開戦の狼煙 ~ワンコとニャンコと唐揚げと~
ホワイトハウルに告げずに私がロックウェル卿と散歩に行って、その散歩先で、すったもんだがあって、勝利の宴に唐揚げパーティをした。
そのどちらにも誘われなかったから、ワンちゃんは魔王城に攻め込んできました。
以上。
説明終わり。
ん? んんん?
いやいやいやいや。
これは、何かの作戦か?
私の油断を誘うための魔狼の罠か?
そもそもホワイトハウルは、かつて腐っていた西帝国の教会を監視する役割を担っていた筈。
唐揚げパーティの前。神の使途として、教会の祈りに従いシグルデン奴隷兵の洗脳を解く仕事をしていたのも彼だ。
つまり。
遊びで散歩をしにいったのではないという、私の事情も知っていた筈なのである。
私は魔王軍最高幹部という立場上、さすがに神の眷属を唐揚げパーティに誘うことはできず――彼の方から声をかけてくれるのを待ち、いつまでも姿を現さないからそのままになっていたのだが……。
あれ。
それでも一応カラアゲは教会に贈って、ホワイトハウルに献上して貰ったんだけど。
もしかして、献上の途中でなにかトラブルがあって彼には届かなかったとか?
それを、逆恨み?
もしかして、唐揚げパーティに誘われるのを待っていた……のかな?
ずっと、くぅぅぅぅんと鳴きながら待っていた?
そりゃ、少し悪いかなとは思うが……。
いやいやいやいや。
でも、さあ。
そんなことで魔王城を襲うなんて……。
ないよね?
白銀の魔狼ホワイトハウルは智略に長けた冷徹な獣。時に、こういうギャグ的な空気を出して、その隙に勝機を窺う――なんてことも……。
ないよなあ……。
戸惑う私に構わず。
唐揚げの魔性に心を奪われた魔狼は――目を血走らせ続ける。
『ほぅ、動揺し動けないようであるな。ぐふぁふぁふぁふぁ! 己が罪の重さ、どうやら理解したようだな』
いや。
理解できてないって。
『えーと、もしその話が本当だったとしても。罪って――私、そんなに悪くないよね?』
『我を前にした罪人は口を揃えてそう語る。自らの行いは過ちではなかった、と。なれど、審判は下される。汝の罪。裁定の神獣たる我の目からは、けして、逃れられぬとしれ!』
凄味をきかせたワンちゃんの眼光が、私の獣人顔をねめつける。
しばし続く緊張の会話。
目を点にしたまま固まる私と、ふふんとしたり顔の魔狼。
そんな膠着状態の中に黒マナティが飛んできて。
モキュモキュモキュ。
結界の修復が終わったと黒マナティから伝言を聞き、私はにゃふんと人型獣人モードのままに頬をヒクつかせる。
彼は私だけでなく、部下や魔族全員、そしてなによりも――よりにもよって魔王様に迷惑を掛けたのだ。
……。
これ。
怒っていいよね? わたし。
危ないから離れていておくれ、と黒マナティに感謝と事情を告げて。
私は瞳を伏す。
それでも私は魔王軍最高幹部だ。冷静に、冷静に……。
なれるかぁああ!
くわぁっと牙を剥きだしにし、私は思わず叫んでいた。
『はぁぁぁああああああぁぁ……!? まさか君、本当に!? 誘われなかったから拗ねて魔王城を襲ったって言うのかい!』
『す、拗ねてなどないわい! アレだアレ。ちょっとムカついてたら、いつのまにか暴走して、ここに突撃していただけなのだからな! 我、ぜーんぜん、なーんも悪くないぞ!』
ドヤ顔で犬はキャンキャンと吠える。
私の周りをぐーぐるぐる、神速で駆け回りながら悪くないぞ! 悪くないぞ! と猛アピール。
むしろこちらに。
あーやまれ! あーやまれ!
と、犬の遠吠えで大合唱。
いつのまにか魔力で生み出されたのか、彼の眷属である神獣属性のワンサイズ小さい魔犬が、一緒に回ってキャンキャンキャン!
超大型シベリアンハスキーと大型サイズのシベリアンハスキーがぐーるぐる。
魔王様の庭。
駆けまわっちゃってるよ神獣……。
ワンちゃんの声って普段は可愛いけど、具合が悪い時とかって結構響くからなあ。
あ、あたまがいたくなってきた。
『だったら自分から誘ってくれって言えばいいじゃないか!』
『べ、べつに誘って欲しかったわけじゃないのだからな! もう遅いのだ! 我は、もうプンプンなのだぞ!』
ホワイトハウルは回転していた前脚を止めて、ギリリ!
ガルルルルと世界を揺らし。
牙を剥きだしに本気の敵意を向ける犬。
しばし、流れる重い沈黙。
……。
いや。
全然、重くないよ。
頬をポリポリ、私は呆然と呟いていた。
『えーと……もしかして君。マジで? 本気で? 百年破られなかった結界を、からあげ食べたさに暴走して破壊しちゃったのかい? 神と魔の戦いに発展する可能性があるのに?』
『からあげ! カラアゲ、ああ唐揚げ。なんとも……、なんとも――ッ、素晴らしき響き。その名を聞いただけで、我が内に眠る血が滾り、肉が踊るのである!』
と、彼はじゅるりと舌なめずり。
バカ犬の如く涎をダッラダッラ垂らして、ごくりと唾をのみこむホワイトハウル。
私は悟った。
ああ、こいつ……。
マジでやんの。
しかもこんな残念な獣のくせに、由緒正しい神獣だからなあ。
なんか――垂れた涎を受けた大地から蓮みたいな神々しい華が生えてきてるし……えぇ、なんなのこいつ。
いや、マジで心配したんだよ?
神と魔の対立やら。
大いなる光の弱体化の噂とか。
元大魔帝だっていうこいつの微妙な立ち位置とか。
今も魔王様の結界の維持だけは協力してくれている、ある意味では神への裏切りにあたる行為とか。
そういうの。
本当に、心配していたのだ。
ここで怒ったら負けだ。
あくまでも大人の対応をしよう。
こんなんで、私までギャグ空間に身を落とす必要はない。
部下たちのじっとりとした目線が私とホワイトハウルに突き刺さっているが――気にしない。
今回。
私、完全に被害者だからね?
眉間にびっしりと濃い皺を刻んだ私は、怒声を堪えながら言った。
『悪いんだけど、とりあえず――今日の所は帰って貰えるかな?』
『ほう、いまさら逃げるというのか魔猫よ』
シリアスな貌をするな、このバカ犬。
いま、ものすっごいギャグ空間だぞ。
『いや、さすがに……こんなくだらない事で天地が裂けるほどの戦い、したく、ないし』
呆れて尻尾を下げる私に――。
ギラっと獣の眼光を滾らせ、魔狼は血の嘆きを訴えた。
『くだらない、だと!』
『いや、実際くだらないと思うよ……うん』
『ならばきさま! 自らの身にこの悲劇が降りかかってきた時を想定し、考えてみよ!』
まあ……逆の立場だったら……。
……。
あー……。
いやいやいやいや。
大丈夫。
うん。
暴走なんてしないな。ちょっとした腹いせに、大いなる光に呪いを掛けたりするかもしれないけれど。
あー……そうしちゃったら、たぶん神と魔の戦争に発展するな。
つまり。
あれ。もしかして私とホワイトハウルってけっこう、行動パターンが似ているんじゃ……。
『ああ、そうだ。きさまはいつだってそうだった。我が欲するものをきさまは全て持ち合わせていた! 我は神獣だからと我慢していたが、前々から思っていたのだ。きさまは今の幸福に慣れ過ぎて、持たざる者の嘆きを忘れてしまっている。その自覚がないのであろう!』
くわ! っと目を見開き獣の唸りを上げるバカわんこ。
ようするに、八つ当たりじゃん。
『えぇ……そんな大それた話じゃないと思うんだけどなあ……』
『唐揚げさんを食べられなかったこの恨み、辛み、そして嫉妬。食べ物パーティに呼ばれなかったこの嘆き! 友達の多いきさまには、我の心など分かるまい!』
私もけっこう空気が読めないときあるけど、さあ。
神。
こいつを眷族にしたんだったら、ちゃんと躾けといてよ。
『いや、だって君、神の眷属だろう? さすがに魔王軍最高幹部が立食パーティみたいな宮中晩餐会に神のしもべを気軽に呼べるはずないだろう? 魔と神の癒着とか、そういう信用問題になったら君の飼い主である大いなる光に迷惑かかっちゃうじゃん?』
ようするに。
頭を冷やせ、主人のことを考えろバカ、と言ったのだが。
魔狼はそんな私の意図に気付かず――瞳と咢をガバァァァっと開き、吠えた。
『宮中晩餐会!?』
眷族魔力犬と一緒に衝撃に顔を歪める犬。
『厳密に言うなら新商品カラアゲ試食会だけど……宮廷料理も出てたから』
『宮廷……料理……。そんなごちそうから我を蔑ろにした……というのか――ッ。よもや、きさま……そこまで落ちたか!』
よろめき後退りながらホワイトハウルは、敵意を剥き出しに魔力の波を生み出し始める。
世界に亀裂を発生させるほどの魔術波動。
彼は――本気だ。
シリアスな息を吐き、魔狼は剥いた歯肉を血で滾らせ唸りを上げる。
『もはや、語る言葉もあるまい。我らの道は違えた――決着をつけなくてはなるまい』
だから。
シリアスな空気を無理やり出すな、駄犬!
『いやいやいや! キリっと凄まじい気迫をみせてるけど、君。自分の立場を忘れて、ただ食い気に負けて暴走してるだけだからね!?』
『カラアゲは、全てにおいて優先されるのだ! 我と共にカラアゲあり。唐揚げあるが故に、我あり。我と唐揚げの道が違えることはなし』
『い、意味不明な言葉を吐いて、い、いばるにゃあああああ!』
なんか、すっごいムカついてきた。
闘争本能に火が灯り、尻尾がウズウズとしてきてしまう。
マジで張り倒してやろう。
ギラっと私の瞳が猫のモノとなり、くわぁっと牙を剥いて唸っていた。
バチリ、バチリ。
雷鳴轟かす魔力が迅雷の如く私の周りを駆け巡る。
『この駄犬! 私がどれだけ心配したと思っているんだい。ああ、もういい、もういいですよ! 反省するまで、何発でもきっついの食らわせてやるにゃ!』
『え! 我の事、心配してくれておったのか!』
もっふぁもっふぁのイヌ尻尾をブンと立て。
ブフォンブフォンと雄々しく振りながらワンコは瞳を輝かせる。
普段なら、ここで私が引くのだが。
今回はそうもいかなかった。
私は――わりと真面目にキレていた。
『当たり前だろう! けれど、それも先ほどまでのこと。今から君と私は敵同士。そう――戦後初めて魔王城外郭まで侵入した愚かな敵対者。敵として存在を消し去ってやるのにゃ!』
ポンと、思わず姿は猫に戻っていた。
制御していた力が、全て解放されかけている。
私の周囲に、眷族である太々しい幻影黒猫の群れが頭にいっぱいの怒りマークを浮かべてギシャァァァアアアと顕現されていく。
今この場の空間は、大魔獣であるロックウェル卿とフォックスエイル。そして大魔族であるサバスとジャハルくんの複合結界で覆われている。
多少、私が本気を出してぶち切れても世界に与える影響は少ない。
肉球と肉球をバシンと叩き。
世界を混沌へと陥れるほどの闇と怒りの魔力を滾らせ、私はくわぁぁぁぁっとネコ目を開く!
『消し炭にしてくれるにゃ!』
『え、ちょ! 待て、ケトス! 我は超れいせいになったのだぞ! 戦いなどという野蛮な事はだな。冷静な魔王軍最高幹部には似合わないと、我は思うぞ?』
『問答無用!』
ズジャジャジャジャジャ!
魔爪が大地を抉って、肉球が世界を叩きながら跳ねる。
キシャー、キシャー! と、牙を剥き出しに唸りを上げる私は、神速の突撃でおバカあほ駄犬に向かって攻撃を開始。
こうして、戦火の幕は切って落とされた。
ものすっごい下らない理由だったが。
世界を揺るがすほどの大魔獣同士の戦いが、今。
始まったのである!




