集結魔王軍! ~ニャンコが見守る被害確認~
突如――魔王城の上空に、ズジャァァァア!!
っと刻まれる特大な爪痕。
世界の腸を引き裂くように拓かれた、歪み。
暗黒に覆われたその奥に潜むのは黒き獣――力強き魔獣の麗しき瞳から、ただただ紅い魔光が生まれ始める。
もし人類がこれを目にしたら神話の再現を彷彿としたのだろうが。
ここ、魔王軍だからね。
こういうのは日常茶飯事なのである。
切り裂かれた次元の隙間から、うんしょうんしょと這い出てくるのは――もちろん、私。
素晴らしき大魔帝ケトスである!
もう頭は十分冷えたから大丈夫、大丈夫。
私はきょろきょろと周囲を見渡す。
『転移完了っ――と。壊された結界はこの辺りまでかな……うわあ、酷いなこれ。修復できないレベルで破壊されてるじゃないか』
魔王様と一緒に一生懸命作った結界だったのに……。
ちょっと……。
いや、だいぶ……しょんぼりなのである。
破壊された結界の様子を観察する私の猫目が、ギラリと照る。
輝く色は怒りと憎悪の真っ赤っか。
肥大する自らの魔力を感じながらも、私は尖る猫の瞳で周囲をきょろきょろ。
この辺りに黒マナティ達が待機している筈なのだが――。
転移空間を抜けた先の、ここは――えーと。
やっぱり魔王城の上空、かな。
破られた結界の真正面だ。
場所でいうと――魔王城外郭か。
魔王城外郭。
と、いってもピンと来ないかもしれないが、イメージとしては魔王城の玄関。
最終ダンジョンに入る前の門。
及び、その周辺の壁伝いを延々と歩かされる場所。
中ボスを倒すか、特殊なアイテムがないと中に入れないような城門が最終目標地点にあるダンジョンマップ――を想像して貰えばいいだろうか。
つまり!
ラストダンジョンに侵入するためだけのマップなのだ!
愚かなる敵は、まだ我が家に入り込むことすら出来ていないのである!
許可を得たものならば城内に直接転移魔術も発動できるが、許可の無い者は絶対にここを通らないといけないので、ここはいわゆる守りの拠点なのだ。
外郭に入る結界の消失は確認できたが、敵の気配は薄い……。
やはり突破自体はされていないのだろう。
無数の魔力の気配を感じ、ぶにゃーんと顔だけを傾けて下を見る。
空飛ぶ猫が地上を覗く姿ってけっこうかわいいだろうな、たぶん。
魔王様にも見せてあげたかったな……。
きっと喜んで抱っこしてくれたんだろうけど……。
こんなかわいい私の雄姿が見られないなんて、魔王様……ちょっと可哀そうかも。
まあ、仕方がないよね。
早く起きてくれないのが悪いんだし。
起きたらいっぱい見せてあげればいいんだし、問題なし!
さてさて。
じぃぃぃぃぃっと地上を観察する。
地上部分には既に魔王軍の精鋭が揃い、それぞれが己の得意な武器や魔術を構え敵の侵入に備えていた。
その後ろにいるのは――。
ヤギ執事サバスの率いる衛生兵の悪魔執事部隊だろう。
部隊長はもちろんサバス。
常勝無敗の悪魔界の英雄らしいのだが、昔っから私のお付きの執事さんだから、こういう場面を見るのは結構新鮮だったりする。
普段見えない部下の姿を観察するってのも、悪くないかも。
ぷぷぷ、どんな風に指揮するんだろ。
私が観察しているとは知らずに――。
糊のきいた執事服をビシリと着込んだサバスは悪魔の極悪貌をギラり。
バッと白手袋の手を翳し。
ヤギ頭から赤い瞳をギラーっと輝かせる。
「ケトス様がいらっしゃるまでに態勢を整えよ! 我らはあの方から此度の初陣を任されたのだ、これは大変名誉なことである! 我ら悪魔の威厳を今こそ見せつけるときであるぞ!」
うおおおおおぉぉ!
と、勝どきが上がっているが……私はちょっと猫のジト目で彼らをちらり。
後ろの彼らは――さっきも言ったのだが衛生兵なのだ。ビシっとした黒服の美女とイケメン悪魔部隊なのだが、なんか戦いよりも治療とかが得意らしいんだよね。悪魔なのに。
この世界、人間界に干渉し結構明るい性格なサキュバスとかインキュバスは有名なんだけど……正直、地獄の帝国に引きこもっている彼等って……地味なんだよね。
いや、まあ強いし、魔力も特殊で普通の人間が相手をするならば出会ったら即敗北の強敵なんだけど。
人も悪魔も魔族も、ネコだって、見た目で判断しちゃいけないのだろうが……。
んーむ、ごめん。
正直、あの極悪貌で後方支援って似合ってないかも。
まあ似合わないのは見た目だけ。
仕事はちゃんとこなしているようだ。
負傷者がいないか確認をし、周囲に魔力汚染がないか入念なチェックをしている。
ちゃんとチェックしとかないと、たまに呪いや邪念で遅延攻撃をしてくるタイプの敵もいるしね。幸いなことに、私の鑑定ではそういう痕跡はないけど。
二重チェックは大切だしね、うん。彼等には頑張って貰おう。
その横にいるのは――。
ジャハル君配下の部下たち、魔道具の知識に明るい精霊族達か。
王である炎帝ジャハルくんが高らかに声を上げた。
「妾らは魔王軍の中では新参! されど、あの方は我らに機会を与えて下さったのじゃ! 分かっておるな、皆のもの。今宵は――いや、夜じゃねえけど。あ……やっば、口調が……こほん、此度は妾らが魔王様のお役に立つ種族であると証明する絶好の機会、皆、励んでくれることを願っておるぞ!」
こちらは既に魔導防御壁の修復を終えつつあるのだろう、新しい防御魔術の流れが構築されている。
やっぱり彼らに任せて正解だったようだ。
まあ、普段の口調がちょっと漏れていたのが笑えたが。
……。
後で揶揄ってやろう。
ともあれ。
部下を見守る上司の顔つきで、私はちょっと頬を緩める。
破壊とか消滅!
魂すら残さない殲滅!
とかなら、私がウッキウキで、すっ飛んでぶっ放すのだが――こういう修復とかそういうのは、ちょっと……困ってしまうのである。
ああいう細かい作業は、私、苦手なんだよね。
魔力を丸めてじゃれついたり。
新設された壁とかに爪をかけて、バーリョバーリョ! 爪とぎしたくなっちゃうし。
うん。
猫にはそういうの、向かないから適材適所だよね。
仲間なんだからこういう協力はとっても大事なのだ。
ま、ここは問題なし。
『さて、結界の方はともかく、壊れた壁とかはなんとかなりそうかな――黒マナティ達は……あれ、どこだろ。敵と交戦はしてないはずなんだけど』
ズゴゴゴゴと魔力でモフ毛を靡かせながら、私は冷静に周囲をちらり。
上空にも地上にも黒マナティと敵の気配はない。
薄く感じていた気配は、結界を破った時の魔力の名残だったのか。
耳を立てて、瞳を閉じる。
猫の感知能力を侮ってはいけない。
直ぐにでも敵の場所を特定し、殲滅を!
……。
あー……。
侵入者の姿は、まだ感知できる場所にないようだ。
私が本気で張り巡らせていた城内の守り――内郭結界を破ろうとした際に生じるカウンターマジックを喰らった衝撃で、遠くに弾き飛ばされたのだろう。
今回破られた外郭結界。
中庭を守る内郭結界。本格的な大結界で厳重に警備している城内結界。
少なくとも三つの結界を破らなくては、ラストダンジョンの中には侵入することすらできないのである。
更に言うならラストダンジョン内にも結界は存在する。
魔王様のお眠りになる場所は最も厳重で。
倒されてもリポップし続ける大魔帝たる私を完全に滅ぼし、なおかつ、世界各地に散っている元大魔帝全てを同時に滅してからでないと破れない結界が張られている。
同時に倒すことに失敗すると、どうなるかって?
にゃははは! よくあるじゃん?
先に倒された結界を維持する我らの誰かが復活し――再臨。結界はそのまま維持され、他の我らも次々に再臨してまた最初からという嫌がらせ仕様なのだ!
つまり。
一つの結界が破られた程度では動揺する必要もないのだが。
んーむ。
みんなは随分と慌てている様である。
ま、ここまで侵入されたのは勇者の侵入以来だから仕方ないか。
あ、ジャハル君とサバスがこっちに気がついた。
私は猫ちゃんの可愛いお手々を振ってみせてやる。
猫好きな二人は一瞬、顔をデレーっとさせるが、それはすぐに固まり――沈黙する。
なんか、ズゴズゴと魔力を靡かせ空を飛ぶ私を指さして、私のお世話担当の二人が、ぎゃーあぁぁぁあああ! って顔をしている気もするが……。
まあ地上よりも先に――。
上空の方の心配を解決しよう。
私は魔力を込めた声を上げる。
『おーい、黒マナティ! この辺にいるんだろう? 大丈夫だったかい!』
転移してきた私に気付いたのだろう――次元の狭間から這い出てきた黒マナティ達が私の方を見て、モキュモキュと頷く。
彼らに怪我はない。
どうやら別次元からの侵入を防ぐ結界を、独自で張っていたようである。
確かに。
黒マナティのような、世界と世界の隙間に入り込むことのできる敵だった場合、次元侵入防止結界はかなり有効だ。
うんうん、自分で判断して行動できるのは素晴らしい!
私は黒マナティと、破られた結界をちらり。
やはり壊されたのは結界だけのようだ。
ちょっと……安心した。
まあ彼等はかなり強大な存在だ。前回の時も無傷だったから杞憂だとは思っていたのだが、やっぱり心配だからね。
私は魔王軍幹部としての涼やかな、けれど落ち着いた声を出す。
『怪我がないようで良かった――外殻結界を突破されてしまったのは、君達のせいじゃないから、どうかそんな顔をしないでおくれ』
モキュー……と彼等は頭を下げる。
『大丈夫さ、怒ってなんかいないよ。普段ぶにゃーんってサボってばかりいる私が、勤勉でまじめに仕事をしてくれる君たちを怒ったりしないって、分かっているだろう? 君たちがいつものように明るく笑ってくれると、私は嬉しいのだけれど、駄目かい?』
黒マナティは申し訳なさそうにしていたのだが、私が怒っていないし、むしろ心配していると察したのだろう。
嬉しそうに宙を舞い始めた。
『分かってくれたんだね、ありがとう』
やっぱりかわいいなあ、黒マナティ!
貌がないんだけど、なんとなく喜んだ顔をしているってわかっちゃうんだよね。
私は穏やかな上司の貌を意識して、黒マナティの頭を撫でる。
『すまないけれど――もう一つ、仕事を頼めるかな? 二手に分かれてそのまま守りを固めつつ、今回破られた表側の結界を再生して欲しいんだよ。私は地上にいる幹部のみんなと合流するから、無理しない程度に時間稼ぎを頼みたいんだ。少し難しいけれど、頼まれてくれるかい?』
もきゅー!
魔王軍最高幹部としてのお願いに、彼らは嬉しそうに頷き。
モキュ! モキュキュ!
全員で私を真似たカッコウイイ仕草をして、決めポーズ!
一斉に、モキュモキュモキュと詠唱を開始する。
世界を揺るがすほどの赤い魔力波動が、黒き天に咲き乱れる。
天一面に広がるのは八重の魔法陣。
壊された外殻結界の再生を開始したのだ。
いわゆる、お庭の周りの壊れた石垣を修復しているイメージだ。
私が結界を張り直してもいいけれど、それじゃあ部下たちの成長を妨げることになるしね。
私は、もしも私がいないときの状況も考えて行動する必要がある。
かつての魔王様がそうしていたように……。
私も――。
あの方のように、気丈に振舞わなくてはならないだろう。
強くなったとはいえ私はまだ、魔王様に比べれば弱く、部下を惹きつけるカリスマも足りていない。
だから。
頑張らなくてはならないのだ。
こんなに立派になったのか、おまえは偉いなあ、と褒めて貰うために!
ああ、そんなお優しい魔王様の御城に攻め込んできたヤツはどんな存在なのだろう。
魔王様。魔王様。魔王様。
脆弱なる私をお救いくださった、愛しき御方。
私はあの方のためならば、たとえ何を犠牲にしてでも……。
……。
っと、いけない、暴走しかけてるな。
かわいい黒マナティ達の結界術をじぃぃぃぃぃいいっと眺めて、一息。
癒され、落ち着く。
やっぱりアニマルセラピーって絶対効果があると思うのだ。
今度、この事件が解決した後にでも黒マナティ喫茶とか作ってみようかな。
さて――こっちは問題なさそうだ。
しかし――。
私は破られた結界を眺め、ちょっと眉を顰める。
相手は爪と牙を使う魔獣系の存在か。
結界の破られ方が特殊なのである。
この傷つき方はどこかで見た覚えがあるのだが、どこだったかな……。
忘れてしまったのではない。
私の記憶の中にある傷から、進化している印象があるのだ。
隠匿の魔術属性も備えているのだろう。
そのせいで思い出せないのである。
はてさて。
交代制で上空の警備をしている黒マナティの守りを突破するなど、並の存在ではないのは事実。
猫の鼻頭がちょっと揺れてしまう。
強い魔力の香りに反応してしまうのだ。
どうやら。
今回も大物相手になりそうで、ちょっぴり不安になってしまう私なのである。
だって、ねえ。
世界を壊してしまう不安もあるが、それはまあそうなったら仕方がないと割り切っているのだが。
私が心配しているのは――地上にいる仲間達だ。
もしかしたら、守り切れないかもしれない。
そんな凄味のある気配が猫の毛を撫でているのだ。
彼らは魔王様に忠誠を誓った兵士。
本来なら駒として考えないといけない場面もある。
魔王軍の最高幹部として、時に私は――非情にならないといけないのだろう。
甘いという自覚もあるが。
けれど私は――。
誰一人部下を失いたくないのである。
感傷と使命の狭間に揺れる私。
荒れる空と荒ぶる破壊の魔力。
そしてかわいい猫の顔!
そんな美しい魔猫の顔に浮かぶのは、微かな翳り。
いわゆる大人の憂い顔。
ふと瞳を細めて、シリアスな貌を作っていたのだ。
たぶん今回の敵。
強さで言えば世界で上から数えた方が早い魔王軍幹部連中よりも……遥かに強い。
…………。
……。
まあ、私よりはぜーんぜん弱いんだけどね!
さあ!
かわいい部下の元にレッツゴー!




