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大魔族の影 ~這いずる魔猫の誘惑~その3



 無数の屍の上で微笑む女教皇。

 四大脅威、ラルヴァ。

 植物の根を半身に持つ、聖職者の姿をした女性魔族。


 その横には――回復魔術を施され、腕を再生させられている、まだ生きた人間の姿が映されている。

 おそらく、再生させられた後、再び切り落とされ干されるのだろう。

 数を増やすために。

 このマンドレイクは本当に――人の手から作られる魔道具、栄光の手を自らの同族と認識しているのだろう。

 慈しむ様に、切断され枯れた人の手を抱き女教皇ラルヴァは恍惚と微笑み続けている。

 しばらく、自分を慰めるように栄光の手を撫でた後――ふと、聖職者の証である純白のヴェールを傾けて、ラルヴァが周囲を見渡し始める。


『おやぁ……あたしを見ているのは、誰だい?』


 死蝋で灯された洋館の一室に、ぎちりと蠢く口元が浮かび上がる。

 これは――。

 気付かれている?


『あぁ……この感覚は、未来から見ているのかい。このあたしを、そう、この無機質な魔力は蟲魔公……そなたか』


 垂れた前髪を掻き上げながら、くふふふと哄笑を上げ。

 ラルヴァはゆらりと身を震わせる。


『そうか……そうであるか! そうしてそなたが未来からあたしを見ているという事は――ネモーラもジークもあたしを見捨てる、ということなのじゃな……。四大脅威の一柱ともあろうそなたが……忌まわしくも、人間どもと手を組むとは……なんと、悲しき事よ。なんと、愚かしい事よ。あたしはただ、この愛おしい我が子を増やし、愛でていたいだけだというのに……価値観の違いとはまことに、悲しき事じゃ』


 躯の山を愛おしそうに指の先端でなぞり、女教皇は本当に悲しそうな笑みを浮かべる。


『ほんに……他者の心は理解ができぬ。あたしは……何も悪いことなど、していないというのに……分かってくれるのは、あたしの子となってくれた……そなた達だけじゃ』


 んーむ……。

 これは――宗教系の敵にありそうな、一番厄介なタイプだな……。

 人から作られし魔道具。

 栄光の手を本当に我が子、我が種のように慈しんでいるのだろう。

 彼女の中では、それこそが真理で真実で、全てなのだ。


 私が、魔王様こそが至高で世界の全てであると感じているように。

 他者がどれほど口を出したとしても、変わらないモノというのは存在するのだ。


『まあよい、全てはあたしの子らを増やすための試練。此度の負けは認めよう。なれど――今、あたしとあたしの愛する子を見ている人間達よ。覚悟をしておくことじゃ。そなたらの身体もいずれ、こうなる――そなたらが我が子となるよう、祈りを捧げて待ち侘びようぞ』


 朽ちる人間の肉体を蝋に変換させ、ラルヴァは過去視の魔術を睨んでいた。

 人の肉体も、死した後は魔術の素材となる。

 女教皇は悪趣味な蝋の山を築いていたのだ。

 そして。

 その蝋の上に根の枝を張り巡らせ、死者を冒涜するように絡みつき――我が子と称す人の手を抱き眠りについた。


 わずかな義憤が私の中に浮かんでいた。こういう場面は……やはり、あまり気分のいいものではない。

 もっとも、これは過去視の魔術。

 彼等は既に、生きてはいないのだろうが――。


 それ以上は危険と判断したのか、蟲魔公であるベイチトくんが映像を切断する。

 彼女は無機質な貌をギチギチと動かし、人間たちを見渡す。


「これが最後の四大脅威。女教皇ラルヴァ」

「思想も、力も危険。アレは自らの繁栄のために人を狩り、手を増やす」

「その手。栄光の手は絶大な効果を秘めた魔道具でもある。それすなわち。ラルヴァ、強大な魔道具に囲まれているとも言える」

「その危険性、理解できた?」


 人間たちは黙り込んでしまった。

 皆が皆、この異様な光景に反応を見せている。唇を噛み、拳を握る者。魔術師として、コレの弱点を探るもの。神に祈りを捧げる者。

 コレが目覚めて攻めてくるのだ。

 自らが襲われなくても家族や知り合いが捕まり、この仕打ちをうけるかもしれない。

 その恐怖は計り知れないだろう。


 さて寝ているわけにもいかない。

 空気の重さを払うように、私も重い瞳を開ける。


『なるほどね。女教皇とやらは人間の手、すなわち栄光の手を自らの同種と認識し――量産していた、というわけか。惨い事をする』


 肯定を示すように。蟲魔公は静かにうなずく。


「我等、残りの四大脅威はこれに不快を示した」

「今から、我等と虚栄の女教皇ラルヴァの戦いを映す」

「精神が耐えられない者、今のうちに休憩。もしくは退室推奨」


 ラルヴァと戦う覚悟のある者は顔を上げるが――既に戦意を失っている者も数名でているようである。口元を抑えて退室してしまった者もいる。

 それが普通の反応なのだ。

 逆に……私は少し安心していた。


 これを忌諱する感情があるのならば、まともな感性をもった種族なのだろうから。


 残った者は覚悟があると判断したのだろう。

 蟲魔公の翳す邪杖の先から魔術が浮かび、壁一面に四柱の四大脅威の姿が映りだす。


 ラルヴァの戦い方は、まあなんというか……やはり魔道具を用いた魔術戦が中心のようだ。

 その魔道具というのが……あまりお見せできないグロいモノなわけだが。

 ともあれ。

 他の脅威との戦いの様子が、映し出されている。


「ネモーラ男爵は人間を支配することに固執していた、故に、人を狩り、手を魔術道具へと変換させるラルヴァを危険視。支配すべき下僕を滅ぼしかねないラルヴァの行為を否定」


「蟲魔公ベイチト、すなわち我は人間の手は緑ではないと判断。栄光の手、それは所詮、どれほどに根と似ていても植物ではなく乾いた人体の一部。我らの本能とは逸脱した行為。我はラルヴァの行動を合理的ではないと判断、彼女の行為を否定」


「ジーク大帝は人間との戯れを邪魔されたと判断。人間の絶望、悲鳴。それすなわち興が冷めると激怒。我等二柱に同調。故に、我等三柱は女教皇ラルヴァを封印。制圧の優先順位、最下位に設定。我等全てが失敗した時のみ、目覚めを迎える」


 私は肉球をチペチペしながら考え。


『ふーむ。ねえ、ベイチトくん。君がまだ、人類の敵として活動しているように錯覚させることはできないのかい? その説明と封印理論が正しいのなら、おそらく君達が健在なら眠りからは目覚めないと思うんだけど』

「我の本能、既に人間を敵から除外。性根が腐っても女教皇ラルヴァも植物、植物同士、互いに思念波で繋がっている。おそらく、ラルヴァを騙すことは不可能」


『ま、戦わずに済ますってわけにはいかないか。仕方がない、本格的に動くしかないね』


 まずは……。

 民間人の身の安全の確保か。この国にいる者と私の世界の人間なら既に把握しているのだが、この世界には他に国は存在する。そちらが襲われる可能性も高い。

 私は皆に気付かれないように毛玉を飛ばし――魔力を込める。

 我が分身、影猫の使いを放ったのだ。


「ハウル卿? 今のは――」

『ふにゃ~うにゃにゃにゃ……。んん……すまない、少し……横になるよ』


 眠かったり、ダルかったりする理由は魔力と意識を無数に飛ばしているせいである。

 眠る理由は単純。

 本体であるこちらで魔力や気力を充実させ、遠征させている影の力としているわけである。


 さきほど少し口にしたが。

 実はこの対策会議の裏で――私の世界の民間人たちを救出して回っている黒猫執事と連絡を取っているのだ。

 ヤバイ植物魔族が目覚めるというのなら、急ぎ私達の世界の民間人を救う必要があるからね。

 状況が変わったというわけだ。

 それに。

 相手が危険な存在だと分かった今、保険をかけておく必要はあるだろう。


 だから、この世界の全ての民間人を守る必要があるのだが。

 さすがに範囲が広すぎる。

 そっちに集中していると、肉体の方がどうもボンヤリとしてしまって。

 ぐでーんの、ぐにゃ~ん。

 だったらゴロゴロゴロゴロ、転がっていた方が心地良いとなったわけだ。


 まあ人間達にはサボっているように見えてしまうだろうが。

 正直。

 あの趣味の悪い享楽の宴――骸の上で恍惚とのたうつ植物女の再演なんて、させたくないしね。

 多少は人間たちの不興を買うかもしれないが。

 そんな事よりも、今、危機が迫っている無辜の民間人たちを救済する方を優先するべきだと、私は思うのだ。


 さすがは魔王様の愛猫。超偉いね?

 さて、とりあえず一度死んでも蘇生できるようにマーキングしといて、と。

 こっちの街には防御壁を張って……。

 お、黒猫執事君。ちゃんと私達の世界の民間人を全員回収できたみたいかな?

 後で、お礼を言っておかないと……なんだけど……。

 あー……いかんいかん、眠くなってきた。


 ベイチトくんだけ私の大魔術に反応していたが、それに触れるつもりはないようだ。

 私があえて人間達に、世界を守るように動いていると告げなかったからだろう。

 人間たちを見渡し――凛と告げる。


「次に聞きたい」

「人間達。四大脅威についてどこまで知っている?」


 蟲魔公は――人間たちの返答を待った。


 四大脅威、女教皇ラルヴァ。

 あの狂気に圧倒されていた彼らはしばらく、沈黙を保ったままだった。



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