亡国の地下監獄ダンジョン ~ネイペリオンの秘密~その3
メルカトルの王族に伝わる封印王立図書館の秘密。
僅かに覗いてしまったカルロス王の過去。
大魔帝ケトスこと偉大な黒猫魔族の私は、お髯をぴんぴんにさせて考える。
四大脅威と人間との戦いを監視する者の影。
封印王立図書館の不自然な契約と制約。
さきほどみた景色。
過去の記憶の中に――ヒントがあったはずだ。
誰がこのような契約を王家と結んでいたのか――……。
それにしても。
強制的に王の資格と使命を与えるとは――まったく、それでは不当な契約ではないだろうか。我ら魔族の主義には反するやり方である。
魔族のやり方は童話や昔話にでてくる悪魔と似ている。
あくまでも誘惑や提案のみをして、契約の成立自体は相手から言わせたり承諾させるのである。
それを一方的に、契約を送りつけるとは不粋が過ぎる。
私は少しだけ、その不当契約者に苛立ちを覚えていた。
人間とは人形ではないのだ。
そこには個性も善意も悪意もある。
それを王家のためだから、国のためだからと記憶を切ったり貼ったり――自由に操作していいわけないのである。
妖しげな祭壇。昏い光が照らす中。
言葉を待つ人間達に、私は告げる。
『しかし、そうなると――君達は既に制約を破っているわけか。四大脅威の情報は全て暴かれているわけだしね。既に打ち倒したネモーラ男爵。四大脅威として私との戦いに負け、共生を誓った蟲魔公ベイチト。まあじゃがいもらしい触手君は例外として……そして、狂った女教皇ラルヴァ。本当なら知っていたら不味いんだろう?』
「ふむ。なれど、何故かその事に関して罰やルール違反によるペナルティが発生した様子はないのだ。ある程度の反動は覚悟していたのではあるが……まあない事に越したことはないのであるがな」
やはり、そうだ――。
私にはこの事件を裏で操っている敵の正体が、うっすらと見え始めていた。
馬脚というか、尻尾というか。
なんかそれっぽいアレが見えていた!
いわゆる、猫の勘というヤツだ。
ぐわんぐわんとフル稼働して考える私の猫頭が、ピキーン!
くわぁぁぁぁっと猫顎を開いた私は、啓示をうけたかのようにパンパカパーン!
その時、様々な情報が結合したのだ。
……。
私は一つの答えを導き出していたのである!
『なるほどね――ありがとう。ようやく分かった気がするよ』
まあ、実は私の勘。
けっこう外すんだけどね……。
私が名推理を披露する時――ロックウェル卿はいつもうんざりとした顔で見ているし、ホワイトハウルは欠伸をしながら寝ちゃったりもするのだが、今回は当たっている気がするのだ!
さて。
まだ正しいか分からないが一つ名推理を披露しようとした――その時だった。
ギギギギギイググギィィィィィィィl!
不意に発生する警戒音。
先導する蟲魔公ベイチトくんの眷属蜂が動きを止めたのだ。
『どうやら、また野良魔物との遭遇みたいだけど――あれ? 今までとは気配が違うね』
「皆の者、警戒態勢を――」
一際に豪奢な魔術祭壇。
禍々しい魔力が満ちたその聖域の後ろに、なにやら生者の気配がする。
はて、私とミディアムくんによる探知に生体反応はなかった筈なのだが。
少なくとも遠方からの探知を遮断する力やら、魔道具を持っているという事か。
王国軍の顔に戦意が刻まれていく。
まあ、こんなところにいるのだ、敵に決まってるよね。
格好よく剣を抜き放ったカルロス王は王家の刃に雷電を伝わせ、ギロリ――既に武人モードへと顔を切り替えていた。
「ケトス殿……いかがするか」
『まあ、どうせ敵だろう。おーい! そこにいるのは誰だいー? 出てこないって言うのなら、そのまま虚無の彼方へと消しちゃうけど。どうするー!?』
誰何の声に反応したのは、複数の気配。
黄金の栄光の手を顔に張り付けた――上級アンデッドが浮かび上がってくる。
様々な魔導宝珠を身に纏っている事から、不死者の魔導士であると予想される。
続いて。
影から自らの姿を顕現させ魔導スティックを傾けるのは――歪な魔力を滾らせる高位悪魔。
パリっとした糊の利いた礼装に身を包んだ、骸骨頭のデーモンさん。
残念ながら異世界の悪魔なので、私の説得も通じないだろう。
ともあれ、濃い生者の気配はこいつらではない。
ちょっと強いだけのゾンビさんと、サバスくんの支配下にない野良悪魔だもんね。
コツリコツリ……。
仄暗い迷宮の祭壇。魔術で隠蔽された細い通路から、声が返ってきた。
「おや、なにやら見慣れぬ生意気な使い魔がいるとは聞いていたのですが。なるほど、それが黒猫であるあなたなのですね――ふーむ、レベルは……一、ですか。ただのペットですね」
あ……こいつ、私の鑑定失敗してやんの。
所詮、その程度の敵という事である。
人間の国ぐらい軽く殲滅できそうな上位アンデッドモンスターの群れを連れて現れたのは、長身痩躯の人影。
金髪碧眼の妙に姿勢の良い神父である。
人間の姿をしているが――魔術による変装とか、そういうのではなさそうだ。
正真正銘の人間族である。
はて、どこかで見たような気もするのだが。
レベルの低い私には興味を失ったのか、神父はあからさまに目線を逸らし――人間達に目をやる。
「どうやら――ここまでやってきてしまったようですね、カルロス陛下。そして三傑のワイルに、ミディアム女史」
邪悪なる聖書を手にした神父は恭しく礼をして見せて、にやり。
王国軍に向かい、いかにも慇懃無礼な態度をしてみせている。
知り合いなようで。
ゴロゴロバリバリバリ。
武人の顔を尖らせたカルロス王が、剣に纏わせた雷電を震わせ神父姿の男に告げる。
「神父ジェイダスよ――なぜ、そなたがここにいる」
「おや? まさか少し会わぬ内に耄碌なされたのですかな? 不干渉だったとはいえ、敵対国家と化していたこの地、そしてその地下祭壇にいたとなれば――もうお分かりでありましょう?」
どうやら顔見知りのようで、緊張感が走っている。
因縁の相手?
それとも、かつて味方だった相手とか?
まあ神父っていうぐらいだし、かつては大いなる輝きを信仰していたのだろうが。
あー……!
あれだ!
王様の過去の映像にいた、カルロスくんを王宮へと連行した大いなる輝きの信徒たちの一人か。
えー……。
私だけ直接この神父を知らないから、なんか面白くないんですけどー……。
なんつーか。
いきなり見知らぬオッサンに、黒幕でーすみたいなことをされても……困るんですけど……。
いや、まあどうみても使い走りの捨て駒なんだろうけどさあ……。
もうちょっと、前振りとか、そういうのあってもいいんじゃない?
尻尾がびたーんびたーんと床を叩いてしまうが、我慢我慢。
私はくうきのよめる大魔帝なのだから。
そんな私の葛藤を知らずに、人間たちはシリアスを続ける。
「主よ――邪悪を阻む結界を我らに」
「風よ――巨悪を破る戒めの風をこの手に」
主君を守るべく、ワイル君とミディアムくんがザザっと前に身を躍らせていた。
臨戦態勢。
複雑な印を組むその手には、既に魔力波動が浮かんでいる。
「ジェイダス神父。あなた……まさか、この監獄を知っていたの?」
「むろんですよ、ミディアム神官長。あなたにその座を奪われた時から、既に……ワタシは、いえ、やめましょう。まるでワタシがあなたに嫉妬していたように見えてしまいますしね」
言って、ジェイダス神父とやらは邪悪なる聖書。
魔根邪神譚なる本の表紙を撫で――。
魔力を解放。
「応えよ、そして目覚めなさい。狂える教皇、邪根神ラルヴァの眷属よ」
宣言と共に――中途半端な六重の魔法陣を展開。
ぎじぎじぎじぃぃぃぃぃ……。
次元を裂くように、人の手――ハンド・オブ・グローリーが空の隙間を抉じ開けて顕現する。
神父は細い身体を震わせて、哄笑を上げる。
栄光の手を召喚し、ニヤリ。
「はははははは! どうです、偉大なるこの力は! 力がみなぎってきて仕方がないのですよ――あぁ、これこそが神の慈悲。神の恩寵! ワタシこそが、神の忠実なる僕!」
えぇ……どうしよう。
そりゃ六重なら、強い人間の証である五重の魔法陣よりは上の力を持っているのだろうが。
私にしてみたら、蟻んこが砂利を持って強がっているようにしか見えないんですけど……。
私の力を間近で見ていた王国軍も、いまさらこの程度では怯みそうになく。
ちょっと困った顔をしている。
……。
えぇ……どうしよう、この空気。
私のせいじゃないよね?
ともあれ狂える神父は、魔力を纏い。
女教皇ラルヴァの力が込められた魔導書を開き――手を翳す。
「さて、みなさん。我が神に祈りを捧げる準備はできましたかな? 少しの間なら待って差し上げますよ、なぜならワタシはあの御方……神に仕える真の救世主なのですから」
あの方に仕える――か。
こりゃ、黒幕の一人で間違いないね。
栄光の手を召喚できるってことは、ラルヴァの関係者である。
今がチャンス!
こほんと、咳ばらいをし――モフ毛を優雅に靡かせ私は前に出る。
『なるほど。同時に顕現しない筈の四大脅威。蟲魔公ベイチトくんが目覚めたばかりなのに、既にラルヴァの眷属が目覚め帝都を滅ぼしていたのには、そういった事情があったんだね』
「そういった事情? ふん、低級猫魔獣がよくもまあ偉そうに語るものよ」
あ、くるって方向を変えちゃったよ。生意気にも私に後ろを見せちゃってるよ。
このままどつき倒してやってもいいのだが。
ぶちっと切れないように、穏便に。
とてとてとて、とジェイダス神父とやらの正面にわざわざ歩いて、私はキリッ!
『君が人間たちを生贄に捧げ――本来なら目覚めの順番ではないラルヴァの復活を速めていた。そういうことなんだろう?』
推理タイムの超カッコウイイ時間なのに。
ジェイダス神父とやらは私に構わず、王と三傑ばかりに目線を移し。
私を完全に無視。
「王よ、ご覚悟を――なに、そちらの恨みは十分にありますのでご心配なく。あなたの命令のせいで生贄に捧げられた使者たちの、弔い合戦のチャンスではありませんか」
「ジェイダスよ――神に仕えるはずのそなたが、我が家臣を……あのような邪神に捧げたというのか」
「全ては我が神の望むがまま。ワタシはその命に従ったまででございます」
ここにいる全員。
訳知り顔で、顔見知り同士で話をすすめ、私をスルー。
完全にシリアスモード。
重い空気。
部外者が入り込むには酷な空気が流れている。
むろん、私にもそれは伝わっていて――無駄にお髯がピンピンしてしまう。
……が。
とーてとてとて……。
よいしょ、よいしょ!
王様の横から、んにゅ~と身体を伸ばした私は、ニャハ!
肉球をむぎゅーっと伸ばして。
『私を置いてけぼりにして、話をすすめるんじゃないのニャ!』
魔力を放射し!
ズドーン!
「え……?」
『ぶにゃはははは! なんだい君、その貧相な魔術装備は!』
吹っ飛ばされた魔物軍団となぞの神父ジェイダスを眺め。
私は肉球で指を刺しながら大爆笑。
だって、すんごい偉そうなのに子供魔族が作ったみたいな低レベルな装備で、無駄に着飾ってるんだもん。
床を叩きながら笑う私に――吹き飛ばされた謎の神父も、モンスターも、そして王国軍も目を点にして困惑顔。
ぶわぁぁぁぁか! ぶわぁぁぁあぁか!
お尻ぺんぺん、ぶたのケツー!
我を無視するからこうなるのニャ!
あぁぁぁぁぁ! すっきりしたああああ!
だいたい、ここずっと辛気臭かったし。色々と鬱憤は溜まっていたのだ。
『おーい、生きてるかーい! ねえねえカルロスくん? なんなのこの男? だれなの? すっごい雑魚そうな癖に、超偉そうで、わらえるんですけどー!』
敢えて言おう。
空気を読めなかったのではない。
読まなかったのである。
だって、私ネコだし。今にも大魔族が目覚めようとしているダンジョンの奥深くで無駄に時間をかけるのも、ねえ?
そんな空気、私には一切関係ないのだ!
だいたい、私をスルーして会話を続けようなんぞ五百年は早い!
べつに――。
無視されたのが、ものすっごくムカついたとか。
私の知らない生意気なおっさんが、いきなり黒幕っぽい事をしだしたのがイライラしたとか。
そういう心の狭い話じゃないんだからニャ!




