決戦前夜 ~きまぐれ魔猫と宮廷魔術師~
眠れるラルヴァが移された隔離空間。
今回の黒幕である大いなる輝きが隠れる地――封印王立図書館。
悪しき巣窟と化した根城にいざ参る!
と、その前に――私達は一度メルカトル王宮に帰還していた。
時間は既に夕食を終えた頃。
こちらの世界にも月があるのだろう、綺麗な満月が空に浮かんでいる。
何をしに帰還したのかは単純明快。
食事や休憩。
消耗した魔道具の補充をしているのである。
一応、これから主神を退治しに行くわけだしね。それなりの準備というモノが必要なのである。
出立は明朝。
私が王国軍と共に、封印王立図書館に攻め込む手筈となっている。
ちなみに。
私達がネイペリオン帝国に遠征している間に、王都に向かい、神の眷属が攻めてきていたらしいのだが――まあ結果は言うまでもない。
王都には三傑の一人、魔女の婆さんも残っていたし。
そして、なによりもだ。
このメルカトル王国……最強クラスの猫魔獣が大量発生してるんだよね。
もちろんそれは例のモフ猫。
既にこの地を楽園で棲み処と決めていた、最上位猫魔獣であるハロウィンキャット。
モフ毛を輝かせる彼らは、見かけは可愛いが結構極悪。
四大脅威すらも撃退できるほどの強者なのだ。
聖職者というわけでもないので神の眷属が相手とて容赦はない。
それぞれにスコップやマチェットやら鉈やら、釘バットやらを肉球で掴んでニャハリ。
ホラーな装備で身を固めて王都を防衛。
大いなる輝きを信じて動いていた神の僕は、あのニャンコたちにボッコボコにされ撤退。泣きながら帰っていったようだ。
カボチャ兜の下。我が家を守ったとばかりにドヤ顔をして、王宮の人間達からご馳走を貰って待っていたあのニャンコたち。
彼等にはちゃんと私からのご褒美として、大魔帝風ホットサンドも提供してある。
なんか猫魔獣たちの間で、私のホットサンドの噂が広がりつつあるらしい。
ともあれ。
今回防衛の役割も果たしたということで、市民たちからの猫魔獣への評価は上がっているようだ。
その並外れた強さも伝わっただろう。
阿呆な気を起こして攻撃をしかけてくる愚か者もいない、だろう……とは思う。
過去視の魔術でハロウィンキャットの様子を確認した私は、とりあえず問題はなさそうだと安堵の猫息をはく。
猫目石の魔杖を亜空間に戻した私は、そのまま身体をうにゅーっと伸ばす。
夜空が見える王宮のテラスでのんびりとゴロ寝。
いやあ、私だから大丈夫だったけどさ。
今回、かなり重労働だよね……私。
だからこうして、休憩したっていいじゃないか――と。
王宮の貯蔵庫から失敬したとろけるチーズとスライスハムを摘まみに、マタタビ酒をてちてち。
注いだお酒の表面に反射する月はまん丸で――ちょっと昔を思い出してしまう。
五百年以上も生きていると、やはり色々な出会いと別れを経験しているわけで。必要以上に命短き人間と交流をもつのはどうなのかと、考えてしまったのだ。
それに。
最近はグルメ魔獣として、愉快な存在と認識されてきている私だが。まだ、人間の全てを受け入れているわけではないのだ。
憎悪は確実に残っている。
けれど。
この平和を取り戻した人間達の国を見ていると、なぜだろうか。
心が少し、温かくなるのだ。
人間に戻りたいわけではない。なりたいわけでもない。
それでも――。
かつて人間だった私にとって、人は本当に不思議な生き物に見えて仕方がないのだ。
気になってしまうのである。
あんな奴らなどどうでもいいと冷めた感情も確かにある。けれど、目が離せない。
私の見てる目の前で、神に踏みつぶされそうになっているのなら――掬い上げて、助けてしまいたくなってしまう。
酔いが回り始めていた私の猫手が伸びていた。
うにゅにゅーと爪を伸ばし。
肉球を広げ――、届かぬまん丸な月に触れようとしていたのだ。
そんなネコちゃんの愛らしいゴロ寝酒を嗜んでいた時だった。
青年の声が私のモフ耳をそっと揺らした。
「こちらにいらしたのですか、ケトス様」
『やあ、ワイル君じゃないか――その手に持っているのは、そうか、カルロスくんが追加のおつまみを届けてくれって言ってくれたのかな』
上半身をうにゅっと持ち上げて推理する私に、ワイルくんは眉を下げる。
「全部先に言われてしまいましたね……ご推察の通りです。本当はカルロス陛下がケトス様にと用意なされて、あなたさまを探していたようなのですが……見つからず。ワタクシは探査魔術が得意ですから」
うむ、なかなか良い心がけである。
酒のおつまみの追加に、私のモフモフ猫毛がむふーっと膨らんでいく。
『三傑ってそこそこ偉い立場なんだろう? わざわざ悪かったね』
「地上からの魔力も届かないあの地下から、一瞬で我らを戻してくださった伝説の魔猫様。異界の女神様の救世すらも導いてくださった偉大なる邪猫様。今この国で、あなたより偉い立場の人間は存在しませんよ」
経験も修行量も違うが、同じ魔術師なのだ。
彼には一番、私の魔術師としての偉大さが伝わっているのだろう。
『コラコラー、私は人間じゃなくて偉大なる御方の忠実なる僕、猫魔獣様だぞ~』
「え……? あ、すみません! なぜか口が勝手に人間と言っていて、ご不快にさせてしまったのならお詫び申し上げます」
おそらく。
魔導に長け、魂を見る力も強いワイルくんは、私の中に僅かに残留する人間の残滓を魔力で感じ取ってしまったのだろう。
私はウニャハハハハと猫笑いしながら、ヒックとネコの喉を鳴らす。
『別に怒ってなんかないさ、ちょっと、驚いたけどね』
「既に、結構な量を嗜まれていらっしゃるようですね。我が王国のマタタビ酒を気に入っていただけたようで、安心しました。料理長たちが厨房にご飯を貰いに来ていたハロウィンキャットと一緒に作ったそうですよ」
一緒に作ったという事は、うまくやっているようである。
「マタタビ酒の追加も一応ご用意させて貰っておりますが、要ります?」
『いいね~♪ にゃはははは! 我に酒を捧げよ、そして我をもっと崇めるがいい!』
ウキウキでお酒とおつまみを受け取った私の毛が、ぶるりと震える。
香ばしい香りが私の食欲をそそったのだ。
カリカリに焼いたベーコンを魔力で浮かべ、パクパクパク。
ほくほくポテトをガジガジガジ。
脂の乗った焼魚の串にお塩をまぶして、ムーシャムシャムシャ♪
『おー、なかなか美味しいじゃないか。くはははは! 余は満足であるぞ!』
「それは大変よろしいことで、陛下もさぞやお喜びになる事でしょう。それではワタクシはこれにて――何かございましたら魔力でご通信ください、すぐに探しに参りますので」
『もう行ってしまうのかい?』
つい引き留めるような声を出してしまった。
一人で月見酒も悪くはないが。
こんな綺麗なお月様の下に一人でいると、ちょっと寂しくもあるのだ。
「お付き合いさせていただきたくもありますが、すみません。愛用していた杖を壊してしまったので、明日の戦いまでに代用になる武器を見繕っておかないとならないのです」
『あー、そういうことなら君はついているね。ちょっと貸してごらん』
言って、私は肉球の先から軽く八重の魔法陣を展開。
彼のアイテム保存領域である亜空間から壊れた聖杖を拝借する。
「えーと、ケトスさま……いったいどうやって他人の支配する亜空間に干渉をしているんですか」
『はははは、ごめんごめん。私は猫魔獣だからね、盗み系統のスキルは結構得意なんだよ。領域干渉スキルと盗賊スキルの組み合わせだね。君が隠し持っている、ちょっとエッチな魔導書については他の皆には内緒にしておくから、安心してくれていいさ』
笑いながら告げる私からの優しい言葉に、彼は全身をまっかにさせてボンと湯気を上げる。
必死に言い訳を考える彼を横目に、私は杖をじぃぃぃぃぃっと見る。
『ふむ、一応直せそうだけど君自身を生贄とした代償魔術と、アイテムブレイクの影響で魔法による修理には遅延が発生してしまうね』
「ケトス様の御力でも……ということは」
『ふつうの職人なら、生涯をかけて――人生を修理に費やさないと治せないだろうね。まあ、私なら二日もあれば可能だよ』
言って、空になったカリカリベーコンのお皿をぺろぺろぺろ。
お皿に残った肉汁さえも大変美味なのである。
『さて、これは預かるとして。君には明日使う代わりの杖を進呈しようじゃないか。これはこのおつまみと王様の気遣いへのお礼――そう、思って貰えばいいよ』
「それは、願ってもない事なのですが、よろしいのですか?」
『君は主人であるカルロス王を守るために、何の躊躇もなく自らの身を代償に使っただろ? こっちの世界でも代償魔術っていうのかな? そういうのは無鉄砲だし、もし私が君の魔術の師匠なら褒めるべきではない手段であったと叱るんだろうけど……君の師匠でもないからね。君の見せた主君への献身、そういうのはまあ、嫌いじゃないんだよ』
ちなみに。
代償魔術とは文字通り自分自身の生命力だったり寿命だったりを代償にして発動させる、いわば自傷の魔術である。ゲームの世界だったら、使った際に最大HPが減ったり、瀕死状態になってしまうリスクの高い魔術だと思って貰えばいいだろう。
効果は高いが反動もそれなりに強いので、あまり使い手がいない魔術でもある。
調整を間違えると冗談ではなく自滅してしまうし、調整に成功しても様々なリスクが伴うので禁術指定されているのだが。
まあ、王様が爆発させられるって状況なら使っちゃうよね。
『ちょっと揺れるけど、驚かないでね』
「揺れると仰いますと?」
『今から君の杖を作るんだよ』
言って――私はワイルくんを魔術師として機能させている魔力の源を探り。
瞳を閉じる。
肉球をちょっと本気でぎゅっと握って、私は次元の隙間にネコ手をさし込んで――。
『我はケトス。大魔帝ケトス――異世界の魔猫なり』
アイテム生成の魔術を発動させる。
静かな月夜を、十重の魔法陣の波動が揺らす。
『神器生成、聖杖顕現。世界よ、我が魔力に応えよ』
グゴ、グゴゴゴゴゴォォォオオオォォォ!
地上から湧き出る魔力の泉が、柱となって私の周囲を回り始める。
『生まれよ、増えよ――魔力を満たせ。地と海。魚と鳥。天地に蠢く生命をその身に宿せ――汝の名は、ケイトスクロウズ。我が魔爪より生まれし新なる聖杖なり』
宣言と共に、肉球で掴んだ杖を亜空間から引き出す。
ザザ、ザァァァァァアアアアアァァァァァッァ……ッ。
杖が世界に生まれていく最中。
様々な変化が周囲に広がっていた。
世界の色は薄れ。
空気が揺れて。
けれど静けさだけが、しぃぃぃぃぃぃんと伝わっていく。
お酒の表面に映る月が、私の魔力の影響で紅く染まっていた。
まあ、ようするに。天体に影響を与える程の規模の魔術を発動させているのだ。
魔術師であるワイルくんが、ごくりと息をのんでいた。
にゃははははは! なかなかに良い反応である!
やっぱりこういう魔術は見ている人がいるとドヤが捗るよね~!
術は完成。
成功である。
魔の霧の中で、一本の杖が世界に産声を上げた。
『完成だ――異界の魔猫が生み出した新たなる武器。聖杖ケイトスクロウズだよ』
「ケイトス……クロウズ……憎悪を大鯨のように膨らませ滾らせる猫魔獣、大神の魔爪、ですか」
ワイルくんが魔術の性質を読み解きながら呟く。
今回、アイテム生成に使用したのは呪文の詠唱にも出た私の爪。
ようするに。
定期的に生え変わるネコちゃんの抜けた爪である。
以前の事件で出逢った魔女マチルダくんにも似たような武器をプレゼントしたことがあったのだが、結構喜んでくれたんだよね。
さて、宮廷魔術師であるワイル君はどんな反応を見せてくれるのか。
『はい、どうぞ。今見た通り、そんなに時間もかからず作れる武器だ。あの地下監獄ダンジョンで見せた君の活躍と、私に協力してくれた事への報奨ともなっている。だから、まあ遠慮せずに受け取ってくれたまえ』
ワイルくんがうまいこと相槌を打ってくれたおかげで、名推理もしやすかったしね!
「おつまみのお礼としては大きすぎるお返しと言いますか……恐縮してしまうほどなのですが。ともあれ、そういうことでしたら。ありがたく受け取らせていただきます」
深々と礼儀正しい礼をし――。
受け取ったワイルくんが杖を握り――ビシっとその純朴な顔面を硬直させる。
握っただけでその膨大な魔力と装備効果に驚愕しているのだろう。面白いくらい汗を流して、口の端をぴくぴくと痙攣させている。
きっと。
今の彼の脳裏には、聖杖による魔力の影響で様々な魔術式が浮かんでいる事だろう。
「ななななな、なななな、なんなんですか! この、あり得ない程に強力な杖は!」
『そりゃあ、私の爪を素材とした杖だからね。いわば異世界の邪神を素材として作られた世界に一本しかない伝説の聖杖だ、なかなか貴重だよ』
その価値を十分に理解しているのだろう。
杖を抱くその手は震えている。
『これは君用の杖だから、君の血族のモノしか装備ができない。誰かに贈与しても使う事の出来ない専用装備。子供ができるまで、君が生涯持ち続ければいい』
「こ、困りますよ! こんな凄い装備が、ワタクシの代で途切れてしまったら――後世の魔術師たちにどんな罵声を浴びせられる事か」
『途切れさせなければいいだけの話さ。君は若いし、優秀だ。清いまま死なないように頑張って相手を探すんだね』
にゃはははは! と笑って私はマタタビ酒をぐいぐいと猫口に流し込んでいく。
『魔術師として、その聖杖の価値は理解できるだろう。君にしか受け継がせることのできない杖だ』
私は、ちょっと真面目な貌をして。
魔術師の先輩として語る。
『代償魔術を否定するつもりはないけれど、ほどほどにね。身を削り、他人を守ったとしても……全てが解決するわけじゃない――守られた相手の心が傷つく時もある。残された者も……嘆き悲しみ後悔することだってあるんだ。王様だって、若く将来有望な君を代償魔術で死なせてしまったらきっと……酷く悲しむよ』
私の脳裏には……魔王様のお顔が浮かんでいた。
魔王様がお使いになったのは代償魔術ではなかったが。残された私は……自らの無力を嘆き、ずっと……ずっと……黒い雨を降らし。
ザァァァァァっと鳴き続けたのだから。
「ケトスさま……」
『だから必ず、生きてこの王宮に帰ってきたまえ』
……。
なんか、柄にもなく説教をしてしまったのだ。
これはおそらくマタタビ酒と、いつもよりも綺麗な満月のせいだろう。
月の魔力が、猫魔獣である私の気分を高揚させているのだ。
『ちょっと、飲みすぎたかな。偉そうに説教して悪かったね』
「いえ、ご心配をおかけして申し訳ありません。そして、ありがとうございます。この杖に宿る魔力の胎動に恥じぬように精進いたします」
苦笑する私に、ワイル君は感謝を示すように頭を下げる。
ものすっごく恭しい姿である。
まあ、一応神話で登場するようなレベルの杖だもんね。
魔術師のワイル君にとっては、将来を左右するような大イベントになるのだろう。
……。
これ、私、その場のノリで生成してあげちゃったけど。
たぶん、未来を書き換えちゃったよね。
……。
まあ、いっか!
あげちゃったもんは、仕方ないよね!
なんか将来的に今夜の神器贈呈が、かなりの影響を与えるのかもしれない。
けど、私ネコだし。
責任ないよね?
……。
うん、ないない。大丈夫だ。
その辺の事情を誤魔化すべく、私はにゃふんと咳払い。
何事もなかったかのように、ニヒィと笑い闇の中へと溶けていく。
『それじゃあお酒とおつまみは貰っていくよ。君も早く休むといい』
「はい、ありがとうございます。ケトスさまは本当に……お優しい方なのですね」
『普段はこうじゃないさ。ただマタタビに酔っているだけ。そう、ただそれだけの話さ――……』
なんとなく照れくさくて。
晩酌セットを魔力で浮かべた私は亜空間の中にその身を沈めていく。
闇の中へと消えていった私。
その残影と魔力が消えるまで、ワイル君はずっと頭を下げ続けていた。




