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罠 ~ダンジョン領域の錯視~前編



 嫌味はいまだに続いていた。

 ホワイトハウルのジト汗が結構凄い事になっているが、神の牙としての体面もあるのだろう、私以外には気付かぬ神速でそれを拭き取っている。

 魔狼はチラリ、チラリ。

 こちらに目線を送り私がブチ切れないかどうか、目を泳がせていた。


 いや、さすがに蟻ん子にギャーギャー言われた程度じゃブチぎれんて。

 私、どんだけキレやすいと思われてるんだろ……。

 そりゃまあ、昔の私だったら危なかったが。


 ともあれ……、神速を完全に把握できる私ならともかく。

 それ以外の脆弱なる彼等から見ると、落ち着き払いながら部下の進言に耳を傾ける、神聖な存在が佇んでいるように見えているのだろうが。

 ワンコ、苦労してるんだね……。

 本当に、連れて帰っちゃおうかな。


 妙に冷めた心が私の頭を支配し始める。


 悪魔の格好をした猫ちゃんが更に頭上に増えて、ぐーるぐる。

 滲み出る魔力から悪魔ネコたちが次々と生まれていく。

 先日、暴走した私の魔力が猫の形をとって破壊の誘惑をしてきた時と同じか。

 今度はワンコを連れ帰ろうと誘惑しているのである。


 こんな神族なんて、別に要らないよね?

 飽きちゃったし。

 消しちゃおうかな。


 と。

 魔力悪魔ネコたちの誘惑に、少しだけ負けそうになってしまった。

 やっちゃって、いいかな。

 ワンコをこんな所に置いていけないし……。

 そう悪心がむくむくし始めた、その時。


 魔狼がくわっ! と口と目を開いて、ブンブンブンと全力で首を横に振り続ける。

 私の足元には彼の眷属であるミニシベリアンハスキーが、こっそりとしがみつき。すまん、暴れるな、後で更に美味しいご飯を奢るから!

 神界にもご馳走があるのだから、滅ぼすわけにはいかんだろう、ワンワン!

 と、必死に破壊を防ごうと取り繕ってくる。


 あー、なるほど。

 神界にも神界独特のグルメがあるのか……。

 よっし、まだ滅ぼすのはやめておこう~!

 私を説得出来てほっとしたのだろう、ミニシベリアンハスキーが闇の中へと消えていく。


 そんな魔狼の苦労を知らずに、嫌味な聖女騎士はしたり顔で進言する。


「ともかく! 我らはこの者の同行には反対でございます!」


 ふぁぁぁぁっと、もう何度目かの欠伸を噛み殺し。

 頭上で踊る悪心悪魔ネコ達を掴んで膝に置いて、ナデナデナデ。さすが私の心と魔力から発生した魔力ネコ、超かわいい! ついでに私は魅了した神の眷属から受け取った紅茶をズズズと啜る。

 更に追加で、奥にいる神の眷属達と目線を合わせて、眉を下げ微笑。

 斜に構えて、瞳をそっと細める。

 膝の上の悪心ネコたちもぶにゃ~んと甘い声で鳴く。


 翳のある素敵美丈夫とかわいい猫ちゃんのコンボなのだ!

 ただそれだけで神の使い達は闇に堕ちた。

 いわゆる猫堕ちだ。


 誘惑を完了し、その手に持っていた奇跡の干し林檎を受け取った私は、ガジガジガジ。

 人間も神族もやっぱり基本の回復アイテムは奇跡の干し林檎なんだね。

 まあ、それなりに美味しいのである!

 悪心ネコたちも、ダンジョン探索用の干し肉を美女戦士たちから受け取り、ばりばりむしゃむしゃ!

 ちょろいなぁ、神族。

 この部隊。

 基本、女性騎士とかが多いから誘惑に弱いのかな?

 しかし。

 ぜんぜん、ダンジョン攻略、進まないね。


 ダンジョン攻略は進むどころか、いまだ突入すらできていない。

 まるで停滞したこの世界。

 腐りきった神々の現在を表現するかのように……。


 もし私がダンジョン領域のボスだったら、おそーいとブチ切れて、わざわざダンジョンの外まで這い出してネコキックでも決めて全滅させていたことだろう。

 ダンジョンボスなんて、仕掛けた罠に相手が掛かる事を楽しみにやっているんだろうし……。

 その時。

 ピーン!

 と、私のダンディ獣人紳士な頭脳にある考えが過った。


『いや。これはもしかして――!?』


 浮かんだ考えに思わず私は言葉を漏らし、神話級ダンジョンをちらり。


 探る私の目線を追い、魅了された神の眷属が妙に甘ったるい声で問う。


「どうかさいましたか?」

『んー、ちょっと気になったことがあってね』


 枝垂しだれかかるように侍る女性戦士達の中心。

 いつの間にかハーレム状態になっていた私は、こっそりと眼鏡をズラして猫目を輝かせる。

 結構全力で、ネコの魔眼でギラーンとダンジョン鑑定!

 ……。

 あー……なるほど。

 たぶんこれ。

 意図したかどうかは分からないがトラップだな。


『ちょっと失礼、君の顔を見せておくれ』

「まあ、そんな――いきなり……構いませんけれど、恥ずかしいですわ」


 魅了が効きまくっている神の眷属の顔を、じっと眺め、確信した。

 外部からの影響による精神汚染が始まっている。

 試しにリュックから取り出したロックウェル卿の羽を一振り、癒しの風を起こして女の貌を撫でる。

 魅了されていた彼女の中から、瘴気のようなモヤが消えていく。


 これ、罠だね。


 超難易度のダンジョンから染み出てくる瘴気が、攻略班の精神を蝕んでいたのである。


『なるほどね――そういう事だったのか』

「なにがそういう事なのです? あら……わたしは、ここでなにを……まあ! 素敵な殿方!」


 あ、しまった。

 精神汚染が解けて私による魅了も解けたのに、再度、すんばらしい私の魅力で魅了してしまった。

 猫モードの時なら柔らかい女性の身体の上で、お腹をだしてドデーン! と眠れるから悪い気持ちではないのだが。

 獣人モードだと。

 ワラワラ群れる神族のメスに集られても、あんまり嬉しくないね……。


 術さえ用いない、私の天然の魅力に魅了されて正気を失っている彼女たちをそっと下ろしながら、私は解除魔術を掛ける。


『君たちは少し、嫌な夢を見ていたんだよ。悪い感情を膨らませてしまう、悪い夢をね。さあ、しばらく休んでいておくれ』


 言って、私は取り巻き二人とその他大勢に微笑みかける。


 これで魅了されていた眷族たちは、しばらく眠ってくれるだろう。

 一人、二人、三人、四人……、……。

 ……。

 ていうか、こいつらいくら私が魅力的な紳士だからといって、魅了され過ぎだろ。

 何人いたんだ、これ。

 まあいいや。

 さて。

 こっちはいいが問題はここの罠だ。


 ダンジョン攻略は侵入する前から始まっている。

 そんな言葉が私の心に広がっている。

 もしかしたらここ、次元の狭間フィールド自体が既にダンジョンの玄関。

 我らのラストダンジョンでいう所の、魔王城外郭にあたる部分なのかもしれない。

 ホワイトハウルには簡単に突破されてしまったが、あそこもダンジョンの一部。いろんな仕掛けがしてあったんだよね。

 あのワンコ、ダンジョン攻略はゴリ押しだから、あんまり効かないんだよなあ。

 ダンジョン作成者としては一番厄介なタイプなのである。

 まあ、今回は彼の部下が掛かっているから、このあいだ攻めてきた時も部下を連れていたらかかってくれたのかな?

 ともあれ。


 ここのフィールドには精神を汚染させる瘴気が配置されている。

 領域自体が不和を起こすための罠なのだ。


 私の悪心も助長されていたし、たぶん間違いない。

 既に攻略は始まっているということだろう。


 試しに私はこっそりと迷宮探索の魔術を展開してみる。

 ……。

 効果は発動していた。

 迷宮の中でしか発動しない術が、発動しているのだ。

 やはりここは既に迷宮内部。

 私の勘は当たっているという事か。


 これ、アレだな。

 なんか心を試す罠とか、そういうのだ。

 自分自身のコピーとかと闘わせたり、心に描く一番強い敵の幻影を出して闘わせたり、そういう厄介なタイプの罠じゃなかっただけ、まあマシだけどね。


 これが罠だとすると――。

 この状況を打ち破らないと、奥へは進めないのだろう。

 さて、どうしたもんか。

 ゆったりと優雅に、エレガントに頭を悩ませる私の前に、影がズズっと現れる。


「さきほどから黙り込んで、あなた! 聞いていらっしゃるの!? わたしは神の僕なのですよ! あなたよりも上位の存在なのですよ! いつまでも白銀様の傘の下に隠れてなどいないで、自らを見つめ直し。醜さを恥じて、自分から役目を降りたらどうなのですか!?」


 とうとう直接私に文句を言い始めた聖女騎士。

 私は精神汚染されている彼女にもロックウェル卿の羽で癒しの風を一振り。

 彼女の中からも瘴気が消えて……。

 ……。

 いかないね?

 あー……こりゃ、この小娘の場合は罠じゃなくて素の性格だな。

 ……。

 神。

 こんなんを眷族にしてて、本当に大丈夫なんか?


 あ、だんだん腹が立ってきた。

 こんな環境にウチのワンコを、魔王様の愛したワンコを置いとくわけにはいかないじゃにゃいか!


『くだらない。神は一体なにをやっているんだ』


 愚かな罵倒にとうとう愚痴が漏れてしまった。

 ベッコンベッコン!

 周囲の空間が、私の魔力で軋んでいく。


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