グルメ魔獣な用心棒 ~(食の)世界を守護する者たち~
グルメ新市街に広がる不穏な空気。
突如として現れたのは、空を切り裂く謎の亀裂。
空、割れちゃってるね。
ざっくり、裂けちゃってるね。
なんか、降臨してきちゃってるね。
ついつい猫のまま二足歩行で腕を組み、ドアにもたれ掛かり。
空を見上げて――。
猫のため息。
んーむ……と唸る私の前。
列に並んでいた人々が、空を指さし声を上げていた。
「ちょっと、なにあれ?」
「え? なんだ、空が割れて――っ、なんかがこっちに降ってくるぞ!」
ずず、ずぎ、ぎぎぎぎずじじじじじぃぃぃ。
よく分からん鈍い音を立て、次元の隙間からベチャリと――何かが顕現し始めた。
空に無数に浮かぶのは――……と。
緑の球体の数々。
一体、二体、三体……全部で十体ぐらいかな。
私……猫だから三より上の数をかぞえるのが、たまに面倒になっちゃうんだよね。
生命反応を感知するネコ髯センサーに引っかかる事から、それなりの魔力を持ち、生きているナニかだという事だけは分かる。
見た目は――。
マリモの様にまん丸な物体だ。
空飛ぶマリモが空の切れ目から、ふーよふよ。
ちょっとジャレたくなるような……いやいやいやいや、さすがにまずいか。
マリモもどきは空に浮かんだまま、動きを見せようとしない。
何かを探しているのか。
それとも……んー、情報が少なすぎる。
遥か上空にいるせいもあり、相手のサイズすらもよく分からない。
大魔帝たるこの私は、魔獣や魔物にはもちろん詳しい。
神話の生物や古代種にも詳しいのだが――。
にゃんとも……。
こんな存在は見たことがない。
ちょっと心当たりがあったのは触手君と呼んでいた異界の謎生物。
現在魔王軍に所属し、ぐいぐいと出世している憎悪の魔性の一欠けら――錬金術師ファリアル君が召喚した魔王種に似ているか。
もし異界の植物系魔物だとすると――。
……。
これ、絶対に厄介な案件じゃん……。
事件の気配を感じた私のネコ眉が、むぅ……と下がってしまうのは仕方のない事だろう。
まあ眉を下げる私の姿もプリティなわけだが。
そこで私は周囲に時間停止魔術を使って、ふと考える。
えぇ……やっと順番待ちが終わるっていうのに。
じゅーじゅーステーキが待っているのに。
私、巻き込まれたくないんですけど……。
この場所以外でも何か異変が起こっているのか、西帝国各地でそれなりに大きな振動が発生しちゃっている。
実際、異様な魔力が世界各地で発生しているのだろう。
魔力を感じる私の猫ヒゲに、ビンビンと、いや~な気配が伝わってくる。
人がようやく!
溜めこんでいた書類にハンコを押し終えて、ルンルンうきうき♪
頑張った猫ちゃんのご褒美として。
おいしいステーキタイムを愉しもうとしているのに!
鉄板焼きの香りに舌なめずりをしているのに!
にゃぁぁぁぁぁああああああ!
まーた、何か事件が起こってやんの。
イーラ、イライライラ――と。
綿あめよりもモフモフに膨らんだ私の尻尾が、べごんべごんと地面を抉りたたいてしまう。
そんな私の神経を逆撫でするように、世界の亀裂から魔法陣の輝きが広がって。
光の螺旋が、空から降り注ぎ始める。
はいはい、今は時間を止めてあるから大丈夫……って――あれ?
キュイィィィン、キュインキュイン――ッ!
え? いま、私、時間を止めてる筈なのに――っ。
攻撃!?
しまった……っ、油断していた!
相手が次元を割ってやってきた異質な存在なのだとしたら――。
この世界そのものに干渉し、時間停止を成立させている私の魔術を解除することも、不可能ではない。
しかしこの程度じゃ慌てないのが魔王様のペットたる大魔帝。
『へえ! この私が守護するグルメ街に襲ってくるなんて、随分とまあ生意気じゃないか!』
言って。
翳した肉球の先から瞬時に張り巡らせたのは防御結界。
むろん。
相手のヘナチョコビームなど弾き返していた。
西帝国の空全体とまではいかないが、このグルメ特別区域に展開させる事には成功している――。
他の場所は……あー、旧市街のグルメ街にはロックウェル卿が。
西帝国の首都、宮殿付近にはホワイトハウルの気配がするから心配ないな、これ。
あいつら、まーた人間世界に食べ物を喰いに来ていたのか。
ホワイトハウル……。
あの駄犬……やっぱり私がいないとまともなようで――。キリっとお澄まし顔で世界全土を守る結界を展開。神々しいオーラを放ちながら皇帝ピサロに適確な指示を出している。
というか、あの一瞬で世界を覆う結界を展開するって。
マジで強くなってやんの。
守護結界に関しては私より上だな、これ。
まああのワンコは次代の大神。この世界を支える柱となる器を持つ神獣。
次の主神候補なのだから、守りに長けているのは当たり前なのだが。
べ、べつに……くやしくなんてないし。
あ、私が遠見の魔術で覗いていると気が付いたな。
バカみたいに口を開けて両手を振り出しやがった。
『おー、ケトスよ! 今の我の世界守護結界をみとったかー? どうだ! すごいであろう! もっと褒め称えていいのだぞー!』
と、ブンブン振ってる尻尾と犬肉球がちょっと可愛いが、急変した神獣様にみんな驚きだしてるから。
やめてあげなよ……。
一応この帝国のトップらしい皇帝ピサロくん、荒ぶるワンコの喜び尻尾ピンタをべちべち喰らってめっちゃ困ってるじゃん……。
まあ、あっちは大丈夫そうか。
ロックウェル卿の方は――と。
……。
とりあえず周囲全てを石化させることで攻撃と防御を同時に行ったようだが。
うん、完全に文字通り全てが石化しちゃってるね。
敵とか、味方とか。そういうの関係なく全部。
やっちゃったね、あのニワトリ。
まあ後で石化を治せば問題ないのだが――。
『クワーックワクワ! 余のコレクションのためにわざわざ異界から降臨してくるとは、なかなか見所のある奴であるな! 安心せよ、緑のマリモもどきよ、そなたもちゃーんと余のお気に入りとして飾ってやるからな、光栄に思うが良いぞ!』
大喜びで尾羽をフリフリ、翼をばっさぁぁぁぁ!
紅い怨嗟の波動をニワトリの魔瞳から放ち――クワァァァァァァ!
ヒューン、ズドドドドド!
雲すら石化させて、地上に落下させちゃってるよ。
それに。
石化させたマリモもどきを自身の霊峰に転移させてるね……お持ち帰りしちゃってるね。
たぶん、見た目がモコモコの球体だから気に入ったのかな。
今あそこの霊峰。
卿が気に入って石化させた相手を飾っておく、ミュージアムになってるんだよね。
あ、さっき私が吹き飛ばした人間、疾風のなんちゃらもいる。
世界の果てに飛ばしたはずなのに。
偶然居合わせたロックウェル卿がキャッチしてたのかな?
あぁ……。
霊峰に石化されたまま、お持ち帰りされちゃった。
たぶん百年は生きたままの石状態で飾られると思うのだが……。
……。
まあ、いいか。
みなかったことにしよう。
さて、他の皆に良い所ばかりをもっていかれたら大魔帝の名が廃る。
私もスッと、もたれ掛かっていた扉から立ち上がる。
この場をビシっと治めて、私の偉大さを人間どもにアピールしなくては、なのだ!
敵に効かないのに、無駄に味方の動きだけを止めてしまう時間停止魔術を完全に解除し。
ニャホンと咳払い。
とっても素敵な魔族幹部ボイスを意識して、私は動きを再開した人間たちに告げた。
『さて脆弱なる人間諸君。シリアスの時間だよ。戦える者以外は下がり給え、そして戦える者は戦闘準備を――たぶん、アレは異界からの侵入者……敵だ』
列に並んでいた人々が驚愕の眼差しを私に向ける。
「ネ、ネコが喋った!?」
『おー! なんかそういう反応も久しぶりだね! その辺りをじっくりばっちり、何回も驚いて欲しい所だけれど、今はちょっとシリアスな時間だから駄目だよ?』
言って、私は魔力をドーン!
制御している力の一部を解放したのだ。
それだけで、周囲の次元が歪み始めているが――本題はここから。
器用に肉球を鳴らし。
十重の魔法陣を展開!
私の魔力を歪む世界に侵食させていく。
『空間――掌握。ダンジョン生成。さあ――これで、ここも私の庭だ』
周囲が私のダンジョン領域に塗り替えられていく。
謎の敵の登場で捻じ曲げられている空間を、私の支配下に置いたのだ。
相手は空の亀裂から這いずってきた。
つまりは――その入り口は次元の狭間。不安定なその狭間にダンジョン領域を無理やり生成して、上書き、空間を安定させたのである。
ネズミの侵入口を塞ぐために、穴を埋める代わりに豪邸を建てて塞いでしまったようなものなのだ。
かなり強引な対処法だが、これで敵が追加されることは無くなった筈。
ざわざわざわ!
最近の西帝国はグルメ目当てにやってきた高レベル冒険者が多い。
私が何をしたのか、見抜いた者もいたのだろう。
「ダンジョン領域の生成!? 世界干渉魔術!?」
「な、なんなの……っ、このグルメ魔獣様……っ、レベルが、カンストを、こえて……っ」
「そ、それに――なんて太々しいドヤ顔なの!」
驚愕の声が、私の心を心地良く擽っている。
ドヤァァァァァァ!
これぞ大魔帝の活躍にふさわしい喝采である。
『と、遊んでばかりもいられないか』
私の魔力に反応したのだろう――マリモ軍団がこちらにむかい超音波を放ってくる。
精神に負荷を与え、状態異常にかける魔術のようだ。
が――。
肉球をパンパンと叩いた私は、肉球衝撃波で超音波をただのそよ風に変換し。
更にドヤァァァァァア!
そよ風に吹かれた私のモフ毛が、ちょうカッコウよく揺れている。
これが映画なら、クールな私の横顔がアップになっている場面だろう。
ステーキ店を背景に、素敵な獣毛を風に靡かせながら。
私は言った。
『もっと喜んでくれて構わないのだよ、人間諸君。君達は今――世界でもっとも安全な場所にいるのだからね』
ふ……っ、決まったニャ!
そう、この大魔帝の領域にいるのだ。
だってジュースも貰ったし、なにより私を褒めてくれたからね!
ふっふっふ。
私の地獄モフ耳はちゃんと聞いていたのだ。
窓に手をかけじゅるりと舌なめずりをしていた私を見て、かわいい! と、魅了されていた人間どもの心の声をにゃ!
ともあれ。
魔術や戦闘を少しでも齧ったことのある者なら理解しただろう。
この私が並を遥かに超えた存在なのだと。




