魔猫は神をも噛み殺す ~ワンコとにゃんこと天体魔術~
図書館エントランスを抜けた内部は複雑な迷宮となっていた。
ミノタウロスでも潜んでいそうな、ラビリンス。
本棚自体が壁となり行く手を阻んでいるのである。各地には罠が仕掛けられているようで、怪しげな魔力の香りがプンプンと私の猫鼻を擽っていた。
おそらく。
魔力込められた魔導書から、書物の登場要素を召喚する童話魔術のように無数に敵が召喚され続けるのだろう。
地平線の先にまで広がるこの書物、全てが敵となるのだ。
が――。
大魔帝ケトスこと私に、こんな罠が通じる筈もない。
迂回させるように広がる迷宮を眺め、ゆったりと瞳を閉じる。
うん。
面倒くさい!
猫の耳先をぴくぴく。
うにゅ~っと、ネコ髯を前に広げて。
『ま、分断させて叩くつもりなんだろうけど……こんなもんに付き合ってやる義理はないよね! いでよ、我が魔杖!』
猫目石の魔杖を亜空間から取り出した私は、ニヒィとネコの笑みを浮かべる。
握る魔杖から魔力が溢れだしていく。
そんな私の杖を見て、犬天使の誰かが呟いた。
「まさか――! あれは!」
「間違いない。大魔帝ケトス様が眠れる魔王陛下より授けられたと語られる――神器。伝説の……猫目石の魔杖」
「無数に揺蕩う世界の数々、那由他とさえ謳われる混沌世界の中ですら唯一無二。他に類を見ない破壊を齎す魔道具……ですか」
ものすっごく口調はシリアスなのだが。
見た目は凛々しいワンコたちがイケワン声で集まり、尻尾をフリフリ。ドックランで戯れているようにしか見えない。
それに答えるのは私ではなく、私の配下の猫魔獣大隊。
「左様。間違いにゃく、あれこそがケトスさま愛用の杖。ニャーもケトスさまが、かの杖を用い超特大アイスクリームをかき混ぜる現場を見たことがございまする」
「いやあ、アレは実にうまかった」
「然り。実に然り。魔王軍に配属されたばかりの我らに気を配ってくださり、我等、猫騎士全員にアイスクリームなる甘味をご馳走して下さるとは、とても嬉しかったでありますにゃ~」
ごくりと――息と涎を呑む聖猫騎士の解説に、何故か人間達がジト目で私を見る。
まあワンコたちはアイスクリームの味を想像し、ニャンコ部隊と同様にごくりと息をのんでいるが。
ともあれ。
皆の視線が集まる中。
猫目石の魔杖も私の魔力の高鳴りに反応しているのだろう、随分とやる気を出していた。
どうしてこんなに高鳴っているかは、単純な理由だ。
ちょっと本気で魔術を行使するつもりなのである。
ゴゴゴゴゴゴと浮かぶ魔力の渦が、モフ毛を靡かせ尻尾を泳がせた。
『えーと、方向は――こっちでいいかな。猫魔獣大隊の諸君、ちょっと魔術の反動が起こる。人間達を頼むよ』
「御意」
「全てはケトス様の御心のままに」
「ウニャニャニャ、ニャンニャニャ!」
猫魔獣大隊が私の指示に従い、猫毛を膨らませ――肉球を翳す。
一斉に詠唱するのは、防御の術。
モフ毛に比例し膨れがっていく猫の魔力。
詠唱する猫軍団。
あまりにも、その規模が大きかったからだろう。
ジト目をしたセントバーナードの犬天使が、垂れた耳を魔力風で泳がせながら問いかけてくる。
「ケトスさま、なにをなさるおつもりなのですか?」
『んー、相手の作戦に乗ってやる必要もないだろう。だから迷宮を破壊して進んじゃおうかなって。君達も反動を防ぐ防御系の行動を頼むね』
まあ、もし反動ダメージで瀕死状態になっても治してあげるけど、と。
私は魔術式を構築しながら、杖を回す。
犬天使たちが顔を見合わせる。
壊す気満々な私を見て、ヒソヒソヒソ。
これ、ホワイトハウルさまが言っていた、ヤバイやつじゃね? と、相談する声が聞こえる。
彼らは犬口を動かしながら、探るようにこちらをチラり。
「えーと……大丈夫……なのですか?」
『んー、なにがだい』
距離と魔力の流れを測り――。
モフモフ尻尾を揺らしながら空間を把握する私に、ワンコたちがワンワンワンと続く。
「ここの周囲には魔力反射の鏡や、物理反射の結界が設置されているようで……下手に遠距離攻撃すると跳ね返されて全滅……ということも」
「バウバウ!」
「できたらぁ……ここは、穏便に……攻略をぉ、ですねぇ」
「ワン……ワン!」
「それに……あのぅ……、たいへん申し上げにくいのですが……ホワイトハウルさまから、くれぐれもあなたを暴走させるなと……えぇ……はい、命令されているのですが」
ゴールデンレトリバーの犬天使が膨れ上がっていく私の魔力を、じぃぃぃぃっと眺めながら尾を揺らしている。
ぶんぶんぶん、ぶーんぶんぶんぶん♪
ワンちゃんの揺れる尻尾が周囲に伝染していく。
彼らもその本質は犬魔獣。
荒ぶる魔力の高鳴りに興奮しだし、尾がブンブンと踊り始めているのだ。
『にゃはははは、平気平気! 暴走なんてしないよ、ちゃんと角度と規模を計算してぶっ放すから』
ちょっとだけ本気で魔術を使うつもりなのだが。
どうしたことだろう。
私のぶっ放す宣言に、ワンコたちの犬目がくわっと見開く。
「人の子らよ! 緊急事態です、いますぐ我等と共に結界を!」
キャンキャンワンワン!
騒ぐワンコたちの前で、私は螺旋状に魔力の渦を発生させて毛を靡かせる。
ここは全ての次元と独立した隔離空間。
いつもなら魔術発動による天変地異を考慮し力を出すことはできないが、ここならば別。多少の大魔術を使おうと問題なし。
世界が崩壊してしまう心配もない!
遠慮する必要はなし!
普段は使えない魔術を実験するのにちょうどいい場所なのである!
いやあ、私は大魔帝であると同時に好奇心と探求心に溢れた魔術師だからね。
こういう魔術実験の機会を逃すつもりなんて、ないのである!
魔杖の先に輝く猫の瞳が、くわぁぁぁっと開きだす。
そして――。
魔猫は詠唱を開始した。
『天に遍く星々よ。世界の理は今、ここに崩壊した。我こそが理。理こそが我。我は汝らの流れを乱し操りし者――異界の邪神、大魔帝ケトス』
響くのは――肉球による身振り手振りを交えた高度な詠唱。
肉球と魔杖で刻む魔術式は意味が理解できないにしても、なんかすげぇヤバいとは伝わったのだろう。
「にゃにゃにゃ! さあ、皆の衆! ケトス様がぶっぱにゃされる! 聖十字隊形!」
「ウニャニャ!」
猫魔獣大隊の聖騎士猫が防御陣形を組み、ラストダンジョンに潜む猫魔獣部隊が影を操る闇の魔法壁を張る。
詠唱に導かれた破壊の魔術。
膨大な魔力の塊が私の頭上で荒れ狂い、複雑怪奇な魔法陣が浮かび上がってくる。
そんな。
ワンちゃんネコちゃん大騒動の中。
静観していた王様たちも、とりあえず私が容赦なくぶっ放すつもりだと理解したのだろう。
「皆の者、構えよ! ケトス殿が大魔術を行使なされるぞ!」
王の号令より前に王国軍は皆、行動を開始していた。
ミディアムくんが祝福による防御壁を張り、ワイルくんが私の授けた聖杖を翳し祝福の力を倍増させる。
後ろに待機する騎士団が盾を構え、宮廷魔術師団と聖職者がそれぞれに防御の魔術で強化。
キキィィィィン――!
キキキイィィィィィィイイイイィィィン!
ネコと犬と人間。
それぞれの結界が相乗効果を生み、本来ならあり得ない規模の大結界を張った。
私はこの時を待っていた。
三種族の張った極大神魔結界。
それは一種の魔力集団――複数にして個、個にして複数。
魔王種と呼ばれた四大脅威。
その性質と似た存在として世界に認識させることができる。
私は猫目石の魔杖で詠唱中の魔術を維持しながら、空いた肉球で極大結界にペチペチ♪
犬天使、王国軍、猫魔獣大隊――彼らを新たな四大脅威として世界に刻み、認定させる。
登録は成功。
実はこれ、結構重要な意味がある。
他の四大脅威と同時に顕現することのできない狂える女教皇ラルヴァ。
その能力を大幅に弱体することが出来るのだ。
四大脅威は本来――互いに顔を合わせず巡り続ける存在。
おそらく。
大いなる輝きは四大脅威を作り出す際に、四季を魔術式に組み込んだのだろう。
春のネモーラ男爵。
夏の蟲魔公ベイチト。
秋のジーク大帝。
冬の女教皇ラルヴァ。
夏と冬が同時に訪れないように、本来、ベイチトくんとラルヴァは顔を合わせることのない存在。
もし同時に顕現してしまったら。
そこには魔術的なペナルティが発生する。
かつてラルヴァを封印したベイチト君やジーク大帝、そしてネモーラ男爵たちが使った手段を真似たのである。彼らは四大脅威の性質と制約を逆に利用し――三柱同時に顕現することにより、ラルヴァの魔力を分散させていたようなのだ。
ようするに、戦法をパクったともいう。
人間を滅ぼし過ぎないようにそういうリミッターをつけた大いなる輝き、そのセコイ作戦の裏をかいたわけだ。
まあ説明してもほとんどの人間には伝わらないだろうから、これは口にしないけれどね。
上位存在である聖騎士猫と犬天使。
そして魔力の流れを読めるワイル君は私の考えを読み解いたようで――ものすごい尊敬のまなざしを送ってきている。
いわゆる隠れドヤタイムである!
『さて、準備は整った。おそらく私が魔術を放ったら敵は残る全勢力を送り込んでくるだろう。後は各自、各部隊のリーダーの指示に従って行動を開始しておくれ。私は――その乱戦の隙をついて、神を噛み殺す』
「残る全勢力……」
私の授けた杖を握るワイル君が結界を強化しながらオウム返し。
『ああ、全勢力だ。けれど心配しなくていい、今の君達は強い』
その次の瞬間。
『星々よ! 我が魔力の奔流に従い――大いなるその力を示せ!』
猫目石の魔杖。
その先端の瞳から、宇宙の闇が広がり。
弾けた!
グゥゥゥッゥォオオオオオオオゥゥゥゥゥゥゥンンン!
いつも途中で止められていた、私の得意技。一つの魔術系統を極めし者が扱うマスター魔術。分類上、破壊魔術の頂点に存在する秘蔵の儀式――天体魔術。
そのごく一部分。
本来の力は天体そのものを降り注がせる無差別世界破壊魔術なのだが、今回は、その先端程度の力を発動させたのだ。
いわゆる先っちょだけである。
放たれた闇が、フィールドを包んでいる大いなる輝きの防御結界を破壊して跳ねまわる。
重力と核熱。
世界創造の力を内包する天体の魔力が、縦横無尽に図書館を薙ぐ。
混沌のエネルギーはしばらく――顕現し続け。
我等を除く全てを破壊しつくした。
◇
天体のエネルギーを魔力として放つ天体操作魔術により――封印王立図書館フィールド、そのほとんどが吹き飛ばされた。
残る空間は、神とラルヴァが隠れ潜む最後の砦。
全てが崩壊して荒野と化しているのに、不自然に残る四角い空間がある。
あれはおそらく、次元の扉だろう。
『これで掃除は完了かな。悪いね、君達の罠に付き合う気なんて、猫ちゃんのヒゲ先のちょんちょこりん、ほどもないのさ。さあ出てきなよ、まさか猫魔獣が怖くて外に出られない……なんて情けないことは言わないよね?』
挑発に――反応が浮かんでくる。
主神を騙る神々の隠れる扉が、ガチャンと開いたのだ。
開く扉の中は闇。
どこかと空間が繋がっているのだろう。
この扉、どっかで見た事があると思ったら――ネコ型自立機械神の扱う、どこでもド……ァ。
……。
いやいや、これを口にするのはやめておこう。明確な言葉にしてしまうと、何か世界が崩壊するほどの天変地異すら起きる気がする。
ともあれ。
闇で途切れた扉の中から、砂利を噛んだような女の声が響いた。
「おや、ほんとうにきたのかえ。お母様のいったとおりではないか……くふ、くふふふふふ」
やはりラルヴァは既に目覚めていたのだろう。
私の大魔術で崩壊したエリアを揺らし――マンドレイクの呪術フィールドが広がる。
禍々しくもねっとりとした淫靡な声が、続く。
「その魔力、その猛々しい獣性。ほぅ、そなたがあたしを眺めていたベイチトの仲間か――なんとも悍ましき魔力よ。まるで憎悪が獣の皮を着て歩いているようではないかえ」
狂える女教皇ラルヴァ。
蠢く人間の手――黄金のハンド・オブ・グローリーを従えた聖職者が、次元の扉を這いずって顕現した。
荒野を埋め尽くすほどに広がっていく栄光の手の山。
大いなる輝きの姿はない。
気配もない。
この領域にいるのは確かなのだが……。
猫の魔眼を発動させ――空間をチェック!
あっちにはいない。
こっちにもいない。
じゃああの奥に! ……もいないな。
あれ、どこだろ。
……。
もしかして、私の天体魔術で消し炭にしちゃったのかな。
……。…………。
いやいやいやいや。
もう一度猫の魔眼を発動し、空間をチェック!
念のため、私の世界とカルロス王の世界全土を同時に見通す。
これでどこにいても、居場所が把握できる。
もし既に異次元に逃げたとしても、その痕跡も辿れるはず。
なのだが。
……。
い、いないね。
どこにも反応、ないね。
……え? マジでさっきので吹き飛んだ?
ついさっきまで、ここに大いなる輝きの反応があったのは確かなんだし。
本当にそうだったら、どうしよ……。
いやいやいやいや、相手は主神なんだし、さすがにあの程度じゃ消滅しないだろう。
超てかげんして、ぶっ放したし。
うん。
相手は主神なのだ。きっとうまいこと隠れているのだろう。
ともあれ。
妙な緊張というか、不安となる案件が浮かんだがあえてそれを口にせず。
私は狂える女教皇ラルヴァを睨む。
『ようやく会えたね、もっとも――私は会いたくなどなかったけれど』
やっべ。
すんごいシリアスな口調でごまかしてるけど。
聞きたい事とかあったのに、もう主神さまを消滅させちゃってたのなら非常にまずい。
絶対、大いなる光にもホワイトハウルにもロックウェル卿にも説教される。
そもそもあんな大魔術をぶっ放すな――と。
そんな。
戦いとは全く関係のない動揺にネコ髯を揺らす私の前で、狂える女教皇ラルヴァは微笑する。
何かを喰らったように、舌でぺろりと唇を舐めて。
ともあれ。
神と邪神の戦争が――今。
始まろうとしていた。




