栄光の国にて ~にゃんこと蜂さんと王国軍~その3
滅びの風に包まれた帝都。
ラルヴァの眷属に殺され操られるネイペリオン帝国の人々。
哀れな不死者たちを見て、大魔帝ケトスとしての正体を明かした私は人間達に問いかけた。
禍々しい存在だと一目で分かる全盛期の姿で――。
『さあ、汝らの答えを聞かせよ――』
憎悪の魔力を背負い、闇から出でる巨大な黒猫たる私に問われ。
人間たちは考える。
全てを焦土と化し、先を急ぐか。
時間を消耗し、僅かな可能性に賭け少量の命をすくい上げるか――。
どちらを選んでも、人の命がかかっているのだ。
先を急げば命を見捨て。
時間をかければ、先にある危機を回避できなくなる可能性がある。
私たちの知らぬ時、知らぬ場所で暴走する植物魔族ラルヴァが目覚めれば――少なからずの人命は失われるのだから。
どちらを選んでも、命は失われるのだ。
『答えよ――人間よ。この問いに正解などないのは承知している』
死者の瘴気を魔の霧とし。
亡者の魔霧を纏う私は、朧げな景色の中で瞳を紅く輝かせる。
『なれど聞かせよ――人の子らよ。我は知りたいのだ、人の選びし答えを。心持つ人間が、どう答えを出すのか我は聞きたい。我はこの瞳に映したいのだ、命を選ぶ汝らの表情を、心を、我に見せよ――我が失ってしまった汝らの輝きを、我に見せよ』
告げる私の言葉に、王国軍の気配も引き締まっていく。
しかし。
答えを待つ間は僅かだった。
スッと前に出たのは凛々しい武人、騎士王として民を束ねる者カルロス。
亡くした妻の願いを受け、この大陸を守り続ける心優しき男。
王は自らの軍勢に目をやり、厳格な声音で頬を動かした。
「皆の者、すまぬがここは余の選択に従ってもらおう」
『やはり、そなたが答えるか――』
「余は覚悟と命を背負い、メルカトルを治めし者。その問いは残酷な問い。どちらを選んでも命を手折る答えしかあらず。ワタシが答えずして、誰がその問いに答えるというのだ」
瞳を細め、私は王を見た。
これからこの男は、理解した上で答えるという事だ。
「大魔帝ケトス殿、異界より参られた大神よ。メルカトルの王として、余はあなたに願い奉る――死せるこの者らに、安らかなる眠りを」
迷わず、男は言った。
迷いなくまっすぐと私を見て、願ったのだ。
ゆったりとその答えを堪能しながら、私は吐息を漏らす。
『そうか。それもまたよかろう。そなたは王として――群れの長としてその答えを選んだのであろう。臣下にその責を押し付けず……自らでその業を背負い、迷わず選んだそなたの心。それ即ち、人間としての輝き。我は汝を認めよう、メルカトルの王よ。我はそなたとの盟約に従い、今、この地を常闇へと落とし、死した魂を浄化しようぞ』
死者の国と化した城下町。
栄光の手をマスクとし徘徊する亡者たちを眠らせるため――私は魔力を咢に込める。
――が。
青年魔術師のワイルくんが思わず声を上げる。
「陛下! 他国の者とはいえ、助けられる可能性のある命をお見捨てになると仰るのですか!?」
振り返るカルロス王の苦い顔には、おそらく――王の決断を戸惑う臣下たちの姿が映っているのだろう。
士気にも関わる事だ。
カルロス王は静かな動作で自らの部下を眺め、唇をかみしめ言った。
「もし四大脅威ラルヴァが目覚めてしまえば、更なる命が失われる事となろう。余はメルカトルの王だ。国と民のためならば、人命を重んじる命令を下すこともできよう。なれど……此度は違う――余は、そなたたちの家族からそなたたちの命を預かっておるのだ」
その拳は強く握られている。
咄嗟に、自らの身を顧みず猫を庇ってしまうような男なのだ。
この決断は本意ではない。
できる事ならばネイペリオンの民を救いたいのだろう。
けれど、それは王が下すべき決断ではない。
王として、彼は何度か失敗を経験したことがあるのだろう。命を失わせてしまった事があるのだろう。
このネイペリオンに送った使者もそうだ。帰ってこなかったという事はおそらく、敵対国家からの使者として処刑されたと考えられる。
王の決断一つで、家臣は死ぬのだ。
「王として――余は骸の上を乗り越え、突き進む。今だけでいい、義憤をもって剣を握れ! 杖を持て! 神に祈りを捧げよ! これは王命だ、余の後に――続くのだ!」
カルロス王は呻く死者たちを睨み、剣に魔力を込め始める。
上に立つ者は時に自らの心を捨ててでも、非情にならなければならないのだ。
ああ、そうだ。
魔王様も、そうだった。
私は思わず、前脚をずしりと伸ばしかけていた。
ああ、これが王だ。
民を率いる王の姿だ――。
あの御方は、自らの決断で命が失われた時、決まって私を膝の上に呼んだ。
ただ静かに私の頭を撫で。
何も語らず、喪に服すのだ。
果たして、あの決断は正しかったのだろうか。選んだ道は、過ちではなかったのだろうか。
そんな自問自答を何度も繰り返していたのだろう。
私は魔猫として、ただ主人の後悔を噛み締める不思議な表情を眺めるばかりだった。
何を言っても救いにはならない。
何を説いても気休めにもならない。
そこに答えなどないのだから――。
王は言った。
「余を蔑むのも構わぬ。臆病で卑劣な王と嗤うがいい。余は非情な命令を出したのだからな。だが、余を王としての席から退けるのは此度の遠征の後にせよ――無事生還した後ならば、どのような罵倒も受け入れる覚悟はできておる」
そこにいるのはただの人間だ。
魔王様とは比べ物にならない程にちっぽけな、ジャレれば折れてしまう程の弱き魂だ。
魔力を込めた肉球で触れれば崩れ壊れてしまうほどの、か細き命だ。
けれど。
私は見た。王の背中に、魔王様の面影を確かに見たのだ。
人間たちは、王の決意に共感したのだろう。
言葉は交わさず、けれと視線を交わして――それぞれの武器を手に持つ。
ネイペリオンの人々を浄化し――迅速に、先を進む。
それが彼らの選んだ結論だった。
……。
私もまた、巨大な咢を開き――聖戦に向かうべく覇気と魔力を高める人間達に告げた。
『そうか、ならば――ネイペリオンの人々を救い、ラルヴァを滅ぼす。両方の願いを叶えるという事でよいな?』
流れる沈黙。
ひゅーっと魔風がふく。
やがて。
しばらく経った後、素っ頓狂な声が響いた。
「……は?」
カラカラカラと音を立てる城下町の看板。
黙り込んでしまったこちらに、栄光の手たちもワキャワキャと困惑する。
えー、なに……? 襲ってこないの?
そんな感じで相手も混乱していた。
目を点にする人間達に構わず、私は巨大肉球をパチン。
魔王様より賜った武器――猫目石の魔杖を宙に浮かべ、大陸全土を魔法陣で覆う。
『蟲魔公よ、おるのだろう? 一時でいい力を貸せ――この帝都と我らのみを時間の輪から外す。ラルヴァの目覚めを遅らせる結界陣を組む、分霊体を幾つかこちらに遣わせよ』
直ぐに応じたベイチトくんは数匹の蜂を送ってくる。
私はよいしょ、よいしょ!
全盛期モードのままで蜂達に時属性の魔術を付与し、帝都の周囲に転送!
時の流れを操るほどの膨大な魔力。
並列同時詠唱させた十重の魔法陣で、この世界そのものに干渉する。
『我、時の流れを読みし者。時の破壊者、運命の歯車を狂わせし魔。時流を操るラプラスよ。汝の支配を今、我の領域とせん――』
蟲魔公の分霊体、そして大魔帝ケトスの本気の詠唱が世界を侵食していく。
ギシリと闇の獣として口角をつり上げ――魔術を発動させる。
『我こそが邪猫異聞録に記されし、魔――発動せよ、我が魔術。アークシス・ケイオス・レコード』
キィィィィィィッィン――……。
その瞬間。
世界の時が――止まった。
葉擦れの音を奏でていた遠方の森も、色を失い固まっている、
その上空。逃げるように群れとなって飛ぶ野鳥も、翼を広げたまま停止している。
さて、魔術は発動した。後は行動あるのみである!
周囲の瘴気と呪いによりむしろ毛艶をピカピカにした私は、黒のモフ毛を膨らませドヤアァッァァァ!
大魔帝モードのまま。
大きく息を吸い込み、周囲に散らばる呪いを吸収!
闇の魔力を滾らせその邪気を打ち払う。
魔霧は完全に晴れて――さて、これで救助がしやすくなった。
ポンといつもの黒猫モードに戻って、私はドニャハハハハ!
『くははははは! 憎悪の魔性たる我が、脆弱なる汝らの願いなど素直に聞くはずがなかろうなのだ――!』
「えーと、つまり……」
『ここの人たちを救ってから、あのマンドレイクを倒そうって事だよ?』
神官長ミディアム女史が困惑顔で言う。
「え、だって……さきほど、どちらかを優先させないといけないみたいな空気。出してましたわよね?」
『うん、さっきはね。でも、なんか気が変わったから、全力を出して世界の法則をちょっと書き換えたんだ。ラルヴァが目覚めないようにしたんだけど。駄目かい?』
紅く輝く瞳の黒目部分をまん丸にして、私は首を愛らしく横に倒す。
必殺、可愛い顔攻撃である。
「いや、えと、駄目じゃないですけど……あの、空気がものすごく混沌としてきたというか……さきほどまでのわたくしたちの決意はなんだったのかというか……それに――あまりにも驚き過ぎて、カルロス陛下、英雄っぽいポーズで剣を構えたまま固まっていますけど……。どう……しましょうか、この空気」
『えぇ……? だって私、ネコだし。そういう空気を読めとか、人間の都合というか、王様の威厳を保つとかそういう面倒な事を、押し付けられても困るんですけど……』
私はベイチトくんがして見せたように魔術計算式を空に展開。
魔力チョークで書き込みながら、使った魔術を説明する。
『まあ、いいや。えーと、説明するとこんな感じの魔術構成なんだけど、分かるかな? 魔術に携わらない職業の人に説明すると、そうだねぇ……ネイペリオンの人々を救う時間を無理やり作り出したって事さ。今、ラルヴァや外の世界の時は止まっている。今、この空間だけに、独立した時が流れているんだ。制限時間は二時間程度だが、まあ、その間にできることはやろうじゃないかって思うんだけど。どうかな?』
「どうと、仰られましても……あまりにも複雑な魔術式で、わたくしにはさっぱり。あの陛下は?」
「ワタシにも分からん。まあ、ケトス殿が仰るのならば、その通りなのだろうが――すまぬ神官長、余の頭はまだ混乱しておる」
そんな混乱の中。
宮廷魔術師団だけは私の描いた魔術式を眺めて、愕然とし。
その長たるワイル君が、まともに顔色を変えて、あががががとバカみたいに口を開いて動揺している。
「これは……なんと、なんと素晴らしい曲解と方程式! ――時空と世界へ同時干渉。並行し、新たな異世界を疑似的に創生。因果律を操る魔術でこの空間のみを切り取り、空間を疑似異世界に移し替え再度時を動かす。つまり、神話の領域にある大魔術、世界創生魔術、ということですか!?」
あー、うん。
そういう、仕組みなんだ。よく分からないけど。
『そうなの? まあ、私って、やろうと思えばまあ大抵できちゃうから。ニャハニャハのうにゃうにゃで術を完成させちゃうからね。計算式には出せるけど……途中経過とかそういうの、めんどうだから覚えてないんだよね』
言って、私は肉球で大地を踏みしめ。
全能力向上、集団支援スキルのネコダンスを舞う。
実はこれ、便利そうだったからロックウェル卿のスキルを盗んだんだよね。
『さあ、呆けている暇はないよ! 制限時間は二時間、なるべく犠牲者たちの肉体を損壊させないように額に張り付いている手を剥ぎ取るんだ!』
一番早く適応したのは、神官長のミディアム女史。
彼女は戦闘服の裾からゴテゴテとしたチェーンフレイルを取り出し――祝福を付与して、私に問う。
「ハウル卿……いえ、大魔帝ケトス様は協力して下さらないんですか?」
『協力はするよ? でも、ほら、私、破壊神みたいな側面もあるから。街一つを爪の先だけで滅ぼすっていうのなら得意なんだけど、人体を崩壊させず、額に張り付いている手を引きはがすのとかって……ほら、適材適所というか、ねえ?』
肉球に汗を滴らせ目線を逸らす私を見て、ワイルくんが苦笑しながら聖杖を握る。
「ならば、わたくし達が頑張らなくてはならない、そういうわけでありますね」
『おー、よく分かっているじゃないか! そういうことだね! ま、援護はちゃんとするから、君達の活躍を大いに期待しているよ』
周囲は温度差に困惑しているが、希望が見えてきたのだろう。
皆の瞳には明るい輝きが戻りつつあった。
王様は、えぇ……こうなるなら、先に言ってくれればいいのに……って顔をしているが。
うん。
私ネコだし。
温度差を読むとかそういうの、求められても困るんだよね……。
『んじゃ、捕縛または手を引き離した肉体は私のもとへと持ってきておくれ。ほら、カルロス王も、行った行った!』
おそらく、これほどの手を尽くしても助けられる命は少ない。
それでも。
人間としての矜持が彼らを駆り立てるのだろう。
救える命を助けるため――王国軍は進撃を開始した。




