積み重なる皿を眺め、冷や汗をタラり。

 これ、魔王様に怒られるヤツだぞ、たぶん。

 恩には対価で返さないとまずい。

 少しぐらいなら協力してやってもいいが。んー。どう切り出そうか。


 まあとりあえず、探りを入れるか。


『で、君たちはこれからどうするつもりなんだい』

「今帝都に使いを出していますが、おそらくまともに取り合っては貰えないでしょうね」


 ダークエルフのギルマスが苦々しい顔をしながら呟き、私の前にまたたび茶をスッと差し出した。


『ここは帝国領なんだろう? 人間の皇帝は自らの土地を守らないのかい』

「鉱山資源も尽きたこの地に価値はありませんので。昔は医療魔術薬の最新設備もありましたが、今はもう――」

『君の料理はそれなりに価値があると思うけれどね、まあ人間の価値観じゃあそれを理解できなくても仕方がない』

「あなたはこれからどうなさるのですか」


 よし、チャンスがきた!


『この街が滅ぶさまを見物したら、また他の地方の名物料理でも漁るつもりだよ。まあ君たちがどうしても、てつだぁ……』

「なるほど、それでしたら滅びに巻き込まれないようにお気を付けください。それでは、我々は対策会議がありますのでこれにて」


 ……。

 手伝ってくれの一言ぐらい、いえんのか。

 こっちから言うのは魔族的なプライドがアレだしなあ。と、タイミングをうかがっていたら。

 魔女のマチルダが私の前に座り、わざと胸元を覗かせながら吐息を漏らした。


「ねえあなた強力な魔族なんでしょう。滅びを見るために滞在するならちょっと手伝ってくれたりなんて、してくれないかしら?」


 色仕掛けなんて効果はないが。これは使えそうだ。


『魔族が人助けなんてするわけないだろ、君たちとは百年前それなりに大きな戦争をしたんだ。わざわざ滅ぼしたりはしないけど、わざわざ助けるつもりもない。不干渉がお互いのためさ。まあ蟻んこみたいに潰れちゃってるなら、ほんのちょぉぉぉっとは哀れには思うけれどね。仕方ない、ほんの少しでいいなら――』

「マチルダ、無茶をいうな。あの戦争以降、魔族は基本的に人間社会への干渉をやめている」


 またこの男に話を遮られてしまった。御茶菓子として饅頭を追加で置いてくれたから、ものすごーく嬉しくはあるが。


「では、ごゆっくり――あー、食器はそのままにしていただいて問題ありませんので。悪いがマチルダ、滅びの予知をした当事者のお前にも会議に参加して貰うぞ」

「分かっているわ。それでは猫の魔族様、わたしもこれで」


 空気の読めない奴らである。

 邪魔をされてしっぽがぶんぶんと揺れる。

 にょほんにょほん、と咳ばらいをし私から提案してやった。


『あー! あー! まあでも。ご馳走して貰った礼に、ちょっとだけなら協力してあげなくもないかなー、なんて』


 二人が目を見合わせる。


「と、いうと」

『そっちの魔女の娘、マチルダさんだっけ。彼女と一時的に契約をして未来視をもっと正確にするのさ。具体的に何が起こるかが分かるくらいの精度にね。私もこの街がなんで滅ぶのか、少しだけなら興味あるしそれくらいなら力を貸してやってもいい』


 暇だし。

 そう付け足したらみんなちょっと複雑そうな顔を浮かべる。ギルマスが銀縁眼鏡の奥で迷いの色を見せた。


「と、仰られましても……」

『魔族の助けを借りるのは不服かな?』

「いえ、そういうわけでは……ないのですが。魔族であるあなたがどうしてそんな提案をしてくださったのか、正直な所分からないのですよ。あんな食べ物と同等の価値があるとは思えない。信じていいかという点においても」


 いや。

 うん、魔王様が目覚めた時にめちゃくちゃ怒られるとは言えないよね。

 私は、少しまじめな顔を作った。


 大人のみせる苦笑。愁いを帯びた魔王幹部スマイルだ!


『高位の魔族っていうのはみんな自分の欲に忠実なのさ。とくに私みたいな動物ベースの魔族はね。君たちはあんな食べ物と思っていても、私にとっては価値のあるもの。悠久の時を退屈に過ごす私にとって目新しいご馳走を味わう瞬間は、とても有意義な時間になるんだよ』


 それに――と、饅頭をむっちゃむっちゃと呑み込みながら言葉を繋ぐ。


『魔女の彼女、自分が嘘つき扱いされても人を助けるために頑張ってきたんだろ。そういうのは、まあ。嫌いじゃないんだ』


 お、いいかんじな雰囲気がでた!

 にゃふふふふ、我もなかなかの演技派よ。

 まあ実際、何の縁もゆかりもない私を助けてくれた魔王様をちょっと思い出した、そんな感慨もあったりするが。

 饅頭を完全に呑み込み。またたび茶で喉を潤して、ふと本当に疑問に思っていたことを私は口にした。


『しかし一つ疑問なんだが、どうして彼女はギルドでもブラックリストに入っていたんだい。ギルマスくんだっけ? 魔術波動に過敏なダークエルフの君なら彼女の未来予知能力も知っていたんだろ』

「あまり口にしたくないのだが」


 と、ギルマスは筋張った長い指で口元を覆う。嘘を隠すしぐさとはまた別の印象を受ける顔をしているが。さて。


「彼女にその、ストーキングされてな」


 魔女ががばっと立ち上がる。


「な! ストーカーよばわりしないでちょうだい! わたしはただあんたの子種が欲しいってお願いしただけじゃない!」


 ぶひゅっと、他の冒険者の皆さまが口に含んだ飲み物を吹き零す。


「ダークエルフの種は魔女にとって最高品質の素材。それにわたしもそろそろ愛弟子が欲しいと思っていたし、子を宿そうと思って、それで毎日サキュバス薬を使って夢の中に侵入しただけよ? どうせ堅物のあんたは種を無駄にしてるでしょうし? ちょっと搾って分けて貰おうとしただけなのよ? その程度でストーカー扱いだなんて、ほんっと男って心が狭いわね」

「魔女にとっては普通かもしれんが人間社会でそれは犯罪というのだ」


 魔女ぶっとんでんなあ。

 こりゃブラックリストは自業自得なわけだが。猫としての私は一定の理解を示していた。強い種を求める動物的本能に従う彼女の行動が理解できなくもないのだ。


『にゃははははは! いいね、君。面白いよ。欲望に忠実なのは実に美しい。じゃあちょっと手を出しておくれ』

「これでいいかしら」


 猫の姿のままで私は力を行使し、簡易的な契約の儀式陣を展開する。

 こちらのほうが力のコントロールもしやすいのだ。


 手をはなし、肉球の先に作り出した暗黒空間から契約の証である魔杖を取り出す。先端にオーブがはめこまれた魔女用のステッキである。


『これでもう一度占いをしてみてごらん。おそらく映像となって投影される筈だから』

「へー、良い杖じゃない。貰っちゃってもいいのかしら」

『欲しければ上げるよ。いっぱいあるし。生え変わりの時期に抜けた猫毛と爪でつくっただけの背中掻きだし』

「せ、背中掻きにしては……すごい魔力を感じるのだけれど、まあいいわ」


 彼女が試しに杖を振るだけで、なんか上空で魔力爆発が起こっているようだが、まあ別にいいか。


「調整はこんなものかしら。じゃあ、いくわよ」


 私との契約でブーストされた五重の魔法陣がギルド内に展開される。


われ久遠くおんの時の流れを読み解く者――」


 彼女の詠唱と共に、オーブにビジョンが浮かび上がり始める。

 映像は次第に鮮明になっていき。

 誰かが、息を呑んだ。


「これは――っ!」


 皆が皆、釘付けとなっていた。

 占いの結果の投影。

 確かに、未来のビジョンはこの街の終わりを示していたのである。


 そこに映っているのは一羽の巨大な神鶏。

 廃墟と化した街並み。

 そして、もはや原型を保っていない肉塊の山だ。


 それは。憎悪のオーラに包まれた怪鳥が、無惨にも街を全壊する姿だった。


 私にはこの街の人間の区別などできないが、今、この映像を見ている者にとってはどうなのだろうか。おそらくは、知人の滅びる状況が映し出されているのだと思う。

 映像の中で一人のダークエルフが光に包まれ、消滅した。

 あれは皆に慕われている料理上手のギルマスだ。

 全てを諦めた顔で、滅んでいた。

 おそらく、彼がこの街で一番の高レベルなのだろう。

 その彼が完全に諦め、死を受けいれていた。


 一同は皆。

 黙り込んでしまった。


 今この空間には。

 むっちゃむっちゃ、ごっくん。

 饅頭を喰らい尽くす愛らしい私の咀嚼音だけが響くのみ。

 ズズズズズズズ。

 ごっくん。


 魔女マチルダがようやく言葉を絞り出した。


「なに……これ、コカトリスに少し似ているけれど……こんな禍々しい神獣、書物でもみたことないわよ」

『見たことないのも無理はない、彼はなかなか人の前には姿を見せないからね』

「知っているのかね、これが何なのか」

『神鶏ロックウェル卿、与えられし冠名は大魔帝ロック。私と同じくかつて勇者を滅した魔王様配下の一柱さ』

「な――っ………………!」


 ざわつきが起こる。

 魔女マチルダが口元に置いた手を震わせながら呟いた。


「私と同じって……ケトス。ケトス……ケトス……ッ、うそ! やっぱりあなた、殺戮の魔猫、大魔帝ケトス様だったの!」


 ざわっ。


『あれ、言ってなかったっけ』

「ケトスとは名乗っていたけど、まさかそんな神話レベルの大物が本当に顕現してるなんて思わないじゃない!」

『はははは、ごめんごめん。だから騒ぎにならない様にちゃんと正体を隠していたじゃないか。君たちは本当に運がいいよ、私を目にして生きているんだから。今回の事件から生き残ったら生涯の誇りにするんだね』

「ってことは、この杖。大魔帝ケトス様の素材から作られた魔杖! しかも大魔帝自作のオリジナル品って、とんでもない伝説級武器じゃないの!」


 興奮する魔女を除き、空気は重くなっていた。

 周囲に広がる沈黙。

 伝承される大魔族である大魔帝二体が、今ここに集まろうとしているのだ。

 無理もない。

 が。


「えーーー、なになに、この子! すごいにゃんこなの!?」


 いつのまに目覚めたのか、受付お姉さんが私を抱き上げた。


「バカ受付! 不用意に触るな!」

「あははははは、かっわいい! モッフモフですよ店長! ほーら、ねこちゃん。ここがいいんでしょう! ほーら、ほら! あはははは」

『うむ、とく撫でよ。許す、ほら、どうした、もっとナデナデするがよかろう』


 シリアスは即、ふっとんだ。

 頭痛を抑えるように額に手をあてたギルドマスターが、はぁと疲れた息を吐く。


「ロックウェル卿の目的はなんなのでしょうか」

『さあね、私と彼はかつて共に勇者を滅した仲だが、特に親しかったというわけじゃない。既に魔王軍からも離れている彼の意図はまったく読めないよ』

「どのような方なのですか」


 魔獣としての特徴という意味だろう。


『ふむ……戦うつもりならば用心したまえ。彼の羽には強力な石化能力がある、あと視線を合わせても駄目だ、石化する。唾液もアウトだ、石化する。あと羽ばたきの風に一定時間ふれてもアウト、石化する。それと一番気を付けないといけないのは飛翔からの飛び蹴りだね、わざと避けさせて周囲の大地に石化フィールドをまき散らすんだ、触れると石化する。あー石化した後は触れないように気を付けなよ、少しでも欠けると石化を解くことができなくなるからね』


 みんな青ざめているが、事実なのだから仕方がない。


「そんなの無理ゲーではないか!」


 おや。

 ダークエルフのギルマスの目を見て私は言った。


『君、何歳なんだい?』


 問われた彼は少し戸惑い、長い耳を垂らしながらも応じた。


「まだ百八十歳だが、それがなにか」

「やっぱりおじいちゃんじゃないですか、ぷぷぷー」

「な! エルフは長命なのだ、俺はまだまだ若い!」

「ムキになっちゃってー、もう、そういうところもかわいい、で、す、よ!」


 他の全員が絶望的な状況に混乱する中で、己を曲げずに笑う受付嬢をジト目で見ながら。

 私はふぅ、と息を吐く。


『気が変わったよ、今回は古き友が原因みたいだし本格的に協力してあげるとしよう』

「魔族のあなたが本格的に協力だと」

『ああ、全部解決してあげよう。責任を持ってね。それとも私が全面協力すると困る事でもあるのかい?』

「いや、そういうわけではないが……」

『なにか心配事でも?』

「俺はこれでも長く生きていますからね、あなたの、その……なんというか破天荒なご活躍ぶりを知っているので全面的に解決となると多少の不安が、な」


 まあ丸くなる前の私を知っているのなら仕方ないか。

 実際、人間との戦争時、私とロックウェル卿は揃って色んな地方で暴れたし。

 ちょっと国を亡ぼしたりもしたし。

 まあ子供と非戦闘員はちゃんと襲わなかったんだからいいじゃないか!

 ……。

 けれど。

 今回は本当に。

 ちゃんと協力しようと覚悟を決めていた。


 かつての同胞との再会。

 その懐かしさが、私の猫鼻をくすぐっていたのだ。


 私は遠き過去を思い出しながら、言った。


『安心したまえ。今回は本当に――破壊することなく終わらせてあげるよ』


 人がせっかく格好よく決めているのに。


「かっわいいぃ、なにこのドヤ顔。デブ猫ちゃんのくせにキメちゃってえ! うけるんですけどお!」


 受付娘は私の頬をにゃはーと伸ばして爆笑していた。


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