邪猫無双 ~異界より降臨せし神~その4
王の証――呪いの刻印に込められた魔力が、膨れ上がっていく。
このまま爆発させ、全てを吹き飛ばすつもりなのだろう。
この世界で十重の魔法陣を扱う領域まで届いているのは、四大脅威と主神のみ。
既に動いていた私は、私側の世界の主神である大いなる光と魔術的な連携。
対応するべく魔力を溜め始める。
その僅かな時間。
神からの裏切りを察したミディアムくんが手と魔力を翳し、叫んだ。
「陛下! 今、呪縛の解除を」
「魔術師団、対魔術防御障壁を――!」
ワイルくんが魔力の込められた聖なる杖を砕き、魔道具損壊させることを代償に魔法陣を即時発動。
「我が聖杖よ――その身と我が魔力全てを対価に、最後の輝きを見せよ!」
濃縮された魔力が聖杖の破片から放出される。
ワイルくんが魔力を流し、刻んだのだろう。割れた破片の一粒一粒に魔術式が込められている。
これは!
けっこうすごいぞワイル君!
命を削る代償魔術と精密な魔術式、そしてアイテムブレイクによる膨大なエネルギーを使った合わせ技。人間の器の限界を遥かに超えた出力を展開――周囲を守る八重の大結界を張る。
が――。
バリバリバリィィィィィイイン!
その結界にすら干渉したのは、大いなる輝きの祝福。
「くっ……、ば、バカな……!」
「ワイル!」
むろん、こんな力の発動の妨害を――そんじょそこらの魔族や野良神様にできるはずがない。
間違いなく、犯人は主神だ。
ひっかかった!
『カルロスくん! 私を信じて、動かないでくれ!』
「むろんだ……が、っ、なにか……策が、おありで?」
『ああ、私を誰だと思っているんだい? 偉大なる御方に仕える魔猫、大魔帝ケトスだよ! まあ、失敗しても問題ない。ここにいる全員はマーキング済みさ、もし死んじゃっても全員完全な状態で蘇生できるから、安心しておくれ』
場にそぐわない猫の声。
これは全員を落ち着かせるために敢えて出した、私のニャンコ声である。
本来なら事前に準備をしていないと、そういう奇跡も発動できなかったのだが。
カルロス王ごと図書館の鍵を破壊しようとするだろうと、私は既に予想していたのだ。
その理由は二つあった。
一つは、未来を覗きちゃんと理論立てて導いた結論。
もし私が相手の立場なら。
魔王様の敵を相手に容赦なく策略を巡らせるのならば――やはり王様を時限爆弾にして、全てを焦土と化していた筈だからである。
そして――もう一つ。
こちらはもっと単純だ。
大いなる輝きの隠れていた場所を、私は偶然に把握してしまっていたのである。
まあ、それを大いなる輝きに教えてやるつもりはないけれどね。
『ミディアムくん! ちょっとこっちの神が君の身体を借りるよ』
「ケトスさまの指示に従いますわ!」
その言葉を合図に、世界が淡き優しい光で満たされていく。
昏い監獄祭壇に広がる聖光。大いなる光が、打ち合わせ通りにミディアムくんの身体を依り代として顕現したのだ。
聖光を纏ったミディアムくんの唇が、神々しく動きだす。
「異界の地に生きる人の子らよ……よくぞ、よくぞここまでの苦悩を耐え凌ぎました。神として、同じ神の起こした愚かなる凶行をあなたたちに詫びましょう。そして、この世界に住まう生きとし生ける者の運命に祝福を」
腐っても主神。
世界を支える本物の女神だ。
その降臨は、この世界に齎される調和と平和を約束するように、世界の闇を明るく照らし始めていた。
代償魔術で傷を負っていたワイル君の身体と魔力が回復していく。
カルロス王の苦痛に耐えていた顔も和らいでいく。
大いなる輝きの悪事。
魔力暴走で賢王を破裂させようとしているその悪事を見て――大いなる光は眉を顰める。
細い腕を伸ばし――光の渦を生み出し。
密かに憤怒する私もまた、全盛期の姿に身体を戻し――くわぁ!
『大魔帝ケトスとして命じる――魔よ、祝福よ――断絶せよ』
「我こそは大いなる光。異世界の大神なり――太古の地母神として命じます、不当なる契約者よ。汝の恥ずべき奇跡を否定しましょう」
続いた祝詞は、神官長ミディアムくんの身体に降臨した大いなる光の声。
彼女もまた主神の器にある異世界の女神。主神としての力を行使し、大いなる輝きの奇跡を正当なる権利で否定したのだ。
聖と魔。
世界規模の魔力が柱となって空を衝く。
ズゥゥゥゥウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥン――ッ!
二柱の大神に、すごすごと隠れている大いなる輝きの力が対抗できるはずもなく。
魔力も奇跡も沈黙する。
私は全盛期モードのまま、猫の鼻息を漏らし口角をつり上げる。
『これで確定であるな。犯人は大いなる輝きだ』
「どうやらそうみたいね――というか、あいつ、あっちの世界で負けたからってこっちで悪事をしていただなんて、サイテー……ウチのワンコが次元の扉を抉じ開けてなかったら、この悪事も気付かれないままだったんでしょうし、まあ! やっぱりウチの子って最高じゃない?!」
さきほどまで見せていた。清き女神パワーはどこに行ってしまったのだろう。
大いなる光の砕けた口調と親バカに、人間達は混乱する。
いや、大いなる光さあ……。
他人の身体、それも異世界の住人の身に降臨して、その身体でワンコ自慢の親バカはやめてあげてよ。
まあいいや。
ポンと姿をいつもの黒猫モードに戻し、私は王様の肩をぺちぺち。
『囮にしてしまったようで悪かったが――どうやら大丈夫なようだね。もう向こうからは干渉できないようだし、君が急に爆発することもなくなったわけだ』
その言葉を聞いて、王様がニヤリと笑んで見せる。
「鍵であり王であるワタシが囮ということは、これは我らが王国軍の活躍でもあったわけですな」
『おや、言うねえ。まあその通りだけれどね』
囮にされたというのに、王様はわりと平然としている。
蘇生できるとはいえ、人間の命を囮にしてしまう、こんな部分こそがおそらく、私が憎悪の魔性である証なのだと思う。
「冗談はこれくらいにして。また、助けられてしまいましたな――ありがとうございます」
『なーに、気にしないでおくれ。最初に私を庇ったのは君だ。私が勝手にその行いに報いているだけの話さ。異界の邪神たる私の協力――そんな大奇跡を引き寄せたのは君自身の心。大いなる輝きは神として踏み込んではならない禁忌を冒してしまったが、王を選定する目だけは確かだったようだね』
ウインクしていってやると、王はすこし困った顔を返してきた。
「しかし、封印王立図書館の鍵である王家の剣も朽ちて消えてしまった。これでは、ラルヴァが封印され、主神を名乗っていた大いなる輝きが隠れるあの地へ行く手段が……なくなってしまいましたな」
『ああ、それは問題ないよ。鍵は魔術式と共にコピーしてある、こんなこともあろうかと――初めて君の魔術を見たあの時、既に準備をしておいたのさ』
言って私は、王家の剣のコピーを魔術で作り出して見せる。
当然、とんでもないレベルの高位魔術である。
人間達から感嘆の息が漏れた。
「よもや――ケトス殿はあの時から既に、全てを見通していたと」
『だからこそ私は大魔帝の名を頂いた猫魔獣、魔王軍最高幹部なのさ』
静かに、自慢することなく。
事実を告げるようにモフ毛を靡かせ、私は頷く。
ここ、超カッコウイイドヤポイントなのである。
「今この時ほど、鮮やかなる知略に感服したことはありません。お見事……まさか力強さだけではなく、知識と駆け引きさえも一流であられたとは。あなたのご助力を得られたこと、このカルロス……生涯の誇りでございます」
さしもの賢王も、私が主神の先を読み既に手を打っていたとは予想していなかったのだろう、深々と頭を下げ私の叡智に平伏した。
騎士団も王に続き、私に跪き――偉大さを讃えている。
うむ、よろしい!
まあ、実は大嘘なんだけどね!
鍵と魔術式を盗んでいたのは本当に偶然。
ただ静かな図書館でお腹を出してグースカグースカ。お菓子を食べたりてきとーに本を読んだり、時間を潰す場所を確保するためにこっそりと、魔術を盗んでいただけなんだよね。
で、さあ。
大いなる輝きが首謀者だって確信したら、探しちゃうよね。
隠れられそうな場所を探す時の候補に浮かぶ場所はあの図書館だったわけで、見ちゃうよね。
既にあの封印王立図書館は私の領域にもなっていたので……そこに誰かが侵入しているかどうかくらいは、ねえ?
ちょっと次元に干渉して調べてみたら、ラルヴァと大いなる輝きの痕跡……発見、しちゃったんだよね。
そこから推理したのが、王様の魔力を刻印から干渉してくるだろうという今回の一手。
無慈悲な相手なら、人間ごと爆発させる手を打ってくるだろうと、猫頭がビビビーン! と働いたのである。
後は大いなる光が観光気分で神官長ミディアムくんの視界をジャックして、こっちを盗み見ていたのは知っていたから魔力で通信。
地下監獄ダンジョンの最奥祭壇。
大いなる輝きの手先となったジェイダス神父との戦いで、ストレス解消に大暴れ……じゃなかった、無双しているうちに連絡。
相手がやってきそうなことをあらかじめ、打ち合わせをしておいたのである。
大いなる輝きが今回の犯人で何かを企んでいるようだから、協力して欲しい――と。
私ならこんな手を使って人類を全滅させるとか。
ロックウェル卿ならこうやって人類を滅ぼすだとか。
大暴れしている裏で、ウニャウニャウニャと通信していたのだ。
次第に頭を抱えて「あんたたち! そんな手段までできるなんて反則じゃない!」と喚きだした大いなる光に、その対処法を全部伝えて、すぐに行動できるようにして貰っていたわけだ。
おそらく、私の方の世界ではホワイトハウルとロックウェル卿、そしてフォックスエイルがそれぞれに未来予知を使って、大いなる輝きの悪事のパターンを研究してくれていたのだと思う。
あれほどに力ある獣達が本気で未来を占ったら、そりゃかなりの精度で先を読めたのだろう。
わずかな時間で頑張ってくれた事には、感謝しなくてはいけないかもね。
まあその時間を稼ぐための私の一人舞台。
名推理お披露目タイムでもあったわけだが。
だからこれほどに、スムーズに作戦が実行されたのである。
まあ結局は私の予想通り、人間王様時限爆弾だったわけだけど。
これ、未然に防げていたから良かったものの……正直、神としてはもう戻れない領域にまで堕ちちゃってるよね……。
マーキング済みだったのでジェイダス神父を除く全員の蘇生はできたが、ハッキリいって大惨事になっていただろうし。
本当に、うまく防げて良かった。
カルロス王の刻印からこちらを観察していた筈の大いなる輝き。
あの腐れ外道主神は、荒ぶる私の無双に目を奪われていたようで。私がこっそりと連絡を取っていた事には最後まで気付かなかったのだろう。
うまく誤魔化しながら交信できていたのは助かった。
気付かれていたら、ここで仕掛けてこなかっただろうしね。
つまり。
あの神父戦での私のストレス解消の大暴れは、無駄行動ではなかったのである!
ともあれ、これは私一人の功績ではない。
大いなる光は私にも一応借りがあると感じていたのか、それともホワイトハウルの友達だからか分からないが、喜んで協力してくれたというわけだ。
まあ、ここまで種明かしをしたらバレてしまったと思うが。
きっかけは、ほとんど偶然。
ようするに。
ただの幸運なのである。
だがしかし、この偶然と幸運を引き寄せたのにも理由がある。
その理由も、その正体も私は知っていた。
庇われた私がお礼にと――カルロス王に掛けたネコちゃんの祝福だ。
あれ以降、王様は何かをする度に幸運を導く行動を取るようになっていた。その幸運の波に乗せられた私が、偶然という名の女神をずっと引き寄せ続けていたというわけである。
全てはあの瞬間。
巡り巡って戻ってきた善行。
猫を命がけで守ろうとした、カルロス王の心の光。
王様が私を庇ったことで引き寄せた、幸運の運命だったというわけだ。
彼は私を救ったことで、自分自身のみならず――無慈悲な主神の悪しき理想郷となっていたこの世界を、救ってしまったのである。
ようするに、私のおかげでもあるのじゃ!
いやあさすがは大魔帝!
幸運を導く祝福まで一流だなんて、なんと素晴らしいのだろう!
でもせっかくドヤれそうだし。
偶然とラッキーの合わせ技ではなく。推理で導いて先手を打っていた、ということにするのである!
大いなる光に素直に身体を提供してくれた神官長ミディアムくんにも、私は視線を送る。
『ごめんね、ミディアムくん。こんなことになってしまって――』
「いいえ、仰らないでください。以前から薄々は……違和感を覚えていたのです」
彼女は思い出を辿るように目線をチェーンフレイルに移し……ドチャリと鎖の音を立てる。
「聖職者だった父が口癖のように言ってましたの。あの神に頼り過ぎてはならない。いざとなったら自分自身の力のみで戦えるようにと、わたくしに……鈍器の使い方を教えてくれていたくらいですから。きっと、運命を狂わされたように逝ってしまった父は……主神の企みをどこかで察してしまったのでしょうね」
寂しげに語るミディアムくん。
その言葉を受け止めると――私の心は僅かに痛んだ。
無理をしてこれ以上泣かないようにしている彼女の心を、繊細な私の猫毛がビビビと察知してしまったのだ。
何があったかは知らないが……。
彼女は父の死の原因を、大いなる輝きによる謀殺と考えているのだろう。
泣かないように、心の中だけで泣く女の子の姿というモノはけっこう儚げなもので。
あの腐れ主神。女の子を泣かせるなんて、やっぱり……ねえ?
紳士な私としてはあまり面白くないのである。
それは正義と道徳を尊ぶ騎士達も同じだったのだろう。天を睨むその貌は、けっこう怖いものがある。
この中にあっても普段通りなのはワイル君。
壊れてしまった聖杖を亜空間に収納しながら、私に言う。
「それにしても、ケトス様。異国の神とはいえ――よく世界を治める主神を疑い、それを口にすることができましたね。普通、なかなかできませんよ」
このワイル君。魔術の腕は確かだし度胸も据わっている。実は案外、一番大物になるのかもしれない。
『いやあ、証拠とかそういうのなかったしさあ。わざと聞こえるところで口にするしかなかったんだよねえ』
種明かしをしながら、私はケラケラと猫笑い。
『とりあえず名推理をしてみて、当たっていたら今の流れになるとは思っていたし。もし予想が外れていても、問題なかったんだ。大いなる輝きが犯人じゃなかったとしたら、さすがに否定しに飛んでくるだろう? どっちにしても疑問は解決していたんだよ』
「えーとつまり……まさか」
『そう。確信はあったけど証拠はない。だから、ただ鎌をかけただけなのさ。まあどうやら大正解だったようだけれどね』
ワイルくんが頬を掻きながら問う。
「もし違っていたらどうしていたんですか? いちおう、主神様なのですから……謝って許されていたかどうか」
はて、変な事をいう男である。
私は首を横に倒し、素直に答えた。
『何を言っているんだい? 私、ネコちゃんなんだよ?』
「と、おっしゃいますと?」
『可愛い猫が謝れば、まるっとさくっと、全ての罪が許されるに決まっているじゃないか』
なぜだろうか。
私が本気でそう思っていると伝わったはずなのに。
人間たちは、うわぁ……という顔で、こちらをじぃぃぃぃっと見つめていた。
ミディアムくんだけは、ケトス様ったらとくすくす笑っていたから。
まあ、いっか。




