嵐の前に ~あなたの心は?~前編
会議は続くがお腹は減る――。
あの後、蟲魔公ベイチトくんが四大脅威について語ることになっていたのだが……。
魔王城風玉座の間にこだまするのは、魔物の嘶きを彷彿とさせる恐ろしき低音。
ぐぅぅぅぅぅぅ!
ぐぐぐぐ、ぐぅぅぅぅっぅうぅ!
うにゃんにゃ、ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅうぅぅう!
音の発信源は、モフ毛に包まれた私の内。
ようは、まあ……お腹の音である。
「もうこのような時間か。空腹では考えも纏まらんだろう、しばし休憩としようではないか――ワタシも多少、疲れが出てきてしまったよ」
いったん休憩を提案したのは王の一声。
空腹を訴え、大地を揺らす勢いで鳴り続ける私のお腹を察してくれたのだろう。
私は尻尾と肉球を上げて、うなんな! と唸る!
『賛成! 賛成! 賛成! 王様がそういうんだから、決定でいいよね!』
空気が読めない猫とは思わないで欲しい。
いやあ、私、憎悪の魔性だからね。
憎悪を食欲に変換していないと溜まった憎悪が爆発して、暴走、本当に世界を壊滅させかねないし――わりと真面目に食事は重要なのである。
続いて蟲魔公ベイチトくんが、冷静な眼差しを周囲に向けてギチギチギチ。
「まあ、四大脅威、まだ攻めてこない、と思う」
「肯定。おそらく、ハウル卿。さきほどの大奇跡で、空腹増強」
「魔猫王、魔力無限。憎悪のエネルギー、尽きることなき無限の力。なれど、対価も存在する」
「暴走されても、困る」
さすがは蟲魔公。
四大脅威と呼ばれているだけあって、ある意味で爆弾を抱えている私の存在の危険さを感じ取っているのだろう。
三傑も頷き、それぞれに意見を零す。
「まあ、たしかに――他の四大脅威が攻めてくるのならば、今のうちに各所へ根回しをしておく必要もありますね。我ら宮廷魔術師の部隊も消耗しておりますし……なによりネモーラ男爵との戦いで、既に魔道具も底をつきかけています。補充と製造を急がせましょう」
女好きっぽいワイルくんが真剣な口調で言い、神官長ミディアムと魔女婆さんの声が続く。
「わたくしどもも、奇跡の行使が可能となると各地の教会や修道院へ連絡をいれたいと思いますわ」
「ワシは構わんよ。それにヒェヒェ。大魔帝ケトス様が実在するとなると、色々と研究が捗るでな。既存の術のみならず、その力を借りた他の術も必ずや存在、そして発動するんじゃろうて。ワシは今のうちに古書を漁り、彼の者の魔術を発掘しておきたいわい」
大魔帝ケトス、私の力を借りた異世界の魔術か。
今の私の魔術はどうも華やかさにかけていて――相手を強制惰眠状態にする術とか、反対に条件さえ当てはまれば即死させる邪術とか。
そういう変なのばっかりだしね、ちょっと興味があるのである。
なにはともあれ。
それぞれの勢力、派閥がそれぞれに進めたい案件もあったのだろう――お昼休憩に、異議を唱える者はいなかった。
いったん。
お昼の休憩を挟んだ後に、再開される事となったのである。
だが――他の家臣たちは僅かに困惑気味。
移動を開始するにしても、少し規模が大きすぎるのだ。
こういう時って、序列とか、地位とか席を立つ順番とか、お辞儀をする順番とか、細かい決まりごとがあるのである。
そういうのが面倒なんだよね……。
「緊急時だ、退室前のワタシへの挨拶などは省略せよ。可能ならば携帯食で済ませて貰う事も考慮すべきなのだろうが……しかし、今からここに料理を運ばせるにしても――ふぅむ」
『にゃはははは! 任せてよ――私を誰だと思っているんだい?』
そう、私はグルメ魔獣とかいう愉快な名前で呼ばれ始めた大魔族なのである!
いや、まあこの人たちは知らないのか。
ともあれ。
注目が集まる中。
へへーんと胸を張った私は、魔力で猫もふ毛をぶわっと靡かせ――くわッ!。
ネコの瞳に目力を入れ、一冊の書物を亜空間から取り出す。
お菓子の家が描かれた、かつて私が住んでいた世界の童話の書。
唱える魔術はもはや私の十八番となった、ウサギ司書の魔術。
『我、久遠の時を生きる者――憎悪と享楽を貪りし、大魔獣なり!』
詠唱は――まあ適当でも魔力さえ通せば発動するんだよね。いつもなら大魔帝の名乗り上げを詠唱とするのだが、今回は正体を隠しているから駄目なのだ。
私の魔術を読み解きながら、ベイチトくんが息を呑む。
「その構成、複雑怪奇な魔術論理」
「まさか」
「童話――魔術?」
彼女の言葉に人間たちが振り向くと――その蟲の顎が、ギチギチギチと蠢き説明をしはじめる。
「書物の中から、物語の一部を召喚、顕現させる大魔術」
「習得難度、すさまじく困難」
「汎用性、優れた異界の魔術。使用者、実在、していたの。か」
おぉ、と人間たちの驚きの声!
いやあ、やっぱり強大な存在が解説者にいるとドヤが捗るねえ!
魔術の構成を弄っているから、色々と悪さもできるし本当に便利な魔術なのだ。
魔女の婆さんが目をギラギラさせていてちょっと怖いけど……。
ともあれ。
玉座の間に――ネコちゃんレストランが顕現した。
さあ、待望の食事なのだ!
実は遅い朝食からそんなに時間経っていないんだけどね!
◇
それぞれが別れて行動し、待機する者は建設されたお菓子ハウスで食事を楽しんでいた。
あれから一時間ほどが過ぎている。
脳や精神を休ませるには十分な時間ではあっただろう。
ま、聖者ケトスの書で癒してもいいのだが、するとまた私の空腹ゲージが進んじゃうしね。
今回、大規模な奇跡を行使しまくって気付いたのだが――。
んーむ、これ、お腹が空きやすくなってしまうのは考え物かもしれない。
……。
お腹が減って力が出ないぃ……とはならないが。あまりの空腹に、目がぐーるぐる。全盛期フォルムに戻って、大暴れ、なんて事も絶対にないとは言い切れないのだ。
ともあれ。
魔導書や童話書から登場人物やモノを召喚できる魔術――童話魔術。
偉大なる魔族の操る魔術で呼び出したお菓子の家から、蜂の群れと一緒に出てくるのは黒い獣。
ブラックハウル卿を名乗る、私。
大魔帝ケトスである。
異界の魔王様の部下。魔王軍最高幹部として、私は蟲魔公としての彼女と密談を行っていたのである。
『いやぁ、食った食った――んー、やっぱり蜂蜜パンケーキは最高だねぇ!』
食事が終わり、私は胸にかけたナプキンを亜空間に収納。
んーむ、しかし……ここの人間達。
お気楽というか人がいいというか、わりと隙が多いよなあ……。
魔族である私と彼女を二人きりにするなんて、信用しすぎというか警戒心がないというか。
別に悪さをしようというわけではないが。
これじゃあ、悪さをしようにも逆にできなくなってしまう。
私達の世界とは文化や状況が違うのかな?
既に、四大脅威であるネモーラ男爵にかなり侵食されていただけあって、人間同士の争いは少なくなっていたのかもしれない。
そういう駆け引きをする習慣は廃れているのだろう。
明日迫ってくる植物に対抗することを優先する日々を送っていたのだから、仕方ないが。
牙の裏についた蜂蜜を魔術で自動洗浄しながら私は思う。
裏切るつもりなんてないけれど。
これで人間たちを裏切るなんてことをしたら、器の小さい魔族と認定されちゃうね。
ま、もしかしたらそれも賢王ことカルロス陛下の作戦なのかもしれない。
ともあれ。
他の人間達も、食事を堪能中。
繰り返しとなってしまうが、記録クリスタルに詳しく刻んでおかないと、ホワイトハウルとか炎帝ジャハルくん辺りが怒りそうだからなあ……。
それなりに重要な役職にある人物を集めたということもあり、いったん解散するのは面倒なので、昼食はあのまま玉座の間で行われたのだ。
まあさすがに場所が足りなかったのだが――そこは問題なかった。
ドヤりたかった私がちょっと空間を弄って、童話魔術でドーン! 大量のネコちゃんレストランを召喚したわけである。
今、この玉座の間にズラーっと並んでいるお菓子の家の中では、日雇い召喚猫のキャットコックさんが人間達にご馳走を振舞っているのだ。
ちなみに。
料金はぜーんぶ王様持ち。
レストランを召喚したとして、私にも多少のマージンが入ってくる。
にゃふふふふ!
これを元手に、事件が解決したらグルメを求め遊びに行くのである!
腹を満たしつつ、蟲魔公と密談を交わし、なおかつ異世界の軍資金調達――と。
完璧な計画だったのだ!
ちなみに――。
人間達に出された食事は私が童話魔術で材料を呼び出した、カラアゲやらヤキトリやら、イチゴパフェやら。私の旅路で入手した思い出のグルメ達。猫のコックさん達も、私から伝えられたレシピを覚えて大満足しているようである。
宮廷料理人たちは大魔帝ケトスに捧げる献上品を考えるのに忙しいだろうからね、そこは私が気を利かせたのである。
まあ、私の出したグルメ以上のグルメを提出しないといけないとなると、とんでもないプレッシャーだろうけれど。そこはそれ。ちょっと頑張って欲しいところである。
だって、私。
実は今回、それほど悪くないと判明したからね。
異世界グルメを堪能する権利ぐらいはあると思うのだ!
そんなわけで。
モニター掃除用のもふもふモップのようにぶわっと膨らんだ尻尾を立てて、ドヤ顔を隠さぬ私はとてとてとて♪
グールメ、グールメ!
二重取り!
四大脅威さえ退ければ、後は安心して待つだけなのである!
蟲魔公は口の周りについたステーキソースをハンカチで拭いながら、呆れた口調で言う。
「あなたの胃袋は、すこし、おかしい」
「それほどの食欲、やはり、憎悪の変換代償?」
「理解できない、なぜそれほど――人間を憎んでいながら……」
ベイチトくんは私の感情を酌んだのか、言葉を途中で詰まらせる。
蟲と植物の思考なのに、そういう所は妙に人間臭いでやんの。
『憎悪しながらもなぜ人間に力を貸すのか――そう言いたいのだろう? まあ心というモノは複雑なのさ』
蟲魔公からの応えはない。
ただ静かに、貌を下に向け……くっちゃくっちゃくっちゃ。
……。
いや、さっきのは言葉に詰まらせたのではなく、牙に残っているお肉をモキュモキュしていたのか。
ようやくお肉を飲み込み――彼女は蟲の顔を傾けて、囁いた。
「心?」
「我等寄生植物の持たぬ、モノ」
「合理性を欠いた感情。なれどネモーラ男爵、人間の団結に敗戦。心、人間の力」
分裂していた蟲魔公の身体が集合し、妖艶な女王蜂モードへと変貌していく。
人型サイズのモフモフ外套を羽織る――無機質な女帝だ。
「一つ訊きたい」
「蟲魔公ベイチトとして。四大脅威が一柱として、ワレは知りたい」
「大魔帝ケトス。異界の邪神。混沌に這いずる異形の魔猫。あなたに問いたい。如何か?」
おや、わりと真剣な顔をしている。
『構わないけれど――どうしたんだい? 改まって』
「これ、見て欲しい」
なんだろう、心というモノに興味があるのだろうか。
彼女はハロウィンキャットから返してもらった髑髏状の杖。神器、邪杖ビィルゼブブを翳し――髑髏の先端から映像を映し出す。
そこには無数の数式が刻まれていた。
見た事のない理論であるが、誘惑や洗脳といった分野の魔術理論と類似点がある。
共通する部分で照らし合わせ、足りない部分を法則で補っていくと。
これは――なるほど。
私は戯れを捨て、魔術師の一人としてその浮かぶ数式に関心を示す。
『へえ、君達植物魔族は心や魂をこうやって数値や計算式で表現できるのか。なるほど、精神や魂に寄生する際はこうやって演算しているんだね。数値の隙間、心の隙間に魔力を潜り込ませる……そういう手段なのかな。これは素晴らしい魔導技術だ』
蒼く輝く魔術の数式。
心の数値化という今まで試した事のない角度でのアプローチを眺め――猫目を光らせる私。
そんな。
好奇心に膨らむ猫毛を見て、蟲魔公はわずかに息を呑む。
緊張が魔術の揺らぎとなって伝わってくる。
一歩、身を引いた場所で彼女はこちらを見ていた。
「これを読み解く。大魔帝、やはりあなたはすこし、おかしい。異常」
「並以上の存在でも、ふつう、理解不能の数値」
「猫の器でありながら、なにゆえ、そのようなイレギュラー。顕現する事自体、奇跡」
童話魔術で生み出したお菓子の家の前。
人間たちが揃うのを待つ、ただの待ち時間。
彼女はこの僅かな時間で、私という存在をもっと詳しく観察したいのだろう。
『誉め言葉として受け取っておくよ――それで、これがどうしたって言うんだい。酷く歪んで、不安定なようだけれど』
「これは、あなたの魂と心を魔術数値化したモノ」
「人間? 猫? 魔族? 我の視界に映る汝の魂には、三つの心が混濁している」
「はじめ、あなたは残酷な魔族に見えた。次に人間。けれど戯れの中では猫となった。理解、できない。あなたの心は――どれ?」
人と、猫と、魔族。
それぞれの心を数値化した方程式として照らし――。
蟲魔公は言った。




