第三領域と聖女達 ~猫の与えし試練~その1
あの後、私達はすぐに移動を開始し第三領域に進んでいた。
第二領域はワンコの必殺技でぜーんぶすっ飛ばしたからね。
このまま前進あるのみ!
なんか。
既に不具合が起こっているのか、壁とか柱とかが崩れて闇に埋もれているが――気にしない。
絶対、ニャンコとワンコのせいでダンジョン構造にバグが発生しているんだろうけど、気にしない!
いやあ魔力でダンジョン構造を作りだす場合って、裏技を使われた場合の対処も必要なのだが。
ここのダンジョン領域のボスさん。
そういうの、サボってやらなかったんだろうね。
というわけで。
第三領域もワンコの魔哮でドーンと進撃中!
本来なら、何の憂いもなく進軍できるのだが――。
ちと、私は困った事態に襲われていた。
この第三領域に全滅した先行組の魂があるようなのだが――私はインテリジェンスな眼鏡の下、ぶにゃーんな瞳をジト目に歪めてしまう。
まあ憂う私も美しいわけだが。
先ほどから、戦乙女風美女、槍戦士ダイアナがずっとこちらを見ているのである。
極大奇跡を披露した私は神の眷属達からそれなりに――というか必要以上の尊敬のまなざしを受けていたのであるが。
麗しい私を眺める他の眷属達。
心を入れ替えて私を崇める聖者たちの視線とは別。
独善傾向にあるダイアナが投げつけてくる視線は、明らかに系統が違うのだ。
五百年以上昔の話で申し訳ないが。
ニッコニコな貌のおばちゃん二人組の宗教勧誘コンビ。なんか、ああいう感じの、うわぁ……と思わず扉を閉めてしまいたくなる狂信者の眼光なのである。
ホワイトハウルも言ってたけど。
これ、たぶん。改宗しろとか神族に転生しろとか。
そういう面倒な流れになるパターンだよね。
まあ、私があまりにも偉大なのがいけないのだが、私は魔王軍最高幹部。
魔王様のみを崇める魔猫。
大いなる光などという、ネコさえも助けられなかった神を信仰する暇はないのである。
ま、助ける暇ぐらいはあるけれどね。
ともあれ。
ホワイトハウルに助けて貰おうかとも思ったのだが、
『ぐわっははははは! 行くぞ、行くぞ! 我は駆けて、風となる! わっほーい!』
聖者ケトスの書による新たなバフを受けた彼は、更に全力全開でダンジョントラップをぜーんぶ無視する必殺の咆哮で進軍。
わっほーわっほーと大暴れ。
そのおかげで第三領域の仕掛けは全部解除されているし、なにもかもぶっ壊して進んでいるので、進軍速度も速いのだが――。
これを止めてしまうとトラップが発動してしまうので、彼に頼るわけにもいかないのだ。
どうでもいいけど。
これ。
本当にいいのかな……。
本来なら魔帝クラスの敵が召喚されるはずだったであろう罠は、魔法陣ごと吹き飛んで効果はキャンセル。
謎解きが必要だったと思われる魔術文字が刻まれた重厚な扉は、ホワイトハウルの口から轟いた魔哮によって巨大な穴が空き、素通り状態。
私が思い描いていた神話級ダンジョン攻略と全然違うんですけど。
私、未知の魔獣とかと戦ったりする気まんまんだったんですけど。
正直。
これじゃあ迷宮探索とは言えないよね。
ま、ダンジョン探索の楽しさはウチに帰ってきたワンコと新しい迷宮でも探して潜ればいいかな?
そんなわけで、こんなダンジョンはとっとと攻略しちゃいますか。
◇
遭難者の魂の位置に近づいたこともあり、我らはダンジョン内に結界キャンプを設営した。
足手纏いがいると逆に時間がかかるからとホワイトハウル単独で先行。
遭難者の魂を回収し、ここに連れ帰る手筈となったのだが。
彼を遠くに配置し、私と部下だけが残る構図となった。
それがいけなかった。
……。
あー、あの美女戦乙女ダイアナとかいう人。まーだこっち見てるよ。
うざい。
ちょー、うざい。
こうやって、じっと見られるの。
猫ちゃん的にはかなりうざい。
イライライライライラ。
いっそ、滅ぼし……。
……。
いやいやいや、やばいやばい。
おちつけぇ、私、おちつけぇ。
さすがに友人の部下を抹消するのはまずい。
私はコソコソと存在を薄めて――闇に近い場所を探す……。
こんな所に闇に近い存在なんて――。
あー、あったよ。
一つだけ、あったわ、うん。
……。
第一領域で私におもいっきし喧嘩を売ってきた聖女騎士の所に忍び寄る。
安全なキャンプ内という事で武装を解除し――甲冑兜を外しているが、この気配は間違いなく彼女だろう。
はぁ……落ち着くなあ。
そんな私に気が付いたのだろう。
遭難者救護用の回復アイテムを片手に、取り巻き二人を連れて歩く聖女騎士は私を見て、うげっと眉を顰める。
グギギと歪んでいた顔をすぐに整え、聖女っぽい作り笑顔を軋ませて彼女は言った。
「あら、あなたは――どうしてこんな所にいらっしゃるのですか? あなた、あの戦乙女ダイアナ嬢に守られるのではなくって?」
『んー……いや、正直……あの娘、苦手なんだよね……』
ダイアナくんの無駄に清い視線を向けられている私は、聖女騎士の裏へと更に身をサササ。
威嚇モードになりつつある尻尾の毛が、路上で悠々と育った猫じゃらしのようにブファンブファンに膨らんでしまう。
猫モードだったら、見てんじゃないわい! キシャーアアァァァーア! と威嚇して、猫パンチで攻撃していただろう。
でも、ぐっと我慢。
しんそこゲンナリしている私を察したのだろう。
聖女騎士もまた同情的な目線をこちらに送ってくる。
「分かるわ。神の信徒、仲間の悪口を言うつもりはないけれど――疲れるでしょう、あれ」
『うん、すっごい疲れる』
「悪い子じゃないのよ、悪い子じゃ……でも、ねえ?」
肩を落として、彼女もげんなりと呟いていた。
『そうなんだよねえ。悪意がない分だけ余計に害悪というか、すっごい苦手というか、そういうの……ちょっと対処に困っちゃうんだよ』
「あらあなた、魔族で獣人なのに話がわかるじゃない!」
正直に漏らす私のため息を眺め――。
聖女騎士は少しだけ顔を崩した。
瘴気に侵されていた状況から解放されたせいか、それとも時間が経ち自らの行動を恥じたのか。
彼女はこちらを振り向いて、そっと頭を下げた。
「さきほどはごめんなさい。何故か分からないけれど――あそこにいた時、どうしてもあなたを追い返さなくてはいけないって直感が巡ってしまって。かなり、酷い事を言ったわね」
コホン……。
と、わざとらしい咳ばらいをした彼女は、耳まで羞恥の赤で染め。
目線を逸らしながら言う。
「わたしの名はカトレイヤ。主に召し上げられた聖女騎士よ。覚えておいて頂戴」
全身が茹でたタコのように赤くなっているのは、私の魅了に掛かっているわけではない。
おそらく、他人との距離感がうまくとれないタイプなようで。
ようするに、コミュ障……といってしまっては可哀そうか、照れているのである。
罠にかかっていない状態の彼女は、それなりにマシな存在のようである。
『白銀様が説明していただろう、君たちは悪心を増長させる罠にかかっていたのさ』
「あら、フォローをするなんてなかなか気が利くじゃない! まあそうね! わたしは神の僕、あなたよりも上位の素晴らしい聖女であるのだけれど。一応、謝っておくわ!」
ビシっと偉そうにふんぞり返って彼女は言う。
上位思想とか、選民思想とか。
そういうのはやっぱり素のようである。
まあある程度のこういう意識も必要なのかもしれない。
まったく穢れのない存在っていうのも、つまらないもんね。
私も先ほどの嫌味や嫌がらせモードを捨てて、ふっと微笑して見せた。
『まあ仕方ないさ。私を追い出そうとする君の意志は間違っていない。だって自分で言うのもなんだけど、私、けっこう怪しいからね!』
対抗するように踏ん反り返っていってやった!
あ、インテリキャラを忘れてたけど、まあいいや。
「自分で言ってどうするのよ……? ま、もう謝ったんだから、あなたも許してちょうだいね。聖女騎士たるこのわたし、救国の聖少女カトレイヤが謝ったんですからね!」
『ああ、もう何とも思ってないよ』
「そう! 当然よね! だって、この聖女騎士カトレイヤが何度も頭を下げたのですもの!」
いや、頭はあんまり下げてないだろ。最初の一回だけで、あとは踏ん反り返ってただけだろ。
『……? うん、だからもう気にしてないよ?』
「あれ? おかしいわね……あまり驚かないのね。わたし、あの聖少女カトレイヤその人なのよ? ご本人なのよ? あのカトレイヤと対面できるだなんて、常人には勿体ないほどの、衝撃の事実なのよ?」
と言われても。知らん。
『そんなこと言われても、知らないよ?』
「ホレブ山での聖戦の英雄、聖女カトレイヤを知らないって言うの!?」
『うん、知らない』
しばし沈黙が走る。
私とカトレイヤくんとの会話を聞いていた後ろの取り巻き二人が、顔を見合わせて気まずそうにしているが。
知らないもんは知らないんだから仕方ないじゃないか。
『だってそれ人間の間で有名なだけなんだろう? 私、魔族だよ?』
「そ、それもそうね……なによ、衝撃の正体を明かして威張り散らしてやろうと思っていたのに」
いるんだよねえ、ちょっと自分が有名だと正体を隠して接近し、後でドヤろうとする目立ちたがり屋って。
神の眷属うんぬんを抜いて考えると、まあこういう自分に素直な女性は嫌いではない。
私は彼女をフォローすることにした。
宗教勧誘よろしくな槍戦士ダイアナ。あの狂信者独特の濃い視線から逃れる、闇の傘となってくれたお礼である。
『まあ気にしていないってのは本当だよ。実際、あれは罠だったんだ。私にきつく当たっていたのは、たぶん魔を追い払う神託か予言でも下っていたんじゃないかな。私は魔族だからね聖に属する者なら生理的な拒否反応があるのだろう』
「そうなのだけれど、変なのよね」
私のフォローに納得できないのか。
カトレイヤは顎に手を当て呟いていた。
『変って何がだい?』
「あの時のわたしは確かに、あなたを危険と感じていた。弱者だから守ってあげなくてはならないけれど、守り切れる自信はなかった――だから、帰って欲しかったのは本当よ。けれど、あなたは邪悪でもなければ弱者でもなかった――あれほどの奇跡を行使するあなたは恐らく本当に聖なる存在に属する者。我らが大英雄白銀様のように、魔族であっても神に認められているという事よ? なのに、どうして……? どうして私はあんな行動を……あんなご神託を受けたのかしら」
支離滅裂気味な自問自答であったが。
要約すると、どうしても私を追い出さなくてはならない。
そんな直感があったということか。
『へえ、未来予知の一種なのかな。君は優秀なのかもしれないね』
「何の話?」
闇の微笑を浮かべて、私は糸目メガネ黒幕みたいな顔をして見せる。
これには深い意味が!
ないんだよねえ、これが。
『私はね、実は今ちょっと危険な事を考えているんだよ』
そう。
深い意味なんてまったくない。
私はいっそ魔狼の棲み処を崩壊させて、ワンコを連れ帰ろうと思っているだけだ。
それは即ち、大いなる光という神の消滅を意味する。
少なくとも、神としての大いなる光は滅ぶのだ。
もし何か間違いが起こり、私が主神になったとしても――私はおそらく、既に腐りかけている彼女たちを使いはしないだろう。
もしこの聖女がそれを予言していたとしたら。
どんな手段を使ってでも、私を追い出すべきなのだ。
少なくとも今代の神の眷属達にとって私は、終末を告げる破壊猫なのだから。
私は神の眷属達を見渡した。
皆が皆、昔は位に恥じぬ聖者だったのだろう。
だが、今はどうなのだろうか。
これは――あの日、我を救わなかった光に対する復讐なのじゃ!
猫の牙が、爪が、尻尾がウズウズとしてしまう。
あの光を落とす。
我を救わなかった光を汚泥に叩き落とす。
その誘惑がないわけではないのだ。
闇が、徐々に広がっていく。
聖女騎士は神の使いとして何かを予知したのだろう。
身体が僅かに震えだしていた。
私という大きな闇に包まれてもなお気丈さを残す彼女は、ゆったりと、しかし大きく口を開いた。
「待ちなさい! あなた、なにを企んでいるの!」
その声には聖者としての神聖な力が含まれていた。
他者を支配し、行動を制限する神聖スキルである。
まあ、私には効かないんだけどね。
『おや、本当に勘が鋭いんだね。それは神託を超える予言だ、君はいい聖者になるよ』
「ふざけないで! 今のあなたからは邪気を感じるわ。まるで気まぐれで世界を滅ぼしてしまうほどに恐ろしい、邪気を――」
『なにを企んでいるか、か。さあ、それは私にも分からないんだ。気まぐれが性分だからね』
両手を広げて肩を竦めて見せてやる。
おー! なんかそれっぽいぞ! ラスボスっぽさポイント高めだぞ!
瞬時に――聖女は跳んでいた。
距離を離し、警戒するように魔力を溜め始めている。
それは聖者のモノとは異なる魔力。
『ふーん、その異質な魔力。君も何か訳ありなのかな?』
「な……っ、鑑定能力! 魔道具を用いないで!? 我が魔力を看破したですって!?」
眼鏡の下で猫目を紅く光らせ、それっぽく宣言してやる。
『私に見えないものはないんだよ』
そう! 我の目にかかれば、その鎧の下に分厚く盛られた、多重胸パットすらもお見通しなのである!
……。
え、この娘。こんなに盛ってこのサイズって……かなりの……ひ……。
いやいやいや、さすがにこれを指摘するのは魔王様の愛猫としての品位を落とすか。
そんな大魔帝の配慮を知らずに――。
聖女騎士カトレイヤは眉をシリアスに軋ませ、こちらに問う。
「あなた――、何者?」
彼女の問いかけに、私は口の端をつり上げた。




