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メルカトル王国の受難 ~黒猫はひそかにドヤる~その2



 反射的に、無意識のうちに思わず王宮全体を覆っていた私の結界。


 包む魔術防御結界のおかげで、被害は最小限に抑えられていた。

 自分でも意識をする前に民間人を守ろうとしてしまうのは、私に植え付けられた本能のようなモノなのだろうか。

 分からないが――。

 もっと分からないモノが今、私の目の前で転がっていた。


 瓦礫に埋まる人間の男。


 時に人間は、私には理解の出来ない行動をする。

 気絶した王の傷と疲労を聖者ケトスの書で治療した私は、はぁ……とため息をついていた。


 私、大魔帝なんだから庇われるほど弱くないし。

 ただの猫だったとしても、臣民を支えるべき王たるものが、獣一匹を守るために怪我を負うなど論外だ。

 私は猫の瞳を冷徹に細め、ソレを見た。

 メルカトル王、カルロス。

 この男は王、失格だ。


 けれど――嫌いじゃない。

 そう、嫌いじゃないのだ。


『にゃああああああ! もー! 仕方ないなあ!』


 傷の治療だけで放置し、帰ってしまってもいいのだが。

 そうできなかったのは、やはり庇われてしまった。

 それが大きいだろう。

 眠る王を瓦礫の中から回収し、復元した会議室の椅子に座らせた私は――魔猫王城で待機している眷族のダンジョン猫、黒猫執事くんにメッセージを送る。


『黒猫執事君、聞こえているかい? 状況が変化した。この王宮にいる我らが世界の同胞の救出を頼む、既に彼等には私の祝福を施してある、万が一という事もないだろうが……怖い思いはさせない方がいいだろう。彼らは客人として扱うように、そう、頼んだよ。ああ、食事には大魔帝風ホットサンドを出してあげてくれ、今送るよ、君も食べていいからさ』


 にゃっはー! と、突然歓喜し発狂しかけた黒猫執事はこほんとネコの咳払い。

 取り乱し失礼いたしましたと、ちょっと鼻を紅くして詫びていた。

 あー……私、遠見の魔術で見ているって言わない方がいいよね。

 彼、デレッデレに頬を緩めて、ものすっごく小躍りしてるし。


 ともあれ。

 影猫魔術で分裂した猫執事の影が、王宮に入り込み始めた。

 これで問題ない。

 彼ならこの王宮の人間たちに事情を説明して、穏便に民間人の身の安全を確保するだろう。

 そして、怪しい存在がいたら取り押さえてくれるはず。


 続いて私は聖者ケトスの書を浮かべ、


『我は異界より降臨せし黒猫。神にして魔、魔にして神。主神の器たる大神。異界の民よ、汝らに猫の慈悲を――』


 王宮全体を祝福で満たす。

 私の世界ではない民間人も識別し把握、犯人候補かもしれない悪意ある者を除いた怪我人を、全て治療したのだ。

 ついでに壊れた王宮の時間を遡り、復元。


 よっし、これで私が呪いを解除したせいで起こった被害はなし。

 全てリセーーェェェット!

 ちゃんと確かめずに呪い返しをしちゃったうっかりも、帳消し!


 にゃふふふ、この聖者ケトスの書。神としての側面もあるホワイトハウルの修行とワンコ印の効果もあり、わりとチートじみているのである。

 ぐにゃはははは!

 と、ドヤ笑いしていた顔を引き締め、ふと賢い私は考える。


 先ほどの爆風。

 鑑定の結果によるとそれなりに強いらしい王、彼を怪我させるほどの、魔力の風。

 呪い返しによる爆発ならまあ私のミス、ただのうっかりで済むのだが。

 違っていた場合が、問題だ。

 もし……それなりに魔力を持つ者の敵対行動だとしたら……。


 敵はこの王宮に既に入り込んでいる?


 もっとも。

 それはあくまでもこの王宮の人間たちの敵であって、私の敵とは限らないのだが――。


『んーむ……』


 候補に挙がるのは人間。

 少なくとも私は、王に呪いを掛けた人物は人間だと判断していた。

 異世界の存在だから勘違い、という可能性もあるが――魔力の波長や性質が、人間が用いる呪いに近かったからである。


 既に私は神話レベルの大奇跡を行使してしまった。

 おそらく、主神クラスのなにかが王宮に入り込んだという事が、力ある者には気付かれてしまっただろう。

 カルロス王のお付きにいた、清楚な女神官と若き青年魔術師。

 そして魔女の婆さんあたりはさすがに察している筈だ。たぶん今頃、こっちに向かってきているんじゃないかな?


 正体を明かすのは、まだ早いだろう。

 それではひそかにドヤれない、それもあるのだが――なにより、犯人は私がいる場所にまで及ぶ攻撃をしてきたのだ。

 大魔帝の存在を匂わせてしまったら、隠れられてしまうかもしれない。

 それは面白くない。

 私は犯人を見つけ出したいのだ。


 さてその前に。

 なんにしろ情報は必要だろう。

 私はスースーと眠る王をちらり。


『よっぽど疲れていたのかな、よく眠っている。まあ、悪いけれど。今のうちに――情報を貰っておこうかな』


 私は眠るカルロス王を念のために魔術で酩酊状態にさせると、額に肉球をペチリとあてる。


 その記憶を一部、読み取り始めたのだ。

 治療代ということもあるが。

 犯人候補の情報と、四大脅威と呼ばれる魔王種。ネモーラ男爵の詳しい情報、そして他の三柱の情報を手に入れておきたいのだ。

 実は他の魔王種が、ロックウェル卿やホワイトハウル並に強いとかいうパターンだったら厄介だからね。


 えーと……。


 かつて青年だったカルロス王の夢は――今は亡き、愛した妻が営んでいた稼業を継ぐこと。

 パン屋を開いて、ひっそりと慎ましく暮らす。

 そんな叶わぬ夢を抱いていたらしい。

 もっとも、今の彼が握るのはパン生地でも、小麦粉でもなく……一振りの剣だというのだから、王だからといって自由に動けるものではないのだろう。


 ちゃうちゃうちゃう、これじゃない。

 ……。

 掴めなかった淡い夢とか、オッちゃんのそういうセンチメンタルな情報なんて今は引き出している場合じゃない……。

 ここじゃないな、あのマリモキング(仮)、ネモーラ男爵の情報は……と。

 ああ、あったあった、この辺かな。


 闇風のネモーラ。

 この世界を拠点とし、異世界までをも浸食しようとしていた四大脅威が一柱。

 平和だった世界を闇と風と緑で覆いつくし、世界の四分の一を征服した異形の闇。

 その分類は、植物系魔族。


 四大脅威、すなわち四天王と自称した魔王種の中で唯一、人間に対し明確な敵意をもって行動をしていた厄介者、か。

 神話の時代からこの地に根を張り、残り続けていたらしいが――その目的はやはり世界征服。

 自分の種でこの世界を覆いつくす事。

 まあ植物なのだ、種や胞子――自分の遺伝子と魔力因子を増やし、残そうとする本能に従っているのかもしれない。


 実際、植物が明確な知恵や欲望を持ち始めると厄介だって話もあったしね。


 しかし、そうなると気になるのはやはり、他の魔王種。

 他の四大脅威ってどんな奴なんだろうか。

 人間に対する敵意があるのかどうか、異世界に干渉できるほどの存在なのか。

 それも分からない。


 王様の握る情報を探るが――ない。

 なんか思いだせーと肉球で額を軽くぺちぺちぺち。

 ……。

 王たるこのオッちゃんですら、深くは知らないようだ。


 少なくとも数十年は姿をみせていない、それがこの国にある公式記録らしい。

 となると。

 彼らは既に、伝承の中に生きる存在になっているのかもしれない。


 まあ、私も一時期、伝承の中でだけ語られる創作上の魔族。

 百年、公式での戦争などに姿を現さなかったせいで、おとぎ話と思われ始めていたし――こっちの残りの三大脅威もそういう存在なのかもね。

 なんにしても、実在しているのはおそらく確かだと思うのだ。

 後でこの世界の魔導図書館をめぐり、情報を集める必要があるだろう。


 図書館って、静かで落ち着ける場所だから嫌いじゃないんだよね~♪


 それにしても、この世界。

 ネタや誇張などではなく本当に、あのマリモ野郎には苦労させられていたらしい。


 緑豊かな国だとは思っていたが、あれは一種の防壁。

 森の妖精と人間が協力して植えた神樹。

 四大脅威ネモーラの操るマリモと苔に侵食されないための、防御結界の役割も担っているようである。

 どうやら私が想像していた以上に、ギリギリの状態。

 つまりマリモに汚染されていたようである。


 理由は単純。

 完全駆逐ができないからだろう。


 あれは普通の人間にとっては強大だった。そしてなによりも生に執着していた。

 こう、なんつーか……倒しても倒しても、どこからともなく湧いてくる。かの有名な黒い悪魔、昆虫族のゴッキーのようにしぶとかったようである。

 いやあ……あの会議で炙り出されていなかったら、ウチの世界も危なかったかもね……。


 私は更にオッちゃんの記憶を辿る。


 魔王種。

 集合植物生命体――その正体は個ではなく群れ。

 複数の植物が集合して生まれた魔族、そしてその無数の命という特性を生かした異形な存在。

 本体ともいえるその核を自由に動かせる男爵は、まさに不死身。

 いざとなったら自爆をして、その核を飛ばすことにより延命。

 苔となり、蘇り。

 また再び、新たな魔王種として顕現を繰り返す。


 オッちゃんの記憶が語りだす。


 あの悪魔は死なない。

 あの男はけして滅びない。


 絶対に駆逐される事のない、異質な存在だと畏れられていた。

 殺しても死なない存在だと言い伝えられていた。

 緑の球状となって漂い、無数に分裂までするあの最恐の魔王種が、異界の地で滅びるはずがない。

 だがしかし。

 もしその悪魔を滅する者がいるとしたら、それは――脅威を超えた、脅威。

 真の絶望だ。


 ――と、このオッちゃんはそう思っていたらしい。


 まああくまでも、カルロス王の認識の中ではそうなっているというだけで、実際は違ったりもするのかもしれないが。

 ロックウェル卿の石化能力が相手の再生分裂能力と相性が抜群だったから、助かったのかもね。


 あの時、石化が完了しないで爆発されていたら破片の一部から増殖――再生していたのかもしれない。


 私が言うのもなんだけど。

 毒や石化など、物理的な状態異常に耐性のない存在はロックウェル卿を敵に回さないほうがいいだろうね。

 あのニワトリ、ギャグみたいな存在になってるけど、その能力と性質はかなり極悪だし。

 ともあれ――。


 何故あのマリモが我が世界を襲ってきたのか、私はそれが知りたい。

 四大脅威なる植物系魔族の一柱は、滅した。

 けれど、他の三柱は?

 勇者のように――また、私と魔王様の平穏な暮らしをおびやかす存在が襲ってくる。

 そんな可能性はゼロではない。


 できる事なら、他の脅威も摘んでしまうのが吉だろう。

 ネモーラ男爵という大きな脅威が去った今、姿をくらましていた他の脅威が目覚めて世界を再び襲いだす。

 そんな可能性も十分にあるのだ。

 そして、おそらく。

 今度、アレと同格の存在から本格的に襲撃されたら――疲弊したこの国はもたないだろう。


 無謀にも、愚かにも。

 王の身でありながら、獣一匹を守って負傷した心優しきこの王様も……朽ちる。

 それは、ちょっと気に入らない。


 とりあえず、死なれても面倒だし。

 恩寵でも与えておくか。

 ドヤァァアっと魔力を漲らせた私は肉球を翳し、カルロス王の幸運値を引き上げる魔術と祝福をぺちぺちぺち。


 見る見るうちに、王様のステータスが上昇していく。


 幸運値って、少しの上昇じゃ目に見えた効果が体感できないせいか――なぜか結構軽視されがちだけど。

 ちょっとカンスト付近まで引き上げてあげるだけで、回避も命中も、行動補正も、全部が飛躍的に上がるのに。

 なんで誰も引き上げないんだろう?

 いつも疑問なのだが。

 もしかして、ふつうの人間とか魔族とかだと、カンスト付近まで上げるのって難しいのかな。

 私の場合はこうして、肉球ぺちぺちで簡単に付与できるんだけど。


 まあ、これで。

 私がちょっと目を離したすきにヤラれちゃうって事もなくなったかな。


 目印も魔力もつけたから、もし死んじゃったとしても今の私なら蘇生も容易いだろうし。

 魔力を辿って、肉体と魂の情報を保存してあった瞬間に戻せばいいだけだからね。

 いやあ、さすがは大魔帝!

 蘇生技術まで昔よりも向上しているなんて、さすが魔王様のペット!

 そんじょそこらの駄猫とは、毛の輝きが違う!


 ……。

 ――……ハッ!


 か、勘違いはしないで欲しいのだが。


 べ、別にこっちの世界の事がちょっと心配になりだしたとか。

 生意気にも私を庇ったこのオッちゃんが気になったとか。


 そういうんじゃ、ないんだからニャ!



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― 新着の感想 ―
[一言] ツンデレケトス様ほんと愛らしい御方…
[良い点] 悪人以外が無事でよかったです。 でも、やはりあの竜が言う通りケトス様が甘ちゃんだと言うのは確かなようですね(^o^) そんなケトス様だからいいんですけど♪ [一言] 悪人以外は人どころか…
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