メルカトル王国の受難 ~謎の黒猫紳士、ブラックハウル卿、登場!~その4
なんやかんやで、カルロス王に防御結界を張る私。
そして私に守られる形で気を引き締める王。
二人の前で、膨大な魔力を滾らせる蟲の群れがザワついていた。
蟲群が集合して一つの強大な個となった存在。
女王蜂を彷彿とさせる、高貴な見た目の女性型蟲魔族。
まあその正体は蟲ではなさそうであるが。
モフモフマントをバサっと意味ありげに靡かせて――。
コレは告げた。
「よくぞ我の正体を看破した。我こそが四大脅威。ネモーラ男爵の滅びを見定め顕現した、大魔族が一柱、蟲魔公ベイチトである」
――と。
ででーん!
八重の魔法陣が、自称ベイチトくんの背後を演出ライトで照らし始める。
おそらく、何の意味もないイミテーション魔術だろう。
息を呑むカルロス王が護身用と思われる剣を亜空間から取り出し――、刃を傾ける。
赤黒い輝き。
周囲の光と魔力を吸収し反射するその刀身には、禍々しい無数の呪印が刻まれていた。
はて。
王族の扱う武器としては、すこし変わった魔剣だが。
まあいいや。
蜂さんの、下らない無駄な演出魔術を見下す私は、ふふんと相手を睨む。
『四大脅威の、蟲魔公……ベイチトねえ。ふーん、他人の身体を借りることでしか力を発揮できない、ただの寄生植物が、大魔族ねえ』
「四大……脅威――まさか、ネモーラ男爵の消失に伴い、顕現した、というのか?」
小馬鹿にしたように私は言うが。王様はそうではなかったようである。
カルロス王は魔剣輝く手を翳し――。
「集え、王家の盟約――開け、叡智の扉よ――封印王立図書館」
ゴゴゴゴゴと、周囲の空間を上書きし現れたのは魔力の霧で包まれた静かな部屋。
魔術による魔導図書館を顕現させたのだ。
司書ウサギの異世界図書館魔術に少し似ているかな?
なるほど――記憶を盗み見られても問題ないように、重要な情報は魔導書として別に保管してあったようである。
あの禍々しい剣は図書館の鍵だったのかな。
図書館に魔導書を眠らせている間は、王自身もその記憶を封印できるのだろう。
……。
つまり、だ。隠しておきたい、なにかがあるのだ。
カルロス王の善性や悪性はともかく。
メルカトル王国自体にはなにか後ろめたい過去があるのかもしれない。
まあ、ただの杞憂かもしれないが。
私はこっそりと、封印王立図書館の魔術構成をコピーし……何も告げずに確保。
むろん、ただの好奇心である。
にゃふふふ、静かそうな場所だし、後でチーズを持ち込んで昼寝してやるのである!
王様は魔術の図書館でなにやら魔導書を閲覧し……ごくりと息を呑む。
「やはり……これは蟲魔公、ベイチト。かつて神の生み出した花から目覚めたという四大脅威が一柱。よもや、この時代に、二つの大物が歴史に名を刻むことになろうとは。やれやれ、どうしてワタシの治世の時に限って、このような……」
それに加えて、大魔帝ケトスもいるからね。
いやあ……今は幸運値を内緒でカンストまで上げたから問題ないだろうけど。
このオッちゃん、ついてないよね……。
ともあれこいつが問題の魔族。
蟲魔公で四大脅威。
十中八九、三大脅威のどれかだね。
どうやら、蟲に寄生するパラサイト系の植物魔族で間違いないようである。
本人は否定していたが……。
「この名、聞けばオマエたち、我らの恐ろしさを、理解した?」
「従え、我等、強き者、歓迎する」
「異界の、猫魔族よ、我らは四大脅威、従え」
ギチギチギチと節を鳴らしながら、蟲魔公ペイチトが私に言う。
あー、女帝姿になっても話し方はこういうのなのね。
これで、童に従うのじゃ……! とか、そんな感じの話し方だったらちょっとは貫禄もあったのだが。所詮は蟲、所詮は寄生植物か。
『四大脅威に従え、ねえ……』
ふーむ、とわざとらしく顎を擦って。
私はニヤりとネコの笑み。
『すまないけれど、全然興味ないや。なんで偉大なる御方に仕えているこの私が、そんな訳の分からない寄生植物に従わないといけないんだい?』
モフモフな外套をバサっとさせて。
髑髏の形をした杖を翳し、蟲魔公はわしゃわしゃと言う。
「驕るな、異界のモノ。汝らは、ワレらの恐怖、知らない」
「されど、敵対するのは早い」
「チャンス、与える」
その髑髏が翳す先は――生意気にも私を守った男、メルカトル王国の主。
「我らの目的、その男。ネモーラ男爵を追い詰めた、人間王。カルロス。寄越せ」
蟲魔公ペイチトの蟲独特の虚ろな瞳が、後ろにいるカルロス王を映す。
おや、狙っていたのは彼の方なのか。
となると。
もしかしてあの呪いの事も知っているかも?
『そう、ちょうどいい機会だ! 私はそれが聞きたい。もしかして君。この王様を呪い殺そうとした? さっきそういう呪いに気が付いて、ぜーんぶぶち壊してやったんだけど。もし君が犯人なら、超ドヤって笑って、揶揄い倒すつもりなんだけど。どうなんだい?』
わくわく、ウズウズ、にゃはにゃはー!
モフ毛部分がボワッとなって。
猫型に戻ったお目めもキラキラキラ!
もし犯人なら、宣言通り、おもいっきし揶揄ってやるのである!
しかし。
こてんと、貌をぐるぐる回しながら蟲魔公がギチギチギチ。
「呪い殺す?」
「否、ワレラではない」
わしゃわしゃわしゃと、彼らは続ける。
「殺してしまっては、脳に入れない。その呪い。ワレじゃない。カルロス王、邪魔に思う、人間」
「ワレら、ここに来た理由、それ。呪い解除。死んでしまったら、支配できない」
「人間。バカなのか? この男、優秀。事実、我ですら、危険視、勝てるか不明のネモーラ、一度滅ぼしかけた。人間の英雄。なぜ、それを殺したがる。理解不能」
もっともな意見である。
つまり……えー……と。
もしかして、理由はどうあれ。私もこいつも、カルロス王に掛けられていた呪いを察知。それぞれに互いを知らずに解きに来て、こうしてダブルブッキングしたのか。
えー……。
人間が人間の王様に掛けた呪いを。
よりにもよって――異界の大魔帝と、この世界の四大脅威が同時に解除しにきたって、どうなんだろ……。
もうちょい頑張れよ……大いなる輝きの信仰者たち。
そういうの、解くの。
神の仕事じゃないの?
まあ私の理由は気まぐれ、事件が起こりグルメ献上がなくなっては困るから。
こっちの蟲魔公くんは寄生するため、死なれては困るから。
理由にはかなりの差があるけどさ。
人間さあ……、英雄みたいな王様、呪うなよ……マジで。
まあ人間の仕業って、はっきり言われちゃったから、もう犯人を捜すのは簡単になったけどね。
怪しい奴を洗脳して聞けばいいだけだし、うん。
楽勝!
と、私は笑っていられるのだが。
あー、カルロス王くん……さすがにちょっと凹んでるな。
そりゃ、人望の厚い王様だ。
呪殺されかけていただなんて知ったら、色々と思う所があるよね。
「悩むこと、無意味」
「カルロス、王。我らに、従え。我等、効率よく、民、導く」
「お前の、脳。優秀。そこに、寄生する」
こいつら、脳に寄生するのか……なんか、やだなあ。
犯人がこいつらじゃないとするとだ。
揶揄えないじゃん……途端にやる気が下がってしまって、獣人モードのまま私はぶにゃんとネコのため息。
ザァァァァァァ!
だんだんと面倒くさくなってきたから、ぶにゃんと黒猫モードに戻り円卓の上で、くわぁぁぁぁあっと大あくび。
しぺしぺしぺ。
あー、やっぱり猫の姿の方が落ち着くな。
『えーと、王様に寄生したいってのは分かったけど。そこに何のメリットがあるんだい? たぶん君達、蟲に寄生していた方が実力を出せるタイプの魔族なんじゃないの?』
蜂女帝の姿をメインに切り替えたのだろう。
蟲魔公が流暢に語りだす。
「その通り。だが――そこの男。カルロス王。逃がしはしたが、一度、ネモーラ男爵を打ち破った。たとえ一時でも、それは人の器を超えた、奇跡。強き人間。強き器。それ即ち、我等の苗床として、最適。使う。寄生し、精神を奪い、人間達、裏で操る」
あ、また分裂しちゃった。
あまり長い時間、女帝モードを維持できないのかな?
ネモーラ男爵もそうだったが、なんつーか、こいつら。
植物とか昆虫っぽい敵とかって思考パターンが動物系とは違って、情報、筒抜けだよね……。
ようするに。
人間たちの間で英雄視されかけているカリスマ――カルロス王に寄生し、人間を支配するつもりなのだろう。
植物系の魔族が考えそうなことである。
ただ、問題が多数ある。
その中の一つを、彼らは何も理解していないようだ。
『裏で操るって……ちょっと興味があるね』
「ほう? 仲間に、なる?」
「おまえ、敵に回す。危険」
「可能なら、敵対、拒絶」
『いやいやいや、目を輝かせないでよ。そういう意味での興味じゃなくてー、どうするか気になったんだよ。だって――君達の思考パターンは極めて単純だ。繊細な人間の心を理解できているようには思えなかった。昆虫のように、ただ本能に従って動くのみ。人間の世界を裏から操作するなんて、絶対に無理だと思うんだけど』
「否定。人間の真似、簡単。金、肉欲、戦争――そのみっつ、繰り返すのが人間。うまく使えば、それだけで動く」
蟲植物だけあって……一応、よく見ているのか。
それが感情を排した彼らの論理的な結論か。妙な所で皮肉がきいてるでやんの。
実際、私達の世界は魔族と人間が争わなくなってから、人間同士で戦い始めたからね。とかく、平和に生きられない生き物なのだろう。
「我等は巣を増やす。苗床を増やし、大規模、移動?」
「ワレらは昆虫から、人へと本体を切り替える。それこそが、蟲魔公ベイチトと名付けられた我らの悲願」
「さあ、ワレらに続け。ブラックハウル卿」
ギギギギ、と手を差し伸べ――蟲魔公ベイチトが再度、私を勧誘する。
彼らからは――甘い蜜の香りがした。
「ワレらに従う。これ、報酬」
……。
蜂蜜か。
これ、餌付けしようとしているのか?
蟲魔公ベイチトくんからの文字通り甘い勧誘を受け、ふーむと私は猫マユをぴくぴく。
無論、私には先約がある。
甘くて濃厚そうな蜂蜜だし。
パンケーキに垂らしたら、絶対に美味しいだろうし。
先にこっちと出逢っていれば、そういう可能性もゼロではなかったが。
もしかしたら、だが。
人間の王様が、ただの猫に扮していた私なんかを庇わなければ――未来は変わっていたのかもしれないね。
私はごくりと唾と未練を飲み込んで、肉球をビシ!
『悪いけどさ。それは、承認できないなあ。だって、私、この国の人々をとりあえず守るって決めちゃったし……ねえねえ、君だってここで消されるのは嫌だろう? どうせだったら他の異世界に行ってくれないかい? 一応、君、魔族みたいだし。寄生している蟲さんの方も女王蜂……つまりは女の子みたいだし。できたら滅ぼしたくないんだけど』
猫の手でしっしっし、とアピールしてみる。
あっちいけー!
あっちいけー!
と、うざったいが寄生されている方の蟲を殺すのは可哀そうだし。
羽虫を払う、猫ちゃんの慈悲を見せているのだが。
「協力、拒否?」
「何故?」
「ブラックハウル? 卿? きさまも、魔族。人間を庇う。理解、できない」
心底わからないと、女帝の姿を崩した蜂は考え込むようにブンブンブンブン。
空を回って、考え中。
んーむ、集合生命体だから同時に思考を働かせるなら集合しない方が早いのかな。
だったら、合体なんてしなければいいのに……。
ともあれ。
あー、このまま叩き落としたら……気持ちいいだろうなあ。
モフ耳がピクピクして、尻尾の先がぐでーんぐでーんと動いてしまう。んー……やっぱりジャレるのを我慢するのって大変だなあ……。
「解析結果。きさま、人間を憎悪。なにゆえ憎悪するもの、守る? なぜ、協力、断る?」
「理解、できない。拒絶。合理性、皆無」
『ふむ、どうして人間を守ってしまうのか。それは難題だね。私にも分からないのだから答えようがない』
「理解。おまえ、魂に、人間、含んでいる?」
「結論。肯定。理解」
「答え――ブラックハウル卿、おまえ、心だけ、人間?」
一瞬、私のネコ毛がさわさわっと揺れた。
心が、ざわざわとしたのだ。
それが嫌な感情だったのか、それとも別の感情だったのかは分からない。
けれど、論理性を重視する植物にそう言われてしまうと、私としては色々と複雑だったのである。
鑑定結果の名残か。
こいつら、私が元人間だって気付いてるでやんの。
カルロス王は気付いてないみたいだからいいけどさ。
『勘違いして貰っては困るね。この私が人間の筈、ないじゃないか――』
私は思わず、呆れた息をはいていた。
まあ、今更、元人間なんて珍しくもないからね。
最近、グルメを探す散歩にでるようになってから結構出会ってきたし。ダークエルフのギルマスくんとか、バンシークイーンのナタリーくんとか、聖女から召し上げられ神族となった聖女騎士カトレイヤくんだってそうだ。
その他にも、きっと――。
大魔帝として世界を駆けた私が……出会ってきた人々の魂。その中に、私が知らないだけで元人間。案外、同じ青き星の世界からやってきた魂があるのかもしれない。
まあ、転生の場合は既に前世みたいなもの。
今の我等には関係のない話だけどね。
それにしても、私の元の種族を鑑定できる魔族か。
あまり舐め過ぎない方がいいかもね。
しかし、アレだ。
ちょっと話は逸れるが――。
……。
こいつの正体が分かったのはいいけどさ。
この国、いきなりボスクラスの敵が紛れ込んでいたわけでしょ?
私が来ていなかったら、とっくに滅んでたんじゃないかな……?
なんなの、この国。
長年の間人間と争っていたネモーラ男爵に続き、ある意味、元凶であった大魔帝ケトスが降臨して、更に蟲魔公を名乗る四大脅威が潜伏していただなんて。
ついでに人間の誰かが放った呪殺のおまけつき。
私が言うのもなんだけど。
一回、ちゃんとした神様にお願いして。
厄除けのお祓い、受けた方がいいんじゃなかろうか。




