第一領域突破 ~ワンコのみた光~
魔狼は言葉を選ぶように慎重に口を開いていた。
選択を間違えれば、私が容赦なく糸を引くと知っているのだ。
それでも尚、彼は私に腕を伸ばす。
『どうだ――ケトスよ。我と共に行かぬか?』
『それって、私に新しい主神になれっていうことかい?』
『そういうことになるだろうな』
魔狼は迷わずに断言した。
私は彼の真意が分からず眉を顰める。
『君ねえ……それ、大いなる光が聞いたら気分悪いんじゃないかな』
『主自身が口にしているのだ。もはや――我が神代も長くないだろうとな。次の柱を探しているのも事実。次なる神に我は、そなたを推薦したい。共に、この地をカラアゲで満たし、フライドポテトを布教し……ブロッコリーを聖樹として育てさせるのだ。ブロッコリーは塩で茹でると、口の中で溶けて……美味い。その幸福を示す道を、考えてみてはくれぬか?』
私は理解した。
神が衰え世代交代が迫っているのは確かなようだが、こいつ、まだそこまで切羽詰まってないな。
魔狼は涎をごくりと呑み込み、上を向いている。
きっと、唐揚げポテトでプロッコリーなパーティーテーブルを想像しているのだろう。
途中から、完全に己の欲望が滲み出てるし。
ジト目で腕を組んで、私は恍惚とする魔狼をジロり。
『なるほどね、それで君は最近急激なレベルアップをしていたのか。大いなる光が次の後継者と考えているのは、君なんだね』
『な、なんのことであるかな?』
ワンコ。
目が泳ぎだしてるよ……。
こいつ、もしかして自分が神になるのが嫌で、なんだかんだ理由をつけているだけなんじゃ……。
『もしかして――君、面倒な仕事を私に押し付けようとしてない?』
『そ、そんなことはないぞ! わわわ、我はあくまでも今のそなたの力と己が力量を鑑みてだな――けっして、群れのボスとなる事にビビっているわけではないのだ! か、勘違いはするんじゃないぞ!』
キャンキャンと吠えながら彼は強面を尖らせる。
『ま、確かに。主神が低級魔獣の猫魔獣に負けちゃうんじゃ、格好もつかないかもね』
『そこは――! おまえも悪いのだぞ! そなたがレベルアップをしていたように。我もレベルを上げていたのだ――なのに……おまえ、そんなにつよくなってるんだもん。我がドヤる筈だったのに、ふつーにドヤられて、我、けっこうショックだったのだ』
『ははは、ごめんねー』
ワンコも色々たいへんなんだね。
友を見守る魔猫として私は語っていた。
『とりあえず、今は大いなる光を回復させることを考えようじゃないか。面倒な事はぜーんぶ後で考えようよ』
『穏やかな貌で、我を見事に慰めるとは。ぐふふふぐはははは、魔猫よ! 今のそなたはまるで神のようであるな!』
ビシっと変なポーズをとって魔狼は私を指さす。
神とか。
そういうの願い下げなのだが……。
どうも最近は、私をそういう面倒な存在に崇め奉ろうとしている流れができていて困る。
とっとと神を回復させて。
あと千年以上は頑張って貰わないと困るな、これ。
私が主神にならないとなると次はホワイトハウルが主神。
このワンコが……主神。
……。
ながくねーな、この世界。
『さて、じゃあ次の領域に行くけれど。先にちょっと君を脅かしておこうか。少し、シリアスをしないとたぶん不味いんだよ』
『なーんの話だ?』
『君との懐かしい話も楽しいけれど、そろそろ真面目にやろうって事さ』
『どうした、珍しく勿体ぶった言いまわしをして。我、超、気になるのだが?』
ワンコが頭にハテナを浮かべて、首を傾げる。
二人の時は、人間モードでも素が出るのだろう。
それはまあ、ちょっと嬉しいかな。
『ちょっと見ててご覧。我、偉大なりし魔を生きる者――』
ダンジョンと扉に魔力を接続させ――魔導書の力を発動させながら私は瞳を閉じる。
感じるのだ。
強い、力を。
このダンジョン領域のボスとして待ち構えている存在の、神聖さを。
発動させた魔導書はダンジョン領域の全掌握。
つまり、いつもの私のオート完全マッピングなのだが――その力も、途中で何者かに妨害されてしまう。
私の力に干渉した上で、その魔術構成を打ち消したのだ。
空気が、あからさまに変わり始める。
『な――ッ、おまえの魔術を破るだと!?』
『分かってくれたかい? 本格的なダンジョン攻略に入る前ならいくらでも付き合って遊んであげるけど、正直、この奥に入ったらそんな余裕はないだろうね。――残念ながら、君たちの所の、腐りきったくだらない嫌がらせや、狂った独善に、いつまでも付き合っていられる場所ではなさそうなんだ』
『こ、これは――うむ……そう、であるな』
ホワイトハウルの瞳が揺らぐ。
完璧たる私の魔術を妨害できるほどのダンジョン。その意味を理解したのだろう。
ここは魔境などという言葉では足りないくらい恐ろしい迷宮だ。
そして、その主は――。
『このダンジョンを作ったのは世界じゃない。自動的に生成されたのではなく、人為的に作られたんだ。その相手は――おそらく大いなる光や私に並ぶほどの力を持つ存在、主神クラスの神だよ』
『おまえや……我が主と同列な存在……だと』
私の予測に――さしものホワイトハウルも動揺を隠せなかったようだ。
そう。
考えてみれば、おかしいのだ。私には状態異常やデバフに対する完全耐性がある。それを多少とはいえ、悪心操作に掛かりやすい憎悪の魔性だからとはいえ、瘴気で耐性を破ったのだ。
相手は――ただ者ではない。
いわゆるシリアスにならないといけない相手なのである。
いや、何度も言うがいつだって私はシリアスだが。
……。
もしかしたら、ちょっとだけ……いやいやいや、シリアスだ。
動揺する魔狼に構わず、悠々とした様子で私は先頭を歩く。
『さて、もう準備は十分だろう。御遊びは終わりだ。君の新しい棲み処を見せて貰ったけれど――あまりいい環境とは言えないようだからね。私の気まぐれが終わらないうちに……気が変わらないうちにこの迷宮を踏破してしまおう』
『簡単に突破というが――情けない話であるが、まだ準備も整っておらんではないか』
『大丈夫、彼らの支度はもう終わっているよ』
言われて魔狼は攻略班を振り向き、既に整っている編成を確認し。
複雑な笑みを浮かべて私に言う。
『我、ぜーんぜん聞いてないのだが?』
『そりゃまあ言わずにやっちゃったし。だって君、こういう細かい事、私以上に苦手なんだろう?』
私が思うに。
おそらく。
ホワイトハウルは単独行動の方が向いているのである。
実際、本領を発揮した彼には実績があるのだ。
つい最近。最難関の神話級ダンジョンである新生魔王城の外殻まで、初めて突破した大物なのだからね。
あの黒マナティを突破するって、並大抵以上でも普通は無理なのだ。
私はかなり認めているのだが、魔狼はちょっと自信を失っている様子である。
『はぁ……やはり、きさまは魔王軍を率いるだけの器があるのだろうな。全部きさまがやったのか。なるほど、時間を止めていたのはこのため――我にはできぬ魔術だ』
ワンコは悔しそうにちょっと唸っている。
二人してよく技術を競ったりもしたが、ま、今回は私の方が向いていたというだけの話だ。
『これでもずっと魔王様の下で修行をしていたし。古くから存在していた大魔族に様々な技術を学んだからね――それを、覚えているだけだよ。先に何度も成功例を見ている、カンニングみたいなもんさ』
そう。
それは私が人間に復讐するための力をつけるため、血と涙と食欲の涎を流して身につけた技術。
魔王様が、私を育ててくださった、かけがえのない栄光の記憶なのだ。
『我は少々、妬ましいぞケトスよ。最近、主は寝てばっかりだし、部下たちは暴走しておるし、その暴走は放置せよと主に言われちゃってるし――我しょんぼりなのだ。のう、ケトスよ。本当に、神、やらんか? そなたに付き従うのなら、まあ我もそれほど悪い気分ではないのだが?』
あー、やっぱり。
大いなる光から干渉することを止められちゃってるんだ、ワンコ。
いったい、どういう意図で腐敗と暴走を止めないのか、私にも主神の心が分からない。
きっと、ホワイトハウルは私以上に訳が分からない筈だ。
それにしても。
んーむ、どうしよう。
完全に自信喪失しちゃってるよ。
主神候補に入っているという事が結構プレッシャーなのかな?
まあ……。
その比較対象が私だしね。
自分で言うのもなんだが、私、純粋な魔力勝負だけなら間違いなくトップクラスだし。
連れ帰るにしても、その前に自信を回復させてやりたい所である。
『もし神の交代なんて話が本当に迫ってきていても、まだまだ何百年も先の話だろう? 不貞腐れてないで早く主神を回復させるためのアイテムを回収しようよ』
『だって、我……お腹空いたのである』
チラっチラっとこちらに目をやって、あーあー、ケトスが神をやってくれたらのう~と独り言をつぶやき、ちらり。
完全に、不貞腐れちゃってるよ。
『もし君や私が主神になるならいいけど、この迷宮のボスが主神になっちゃったらどうするつもりなんだい? たぶん、マジで強いと思うよ、ここの領域の敵』
『それは、まあ困るが……』
ワンコはちょっと考え込む。
『たぶんこの迷宮はあまり広くない。ここを第一領域と仮定すると後は二、三エリア程度の広さしかないと思う。だからさ。終わったら、少し休もうよ。一緒に飲んだり歌ったり、食べたり笑ったり――疲れたんなら、休んだっていいじゃないか』
『ん? ここ、そんなに狭いのか? なぜそう思うのだ? 我にはぜーんぜん分からんのだが? 早く終わらせて、唐揚げを腹いっぱい貪りたいわけではないが、我、気になるぞ?』
ていうか。
今は人間モードなのに、もう行動はすっかりワンコだよね。
これが主神になるっていうのは――やっぱりちょっと不安かも……。
大いなる光。もうちょっと頑張ってよ……。
気を取り直して、私は告げる。
『ま、ネコの勘って言うだけじゃダメだよね。さっき迷宮探査魔術を妨害されただろう?
あの時にちょっと逆探知してやったんだけど――ここの迷宮のボスは格の割に、なぜか魔力量自体はそう大したことなさそうなんだ。
といっても、私と比べればの話で強大な存在であることに違いはないけれど……ともあれ、ダンジョンを生成するには莫大の魔力が必要だからね、ここ第一領域だけでも相当に魔力を使っている筈。
ならば、ここと同等の領域を幾つ作れるかって逆算すると――……。
ねえ、ちゃんと私の話、きいてる?』
『よく分からんが、おまえがそういうのならばそうなのだろうな。うん』
腕を組んで、納得するように頷く魔狼。
あれ。
なんか案外、私って、自分で思っているよりももっと、こいつに信用されてるのかな?
ど、どうしよう。
あくまでも勘だから、外す可能性もあるんだけど……。
ま、そん時は誤魔化せばいいか。
さて、後は魔狼の元気を取り戻させてやるか。
今の不調はたぶん、プレッシャーや状況に苛立って力を発揮できないだけなんだろうし。
私は魔族としての顔で、口角を釣りあげる。
『君の部下たちに関しては私が管理を引き継ぐよ。君は君で自分の本気を出してくれないかな? 確か君、単独だったらダンジョントラップ妨害の魔術が使えるんだろう』
気付かず魔狼は目線を上に向けて考える。
『ほう。あれであるか。我、本気を出してしまってもいいのか?』
『だって、君。本当はそっちの方が得意なんだろ。友達なんだ、私を信用しなよ――。君がいつまでも弱っている姿は見たくないし……強いいつもの君を見せておくれ』
そう言ってやると、肩の荷が下りたのか。
ホワイトハウルは本当に嬉しそうに、にこりと笑った。
『我、ちょっと暴れて、いいのか?』
『ああ、いいさ。私が責任を取ってフォローしてあげるよ』
ワンコは私をじぃぃぃぃっと見て、ニヤリ!
その瞳には強い輝きが戻り始めていた。
私もこっそりと、ニヒィと魔族の微笑を浮かべていた。
◇
かくて、私達は第二領域へと進むことになったのだが。
まっすぐ進む歩みとは裏腹に、私は迷っていた。
モフ耳が、ふんわり尻尾が風に靡いて揺れている。
心も同様に、揺れていたのだ。
大いなる光や主神の交代という話はとりあえず保留としてもだ。
私は神の眷属たちの命を握る糸を眺め、息を吐く。
このまま神族の腐敗と行き過ぎた偽善を見続けていたら、魔狼の意志など関係なく本気で――動いてしまいそうだったのだ。
魔を守ろうとしてしまう私。
大魔帝としての私が、友を連れ帰ろうと本気で動き出してしまいそうなのである。
いつかフォックスエイルには否定した。
大いなる光の立ち位置になり替わるつもりはない、と。
けれど。
神落としを……考える日が近いのかもしれない。
昔から薄々と思っていたのだ。
脆弱なる猫一匹すらも救えぬ神など、不要だ――と。
私にとっての光は――。
ただ御一人……。
もし。
その時がきたら、ごめんね魔狼。
私は君の棲み処を滅ぼそう。
あのダイアナが抱いた独善と似た、行き過ぎた干渉なのだと自覚しながらも――私はこっそりと取り出したアイスキャンディ―をガジガジガジ。
先頭だから気付かれないので、おもいきっし貪りながら心で詫びる。
うまい、ちょう美味い!
魔王様なら、どうしていたのだろうか。
魔狼を連れ帰ったのだろうか。このアイスキャンディを分けていたのだろうか。
我は――……ちょっと頭を冷やすために、これが必要だから、うん、だから分けずに食べちゃうけれど――ごめんね、ワンコ。
アイス、ちょう美味しい♪
そんな思いを胸に抱きながら、私はダンジョンに足を踏み入れた。
さて、後は本気を出したワンコにちょっと暴れて貰うかな~♪
相手が先に面倒な罠をしかけてきたのだ。
こちらもそれなりの手段で対応させて貰うだけの話である。
にゃふふふ、ぐふふふ。くははははははは!
他人の作ったダンジョンを裏技で攻略して、めちゃくちゃにしてやるのも、実は、結構面白いんだよね。
ここからは我らの反撃タイムなのじゃあああ!




