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悪夢の終わり ~救済と罰~その4



 目の前で行われるのは、魔性の香水に精神を囚われた女、女神の末裔ダイアナの一人芝居。

 もっとも愛した存在――勇者。

 その幻影に縋りつく、哀れな女性の孤独な微笑と絶叫が迷宮内に反響し続けていた。


 一頻り、呪いの効果を確認した私はちょっと後退り。

 耳と尾をボワァァァァっと膨らませて警戒気味。

 ドン引きしているのである。

 呪縛構成を読み解いて――うわあぁ……と息を吐いた。


 おそらく、こうして彼女は悪夢を見続ける。

 一生、呪われ続けるのだ。

 勇者と再会し、失ってしまった日常を過ごし――そして、夜になるとまた勇者は死ぬ。


 繰り返される啜り泣きと絶叫。

 そして平穏な笑いを前にしながら、私は香水の瓶を眺める。

 もはや粛清対象のダイアナくんだったからいいけど。

 こんなん。

 危なくて普通の相手じゃ使えないね。


 女は霧が望むままに動き、微笑む。

 幻影の勇者を使って、彼女の行動を操作しているのだろう。

 そして再び悪夢がやってくる。

 魔性の霧は悪意に満ちた表情で、糸を引いて嗤う。


「待って! 勇者様を連れていかないで、わたくし、なんだってするわ。だから、もうやめて。これ以上、あの悪夢を見せないで……! おねがいよ、お願いだから……もう、ゆうしゃさまのいない世界なんて……たえられない」


 縋りついて、顔面を蒼白とさせた女は霧に縋る。

 すると霧は糸を再び引いて。


「ああ、勇者様……お帰りなさい。いえ、おはようございます勇者様。ふふ、ごめんなさい、わたくし、すこし怖い夢を見てしまって……、そう、あなたのいなくなってしまった全てが下らない世界に、取り残されて……いえ、いーえ。ちがうのです、それは全部夢、わたくしの恐怖が生み出した……こわい夢。悪夢はもう……おわったのですから」


 こうして、霧はもはや女の行動を制御できるようになったのだろう。

 効き過ぎちゃって、こりゃもう、生きたまま操られるゾンビのような……。

 なんというか。

 ちょっと……。

 強力過ぎるんじゃないかな、これ。


『んーむ……な、なるほどね。魅了と悪夢の繰り返しで精神を壊し、情報を引き出す弱みを作る……か。なかなかどうして、極悪な香水だね。これは』


 よくみると。

 結構……エグくくない?

 尊厳とか魂の在り方とか、そういうの穢しまくってるよね。

 まあ、彼女がしてきたことは他人の命と尊厳を踏みにじる、許されない行為ばかりだったのだから自業自得なのだが。

 どーなんだろ、これ……。


 私は改めてフォックスエイルの香水をちらり。

 これを再使用すれば、また別の霧が意思持つ魔道具となって具現化されるのだろう。

 鑑定結果によるとあと数回使えるみたいだし。

 今回はダイアナくんを呪う魂が世界に存在したからこの手段となったが、この魔道具、相手の状況によって手段を変えるような術式が組み込まれているようである。


 私もたまに魔道具や武具を作ったりするが――そういう暇つぶしや趣味で作るレベルとは段階が違う、これはプロの仕事である。

 さすが、伊達で死の商人なんてやってなかったんだね、あの狐。


 名前は……やっぱり新たにこの世界に誕生したばかりの魔道具だから、ネームレスなのね。


 自立型の魔道具みたいだし。

 なんか、八重の魔法陣を使えちゃうほどの魔道具ってヤバイ気がするんだけど……。

 うっかりどっかに忘れてきて、何かをきっかけに増殖しちゃったら――新種の伝説級極悪魔物として、世界を混沌に陥れるくらいのレベルになる気がするんだけど……。

 確かにあの魔狐。

 珍しくマジな貌をして――死よりも辛い仕打ちになるから、あくまでも最終手段として使ってね的な事を言っていたけれど。


 は! そういえば説明書貰ってたんだっけ。

 私、ヘルプとかそういうの見る前にとりあえず肉球でペチペチしちゃうタイプだからなあ……。


『えーと、どこにしまったかなあ。あー、ホワイトハウルがヤキトリのパックを勝手に引っ張り出したからゴチャゴチャになっちゃってるのか……えーと、たぶんこの辺りに……お、これだ。これだ!』


 リュックから取扱説明書を取り出して……、その共同名義を見つけてジト目になる。

 達筆な文字でファリアル。

 と、そう記されている。


 なーるほど。

 全部、理解した。

 あの男が今回の件に絡んでいたのか。

 ……。

 あー、これ。


 駄目な奴だ。

 使っちゃいけないやつだコレ。

 うん、絶対。

 禁呪みたいに指定されて封印される魔道具になるやつだコレ。


 極悪な香水の正体が判明して。

 私こと大魔帝ケトスはちょっと呆れて頬をポリポリポリ。


 錬金術師のファリアル君も協力して、今回のために新しく作ったのだろう。

 私ですらもドン引きする、爽やか無自覚な外道錬金術師が――協力者。

 実はけっこう最強クラスなフォックスエイルと、発想や外道っぷりなら私ですら驚愕するファリアルくんの……共同制作……ねえ。


 腕を組んだ私は瞳を閉じて、肉球に汗を滴らせる。


 おそらく。

 ちょっと常識からずれたあの二人。

 全力で頑張っちゃったんだろうな。

 互いの技術と叡智を活かして、初めての共同作業しちゃったんだろうな。

 件の事件で恩を作った私のために役に立とうと、そりゃもう、ありとあらゆる手段を用いて作っちゃったんだろうな……。

 やり過ぎだって、これ。


 危険道具だとわかったので、説明書にちゃんと目を通す私。

 偉いね?


『えーと、なになに……』


 フォックスエイルが全力で幻影攻撃――すなわち精神支配を発動させる時と同じ効果を再現したらしい。

 八重の魔法陣を扱う?

 色欲の魔性の幻影攻撃と同等の力を発揮する魔道具?

 あいつら、何考えてるんだか。


 製作場所はメイドイン魔王城。

 えーと、材料は……猫魔獣と鶏魔獣の唾液……か。

 随分と変な素材を使っているようである。

 とりあえず、これは販売できないからって釘を刺しておかないと危ないな。

 まあ。

 そんな危険な魔道具を、説明書も見ないで使っちゃったけど。


 目線を逸らした私は、モフモフな尻尾をちょっとだけ振って、考える。

 しぺしぺしぺ。

 お手々を舐めて、顔をふきふき。


 貌を洗って心も体もスッキリ爽やか!


 ニャハ!

 まあいいや、どうせ殺すんだし。

 綺麗ごとを言っていても仕方がない。

 やっちゃったもんはしょうがないよね!

 そもそもだ。


 私、ネコだし。


 かわいいネコちゃんのうっかりを本気で責める心の狭い者など、いないだろう。居たとしても私の肉球プニプニで魅了してやればいいし。

 うん。

 一瞬、残酷な魔猫としての顔がギラりと迷宮を照らしてしまったが。

 気にしない。

 我が猫ちゃんクッションを瓦礫に埋めた罪や重し!


 ビシっといつもの決めポーズ!

 ふぅ……見ているのが、香水と悪霊に侵されたダイアナくん一人っていうのがちょっぴり悲しい。

 いや、もう一人だけこちらを見ているか。

 この迷宮の主、大いなる光が――こちらを観察している筈。


 さて、魅了も完璧だし。

 聞きたい情報を引き出すか。

 説明書もちゃんと読んだしね。


 だんだんと現実を失って笑い続ける彼女を見つめ、私は肉球をぎゅぎゅっと握る。

 魔性の霧の人体カラクリ操作を学習して――と。

 こんなもんかな。

 魂につないだままになっていた糸を引き、情報を引き出すように魂を揺さぶる。


『あー、あー! テステス! ただいま魂操作の練習中。私の事が誰だか、分かるかな?』

「大魔帝、ケトス……殺戮の魔猫……。勇者様のかたき……」


 お、ちゃんと操作できてるな。

 さて。

 じゃあ本番だ。


『君は勇者再臨を目論んでいたようだが、具体的にはどうするつもりだったんだい?』


 びくりと、糸の揺らぎに魂を操作された女は答えた。


「どう、って。力ある人間を生贄に捧げて――再び、召喚の儀式を、するだけですわ」


 んーむ。

 勇者の関係者、やっぱり昔からかわらんなぁ……。

 目的のために、手段をまったく選ばないのって、けっこう怖いよね……。


 キュイキュイっと糸を引いて、次の質問である。


『儀式の場所はどこにあるんだい?』

「既に、それなりの数の生贄が、祭壇に捧げられておりますから……その気配を辿っていただければ、おそらくは……発見できると思いますわよ」


 呆れた息を漏らしたのはもちろん私。

 猫ちゃんの瞳を思わず細めて。

 じとぉぉぉぉお……っと、した瞳で見てしまう。

 ブレない外道っぷりだなあ……こいつ。


 この状態、同情する必要なんて、なかったね。

 むしろ、こうなって当然だったのかもね。

 と、思ったその時だった。

 ふと。

 私の脳裏に一つの推測が過っていた。

 いつか見た、人間に滅ぼされ呪いの地となったダークエルフの隠れ里事件が思い出されていたのだ。


 あの時のような状態になっているのではないかと、そんな直感があったのである。


 彼女――女神の末裔ダイアナに殺された人間達。

 彼等、無辜の魂が呪いとなり世界に留まり、彼女を呪っていた。その因果が巡り巡って憎悪の魔性としての私と呼応し、今の状態を引き寄せた――なんてことも。

 まったくあり得ない話ではない。

 因果応報。

 呪いって、結構そういう力を持つんだけど……。


 それに、仮にも勇者を再臨させるほどの大儀式なのだ。

 既にその祭壇には並々ならぬ魔力や憎悪のエネルギーが溜まっている筈。

 その憎悪がダイアナを討つために、蠢き。

 今回の事件に私を召喚しようと、因果に干渉し動いていたなんてことも――。

 ない話ではない。

 この迷宮探索自体、いろんな存在の考えが動いていたから全てが複雑に絡んでいたのかもしれない。


 今頃、祭壇のある場所で蠢き彷徨うアンデッドが王国とか作り出してたりして……ははは、なんちゃって……。


 いやいやいや、冗談でもそういうことを考えるのは止めておこう。

 ダークエルフの隠れ里も、けっこう……みため、エグかったしね。

 できればああいう再現は御免なのである。

 まあ、ただの杞憂という可能性も高いが。

 どっちにしても、やっぱり後で犠牲者たちのお祓いに行ってこよう。

 このまま呪い続けて世界に留まるなんて、可哀そうだし。


 まあいいや、気を取り直して。

 ホワイトハウルもいない、神の眷属も眠っている今のうちに――。


 私は大魔帝として。

 魔王軍最高幹部としての顔で、女の貌を覗き始めた。


 我が友、白銀の魔狼ホワイトハウルもそろそろ役目を終えて帰還し始めるころだろう。

 その前に――。

 私は独自に情報を引き出しておきたい。


 魔狼に内緒にする理由は簡単。

 それが勇者に関わる事だからだ。

 勇者の秘密ともなれば、魔王様に関わることになるかもしれない。

 それを――神の眷属達に知られたくはない。

 どんな些細な情報でも、それが魔王様の不利益になるというのなら――大魔帝として、私はそれを刈り取ろう。

 だから。

 ごめんね、ホワイトハウル――私は君に内緒で少し悪さをする。


 全部の事を遠慮して、配慮して。

 大事なことを見逃してしまうのは、対等な友人関係じゃないだろうからね。

 だから私は君のいない今。

 勇者の秘密を聞き出そう。


 けれど。

 その前に。

 私には一つ、どうしてもやらないといけないことがあった。


 猫の魔眼が、ツゥゥゥっと細く締まっていく。


 ここにいるのは、私一人ではないのだから。


『さて――と』


 ゴゥゥゥォォォ!

 制御していた魔力抑制の一部を解除。

 大魔帝セット一式をきちんと装備し直し――私は戦闘モードに意識を切り替える。


 フツフツと込み上げる静かな怒りを抑えて――魔族としての顔を浮かべ始めたのだ。

 空気が変わる。

 世界の魔力も私の心境に釣られたのだろう、ゴゴゴゴと鈍い音を立てて軋んだ。

 いわゆる、本気。

 マジになる時間が訪れたのだ。


 ずっと、気になっていたのだ。

 迷宮に入る前から感じていた気配。

 そして――。

 私が気付いていることに気が付いても尚、いまだにこちらを見続けている不遜な光。


 コホンと咳払いをして気持ちを切り替える。

 貌も――ギシィィィィと切り替えた。

 暗澹たる声が、牙を滾らせる私の猫口から吐き出されていた。


『そこで見ているのだろう、神よ』


 幻影の草原の中。

 紅き憎悪の眼光が、ぎらりぎらりと昏く輝く。

 空を見上げ、私は警告した。


『ここには他に誰もいない、少し話がしたいんだ。言いたいことが山ほどあるからね。悪いけれど、こそこそと隠れていないで出てきてくれないかな?』


 反応はない。


『へえ、そうかい。この私を利用しておいて挨拶もなしなのか。随分と、この世界の柱は礼儀知らずなんだろうね』


 魔力を込めた猫の吐息。

 挑発魔術である。

 しかしやはり無反応。レジストされたか。


『気に入らないね』


 神は全てを見ていない。

 全てを救うつもりなどないのだから。

 私も全てを救う必要も義務もないのだとそう思っている。

 けれど、だ。

 光は今、この場を見ているのだ。

 私を試すように――利用し、上から、覗いている。


 それはやはり気に入らない。

 ああ、気に入らないのだ。

 あの日、私が伸ばした猫の腕を掴まず輝き続けていたあの光が――。

 目障りだった。


『ならいいや、じゃあ消えておくれよ。君の光、ちょっと鬱陶しいんだ』


 だから私は爪を研ぎ。

 あの日、汚泥の中。

 憎悪で睨んだあの光。

 この世界の主神、大いなる光に喧嘩を売ったのだ。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白くて一気読みしてしまいました。 ケトスの自由な猫っぽさとか、ご主人愛のブレなさとか、仲間達の可愛さとか全部好き。 [気になる点] 最新話付近のシリアスが少しが長いかも…なんとなくですが…
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