救え、魔猫と王国軍! 帝都攻城戦 ~猫と聖職者~前編
魔道具と化した人間の手。
栄光の手、ハンド・オブ・グローリー。
世界を滅ぼしかねない四大脅威、女教皇ラルヴァの眷属達である彼等に滅ぼされた帝都。
そこに住まう民たちを救うため、異国の王がいざ参る!
大魔帝たる私はあまりにも強すぎて、相手を存在ごと崩壊させてしまいそうなので後方支援。
後ろからバフを盛り盛り、応援の構えである。
カルロス王の凛々しい顔は既に戦闘モードに入っている。
王家の剣を抜き放ち――朗々と宣言した。
「我、正統たる血脈にある者! メルカトル=ヴィ=カルロスなり、王家の名の下に宣言する! 我が忠臣よ、剣を掲げよ、魔術を唱えよ――我等に勝利と栄光を与えん!」
まず王が支援スキルの込められた号令を上げ。
「我等、三傑の位を与えられし王の忠臣なり」
続いて神官と魔術師、男女二人の詠唱が響く。
同時詠唱による支援儀式か。
まさに阿吽の呼吸。
刺さる緊張の空気の中――凛とした声を発する。
「天にまします我らの主よ、汝の子羊たちの声に耳を傾けたまえ――!」
「我、紅蓮の業火を辿りし者――深淵の内に潜む邪を覗く者。我らの剣に邪悪を祓う力を与えよ!」
宮廷魔術師ワイルの翳す聖杖に、神官長ミディアムの祈りが乗せられる。
聖杖から部隊長へ。
部隊長から部隊員へ――連鎖式に支援魔術と祝福が付与されていく。
更に詠唱が続く。
付与された部下たちは手を翳し、別属性の魔術を展開。
魔術効果を更に向上させ、部隊長へと送り返す――。
なるほど。
この強化のリレーを繰り返すたびに、支援魔術の効果と性質が増加しているのか。
群れになるとその真価を発揮する人間たちが得意とする、集団支援スキルである。
個体として、魔族に劣る戦闘力しか持たない人間。
そんな彼らが、時に、我等魔族を圧倒する力を得ることがある。そういう時は、まあ大抵――こうやってよき指導者、先導者を中心に群れとなって行動しているのだ。
連携や信頼。
相乗効果って侮れないからね。
その辺りを魔族にも取り入れることが出来たら完璧なんだが、んーむ、あいつら基本脳が筋肉でできてるからなあ……。
ともあれ。
死者の遺骸に張り付く手を引きはがす戦いが始まった。
◇
栄光の手に操られた死人たちの攻撃方法は単純だった。
自壊を厭わず毒爪ひっかき。
自壊に構わず毒牙かみつき。
それと憎悪と怨嗟による呪いフィールドの展開。
まあ、よくある低級ゾンビ達に毛が生えた程度の攻撃ばかり。
これでは自然発生したゾンビと変わらない。ラルヴァはまだ目覚めていないとみて間違いないだろう。
もし統率者がいれば、栄光の手の力――込められた魔力量に応じた程度に願いを叶える、という魔道具としての力を行使しているはずだからだ。
操られているゾンビさん達は、まあそれなりの強さでしかないのだが。
問題は、栄光の手による魔力攻撃の方だろう。
あの栄光の手。
ラルヴァの眷属として自立しているだけあり、僅かな自我があるようで――魔道具としての自らの魔力を直接、攻撃として放ってくることがあるのである。
時には突然魔力の刃が。
かなた、突如として魔力の圧縮弾が。
こなた、不意に高出力の呪力を弓矢として放ち――と。
その膨大な魔力そのものを、攻撃魔術として解き放ってくるのだ。
まあ単調なので避けるのも防ぐのも簡単。
なのだが……単純に出力がデカい。直撃を受ければ守りを貫通して致命傷を負ってしまう。
乱戦になりがちな戦場において、こういう威力だけは大きな攻撃って嫌なんだよね。
なんつーか。
喰らわないけど、喰らったらアウト。
そういう精神にじわじわくる攻撃なのである。
常にそういう攻撃をしてくるならまた話は別なのだが、栄光の手は主人との接続が切れているのか、ぼんやりとしか動かず。
本当に忘れたころに、ドガー! と、攻撃してくるのだ。
そんな地味ーに嫌な攻撃を、たまーにしてくるから精神も消耗してしまうのだろう。
人間達の部隊には焦りと疲れが滲み始めていた。
まあ、私が聖者ケトスの書で完全回復させて、また働かせるんだけどね。
ブラックなのは分かっているが、時間制限があるのだから仕方がない。
キャンプとなっている私の結界の中。
猫のテントの野営地で、私は遠くにいる兵士に声をかける。
『はーい、捕縛した敵は壊さないように、丁寧に、こっちに連れてきてねえ!』
「よろしくお願いします。ケトス様」
兵士の青年が魔術ロープで戒めたゾンビさんと、剥がされた栄光の手を持って私に頭を下げている。
私は彼が連れているゾンビさんをチェックして。
尻尾を立てて、うんうんと頷く。
『うむ、よろしい! これくらいの損傷なら、たぶん大丈夫だろう。ありがとう、君の努力に感謝と賞賛を送ろうじゃないか』
受け取った私は、兵士くんの傷と気力と魔力を癒し――魔力でネコ毛を靡かせ魔術を詠唱。
しながらも、ちゃんとフォローをする。
『んじゃ、私はこっちを対処するから。疲れているだろうけど、もう一度頼むよ』
「はい、こちらこそ。ありがとうございます……!」
再び戦場に戻る兵士君を見送っているうちに魔術は完成していた。
『封印、封印、結界……結界と。あー、やっぱりこれも本物の人の手から作られた魔道具だなぁ……』
ちゃんとチェックをしながら、剥がされた栄光の手に魔力封じの札をペタペタと貼り。
操られていたゾンビさん……哀れな遺骸には――と。
猫目石の魔杖を握った私は息を吸い込み、意識を集中させる。
空に、邪悪な雲が浮かび上がる。
これは新たなる敵襲や、隔絶された時間を破り目覚めたラルヴァが攻めてきた! わけではない。
うん……。
実はこれ。私から出てるんだよね。
私の魔力から発生している邪悪なフィールド。
おびただしい量の邪と魔の力、なんだよね。
どちらかというと禁術に近い手段で、魔術儀式を執り行っているから仕方ないのだが。
傍から見ると、邪悪な猫が邪悪な儀式をしているようにしか見えないだろう。
遺骸の額――引きはがされた栄光の手があった場所に、私は肉球をペチペチ。
魔術刻印を記し。
十重の魔法陣を展開!
ネコ髯を靡かせ。
くわぁ――っ!
目を見開き、本気の魔力を送り込む。
『我、久遠の時を生きる邪猫――汝の憎悪、我の憎悪。其は共通にして真理なり、ならば汝と我は共に生きる道もまたあるだろう』
憎悪という共通の心を通して、魔導契約。
栄光の手が書き換えた遺骸の魂の情報を取得して――と。
『さあ、我と共に行こう――私は君を歓迎する。生誕せよ、邪に生きる霊魂よ!』
勧誘の宣言が魔術詠唱となり、昏き天を衝く。
大魔帝ケトスの眷属としての契約を無理やり捺印、強制的に眷族化したのである。
んで、眷族化した後は異次元につないだタッチルームに転送。タッチルームで待機しているのは、私の配下であり友達の黒マナティクイーン。
黒い人魚を彷彿とさせる、祟り神の一種である。
彼女に眷族化したゾンビさんをタッチして貰って――!
『んじゃ、頼んだよ~♪』
『モキュモキュゥ~♪』
私のお願いを聞いてくれた黒マナティは、無貌の表面を蠢かし――最上位状態異常スキルであるマナティタッチ!
無差別極悪状態異常である黒マナティ化で魂を上書き。
ゾンビさんの身体が黒マナティ化していく。
新たな黒マナティとして誕生したのだ!
『もっきゅもっきゅ!』
『はーい、黒マナティ化完了♪』
ドヤ顔をする黒マナティの頭を、亜空間を繋いでナデナデナデ。
ああ、やっぱり黒マナティはかわいいなぁ!
あれ? いま短時間で、何回黒マナティって言っただろ?
まあいいや。
そう。
状態異常の最高ランクに位置する黒マナティ化によって、その肉体を一時的に黒マナティ化させて保存しているのである。
魂と肉体情報を黒マナティ化で強制的に保存しておけば、後でロックウェル卿の力を借りて蘇生を試せる。
そういう寸法なのだ。
まあこの黒マナティ達。
可愛いけれど、ブレイヴソウルっていう実は超強力な邪霊なんだけど。
勇者となる筈だった召喚されし人間の魂のなれの果てなんだけど。
たぶん、世界ぐらい滅ぼせるラスボスクラスの存在なんだけど。
……。
かわいいし、強いし、かわいいし。
私の言う事はちゃんと聞いてくれるから問題なし!
一見すると邪悪なネコちゃんが邪悪な儀式で、邪悪な霊魂を大量生産しているように見えるが。
これは善行。
まあ、人助けなのだから仕方ない。
ただちょっと手段が外法で禁術で、ちょっと神様とかそういう偉い人には見せられない邪術なだけである。
モキュモキュモキュと、新たな黒マナティ誕生に黒マナティクイーンも大歓迎。
今頃、タッチルームで彼らの魂に事情を説明しているのだろう。
そんな微笑ましい光景を眺める中。
チェーンフレイルで器用にゾンビさんを巻いてやってきた神官長ミディアム女史が、私に問う。
「どうですか? この方たちは……なるべく損壊させないようにしたのですけれど」
『どれどれ~』
状態のいいゾンビさんを確認して――。
逃げようと這う栄光の手を踏みつけながら、私はネコ髯をピンピン!
満足げに頷く。
『うん、問題ないよ! バッチリ全快、これなら間違いなく後で蘇生もできるだろう』
大魔帝たるこの私が保証しようと胸を張ってやると――。
安堵の息を漏らしながら彼女は言う。
「そう――ですか。それは、良かったですわ」
本当に安堵しているのだろう。
彼女の表情に見えていた動揺と緊張が、僅かに解かれていく。
まあその手には、けっこう物騒で破壊力に満ちた鈍器が握られているわけだが。
これ、異世界のクラスだから詳細は把握できていないけど。バトルシスターとか、そういう殴り聖職者の上位職業なのかな。
『てか、よくそのゴテゴテとしたフレイルで捕縛できるね……』
「まあ、聖職者は一方的な殺生や刃物を禁じられておりますけれど、鈍器で半殺しにすることは教義に反しませんので。えーと、それで――保護された、く……黒マナティ? の方々の内から、どれくらい蘇生できそうなのかは……」
聖職者として、人の命が係わる今の状態が不安なのだろう。
凛と戦う彼女であったが――。
その魔力は静かに揺らいでいた。
だからこそ、私は正直に打ち明けた。
『あまりいい状況とは言えないね。肉体だけの復元はできても、汚染を解かれた魂がその器に戻り定着することが出来るかどうかは……残念ながら。断言はできないが……全ての命を救うことは不可能だ』
「そう、ですか――やはり……また、無辜の命が失われて、しまうのですね」
失われていく命。
魂の消滅。
聖職者として一つの組織の長にまで立てる彼女はおそらく、人の死を視る力が強い。
他の人間よりも、消滅していく哀れな魂の輝きが見えているのだろう。
泣きもしない。
心が折れてもいない。
内に蓄えられた魔力は充実している、また戦場に戻るのだろう。
けれど、彼女の魂は酷く悲しい色をしていた。
『少しいいかな?』
「え? え、ええ……かまいませんが」
戦場に戻り、多くの命を救いたい。
そう思っているのだろう。
けれど焦燥はミスを招く。
今、戻ってもらうのは少々危険かもしれない。
だから私も理由を与える事にした。実際にそうすれば効率も上がるしね。
『君に軍全体に発動する連鎖型の強化魔術をかける――まあ大魔術になるから時間がかかるんだ。その間に、しばらく話し相手になっておくれよ』
「わたくしで宜しいのですか?」
『だってワイルくんじゃあ純朴すぎて本当のことを言えないし、覚悟が決まっている王様はもうなんか色々と背負って割り切っちゃってるし。他の兵士さん達には戦力的な意味で余裕がないだろうし。多くの魂の死を覗けて……私みたいに心優しく、繊細で、今の状況にちょっと落ち着かない魂は、ほら――神官長の君ぐらいなもんだろ?』
猫ちゃんウインクをして見せると、彼女はちょっとだけ表情を崩し、笑みを送り返してくる。
「そういうことでしたら、よろしくお願いいたしますわ」
私は、彼女の不安を少しでも解消すべく――しかし、嘘をつかずに真実を語る事にしたのだ。
この黒マナティ達がどうなるか。
もし、助けられないものはどうなってしまうのか。
それは。
猫と聖職者の、僅かな語らいの時間だった。




