神魔大戦 ~親しき中にも礼儀あり~
戦後最大の衝突。
二匹の大魔獣の戦いはラストダンジョンの玄関、魔王城外郭から次元の狭間へと舞台を移していた。
片方が逃げ回っているのである。
世界と世界の狭間の亜空間。
異次元とも呼べる場所に侵入することは並の存在ではできないのだが、まあ私は普通じゃないからね。
そして、逃げ回る相手も普通の存在ではない。
微笑ましいワンコとにゃんこのじゃれ合い。仲睦まじい追いかけっこのように見えるかもしれないが、実際は、互いに魔術の頂点を極めた者同士の決戦。
歴史に名を刻むほどの激しい攻防戦が繰り広げられているのである。
追いかけ回すのは魔王城を守る麗しき魔猫――つまり、私である。
さすがに。
今回は、犬の粗相に怒髪天を衝いていたのだ。
怒りのモフモフぼふぁぼふぁモードで毛を膨らませ、駆ける、駆ける、駆ける!
逃げる魔狼を追いかけ、肉球をぷにぷに鳴らしていた。
そして。
逃げる魔狼の正体は……。
唐揚げを食べられなかった腹いせに、戦後初めて魔王城外郭の結界を破壊した伝説の神獣ホワイトハウル。
こいつ。
私と関わるとなんか色々と残念になるとは耳にしていたが、よもや、ここまでの阿呆を晒してくれるとは――。
私の猫頭に様々な思い出が浮かぶ。
走馬燈にも似た回想シーンだが、回想するのは私の過去ではなく、この神獣ホワイトハウルの過去である。
うん。
色々と二人で散歩したね。
どういう過程で魔王様に拾われたのかは知らないけれど、私と君はまあ、二人で魔王様の膝の上を取り合ったりしていたね。
ハハハハハ、今となってはいい思い出だ。
少なくとも、私は君を友だと思っていた。
今回の件も、友として君の意見を尊重して――敵対する道を選んだ君の信念を酌んで対決を決意した。
魔狼の矜持、神の眷属としてのプライド。
複雑な事情で絡まり合って、二人は戦うしかない。
そういう定めだったのかもしれないと、かなりシリアスに友を殺し、その心を一生の重荷にして生きると恥ずかしくも真剣に決めていたのだ。
この私が、シリアスにだよ?
いや、まあいつだってシリアスだけど。
ともあれ。
私はかなり、心を殺して魔王軍最高幹部としての冷徹な決断を下したのだ。
それをだ。
それをそれを。
それをそれをそれを!
ぶにゃあやややあああああああああぁぁぁぁぁああ!
『この、バカ犬がぁぁぁぁあああああ――――ッ!』
ズゴゴゴゴゴゴゴ!
荒ぶる怒りの魔力が世界を揺らす。
破壊力を帯びた魔力球を嵐に舞う花びらのように飛ばし、次元の狭間に逃げるホワイトハウルを追いながら私は叫ぶ。
猫魔獣としての怒りでヒゲをぴっくぴっく、紅き瞳を真っ赤に染め上げ私は唸りを上げてしまう。
『待つニャ! 徹底的にぶっ飛ばしてやるから覚悟するのにゃ!』
『ま、待てケトス! 我はちょっと反省したぞ! ほら、いつもなら我が、うぅぅぅうぅぅぅうぅぅ……と、悲しき遠吠えを上げたら笑って許してくれたではないか? な? 今回もそうであろう?』
そう。
普段ならば許していた。
けれど、今回ばかりはそうもいかないのだ!
すぅっと瞳を細め、私は滾る魔力を放出する。
『君と私との道は違えた――そう言ったのは君だろう! くらえ! 我が嘆きと怒りの魔力の奔流!』
次元の狭間に、私の放つ魔力の豪雨が降り注ぐ。
嘆きの魔性であるナタリーくんの力を応用した、嘆き属性の散弾攻撃である。
これの直撃を受けたものは、嘆きのオーラに包まれて、ものすっごいベソベソと泣き崩れることになる――私オリジナルの嫌がらせ魔術である。
ギャグみたいな効果であるが、大魔帝の魔術。
これを防げる程の存在はこの世界でおそらく数えるほどしかいないだろう。
しかし。
魔狼はくるりと身を翻し、くわぁぁぁっ! と口から魔力閃光を吐き散らし、私の攻撃を吹き飛ばす。
『甘いわ! 確かに我はおまえと正面から戦えば負けるであろう、しかし! 駆けながら戦う移動戦では我の方が優位なのである!』
こいつ!
人が折角ダメージを与えないように遠慮して嫌がらせ魔術に切り替えたのに。
ふふーん♪ としたり顔で尻尾をバッサバッサと振り乱して喜んでいやがる。
心なしか肉球を覗かせ駆けるワンコの脚は踊っている。
モッフモッフで魔王様からも褒められていたご自慢の毛を、これ見よがしに輝かせている。
私の攻撃を防いだことが自慢なのだろう。
『見たか、ケトスよ! 見たか魔猫よ! これがカラアゲさんとの邂逅を邪魔された我が怒りの本気なのである。きさまの攻撃すらも、ぜーんぜん、なーんも、きかなかったのだぞ?』
立てた耳を自慢げに拡げ、目を輝かせた貌を左右にぶんぶん振って。
まるで遊んでもらっているワンコのようにホワイトハウルは亜空間を駆けまわる。
その速度はまさに超神速。
こいつ、本当に大幅なレベルアップをしていたのだろう。
私より、若干はやい!?
ええーい! ギャグキャラのくせに!
『ちょこまかと! 素直に怒られに帰ってくるニャ!』
『我の方が早いようであるからな! きさま、唐揚げを食べ過ぎてプクプクと太ったのではあるまいか? んー? その丸々とした怠惰な身体を見たら、魔王様がなんと仰るのか、楽しみであるなー!』
な……ッ!
『ふ、ふとってなんかないし! 魔王様なら、かわいくなったって言ってくれるし!』
『それはどうかのう? きさまのことだ、どうせ仕事をさぼって毎日毎日、アイスでも食ってぐーたらぐーたらしていたのだろう!』
『え!? し、してないよ?』
『ほう、それは真かな?』
図星な指摘に――思わず、目線を逸らしてしまった。
……。
にゃあぁぁっぁぁぁあああ!
しまった! これは、罠だ!
裁定の神獣である彼にとって嘘を見破るのは朝飯前なのだろう。
不意に戦士としての顔を覗かせた魔狼は、ぎしりと瞳を輝かせ。
咢を上下させた。
『裁定を下す。ギルティ! 汝の口が紡いだその言葉は、嘘である!』
十重の魔法陣が魔狼の瞳から展開される。
あ……っ、まずい!
『魔力・解放。冥府魔狼の天秤』
私の心が嘘を認めてしまった。
その瞬間に、ホワイトハウルの肉球から生まれた神々しい天秤が片方に傾き――大きな魔力の流れを作り出す。
嘘を見抜かれたことで、私の中に貯めていた魔力が消失してしまったのだ。
これは裁定の神獣――ホワイトハウルの神獣としての権能。
強制力を持つ言霊の魔術。
彼独自の特殊なスキルなのである。
彼は相手の嘘を見抜き、指摘することでその相手の行動を一時的に制御することが可能なのだ。
『正解だったようだな。さてどうしたもんかのう。魔王様に言いつけてやってもいいのだが、きさまが我のほんのちょっとのかわいい暴走を許してくれるのならば、黙っていてやっても良いのだが? んー? どうする?』
そりゃ確かに魔王様から預かった大事な仕事をサボってぐーたらしていたのは事実だが、うにゃにゃにゃ! 許せん!
魔王様をだしにするとは!
ゴゴゴゴゴゴ!
消失した分の倍以上の魔力が、再び私の心の底から湧きだし始める。
私は怨嗟と憎悪の魔性だ。
この世に憎悪の魔力がある限り、この渇望と憎悪、そしてそれを軸とする魔力は尽きることなく無制限に生まれ続ける。
一瞬、魔力を奪われたとしてもすぐに補充は可能。
むしろ、魔王様の名を使ったことで私自身の憎悪も刺激されていた。
ギシリ、メキリ。
荒ぶる猫ちゃんモードだった私の身が冷えていき、ホワイトハウルを彷彿とさせる冷徹なる魔力を帯び始める。
『ほう……魔狼よ。魔王様の御名を、使うか?』
と、更に静かな怒りの魔力を倍増させて私は敵を睨み付ける。
心の中は荒れ狂っているが、表面上は驚くほどに静かだった。
私は無表情なままで、言った。
『へえ、なるほど――そうかい。せっかくお尻ペンペンぐらいで許してあげようと思ったけれど、もう、いいや。そっちがその気ならば仕方がないね。覚悟せよ――神に従う道を選びし、同胞よ。我は、魔として汝を討とう』
熱く燃えていた怒りが急速に冷えたせいだろう。
私の周囲の魔力は、突然の冷却にビギンビギンと歪な音を立てて弾け始める。
『え? ちょ、待てケトスよ! その口調は……本気の時の……。いやいやいや、それ、マジで洒落にならん量の魔力を放っているようにみえるのだが……?』
私との付き合いが長いからか、本気だと理解したのだろう。
もう、遅いのじゃ!
魔王様の御名を出したのはそっちが先なのだ!
『君との友達生活は嫌いじゃなかったよ。けれど、それも今日で終わりだ。さようなら、我が友ホワイトハウル――天に遍く星々よ、異界に渦巻く天体よ。我、汝の流れを掌握し、導き、支配する者』
静かに荒ぶる私の周囲に広がる魔力。
導かれた魔力が螺旋を描く。
螺旋状の魔力波動による魔術陣が形成されていく。
ズガ!
ズガガズガガガガアァッァァァァア!
十重の魔法陣が純粋な魔力に惹かれ反応したのだろう。
普段は見せない虹色の輝きを放ち始める。
次元の狭間は異世界との境界が薄い。
私の天体操作魔術で異界の星々を攻撃魔術として扱う事も、可能なのだ。
『天球落下無差別攻撃魔術だと! ケ、ケトス! そんな攻撃を喰らったらレベルアップしたさすがの我も魔力核を失って、二度と再生できなくなっちゃうのだぞ!』
『それでは来世でまた会えることを願っているよ』
耳を後ろに下げ、尻尾を脚の隙間に隠しながら魔狼は吠える。
『だって、だって最近、主は弱ってきているし、人間どもの信仰心は減っていく一方だし、我! 我! とっても不安だったんだもん!』
キャンキャン吠えながらも、ホワイトハウルの瞳はうるうると震えている。
じぃぃぃぃいっとその貌を私は眺め。
はぁ……と息を吐く。
どうも、私は昔人間だったからか、ワンコのこういう顔には弱いんだよね。
こっちから折れるしかないか。
『で? 本当は何の用があってきたんだい。カラアゲパーティに誘われなくて暴走していたのは本当でも、別に事情もあったんだろう?』
その言葉で、私が折れたことを悟ったのだろう。
魔狼は目を輝かせて、したり顔で言う。
『ふむ、どうしてもというのなら。我の事情を説明してやっても良いぞ?』
『分かった。分かった、どうしても聞きたいから教えておくれよ。他の人に知られなくないから、こうして次元の狭間にまで私を誘導したんだろうし。言いにくい事があるんだろ』
『なんだ、気付いておったのか』
こいつ。
やっぱりある程度自分の暴走すらも計算にいれて行動してやんの。
昔からそうだったのだ。
賢そうに見えて、実は駄犬で――でも、やはり賢い。
まるで能ある鷹が爪を隠すように。
この神獣はなんだかんだで、私を上手く使ってしまうのである。




