迫りくる脅威 ~アイスの管理は厳重に~
敵を迎え撃つはラストダンジョンの玄関。
魔王城外郭。
魔王軍の精鋭たちが膝をつき、相対していたのは強大な敵!
ではなく。
自動殺戮モードになっている可愛い猫大魔帝ケトスこと、私である。
さてさて、どうしたもんか。
私はぶにゃんと頭を悩ませていた。
なんとか暴走を制御しようとしているが……。
強大な存在が侵入していることもあって、なかなか魔力が治まらないのである。
『まいったな。冷静になろうと意識はしているんだけどね』
「制御できそうにない感じっすか?」
私の魔力の波動にも耐えられるジャハル君が、んーむと女帝顔を悩ませ唸る。
『うん……これでも制御して和らげているんだけど……魔王様の事になるとどうしても、ね。こう、ぐがががが! って頭が沸騰してしまうのさ』
「たしかに、こりゃ沸騰しますね。うわあ、すごいっすね」
ぶしゅ~、ぶしゅ~と湯気を吹き出す猫頭に触れる感触は――ジャハル君の手だ。
熱湯も、地獄のマグマさえも水扱いの彼にとって私の熱など問題ないのだろう。
サワサワと私の猫耳と猫耳の間、つまり! 頭を撫でながら彼は苦笑している。
なでなでなで。
なでなでなでなでなでなで!
くははははは! ジャハル君め、我の可愛さに我慢できなくなったのだな?
まあ私、かわいいから仕方ないよね!
ついついゴロゴロ喉が鳴ってしまう。
魔王様の手を思い出してしまうのだ。
こんな時、魔王様が目覚めてくださったら……頼りない私ではなく、あの方が……。
そんな、ちょっと弱気になってしまった私の気配を感じたのか。
ジャハル君が私を抱き上げ、ぎゅっとしてくれた。
『どうしたんだい?』
「気持ちは分かりますよ。オレも……精霊族を苦しめた魔薬に関しては、暴走しがちになっちまいますからね」
彼の中にも、憎悪の感情は残っている。
けれど、それを抑えて人間とも交流しているのだ。
それが伝わってきて、私は少しほっとしていた。
本格的に熱暴走を治めるには……やっぱり冷やすしかないよね。
ニャハ! っと私は猫の笑みを浮かべ、ジャハルくんの腕からすり抜け亜空間に顔を突っ込む。
ボファボファに膨らんだ尻尾を振って。
取り出す!
『――ちょっと待ってておくれ、たしかこの辺に……お、あったあった!』
「それは……?」
『アイスだよ? 見たことないのかな?』
頭が冷えれば暴走も治まる筈と、私は明後日の分のアイスを取り出してペロペロペロ。
んー、おいしいね。
なぜかジャハルくんがジト目で睨んでいるけど……気にしない。
「アンタ、それ明後日の分のアイスっすよね。今日の夜の分と明日の分のアイスはどうしたんすか?」
『今は――そのような些事を気にしている場合ではないだろう。頭を冷やすためには必要なアイスにゃんだよ……うん』
ぴっちゃぴっちゃ♪
猫ちゃんの、アイスを舐める音だけがしばらく響く。
ペロペロペロ……んー、スイーティー♪
炎帝の、めらめら燃えるジト目が猫ちゃんの眉間に刺さる。
「アイスは一日二回までってオレと約束しましたよね? 今月のお小遣いはちゃんと計画的に使うから、アイスだけは買っておくれよって話でしたよね?」
あ、まずい。
そういやこれ、ジャハルくんに買ってもらったからバレてるんだ。
こんな時でも、ジャハルくん……お母さんみたいだね。
本当に頭が冷えてきたかも……。
チペチペチペと棒キャンディーを舐めて――大きな真実に気付き、私は目を見開いた。
これは――。
なるほど。
はっ……! と、猫の耳を立てる。
『ジャハルくん、ちょっといいかな。凄い事に気が付いてしまったのだが』
「な、なんすか。珍しくマジな顔をして……っ」
ごくりと息を呑む彼の呼吸は、重い。
そんな炎帝に向かい私は自慢げにアイス棒を見せつけ、ドヤ!
『ねえねえ! 見てよ、これ! このアイス当たってるよ、ほらほら! もう一本貰えるって! すごくないかな!? これで明日のアイスは確保できたから、あさっての分はフォックスエイルの店に買いに行けば解決だよ!』
じぃぃぃぃっと突き刺さる女帝の視線。
「で、頭は冷えてきたんすか?」
あ、ジャハルくん。炎とか焔の大精霊なのに……視線が冷たいかも。
これ、絶対火山が爆発したように魔炎龍が荒れ狂って、大説教が始まるパターンだ。
まずいまずい。
本気で怒らせるのはまずい!!
彼の支援がないと、お小遣いがピンチなのである!
ふと、賢い私は考える。
ま、この一連の流れで大分冷静さを取り戻したのは事実。
仕方がない。
力も弱く思考が少し人間よりになる人型獣人モードになろう。
こっちのモードだとジャハルくん、私を怒れないんだよね~。
ポン!
と、魔霧を発生させ、一瞬で人型モードになってやる。
暴走が少し抑えられ、無表情で世界を破壊する準備をしていた幻影黒猫達の姿が消えていく。
『敵の姿は、まだ見えないようだね――おや、どうしたんだいジャハルくん。そんな怖い顔をして、美しい貌が台無しだよレディ』
「うっぐ、あとで覚えていてくださいよ、ケトスさま」
握りこぶしをぐぬぬとしながらも、ジャハルくんは引き下がる。
あくまでも冷静に、冷静に。
魔力の暴走を抑えないと、またついうっかり隕石群召喚魔術をぶっ放そうとしてしまうかもしれないからね。
もうちょっと揶揄ってやろうと思った、その次の瞬間。
ギャグ空間だった筈の場所に、突如――光り輝く神聖属性の瘴気が降り注ぎ始める。
『来るよ――各自、防御態勢を取り給え!』
「な――――っ……!?」
ズゥゥゥゥン!
濃厚な獣性プレッシャーが、魔王軍を襲っていた。
神聖属性と、邪を帯びた瘴気、それと獣属性の同時攻撃。
相手は神に属する――何者か。
『へえ、なかなかやるじゃないか。これは、どうやら――私の結界で吹き飛ばされたお客さんが戻ってきたようだね』
「な、なんなんすかこの魔力! オレよりも遥かに強いっすよ!」
これは、ついに大いなる光が攻め込んできたのだろうか。
「な、なんでアンタ……だいじょうぶなんっすか! そんな涼し気にアイス喰いまくってるんですか!」
『だって、今のうちだったら君に怒られないだろうし』
「コ、コラアァァァァァー! 敵の攻撃を利用して遊ばないでくださいっすよ! オレはともかく、もうちょっとレベルの低い連中、潰れちゃいますよ!」
確かに、重圧に幹部連中でさえ潰されてしまいそうである。
私はゆったりと人間モードで悠々自適、普通に歩けるのだが。
皆はちょっとまずいかも。
あ、オーク神が他の幹部達を守っている。
んーむ、やっぱり魔族もちゃんと成長するんだなあ。
それにしても。
私の目の前で可愛い部下たちに攻撃をするとは……、随分とイイ度胸だ。
『さて、御遊びはこれくらいにしよう』
紅き瞳を燃え上がらせた私は、口の端を涼やかに動かす。
ラスボス魔王様モードな空気を出し――。
ながーい手を翳す。
『我はケトス。我こそが大魔帝。魔王城を預かりし仮の長にして、魔王軍最高幹部――殺戮の魔猫なり! 乱れ荒ぶる重圧よ――我が手に参れ。汝らに奇跡と祝福を!』
重圧に潰されかけていた幹部達全員を救い、同時に回復の奇跡をかけ、更に支援魔術を同時に掛けたのである。
聖魔の奇跡と魔術スキルの同時発動。
はっきり言って自慢だが、神の領域の御業だろう。
自信過剰や自惚れではなく、今の私という存在は本当に強大なのだ。
皆の、私を見る目がかなりシリアスなものになる。
最近は文化的になったとはいえ魔族は基本、力こそが全て、力ある者への尊敬は何よりも強く、優先されるのである。
続けて私は無詠唱で指を鳴らし――周囲への圧力を防ぐ結界を張る。
「す、すみません、ケトス様。助かりました……っ」
『これは――直接ぶつかり合ったら、まずいかもしれないね。面倒だけど、まずは話し合いかな。そろそろ、本体が来るみたいだよ』
言葉に釣られるように、目の前の空間が歪む。
白き魔力を纏いし、神々しい存在が――突如、目の前に顕現し始めた。
揺らぐ大地。
震える空気。
顕現せしは白き獣――魔王城外郭に単独で入り込むなど……並の存在ではない。
間違いなく、大物だ。
次元をズラした場所に、奴はいる。
内郭結界を破る事を諦め、次元の隙間からの侵入を試みていたのだろう。
まだこちらの次元に入り込むことができないようだ。おそらく、時間をかけて黒マナティ達の次元結界を破っているのだろう。
少なくとも次元に干渉できるほどの存在という事だ。
黒マナティが独自に結界を張っていなかったらどうなっていたか、少しぞっとした。
この私が、ぞっと、である。
それほどの相手だ。
これが、今回の無礼な来訪者。
犯人で間違いない。
次元の狭間。魔を孕んだ霧の中に獣は潜んでいた。
まるで本気の時の私が、瘴気の霧の中に隠れながら敵を襲っていたように……。
どこか懐かしい魔力だった――。
これは、まさか――。
いや、違うと思いたい……。
私は静かに瞳を伏していた。
黙ってしまった私に、悪魔執事サバスが問う。
「どういたしましょうか、ケトスさま」
『そう……だね、やはり戦う前に別の手段を模索しようと思う。一度、振り上げてしまった拳は……なかなか下げられるものではないのだから』
そう。
一度始まってしまった戦いはそう簡単には終わらない。
人と魔との戦いが長きに渡り、様々な種族を苦しめたように……。
神と魔との戦いなど、誰も、望みはしないだろう。
『侵入者はもうそろそろ黒マナティ達の次元結界を食い破り、ここに顕現する。相手は強大だ。安易に攻撃しないように――頼んだよ』
私は最高幹部として冷静に息を吐き――。
ふっとダンディ微笑。
サバスは頷き、部下たちに私の意向を伝達する。
まずは話し合いといこうではないか。
そんな空気を出していたのだが――主人を守る私の猫的本能に火がついていたのだろう。
ウズウズウズ。
……。
ぶにゃ!
ポンと、いつもの猫の姿に身体は戻っていた。
あ!
自分でも気づかなかった一瞬の変異に、脳の制御は追いつかない。
まずいかも!
びょーんとネコの身体は走り出していた――。
『我が魔爪で切り刻んでくれるわ!』
「ケ、ケトスさま!? ちょ、まっ――話し合いをするんでしょうが!」
炎帝ジャハル君に後ろから持ち上げられていなかったら、そのままやっちゃっていたのだろう。
彼の腕の中でキシャーキシャー!
唸りを上げて手足をバタバタ、尻尾もばっさばっさ!
そして。
ドヤって後ろを振り返り、ジャハル君に問う。
『君がアイスの件で私を許してくれるなら、振りあげた肉球を止めることもできると思うんだけど。どうかな?』
「ア、アンタ、だ、駄猫っすか! どさくさに紛れて何を約束させようとしてるんすか! コ、コラァァァ! 人の事ちらちら見て、虚無の魔力を溜めようとしないでください!」
ちっ、この隙に我が罪を認めさせようと思ったのだが。
さすがに炎帝、大魔族よ。
そんな、素敵な私の戯れを眺める白き獣は何を想ったのか――。
次元結界を破り――魔霧の中から僅かにその細面を覗かせ、咢を動かした。
『相変わらずのようだな魔猫よ――戯れと狂気の中で揺蕩う破壊の牙よ』
白き獣の前脚が次元の隙間から飛び出てくる。
ガシャリガシャリ。
その強靭な爪が大地を抉りながら、歩んでくる。
正体不明の敵。
外郭結界を破壊した神の眷属は、細めた瞳に私を捉えこう言った。
『我は元大魔帝。魔王様に恩ありしも、此度は敵として参上することと相成った魔性。白銀の魔狼ホワイトハウル――かつての同胞よ、そして友よ。我らに与えられし血の邂逅は、逃れられぬ運命である』
懐かしき獣の声が、私の獣耳を揺らしていた――。




