がるがるワンコと聖職者ケトス ~極悪大魔族コンビの逆襲~その1
グワァルルルルルル……ッ!
グルルルグワァァァァァアァァオオオオォォォォ!
遠吠えが、私の猫耳をふぁさりと揺らす。
ダンジョン全体も揺らしている。
迷宮に鳴り響くのは全ての者を恐怖で凍てつかせる、極悪な獣の咆哮。
魔力帯びた嘶きが物理的な破壊力をもって、全てを薙ぎ払う。
罠と敵を破壊したのだろう。
獣はこちらを振り向き、ドヤァァァア!
闇の中でギラつく牙が、魔力の灯りに照らされて浮かび上がる。
ようやく内部に入ることが出来たこのダンジョンには、よほど強力な迷宮守護者が徘徊……!
……。
しているわけじゃないんだよね。
神獣形態に戻ったホワイトハウルは本領を発揮し、罠を破壊し迷宮を進む。
『我こそが神獣。我こそが神の牙。脆弱なる迷宮に潜む者どもよ! 聞け! 我が嘶きを! 慄き退け、我が魔力は汝らを突き刺す魔哮なり! 我の道を塞ぐ者はたとえ聖者といえども敵とみなす!』
いつのまにか先頭だった筈の私を抜かし、周囲を威嚇しながら歩むのは元ウチのわんこ。
モフモフつきの神の軍服に身を包んだ神獣。
唐揚げ暴走迷惑犬ことホワイトハウル。
軍服のコスプレをした巨大シベリアンハスキーである。
なんか第一領域で罠に気が付かなかったから、気が張っている……というか、私に良い所を見せて汚名返上をしたがっているようなのである。
ワンコ、けっこうそういうところあるからなあ。
だから魔狼は尾を振り、咆哮を轟かせ先頭を進む、進む! 進む!
魔王城外郭を突破した、あの時の勢いのままに進むのだ!
カッシャカッシャと爪を鳴らし、ダンジョン構造を破壊し駆けるその後ろ。
私は彼に続いて安全になった道を獣人モードでトテトテトテ。
その後ろには、怯え震える神の眷属がぞろぞろぞろ。
『グゥゥゥゥゥガルゥゥゥ……ッ! ヴゥゥゥゥゥ!』
「お、おまち……ください……っ、ホ、ホワイトハウルさま……! も、もうすこし、ま、まりょくを……抑えて頂かないと……我らが、つい……て」
名も知らぬ神の眷属の漏らした弱音を、ギロりと睨み黙らせるのは、魔の眼光。
今の彼は孤高に生きる魔狼。
魔王様の牙として全てを喰らい尽くした魔族、大魔帝ホワイトハウルとしての魔性を取り戻していたのだ。
まあ。
実は、こんなに張り切っているのは私のせいでもあるんだけどね。
魔王軍時代のワンコは、私の支援魔術を受けるのが好きだったので、今回もたっぷりと掛けてあげたのだが。
……。
なんか、やりすぎちゃったかもしれない。
ま、いっか。
魔狼は神族全体を覆い包むような莫大な魔力の渦を発生させ、紅く高揚する瞳をただ、ギラギラと闇の中で輝かせる。
その姿は正に神獣。
己が善を貫くため魔王軍に味方した、由緒正しき血統の聖なる殺戮者。
『ついて来れぬ者は去ね! 是よりは聖戦なり! 我は進む、我は止まらぬ! 主の快気こそが我が望み! 友より受けた加護のまま、今はただ、突き進むのみ! 魔力・解放! 血塗られた魔狼哮!』
ウオオオオォォォォォォォ――――ン!
吠える魔狼。
大魔帝たる私の支援魔力を受けた魔狼の身体から放たれたのは、紅き魔力の狼達。
遠吠えが魔力を受けて実体化したのだろう。
意思を得た咆哮は迷宮を縦横無尽に突き進む。
ズガズゴドジャジャジャジャジャ! ワンワンキャンキャン! ガルッルルルグルルワワ!
あー、たぶん今ので、配置されていた聖獣っぽい強敵が消し飛んだな……。
本気を出している魔狼を見るのは初めてだったのか、神の眷属達はその圧倒的な力の前に更に身体を硬直させてしまう。
「ひ……っ!」
「こ、これが……主神に次ぐ、神獣白銀様の御力……す、すさまじい蹂躙と容赦なき心……っ」
『慄くのは構わぬ! 怯えるのも仕方あるまい、なれど歩みを止めるな! 次代への扉を開きたくば我に続け! 我は魔狼、我は神獣。心も無く、勇気もなき、力もなき者は要らぬ! せめて我に一片の勇気でも見せてみるが良い!』
ギロっと振り返ったホワイトハウルのその口にあるのは、ただ冷たき氷の棒。
まるで世界を凍らせるような白き煙が漂っている。
私の知らぬ神器か?
……いや。
……。
アイスキャンディーだよ。
決め台詞の最中なのに、くっちゃくっちゃ、しちゃってるよ。
あ、こいつ……先頭でバレないからって自分でアイスを召喚したな……。
まあ、みんな怯えてるから私以外は気付いていないが……。
ともあれ我らは進む!
迷宮のボスがただならぬ相手だと知り、魔狼は剥きだしにした牙をギチギチと鳴らしながら咆哮を轟かせ、ダンジョンを歩む。
緊張や恐怖による歯ぎしりではない。
戦意高揚によりコストを必要とせず自動発動する威嚇スキルである。
このタイプの神獣の咆哮には、格下のモノを弱体化させ戦意を奪う、自動強制退却効果があるのだが――んーむ、ちょっとやりすぎなような……。
敵が一匹も近づいてこないのである。
それどころか……。
私はちらりと振り向いて、ため息を漏らす。
全員、ガクガクに震えてるよ。
敵味方関係なくスキルが発動しちゃってるよ。
「ななな、なにをしておる……わ、わわ、われらも――はははは、白銀さまにつづくのだ……!」
「し、しかし……あ、足が竦んで」
「な……なんであの獣人だけは大丈夫なんだ……っ、神経が、ず、ずぶといのか?」
なんか失礼な事を言い出してるし。
「そ、そうであろうな……な、ななな、なにしろ鑑定結果はレベル一桁の低級獣人なのだからな。なにか、と、とと特殊な耐性でも、もっているのだろう。けして、わわ、われらが弱いのではないぞ。怯えているわけではないぞ」
「レベル一桁? そ、それは……さすがにおかしいのでは……」
「そ、それに、ですよ……隠蔽属性が追加されているので視認しにくいですが……こ、この者が、は、白銀様に掛けている支援魔術からは十重の魔法陣の波動が……」
「そ……それこそ、おかしいではないか……十重の魔法陣など……我らですら」
よくよく見ると、第一領域で私に魅了されていた連中だったのだろう。
最初は戦士として私の力量を確かめようとしていた顔が、ぽっ……と火照り始める。
言っとくけど。
今回、私はそういう魅了の魔術は使ってないからね。
「なんと……麗しい」
「ああ、この方にならば我が操を……」
「お前達! れれれ、冷静になるのだ! こ、ここここ、ここは戦場なのだぞ!」
「キャプテンだって……指先まで真っ赤にしちゃってるじゃないですかあ」
まあそれでもさすがに神の眷属。
鑑定結果と私の実際のステータスの差異に、首を傾げているご様子だ。
他の眷属達の目線も、一人だけ魔狼の咆哮に平然としている私に向かってくる。
さすがに、何人かには私が並の存在ではないと気付かれだしたかな。
正直。
この人たち、邪魔だから恐慌状態のままでもいいんだけど――たぶん、ここも第一領域みたいに罠を突破しないと次の領域に進めない気がするんだよね。
……。
罠にかかってから解除するのがこの領域突破の条件なら。
こいつらの誰かを囮にする必要も……。
ムクムクと悪心が浮かんで、猫耳がモフっと膨らんでいく。
私。
この連中になーんも良い感情ないし……。
何か最近。人間たちには、愉快で陽気なグルメ魔獣だと勘違いをされはじめているが、私は極悪魔族。本来なら血に飢えた狩人なのだ。
ワンコのためにも、大いなる光のためにも邪魔ならば。
いっそ――。
このまま、消しちゃっても……。
おっと! いかんいかん、ついつい悪心が疼いてしまう。
まあ、それはいざとなったらの話か。
なんにしても、これじゃあなかなか進まない。
恐慌状態になって身を竦めている神族を横目で見ながら、私は魔狼に声をかける。
『ねえホワイトハウル。ちょっと高揚しすぎなんじゃないかい? みんな怯えちゃってるんだけど! すっごい鈍足になっちゃってるんだけど!』
『何を言っているのだ、そなたにはぜーんぜん効いてないではないか。問題あるまい。ほれ、行くぞ、さあ行くぞ! 我はもう我慢に飽きた! じゅうぶん、耐えた! おまえに部下を任せて好き勝手に進むと決めたのだ! もっと我にバフを寄越すのだ!』
いや、そりゃ。自慢だけど私は君と同格以上だし……。
まあ、部下という事になっているから口には出せないけど。
魔に属する者すべての能力を著しく上昇させるバフをかけてやると、ワンコは猛ダッシュ!
『おー! これだこれだ! 我の神速が更に超神速になってワッホーンなのである!』
リードを無視して飼い主を引き摺って走るバカワンコのごとく、魔狼は目をバッテンにしてわっほーわっほーとはしゃぎ回る。
よっぽど我慢してたんだね……。
そのままダンジョンの奥に一人で先行し――って。
行き過ぎだよ!
『待ってよホワイトハウル! 単独行動をお願いしたけれど、さすがに先行し過ぎだって! たぶん、その辺にこの領域の最大の罠が――!』
『案ずるな! 我は魔狼、そうそう罠になど掛かったりはせん!』
ドヤって振り返るその肉球には、あからさまなスイッチが一つ。
カチリ。
ぶわぁぁぁぁぁぁ!
あ……ワンコ、罠に気付かないでそのまま踏んじゃったよ。
宣言して一瞬だよ。
これ、絶対第一領域にあった心の罠と似たタイプの罠だよ。
ワンコは瘴気をもろに浴びながらも首を傾げる。
罠だと気付いていないのだろう。
『ふむ、なんか瘴気のシャワーが我を撫でているが――そなたが我に悪戯をしておるのか? しょーがないのう、おまえは相変わらず悪戯好きで』
『いやいやいや、それ、ここのメイン罠なんだけど――えぇ、ちょっとなんで踏んじゃうかな……』
『ふーむ、なるほど。なるほど――……』
スイッチから足を離して――瘴気が止まるのを確認すると、もう一回押して瘴気のシャワーを出す。
……。
それがなんとなく楽しいのだろう。
ベチベチベチと連打しはじめた。
ワンコは湧き上がる瘴気を眺めて、ウズウズと尾を高速回転。
ベチベチベチベチベチ!
『ぎゃぁぁぁぁ! ちょ……! 君だから大丈夫だけれど、こっちの神族達、なんかめっちゃバステに掛かってるんですけど! 何度も踏むなぁぁぁぁああ!』
本来なら、たぶん何か精神を蝕むなんかしょーもない、さっきの罠と似た仕掛けのはず。
なのだが。
ワンコは瘴気を一纏めに渦で包んで、片足に受け止め……踏んづけた。
じぃぃぃぃっと罠をちらり。
『そなたの遊びでないのなら、遠慮することもないな』
魔力を放出し、神獣としての顔を尖らせ――ドヤァァァアア!
ドヤるワンコの眼から赤い閃光が放たれ始める。
『裁定する。我の邪魔をするのならばぜーんぶ、有罪なのである! 魔力――解放! 冥府魔狼の契約書! がるるぅぅぅぅ、がるぐるぐわぅぅわはははは! 全てが我の法則に従うのだ!』
魔狼の瞳から浮かび上がった魔法陣が、迷宮の法則を支配していく。
相手に仕掛けられ場合のみに発動する、いわゆるカウンターマジックである。
うっわ……ダンジョン法則を自分の中の法則で上書きして無効化してやがる。
むちゃくちゃだな。
単独行動をする時の魔狼は、周囲の仲間を気にせずに力を発揮できる。
彼の仲間である神の眷属は私が守っているので、遠慮せずに暴れているのだろうが――これ、やりすぎなんじゃ……。
『それよりもだ。先行して全滅した仲間の魂を回収せねばな。この周囲は我の魔力で支配した、おそらくそなたの探査魔術も発動できるだろう。頼めるか?』
『できるけれど――』
私は後ろで怯えていた神の下僕達をちらり。
色んなバステを喰らって更に、すんごい事になっている。顔色が緑になっているけど……いいのかな、これ。
ワンコの顔に近寄り、こっそり耳に声をかける。
『さすがに魔術を堂々と使ったらバレちゃわないかな』
『どーせこんな状態だ。気付きはしないだろう。それに――もう、我は吹っ切れた! もういいのだ! もう――構わんのだ! 我は救助犬となるのだ!』
わっほー! わっほー!
ピョコンと立った魔狼の耳は散歩を喜ぶワンコの証。
跳ねまわってファサファサと動く尾が、戦いを求めて揺れている。
ダンジョン構造自体は神々の神殿を彷彿とさせる、神秘的な空間なのだが――。
正直、迷宮内部よりもこっちの方が気になる。
揺れている尻尾にジャれたら……まあ怒られるよね。
でも、元気になってくれたみたいで良かった。
『分かったよ。可能な限りマッピングしてみるからちょっと待っておくれ』
言って、私はバッと手を翳し。
ピカァァァァ!
魔力を解放させる。
輝く眼鏡、足元から徐々に浸食していく複雑怪奇な魔法陣がとってもイイ感じ!
手のひらの上に生まれいでた魔導書を超格好よくバササササ!
そう!
獣人モードだと、こういうなんかイイ感じの魔術師スタイルができるのである!
いやあ。
魔導書を使うタイプの人間を見る度に、羨ましくて、ウズウズしてたんだよね~!
実はもう、出来る範囲まではマッピング終わってるから。
これは、ただの演出なのだが。
それは内緒なのだ。
にゃっふっふ、ここからは私のドヤターンなのである!




