救え、魔猫と王国軍! 帝都攻城戦 ~猫と聖職者~後編
滅んだネイペリオンの帝都に広がる戦禍。
その一時。
神に仕える聖職者と、魔王様に仕える猫魔獣。
猫と聖職者は、強化魔術をかけるという僅かな時間の中で語り合っていた。
魔法陣を展開し――彼女を中心に強化が軍全体に行き渡るように魔術を組みながら。
大魔帝ケトスこと私は、んーとネコの頭脳を回転させる。
神官長であるミディアムくんにどれくらい救えそうなのか問われ――明確な答えを返していなかったことを思い出したのだ。
『えーと、ちょっと待ってね。おーい、黒マナティ! ちょっとー、おしえてほしいんだけどー!』
黒マナティと交信し、新しく増えた眷属達の状況と状態を確認して貰い。
んーにゃ、んにゃんにゃ。
未来を予測する猫の魔眼を行使して――と。
『んー……半々、といったところだね。半分は死ぬ前の人間の姿と魂に戻して蘇生ができるけど――魂情報の欠落と、肉体の損壊が激しいもう半分は……無理だと思う。ロックウェル卿っていう回復魔術が得意な大魔族がいるんだけどね、彼と私の力を合わせたとしても――やはりどうしても限界はあるんだ。申し訳ないとは思うけれどね』
「いえ、どうか肩を落とさないでください。誰も救う事の出来なかった状況よりも――だいぶ、報われているのですから」
神官長ミディアムくんは事実を受け止め、力強い瞳で自分と私に言い聞かせる。
その唇が、思い出したかのように言葉を漏らした。
「回復魔術に長けた魔族……ロックウェル卿さま……」
ぶにゃん? と首をかしげて私は言う。
『ああ、私の友人で魔王様の愛鶏さ。会議の時にもちょっと名前を出しただろう? 共に勇者と戦った、まあ戦友でもある仲間だよ』
「それってもしかして。邪鶏異聞奇譚に記された、深海帝国すらも石化させたと畏れられる――あの神鶏様のことですか?」
言って彼女は、胸元に手を翳し――亜空間から一冊の魔導書を取り出す。
記されたタイトルは彼女の言葉通り、邪鶏異聞奇譚。
異世界の大魔族、ロックウェル卿の逸話と彼の力を借りた魔術を記した魔導伝記書である。
『おや、彼の事も伝わっているんだね。となると……この世界はもしかしたら、私達の世界との境界が昔から薄かったのかな。可能性としては、大いなる光との権力や縄張り争いに負けた大いなる輝きが、こちらの世界に移動した――なんてこともありえるのかもね』
私の説はあくまでもテキトーに言った仮説だが。
聖職者であり、大いなる輝きを信仰するミディアムくんはちょっと困った顔をしてみせる。
「それは、どうなのでしょうか――我が主が、敗走してこちらの世界にやってきたとはあまり思いたくありませんわね」
ヒゲをピンピンと立てて、私はブニャハハハと笑ってしまう。
『はは、ごめんごめん、ちょっと配慮を欠いていたね』
「まあ、それはよろしいのですが――大いなる輝き様は、いったいどこに行ってしまわれたのでしょう。幸いにも大いなる光様から御力を借りることが出来るので、戦闘面では問題ない……どころか、正直な所いままで以上の奇跡や祝福を行使できるのですが」
ま、単純な力比べ。
神としての力を比べると――大いなる光と大いなる輝きとの間には大きな隔たりがある、大人と子供ぐらいの差があるのだ。
それに大いなる光は「この私のおかげで」信仰度もかなり回復してきている。
いうならば絶好調状態。
さあ偉大なる我が力をどんどん借りて、代わりに信仰という対価を払いなさい! と――意気揚々としている大いなる光の方が、力を借りた際に大きな力を得られるのは当然なのだ。
これは、まあ口にはしない方がいいかな。
「いつまでも異界の主神様のお力をお借りするわけにもいかないでしょうし……いつ、帰ってきてくださるのか――……。それに、分からないことが多々ありますわ。なぜ、主は……ケトス様との対話をなさらず攻撃を仕掛けたのか。そこにどんな意図があったのか、わたくしにはどうしてもそれが分からないのです」
考え込むようにフレイルを握り、彼女は続ける。
「失礼を承知でお話させていただくと――これほどまでに友好的な対話が可能な邪神様、話せばわかってくださる大魔帝ケトス様と、わざわざ敵対する必要などないように思えるのです。世界に平穏を齎すとされている主が――なぜ……そのような簡単な事を見過ごしになられるのか、わたくしには理解ができません」
『ふーむ、理由ねえ』
たしかに。
一応アレでも主神クラスの神なのだ。
敵う筈もない私という強大な魔、その本質を見抜けなかったとは考えにくい。
いきなり十重の魔法陣で攻撃をしかけてきた事には、なにか理由がある筈だ。
まあ、単純に私という魔を見抜けず――脆弱な魔猫なんて焼いて消去しちゃおうと思った可能性もゼロではないが。
そもそもだ。
なぜ大いなる輝きは、この状況で力を貸しに来ないのだろうか。
少なくとも私に無礼を働いた弁明をする絶好のチャンスなのだ。
今は時間を停止しているから仕方ないにしても、だ。一つの帝国が死者たちに滅ぼされ魂を冒涜されている、そんな状況を放置していた理由が分からない。
何か裏があるのかもしれないが――いまここで考えたところで答えが出るとは思えない。
ともあれ。聖職者であるミディアムくんの不安もそこにあるのだろうと思う。
『君達には悪いけれど、こちらは向こうから一方的に攻撃されたんだからね。あの件に関しては、正直、一切の非はないと内心では思っているよ』
辛辣なようだが、私は素直に心を伝えた。
だって。
本当に私、わるくないしー!
そういうところまで私のせいにされたら困るのである。うん。
『だいたい、眷属達のピンチだっていうのにどこかに隠れたままなんて。どーかと思うんだよね、私は。そのせいでこうやって私が、あの主神の分まで頑張っているわけだし。つまり、私はあんまり悪くないよね!』
尻尾をぐーるぐる回して、私は胸を張って言い切ったのだ!
だからだろう、くすりと微笑んだ彼女は妙に安堵した顔で応じた。
「分かっておりますわ。あの映像を見れば一目瞭然でしたもの……それで、話を戻しましょうか。もし、ロックウェル卿様とケトス様が力を合わせても蘇生ができなかった場合、黒の人魚化している人々は……どうなってしまうのでしょうか。偉大なる異界の神、大魔帝ケトス様――どうか、お聞かせくださいませ」
神についての迷いはとりあえず保留することにしたのだろう。
ミディアムくんは私の顔をまっすぐに見て、真剣に訊ねてきたようだ。
さて……。
これが本題だろう。私は正直に打ち明ける事にした。
『もしも――私とロックウェル卿が手を尽くしても失敗した時、蘇らせる事ができなかった時は……彼等には黒マナティとして第二の人生を歩んで貰うことになる』
「そのままケトス様の眷属となるということでしょうか?」
『ああ、そうさ。少なくとも私は……人を呪い、殺し続け徘徊する不死者となってしまうよりかは、良い環境だと信じているよ。それに――彼らの魂の残滓は黒マナティ化……ブレイヴソウルクローンとなったその中に残り続けるんだ……。個性だったり、性格だったり……そういうパーソナリティは反映されるからね、完全に消滅するわけではない。私にしてあげられる事はそれくらいが限界なのかな』
異次元で黒マナティと化し、状況を把握している犠牲者たちに目をやり。
私は続けた。
『本当は成仏させてあげて、まっとうに転生させてあげたい所なんだけど――既に魂は栄光の手により支配され汚染されている……通常の方法では、不可能なんだ。しょーじき、めちゃくちゃ悔しいけれどね。それに、彼らは私にとって異世界の人間。その魂には僅かな誤差がある。さすがに輪廻転生に干渉し、操作してあげる事はできないんだよ』
力強き魔猫を自称していても、全てが可能なわけじゃない。
ここまで徹底的に魂を弄られた人間を、元の状態に戻すのは並大抵を超えた領域にあっても届かないのだ。
私はまた。
守れなかったということだ。
もしこの犠牲者が、魔王様だったとしたら?
私の見知った大切な存在だったとしたら?
私は私を保ったまま、冷静になれていただろうか。世界を滅ぼす程に暴走し、全ての世界、全ての次元を破壊せずにいられただろうか。
それは私には分からなかった。
だからこそ。
あのラルヴァという女教皇が気に入らない。
ザァァァァァァア!
僅かに盛れた憎悪が、周囲の空間を軋ませてしまう。
『おっと、すまない。驚かせてしまったね』
漂う憎悪と魔の風が、聖職者であるミディアムくんの戦闘服を揺らしていた。
彼女は動じず。
むしろ私を落ち着かせるような静かな微笑みを送り返してきた。
「いえ。むしろ、人間のために怒りを浮かべていただき……感謝をしなくてはいけないのかしら。ケトス様、あなたは魔族の方ですのに、この光景に怒りを覚えていらっしゃるのですね」
胸に細い指をあてて、彼女は神に祈りを捧げる。
その祈る先が大いなる輝きなのか、大いなる光なのか。それとも別の誰かなのか。
それも私には分からない。
「ごめんなさいケトス様。しばらく、祈りを捧げる時間をください――」
『ああ、きっと君の祈りは天に届くよ。ま、正確に言うのなら天ではなく、異次元でモキュモキュ鳴いている新しい黒マナティ達にだけどね。彼らは――少なくとも君達には感謝しているようだから』
私は彼女の祈りを感じながら――目線を戦地に移した。
数ヵ月前に滅んだだろう帝都――戦場と化した街を見たのだ。
かつて、賑わいを見せていただろう市場や露店がすぐに想像できた。
肉の看板や魚の看板が見える。
ナイフとフォークを店の看板とし、客を引き込んでいただろう大きなレストランも見えた。
きっとここにも美味しいグルメがあったのだ。
生活があったのだ。
平和な姿を想像してしまうと、少しだけ胸が痛んだ。
異世界の魔族であり、既に血も凍っているほどに冷徹な私が見てもそう思うのだ。
きっと。
同じ世界、同じ種族である神官長ミディアムくんにとっては……とても辛い光景なのだろう。
祈りを終えたミディアムくんが、滅びた街に目をやる私を視界に入れて呟いた。
「同情、なさっているのですか?」
『正直悪趣味が過ぎるからね、これは』
魔王様に仕える魔族として――私は考える。
『かつて捕虜とした人間から手を切り落とし、魔道具とし眷族化。すでにその時点で魂は冒涜されている。更に時が経ち――今となって蘇り、再び同族の人間を襲う。襲われた魂は汚染され、呪われた不死者と化し更に呪いを広げていく。そうやって、ラルヴァの眷属が根を生やすように増えていくわけだ。これが彼女の言う子の増殖なんだろうね――実に趣味の悪い侵食じゃないか。私も外道といわれることが多々あるが、こういう手段は単純に好きじゃないんだよ』
最強の猫魔獣を自称する私であったが、やはりその本質は魔王様に愛される小さき弱い魔猫。ただ美しく、可愛らしいだけの猫に過ぎないのだ。
死を目の当たりにして。少し、感傷に浸ってしまっているのだと思う。
「もう一つお聞きしても?」
『ああ、構わないよ』
神官長ミディアムは、紅き瞳を輝かせる私を見た。
「蘇生の出来なかった魂。元に戻れない方々の魂を、あなたは――受け入れてくださいますか? 大魔帝ケトス様、あなたは人間に強い恨みを持っていると記されています。その理由も……知っております。大魔帝はかつて人の手により何度も殺されたと、愛しき者を殺され奪われた――と」
邪猫異聞録にはそんなところまでも記されていたのか。
私は人を恨み憎悪する魔猫としての側面を滾らせ――包み隠さず表面に浮かべて見せた。
『ああ、人間は憎い生き物だ。おそらく、それは一生変わらない。それこそが我が憎悪。大いなる力の源。我が我であるための存在理由。憎悪を食欲へと変換し、飽くる事なきグルメを慰めとし、どれほどに慰め癒えたとしても……一生消えることなき感情。人への恨みは――我の憎悪を滾らせ、燃やし続けるであろう』
紅く燃えあがる憎悪を纏い。
ギラギラと世界を睨む黒猫が、ここにいた。
そして、そんな私をやはりまっすぐに見て、聖職者は祈るように唇を動かした。
「それでも……かつて人間だったあの方々を、愛してくださいますか?」
猫と聖職者が見つめ合う。
互いに、心が見えていたのだと思う。
『もし彼等に……私の眷属としてしか生きる道が残されていないのなら。その時は――私はネイペリオンで散った彼等から生まれた黒マナティを愛し、慈しもう。かつて人間だったとしても、その心は変わらない。大魔帝として君に約束しよう。安心したまえ――私は魔王様の忠実な下僕で紳士たる魔猫だ、女性との約束を破らないよ』
彼女は私の言葉を正面から受け止め、噛み締めて。
ゆったりと感じ入るように瞳を閉じていく。
「すごい……ですわね。ケトス様は――。神に祈りを捧げてもおさまらないわたくしの不安を、言葉だけで解消してしまうのですから」
神官長ミディアム女史は感心したように吐息を漏らす。
まるで聖人の微笑だ。
もしかしたら遠い未来。彼女は死後――大いなる光にその力と慈愛を認められ、聖人として迎え入れられるのかもしれない。
……。
まあ、こんな美しい場面なのに――その手に握られた祝福されたチェーンフレイルがドゴドゴズドン!
逃げ惑う栄光の手を叩き落としているのだが……。
そこは気にしないことにしよう。
「あなた様は異世界の邪神だと聞いていたのに。だいぶ印象が違いますのね」
『おや、君には私がどう見えているんだい?』
超カッコウイイ猫様であることは確かなのだが。
問われて彼女は、少しだけ昔を懐かしむような笑みを浮かべ――唇を上下させた。
「ふふふ、偉大なケトス様にこんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、敬虔な神父様、でしょうか。あなたがまるで人間のように寂しい微笑を零されるから、わたくしは……優しかったお父様を思い出してしまいましたわ」
遠くを見る彼女の瞳は少しだけ揺れていた。
望郷と後悔。
その美しい瞳からは色々な感情が読み取れる。きっと、既に……その優しかった父は他界しているのだろう。
彼女にも彼女の物語がある。そこに強く踏み入る気にはならないが、私は今の彼女の寂しげな微笑がとても綺麗で繊細で、尊いモノに思えていた。
だから人間の魂は美しい。
醜く汚れた人間という種族の中でも輝きを失わない者もいる。
今の私は――人間という種族をどう思っているのだろうか。
それは、私にも分からなかった。
『さて、君に付与した支援魔術も効果を発揮する頃だ――行っておいで』
「ありがとうございます、ケトス様。本当に――感謝しておりますわ」
猫と聖職者が対話をした時間は僅かだった。
けれど。
とても有意義で大切な時間だったのだと、私は思った。
彼女の心に触れた私はまた一つ、なにかが成長したような気がしたからだ。
そして。
もう一つ。
こちらは成長とはまったく違う話。
彼女との対話の中で浮かんだ疑問。
この世界の主神、大いなる輝きはいったい――何を考えているのだろうか?
ただ猫に怯えて逃げているだけなら、別にいいのだが……。
……。
いや、ほんとうはよくないんだけどね?




