グルメ魔獣の正体 ~古の三獣神~その2
西帝国宮殿に設営された会議場と控え室。
ワンコのイチゴパフェのお代わりに、皇帝陛下を呼びつけての一幕。
疲労状態から回復した皇帝ピサロくんは、なにやら腕を組んで考え込み。
眉間の皺を深く刻んで――じぃぃぃぃ。
私の手にする聖者ケトスの書を、王者の瞳を尖らせ凝視している。
『どしたの?』
首をぶにゃんと傾げて私は問う。
あー。
彼も皇帝として広い見聞があるから、これが並の書ではないと察したのかな。
「ケトス殿……余はその書からとてつもなーい気配を感じておるのだが。なにやら天変地異すら起こせそうなオーラを放っているその書は、いったい……?」
『んー、神話級ダンジョン……大いなる光が用意した試練を私とこのホワイトハウルが乗っ取って、その時に手に入れた私専用の書なんだけど。あー、別に盗んだわけじゃないよ。ちゃんと神の試練はクリアしたからね、大いなる光もこの書を私が所有することを承知しているのさ』
うんうん、と頷くワンコとニャンコ。
モフモフ獣の話を肯定するように、宮殿の外で天がピカーっと光り出す。
神々しい光のエネルギーはまさしく大いなる光のモノ。
あ、光射す道の周りに奇跡の花が咲き始めた。溺愛しているワンコがいるから空からこっちを見てるのかな。
相変わらずの過保護である。
この花も、いわゆる神の奇跡。通常では滅多にお目に掛かれない伝説の花なのだが。
まあ、これで神の許可があるという印となるだろう。
花を肉球で指差して私は言う。
『ほら、大いなる光もそう言ってるよ?』
「ちょっと待たれよケトス殿――あー、そう、であるか……今度は大いなる光と……なるほど――いやいやいや、さすがに余の聞き間違えでは? 皇帝、超つかれていたからな。インペリアルな勘違いやもしれぬ。うむ」
何やら独り言を呟きながら眉間を押さえ込んで、若き皇帝が唸る。
「すまぬが――さきほどは、なんと?」
『にゃんと?』
言葉足らずで分かんないって。
「あー……大いなる光なる言葉が聞こえたのであるが――余の聞き間違えであろうか」
『ん? 大いなる光って言ったよ? この世界の現主神の――詳しくは私も知らないけれど、たぶん神話の時代からそのまま世界に留まった古代神、その生き残り。ワンコ溺愛女神様の事だよ?』
大いなる光。
その名、そしてそのヴェールに包まれた存在に対する、具体的な言及をしたせいだろう。
神官がグラスを倒し――僧侶が卒倒し、司祭が服の裾を踏んづけてずっこけた。
会議場と控え室にいる神官職の連中が当然、ざわつきはじめる。
大いなる光様の存在を語るあのドヤ顔の猫はいったい……。
そんな声もちらほらと聞こえる。
国を問わず、聖職者たちが集まってヒソヒソヒソ。
『あれ。あ~……もしかして――大いなる光が女神様かもしれないってのは、君達人間は知らなかったのかな? まあ直接会って話すと悪いヒトじゃなかったんだけど……ねえー! どうしようホワイトハウルー? 言っちゃ不味かったのかもしれないけど、もう口にしちゃったんだからしょうがないよねー?』
顔だけを持ち上げたワンコが、欠伸をしながら返す。
『構わないのではないか。性別など――所詮は器となる肉体や魂のステータス情報の一つに過ぎんのだからな。とはいえ、ケトスよ。互いに本気を出していなかったとはいえ、おぬしと戦って、我が主の方が敗走したことは黙っていた方がいいのかもしれんな』
と、寛大に仰るホワイトハウルは、空のパフェグラスをじぃぃぃぃぃと恨みがましく覗いている。
その貌は、我、そんなことより早くイチゴさんが食べたいのだが?
そう語っている。
むろん、ワンコの声はけっこう大きく響いている。
さすがに大魔帝と主神が争ったことは衝撃的過ぎたのだろう。
ビシガシビキキィィン!
と、完全に空気は崩壊していた。
ホワイトハウルも気にしてないみたいだし。
まあいっか。
皇帝は賢者にグギギと顔だけを向ける――。
なにか情報は? と聞いているのだろうが、賢者君の方は新しく手に入れた知識の方に意識が飛んでいるようだ。
皇帝は仕方ないといった感じで、一人でこちらを向く。
その額にも頬にも汗がびっしょりと流れていた。
「お、大いなる光と神話級ダンジョン? そして、戦いを行っていたと……。はははは! そうか、そうであるか! 余が帝国を治めている間に、そのような神話のような出来事が――はははははは! …………。あー……どれから突っ込んだらよいモノか、悩ましいのであるが――えーと、ケトス殿? 現在は大いなる光とはいったい、どのようなご関係で……?」
『まあ一応。協力関係にあるのかな。こっちにいるホワイトハウルが神の眷属だっていうのは、君達だって知っているだろう? その繋がりでね、彼が主神へと昇格することに関しては私も協力するつもりなんだよ。この一点に関しては、神と私の意見が完全に一致しているのさ』
だって、うっかりこっちに面倒な役が下りてきても困るし。
「白銀様が主神に昇格? いったい、なにがどうなって……いや、それよりもいつのまに主神と協力関係に……いや、まあケトス殿ならいつものことなのであるが……んーむ」
ぷぷぷー!
情報量が多くて頭をショートさせてやんの!
まあ穏健派とはいえ大魔族である私と、この世界を支える神族がいつのまにか協力関係になっていたのだ。
人間も驚いちゃうよね。
「あのう……余は一応、それなりに大きな国を治める立場であるからして。できれば、そのぅ……詳しく聞きたいのであるが? 余、とっても知りたいのであるが?」
『あー、そういや人間たちは前回の騒動を知らないのか。あれー、でもおかしいな。大いなる光から啓示とか、神の言葉とか。そういうの届いてないのかな……』
人間たちは互いの胸の裡を探るように目線を合わせるも、反応はなし。
だれも知らないのだろう。
ちなみにワンコは顔を逸らして口笛を吹く真似をしている。
ホワイトハウルの反応を見る限り、あの主神。
説明するのが面倒で、まだ下界の教会連中に連絡してないな……。
『えーと、ホワイトハウル。だいたいの事情説明とかは――』
私は軽く説明していいかホワイトハウルをちらり。
彼が頷いたので、私は皇帝に支障がない程度に事情を説明してやった。
ようするに。
神の怠慢とか、神族の腐敗の部分をバッサリカットし……神に協力をして、その力を取り戻したのだと都合の良い部分だけ説明したのである。
私と主神が戦った経緯は、勇者の関係者ダイアナについての件で意見の相違があった。
ということになっている。
ついでに、今回のマリモ事件で救助を行っていたのは主神本人だと説明すると――神自らが動いたことに感涙しているのだろう、聖職者たちが跪いて天に祈りを捧げ始めてしまった。
おー、信仰心が空に登って神の力になっているのを間近で見てしまった。
へえ、こういう風になっているんだ。
そんな私の抱いた関心を前にして、皇帝陛下は、汗を拭いながら唸る。
「んーむ……我等人間たちが知らぬ間に、そのような事態が起こっていたとは――うーむ、ならばあの時期に何度も起こった謎の極大魔力振動は――よもや」
『それも、たぶん私達のせいだろうね。ちなみに一番新しい振動はおそらく、この魔狼の裁きの咆哮だと思うよ。理由は言えないけれどね』
ぶにゃはははと笑う私に、ピサロくんは私みたいにプスプスーと頭から湯気を出して、更にショートする。
たぶんこの皇帝くん。
賢すぎるせいで色んな未来を予測しちゃって、人間としての器じゃ対応しきれなくなっているんだろうね。
何故か皇帝ピサロはそのままグギギと顔の方向を変え――。
私ではなく、お澄まし顔で寝そべる駄犬をちらり。
「お久しぶりで御座います、ホワイトハウル様。今のケトス殿の話は本当なのですか?」
『んー、なにがであるかー……』
問われたホワイトハウルは、空のグラスを爪でカリカリする犬手を止めて――目線だけを上に向けて、ハッと頭にビックリマークを一瞬浮かべる。
呼んだのが私ではないと気付いたのだろう。
肉球で世界を叩き、咆哮を上げた。
あぁぁぁぁぁあああ!
時間を停止させて、一瞬だけ巻き戻しやがったよ――このワンコ!
たぶん世界そのものに干渉する私とは逆。
人間たちの方に干渉して、そっちの時間だけを戻したんだな、これ。
むろん。
超がつくほどの大魔術である。
巻き戻った時間の中で、ピサロ君がさきほどとまったく同じ動きで言う。
「お久しぶりで御座います、ホワイトハウル様。今のケトス殿の話は本当なのですか?」
ワンコは先ほどの駄犬感をかなぐり捨て、顔をキリリとイケワン顔。
後光を放ちながら瞳を細める。
『ふむ――我の知恵を貸すとするか』
あー、この冷厳な空気。
急に周囲を漂い始めた神秘的なオーラ。
こいつ。
自分だけ神獣の威厳をアピールしようとしてやがるな。
今、私のジト目の前で――ワンコの猫かぶりが始まろうとしていた。




