揺れるモフ尻尾 ~猫ちゃん、ミカンを潰すか悩むの巻!~
でっかい欠伸を噛み殺し。
もはや全自動で応対する自動反撃嫌がらせ対応モードで、意識を飛ばしていた私は。
チマチマとした嫌がらせを受けながら、神速で動くワンコをじぃぃぃぃっと見つめていた。
環境の悪さに、ものすっごい同情をしていたのである。
里親に出した犬が、相手先であんまり良い環境を与えられていなかったと知り、どうしたもんかと悩んでいる状況と似ているか。
こちらに向かっているホワイトハウルの顔を見て、少し眉を下げる。
……。
あー……もしかしてこいつ。
組織の腐敗に……疲れてたのかな。
だから唐揚げと癒し猫ちゃんである私に会いたくて、わざと暴走し、魔王城に攻め込んできたのかもね。
なんだ。
あれはワンコのホームシックだったのか。
そんな感想が猫の頭を揺さぶっていたのである。
そう考えると、まあ悪い気分ではない。
癒しを魔王城に求めにきたっていうのは、ちょっと……嬉しいのだ。
しかしだ。
私はダンジョン探索準備をいまだにちんたらちんたら、お役所仕事で進める神の眷属をジト目で見つめて息を吐く。
この腐敗っぷりを見る限り、疲れが溜まってしまうのもよく分かる。
誰も彼も、部下に任せ、その部下は更に部下に任せ。
仕事は一向に進まない。
これでは、いばり散らすのが神の眷属の仕事なのかと勘違いしてしまいそうになる。
環境。
最悪だよね……。
ホワイトハウルには同情してしまうし、本音を言うのならば帰ってこないか? そう提案してしまいたくなるが――。
魔王軍を抜けて、神獣として神の元に帰ったのは彼自身の判断だ。
神獣としての使命を果たすため、主である大いなる光に忠義を尽くすその志、尊き心は嫌いじゃない。
魔王様を慕うように、主を慕うその背中は――まるで……。
思い出に浸る私の胸に苦味と切なさが伝う。
……。
だから。
彼から言ってくれるならともかく。
こちらから帰ってきてくれとは言わない方が、いいよね。
……。
しかし。
もしもだよ?
ピョコンとネコ耳を立てて、賢い私は眼鏡を光らせ知的に考える。
あくまでも、もしもの話だが。
もっと疲れさせたら、帰ってきてくれるのかな……?
またあの時みたいに、戻れるのかな?
魔王様がいた、あの日のように……。
猫としてのお目めが、ギラーン!
思わず、ネコ耳がぶわっと膨らんでしまった。
魔王様がお目覚めになった時に、彼もいっしょだったら、きっともっと喜んでくれると思うのだ。
在りし日の思い出。
あの懐かしき日々がいつまでも、私の心にこびりついている。
たとえ猫の頭に残しておける記憶容量がパンクしそうになっても、その心だけは綻ぶことを知らずに……残り続けている。
魔王様、魔王様、魔王様。
少しでも、あの頃の懐かしさを取り戻せるのなら。
私は――……。
私は……。
ザザ、ザァァァ……。
あ、つい変貌しそうになってしまった。
いかんいかん。
……。
いやいやいやいや。
やめておこう。
いっそのこともっと、もぉぉぉぉっと疲れさせてワンコを連れ帰ろうなんて考えない方が良い。
揺れ動く心のように、尻尾がびたーんびたーんと次元の狭間フィールドを叩いてしまう。
まあ、どちらにしても今回は旧友に免じて。
ちゃんと。
主神の回復に協力しようかな。
主神がいなくなるとなにかと厄介だしね。
なんか間違って、次の主神をしろって私に言われちゃっても困るし。
最近、なんか私をそういう、世界の大黒柱的な神にしたがっている流れもあるし。
そういうの、責任とか重大だし困るのだ。
しかしそうなると問題なのは神の眷属たちの腐敗だ。
おそらく。
大いなる光、主神の弱体化を解除してもそのうちに、この者達は滅ぶ。
主神が回復した後。
大いなる光の導きにより、腐った信徒たちが改心するなら問題ないのだが。
一度腐ったミカンって、もう取り返しがつかないんだよね……。
しかも周囲に伝染するし……。
まあ――改心できなかった場合は、未来を変えるために私が動くしかないか。
このまま心を汚したまま歩めば、神族の腐敗は更に進む。
信仰を更に失い、神聖な力は失われる。
主神ではなくなってしまう。
もはやそこらの野良神族、いわゆる堕ちた神族となってしまうのは分かり切っているのだ。
まあ、そういう一族の末裔が裏世界、地獄の帝国で悪魔となったらしいのだが……その辺の事情は、私もあまり詳しくは知らないんだよね。
ともあれ。
腐敗をなんとかしないと、ホワイトハウルの今の住処は遠からず滅んでしまうのだ。
……。
私の頭上に、悪魔の格好をした猫ちゃんがぐーるぐーると回り始める。
滅んだら、ワンコはうちに帰ってくるのかな。
こんなくだらない虚栄と欺瞞の巣窟を捨てて、ウチで一緒に……あの日々のように、楽しく……。
……。
いっそ。
滅ぼさせちゃおっかにゃ~♪
そしたらワンコとニャンコと鶏で、魔王様のお目覚めを一緒に待てるし……。
あの失った日々を取り戻すことも――できるかもしれない。
また思考が混濁し始める。
ぐるぐるぐるぐると堂々巡り。
私は魔猫だ、一度考えてしまった事を何度もしつこく、繰り返し考えてしまう習性がある。
執着があったのだ。
一度、人間としての過去と思い出を失ってしまった私は知っていた。
その辛さと切なさを。
なぜ辛くなるのか分からない、もどかしさを。
魔王様たちとの楽しい日々を失うのは絶対に……嫌だ。
あ……ッ!?
またそんな、ワンコ連れ帰り計画を練ろうと、猫の頭がフル回転しようとしている。
いやいやいやいや、治まれー、私の邪心。
おかしいなあ。
なんかこの次元の狭間フィールドって、悪心が浮かびやすくなってるんだよね。
ダンジョンに入る前で、気が荒ぶっているのかな?
魔力を探ってみると……やはり、なにかおかしいな、ここ。
なんだろう。
まだ分からないが。
まあ、一つ分かったことがある。
そう、つまりこの邪心は私のせいではないのである!
そんな心の中で格闘する私の目線に、走るワンコの顔が見えた。
まだ届かないが、更に超神速で、ホワイトハウルが飛んでくる。
そんな凄い顔してたのかな? 私。
……。
というかいくらなんでも彼の到着が遅すぎる。
ふと気づくと、私の手にはカチ……カチ……とゆっくり動く懐中時計が握られている。
……。
あー、これ私の魔術だ。
もしかして私、知らないうちに時間操作魔術で彼の動きを遅くしていたのかな。
そりゃ、彼も慌てるよね。
ともあれ私は。
温かい気持ちと、冷めた感情の狭間で揺れ動く。
だって仕方ないよね。
どちらも本音。
猫魔獣である私のきまぐれな感情なのだから。
そんな自己納得をしていた、その時だった。
ザアァァァァ…………っ。
声が、聞こえた。
――どうか、魔狼を……心優しき彼を解放してあげて……。
そんな、悲痛な声が、私の耳を揺らしたのだ。
ザザザァァァァァァ……――。
複雑な心境に尻尾の先を揺らしていた私は、当然、声に気が付き――不意に周囲に目をやった。
とてつもない気配を一瞬だけ感じたのだ。
この気配は、まさか――。
……。
既に気配は消えている。
ホワイトハウルすらも今の刹那の気配を察知していないようだった。
私は、ふと新たに生まれたこのダンジョンに目をやった。
もしかしてここは――。
いや、まあ……確定していない情報で考えるのは危険か。
とりあえず。
神の眷属たちのくっだらない嫌がらせを解決するため、ホワイトハウルにこの場を治めて貰うしかないか。
◇
気付かぬふりをして揶揄う私。
私を追い出したい神の眷属の小娘。
その間にズズズと割り込んだ白銀ことホワイトハウルが聖女様に問いかけた。
私の遅延魔術に支配されていた彼がようやく、辿り着いたのである。
『すまぬ、待たせてしまったな。何か我に用があった様子であるが……きさまは――ああ、元人間の……主に召し上げられた聖女騎士か。何の用だ』
ホワイトハウルが相手をつまらなそうに眺めてそう言うが。
私は魔狼の真意に気付いていた。
絶対、こいつ。
聖女騎士と呼ばれたこの女性の名前を、忘れているのだろう。
昔っからそうなのである。
犬種の特徴なのだろうか。
わりと目下の者への対応は厳しく辛辣なのだ。
もちろん実力を伴った者であったり、純粋に弱い者であったら彼も慈悲を向けるのだが――お客さんでもある私にこっそり喧嘩を売っちゃうような部下だもんね。
彼の心象も悪いのだろう。
ともあれ騎士はじっと値踏みするように私を眺め、ふんと、あからさまに鼻で笑って見せる。
「白銀様。なぜこのような脆弱な人間をお連れになるのです?」
『……なぜそのような事を問う』
で、でたー!
魔狼必殺の質問に質問返し。
このワンコ、面倒になると全部それで返す悪癖があるんだよね。
「わたしは選ばれし神の騎士。此度の攻略でも役に立つ自信があります。なれど――言葉は悪いですが、このような弱き獣人を庇いながら戦う自信はないのであります」
言い放ち。
キッ!
と、まるで敵を見るような瞳で私を見る聖女騎士。
本当は取り巻き達と進言するつもりだったのだろうが、あの二人は既に私の魅了で虜になっているので動かない。
いや、正確にいうのならメイドのごとく私の尻尾をブラッシングし、ティーセットを片手に給仕をしている。
味方がいなくなってるってどんな気持ちなんだろ、ぷぷぷー!
あ、ホワイトハウルに睨まれちゃった。
でも、今回は全部私のせいってわけじゃないぞ!
『神の名の下で戦う騎士が、弱者を守る自信がないと――そう申すのか』
「我らは一度、ダンジョン遠征に失敗しております。これは万全を期すために必要不可欠な処置、有意義な上申であると愚考いたします」
あー……回りくどい言い方をしても、たぶん……このワンコには伝わらないと思うのだが。
やはり、ワンコは真顔で相手に問いかえす。
『つまり、何が言いたいのだ?』
「足手纏いは不要です」
ワンコは眼球だけを上に向けて、思考をぐーるぐる。
強面で落ち着きのある美丈夫がこういう仕草をしているから、様になっているが……これ、実はわんちゃんがベロをハッハッと出しながら、頭上にハテナを浮かべている状態と一緒なのである。
外見って……、けっこう大事だよね。
『よく分からんのだが、足手纏いが不要となるならば――我以外の者は全て邪魔であるのだが?』
「そ、それは――なれど、力だけが迷宮探索に必要なモノとは限りませぬ。我らの知恵と勇気こそが、必ずやお役に立てると確信いたしております」
冷徹な強面をきつくしたワンコは瞳を細め、冷たい口調で口だけを動かした。
『では、なぜこの者が知恵と勇気を振り絞るとは考えぬ?』
「それは――……っ、この者が卑しき獣人だからでございます。申し訳ありませぬが、我らは獣人を信じておりませぬ。なにしろ獣人は人間と魔族の狭間に生きる者、風に流されるままどちらにも味方をする、不安定な種族ではありませぬか」
ぬぬぬの嵐である。
しかし、まあ。
本性が猫である私は獣人に変装しているだけだから大して気にしていないが、本人を目の前にしてよくここまで言えるものである。
獣人はプライドが高い者も多い。
もし本物の獣人だったとしたら、少なくとも喧嘩を売られたと考えていただろう。
ぷぷぷー。
それにしてもだ。
今、ホワイトハウルは心臓バックバクだろうな。
私がブチりとキレたりしないか、不安になっている頃だろうと思う。




