エピローグ ~大魔帝ケトス・神獣ホワイトハウル~ 後日談編2/2
空を駆ける魔狼の頭にちょこんと乗って。
大魔帝ケトスは空を行く!
目的は今回の件の犠牲者、その浄化!
いわゆる善行である!
ホワイトハウルも仕事から解放され、まんざらでも無い顔で空を走る、走る、走る!
……。
いや、これ、ちょっと走り過ぎじゃないか?
そんな私の疑問を無視して。
シベリアンハスキーっぽい顔をわふ~! と緩めて、魔狼が尾をブンブン振りながら叫んだ。
『ぐわっはっはー、やはりおまえとの空の散歩は愉快だのう!』
『そうなんだけどさー! ちょっと、飛ばし過ぎなんじゃないかなー! なんかー、君が犬脚を振る度に、地上にぃぃー、衝撃波が走ってるみたいなんだけどぉぉー!』
向かい風が、私の顔面をズゴゴゴゴ。
耳とヒゲと尾を揺すられながら発する私の声は、空に溶けてしまう。
魔狼があまりの速度で走るせいである。
私の声に気が付いた彼は、駆ける速度を落とすことなくザッザッザと魔力を踏みしめ、全速力。
『んー!? よく、きこえんのだがー!?』
『ちょっと早すぎるんじゃないかってー! そう、言ってるんだけど―!』
『良いではないか! 我等の邪魔をするモノなどなにもない! たまには我も使命や仕事を忘れて、すっとばしたいのである!』
いや、暴走自動車じゃあるまいし……。
『んー、でも、いいのかなあ……これ、後で問題になると思うんだけど』
超神速で走る魔狼。
そのプニプニな犬肉球から発する風圧は、まさに神の起こす暴風。
何も知らない地上の人々からすると、神が怒り荒ぶっているように見えているんじゃないかなーと思うのだ。
それにだ。
おろす私の視線の先にあるのは、なんか神聖そうな場所。
既に使われていないようだが。
たぶん。あれ。
大いなる光を祀る神殿だと思うのだが――。
ゴゴゴゴォズズズドオオオオオン!
あ……! ちょっと! 犬の肉球をわざわざギュギュっと踏みしめて、潰しちゃったよ神殿。やっちゃったよ、白銀さまことホワイトハウル!
もしかして、こいつ……わざとか?
『ねえ、君。もしかして大いなる光に計画を内緒にされていた事、まだ根に持ってるの?』
『はぁぁぁぁ? 我がそんなことを気にする性格に見えるというのか?』
プイっと膨らませた顔を逸らして、空に向かって彼は唸る。
『べーつーにー! 我、ぜーんぜん、なーんも気にしてないのだからな!』
あー、こりゃ完全に拗ねてるわ。
『いや、さすがに……誰も使ってないし、人もいなそうだったから、いいけど。古くから残る神殿を肉球スタンプで潰しちゃうのは……大いなる光も怒っちゃうんじゃ』
『ん? 我が主は我に甘いからのう、たぶん問題ないと思うのだが?』
首をこくんと横に倒して、魔狼は言う。
こいつ。
怒られないラインをちゃんと考えてやがるのか。
相変わらず、なんというか狡猾なんだよね。
『ていうか、私が頭に乗ってるんだから顔を倒さないでおくれよ!』
モフ耳に掴まりながら抗議する私をイヌ足で頭に戻して、彼は豪快に笑う。
『ぐわーっはっはっは、すまんすまん! 気にするな! 我があの地に新たな信仰を芽吹かせてやろうではないか! 美しく気高い魔狼と、ちょっと太々しいが悪い奴ではない猫を祀る神殿を作らせておく、それで問題ないのである!』
そう言って更に笑うホワイトハウルはけっこうご満悦。
鼻はスンスン。
尻尾もブンブン。
貌はキラキラ!
喜びを隠しきれずに、モフモフ尻尾が更に揺れる。
伸ばす犬手もワキワキと跳ねている。
休暇という形でしばらく神の軍人ではなくなったその貌は、いつも以上に気の抜けた、休日のワンコ顔だ。
まあ、ストレスはとりあえず解消できてそうでよかった。
そんな安堵にネコ眉を下げ。
頭上に掴まったままの私に、魔狼はじぃぃぃっと目線を向ける。
『それよりもケトスよ! その勇者再臨の祭壇とやらは本当にこちらの方向であっておるのか? 我にはぜーんぜん、なーんの気配も感じないのだが』
『こっちであっているよ。憎悪の気配を辿っているから間違いない』
そう。
私達は今、浄化のため。
勇者の関係者ダイアナが犯した凶行の現場に向かっていたのだった。
大いなる光の古き神殿を破壊している暇なんてないのだ。
暴風を避けるように瞳を閉じて――私はあのダンジョンでの出来事を思い出していた。
女神の末裔ダイアナの命を刈った、あの後。
私は眠る聖女達を連れキャンプに戻り、帰還したホワイトハウルに事情を説明した。
幻想の草原で行われた一連の騒動と、彼女の死。
大いなる光と一戦交えた事も、素直に打ち明けたのだ。
勇者再臨のためにダイアナが行ってきたことは、ホワイトハウルにとっても衝撃的だったらしい。
あくまでも感情を抜いた事務的な私の説明だったのだが――。
魔狼の犬眉は止められなかった凶行を悔やみ、ハの字の形を作っていた。
いつものバカ犬顔ではなく、かつての魔帝の時のような厳格な表情だったのである。
勇者に関係する事だったからだろう。
私にとってそれは地雷の一つ。
何か、懸念もあったのかもしれない。
もっとも。
大いなる光は私に妨害された時点で魔狼とも連絡を取っていたのだろう、あの時の彼は、既にだいたいの事情は把握しているようだった。
事情を聞き終えた後。
魔狼は少し考えこんでいた。
あのダンジョンからの帰り道。皆を連れて歩いていたホワイトハウルは私にすまなかったと一言詫びていたが。
どの件に対して彼が詫びていたかは――分からなかった。
私を巻き込んだことなのか。
大いなる光が私を利用していた事なのか。
ダイアナくんの悪事に気付いていなかった事なのか――。
それとも。
私が――主義を曲げてでも、神や彼に代わり女性を手に掛けた事なのか……。
ともあれ、迷宮を脱出してからの魔狼は忙しくてあの時の話は、あまりできていない。
今こうしているのは、ようやく休暇が取れたからなのだ。
まあ魔狼は勘が鋭い。
女性を殺すことが好きではない私に、その話を思い出させたくない――そんな彼の配慮があるのかもしれない。
さて、それが答えなのかどうなのかは分からないが。
まあ――私も彼女の事は、胸の奥に仕舞っておくことにしたかったから、都合は良い。
魔王様の事で暴走したら、いつか私もああなってしまうのかもしれない。
何が正しいかと聞かれたら、私は魔王様の事はすべて正しいと迷わず答えるだろうしね。
私には私を止める友や仲間がいたが、彼女には……おそらくいなかったのだろう。
勇者しか、初めからみていなかったのだから。
だから。
反面教師として、ちょっと、感慨深い経験となっていたのだ。
そうそう。
言い忘れていたが。
魔狼の裁定魔術による審判。
神の眷属の選定も既に終わっている。
今回の遠征でも改心できなかった者を切り捨てる。
それは信仰心を失っている神にとっては重要な案件。
あの能天気バカ親主神がどこまで本気で向き合ったかは知らないが……。
各人の選定と裁定は、きちんと厳かに行われていたようだった。
私も魔王城からちょこっと魔術で覗いてやったのだが。
ホワイトハウル。
こいつ、人間形態で超厳格な貌をしちゃって裁判官みたいに偉そうにしてるんだもん、ちょっと笑ってしまったりもしたのだが。
まあ、ちゃんと仕事を果たしたみたいである。
神の名の下で人間たちに暴虐を行っていた一部の眷属達は――というと。
あー……なんというか、うん。
裁定の神獣の名も持つホワイトハウル。
魔狼はそういう卑劣に、かなり厳しいからね。
相手が女性であっても罪は平等。
私と違って容赦ないからね……。
無辜な人間の命を奪っていた者たちは、その人間たちと同じ目にあったようである。
裁判が行われたその日。
魔王城が揺れる程にすさまじい魔の咆哮が世界を覆ったから、まず間違いないだろう。
今回の事件。
驕り高ぶっていた神族にとっては、本当に良い薬になったのだろうと思う。
大いなる光もそれが目的だったのだろうが。
にゃふふふふ。
あの神にとっても、少しはいい薬になったのではないだろうか。
あまりサボってばかりいると、本当に、私にワンコも主神の座も取られてしまうのではないか――と。
今頃慌てて気持ちを引き締めているんじゃないかな?
ま、主神なんて面倒な事は絶対に嫌だし。
そんな気なんて微塵もないのだが、それは言わぬが花というやつなのかな。
ワンコから離れて、少しはまっとうになってくれることを神に祈るばかりである。
いやあ、まあ今回、その相手が神なのだが……。
まあいいや。
少し下を覗くと――大陸一面に広がる、見渡す限りの麦畑が見えた。
伸びる稲穂は遠くにある筈なのに。
なぜだろうか、その先端が私の猫鼻を揺すっていた。
私にとっても今回の件は良い薬になった――。
魔王様が何よりも大事だ。
それは一生変わらない。
けれど――たまには冷静に振り返って、周りを見ることも重要なのだと。
それが、よく分かった。
私はもう一度、風に揺れる麦畑を見た。
あの日。
私の心と耳を揺さぶった潮騒の音が、私のモフ毛を掠めて通り過ぎる。
狂った女の見せた最後の笑顔と安らぎを……おそらく、私はずっと覚えているだろう。
記憶容量の少ない猫の頭の中に、残しておこうとそう思っていた。
まあ、猫の記憶制御というのは案外むつかしく。
うっかり夕食のカラアゲで上書きされてしまう可能性もあるけど――とりあえず、記録クリスタルにはちゃんと刻んで保存してある。
大丈夫、ぜったい……たぶん、きっと……忘れない、かなぁ?
と、思ったその時だった。
憎悪の気配を察し始めた私のヒゲが、ビビっと揺れる。
『どうしたケトスよ。ピクニックバスケットに詰め込んできたカラアゲの時間か?』
『いや、そろそろ目的地につくってだけなんだけど……そんな涎をじゅるじゅるに垂らした顔で、こっちを見ないでくれるかな?』
つい、ジト目になってしまう。
『すまんすまん! 朝からずっと楽しみにしていてな!』
『分かったから。涎をそんなに垂らさないでよ! あー、ほら! 君の垂らした唾液で、また神獣花が咲いちゃってるじゃん!』
叫ぶ私の声の先にあるのは、麦畑だった筈の場所に咲く一面の神獣花。
『人間たちの間で高く売買されておるのだろ? なにかもんだいでもあるのか?』
『いや、麦畑に……あんな蓮みたいな花は似合わないっていうか、雰囲気台無しというか……』
まあ、言われてみれば人間にとっては麦なんかよりそっちの方が良いのか。
しかし。
なにも私がちょっとセンチメンタルな気分で眺めていた麦畑にだ。
わざわざ邪魔するように、ドデン! 我を見よ! とばかりに神獣花を生やさなくてもいいのに。
『ま、いいや。それよりも、そろそろつくんだ。浄化の儀式を何度も使うから、君も手伝っておくれよ。カラアゲはその後でね』
『休暇中の我に頼るとは仕方ない奴だのう、まあいい。我がお前の仕事を手伝ってやる! 友だからな! ほれ、行くぞ! さあ行くぞ! しっかりと掴まっているのだぞ!』
やはり嬉しそうに彼は言う。
なんだかんだで、私と一緒に行動するのが好きらしい。
こういう遠慮の要らない友って言うのも、まあ……悪くはない。
手伝ってもらった分、後で何かお返しを……。
……。
ん?
いやいやいやいやいや。
よく考えたらさ。
そもそもこれ。
君たちの勢力の尻拭いなんだからね――と、そう思ったのだが。
私はぐぐっと猫口にチャックして、その言葉を飲み込んだ。
せっかく機嫌を取り戻した彼の気を煩わせるのも悪いしね。
だから私は――ワンコに気付かれないよう、小さく猫の息を吐くのであった。
こいつ。
昔っからそうなのだが。
本当に最終的には全部自分の目的を達成させてしまうから、恐ろしい。
そういう、因果律を改変させる固有スキルでも持ってるんじゃないかな?
許可を得て、ちょっと鑑定してみたことがあったのだが……無駄だったのだ。
このワンコ。
私と一緒でなんだかんだで、ずっと修行と鍛錬を積んでいるせいか。アホみたいな量のスキルと技能を持っているんだよね。
だから、鑑定しても、膨大な量の情報が表示されちゃってさ。
その中から目当てのスキルを探すの、かなり面倒なんだよね……。
今度いつか出会った鑑定娘に頼んでみるかな、あの娘、鑑定能力だけならたぶん私以上の力を持っていたし。
ともあれ、なんとなく。
運命を改変させる彼の性質は、まるで大いなる光のようだと、ある意味で感心してしまう。
本当に、ホワイトハウルが次の主神になるのかもね。
ま、それはそれで世界は大変なことになるだろう。
なにしろ、こいつ。
この駄犬顔で、実は容赦ないからね。
ダメダメな大いなる光ではなく、彼が統率するようになったら。
うん、神の軍隊――なんか、すっごいヤバイ集団になると思う。
聖女騎士カトレイヤくんみたいな新生も育ってくるだろうしね。
そういや、彼女はいまどうしているんだろ。
出世したとは聞いているのだが。
今度、なにかご馳走して貰うために押しかけようかな。
ともあれ、世代交代はまだ早い。
大いなる光は健在。
これから回復していくだろうし、そういう話はまだまだ先になるのかな。
だから今は、こうして。
私と散歩をしていたって、いいじゃないか!
魔狼と駆ける空の道。
久々に友と歩む道。
黒き毛並みと白き毛並み。
二つの大いなる獣の背を、太陽の輝きがいつまでも照らし続けていた。
第八章エピローグ
大魔帝ケトス・神獣ホワイトハウル編 ~終~




