ラスボス対ラスボス ~おそるべき神落としけいかく~中編
色欲の魔性フォックスエイル。
私の攻撃を避けた彼女の焦げたパン色のキツネ足には、薄らとした幻影の煙が発生している。
世界との接点が揺らいでいるのだ。
彼女の神速の秘密はおそらく。
これだろう。
私は猫の瞳をじぃぃっと尖らせ、魔術を鑑定!
『へえ! さすが色欲の魔性、幻影をそういう風に使うとは考えたね。自らの身体に幻を掛け、世界の法則を狂わせたのかな。世界は君の幻影に騙され、幻だった筈の神速が現実のモノとなる。君の神速はそういう理屈かな?』
「たった一瞬で見破った!? このアタシの秘術を!?」
『あいにくと、猫である私も幻術系の魔術は得意でね。そういう魔術は君だけの専売特許じゃないってことさ』
ドヤァァァアっとクッションの良い玉座の上で仰け反って、猫微笑。
「あら、でもいくら大魔帝といってもここまでの実体を伴った幻術はできないはず。所詮、ネコの幻術は人間をちょっと騙す程度の子供みたいなお遊び。狐やタヌキのような芸術の域にまで届く幻術を使いこなせるとは思えないわ――男の見栄はかわいらしいけれど、ハッタリは恥ずかしいわよ!」
ほおー、へえー、ふーん。
馬鹿にしちゃうんだ。私は玉座の上から、じぃぃぃぃっと狐のドヤ顔を睨む。
ムスーっとしてしまうのだ。
猫のプライドを甘く見ているな、この狐。
『おや、心外だね。じゃあちょっと見てみるかい?』
「だからハッタリはおよしなさ……いって……え、うそ!」
証明してみせるように、私は亜空間から取り出した空になったモモの缶詰に幻影をかけ。
射出!
中身のないモモ缶がまるで砲弾のような神速で、飛び交う。
ドゴ――ッ! ドゴ――ッ、ドゴゴ!
モモの缶詰。みかんの缶詰。パイナップルの缶詰。
ぜーんぶ空になった空き缶さんが、魔力砲弾となり魔狐に向かい次々と射出される。
「なにするのよ! ていうか、貴重な異界の缶詰まで食べたのね、あなた! この外道!」
『くはははは! 知らんのか! カップヨーグルトの中にフルーツ缶詰をいれて食べるととっても美味いのだ!』
幻影神速でぎりぎり避ける魔狐エイル。
幻影神速あき缶の魔弾で、びしびしびしぃぃっと狙い続ける魔猫ケトス。
にゃーっははは! キツネ狩りなのじゃああああああ!
私をバカにした、罰を受けるのじゃあああああ!
「な、なんなのよこれ! 明らかにギャグっぽい技なのに、一発一発が魔弾の射手よりも強烈な極悪攻撃じゃない! アタシじゃなかったら、身体中穴だらけの無残なオブジェになっていたわよ!」
『おや、全部避け切ったか。やるじゃないか』
全部、という言葉に違和感があったのか。
彼女はふと幻影獣脚のまま立ち止まり。
「というか、あなた……缶詰どんだけ食べたのよ。何かとんでもない量の空き缶が転がっているけれど……」
『全部だよ?』
商人としてのエイルの顔が、ビシっとひくついた。
「ぜ、全部って……あれ、冬を越せる分は備蓄してあったのだけれど」
『全部だよ、ぜーんぶ。私のお腹の中。くく、くくはははははは! 我の胃袋を甘く見た、そなたの見通しが甘かったという事であるな!』
ビシっと肉球で指差し嗤ってやった。
「本当に、本当に甘く見ていたわ……っ。あなたが直接乗り込んできた時点で、退散するべきだった。いえ、正体がバレないと踏んで魔王城を強襲したことから既に……アタシは選択を間違えていたというの……?」
空気が、微かに変わる。
そう、それだけは――それだけはどうしても許してはいけない。
大罪。
大魔帝ケトスとして、私は敵を睨んでいた。
『フォックスエイル。死の商人よ――そなたならば我が心を知っていたはずだ。大恩ある主を慕う、獣としての我、主人の目覚めを待つ我が心の内をな。それを知っていてなお……貴様は利己的な事情で戦争を望み、魔王様のお眠りになられているラストダンジョンに攻撃を仕掛けてきたのだ。それくらいの覚悟はしていたのだろう』
私の口からは、憎悪の魔性としての声が漏れていた。
荒れ狂う憎悪の魔力が、バリンバリンとシャンデリアや二重になった窓ガラスを破壊していく。
……。
おっと、いけないいけない。
まだ人質が残っているのだ、セーブ。セーブ。
ちょっと心を落ち着かせないと危ないな。
色欲の魔性エイルは、狐としての獣性を見せつけるように八尾を逆立て。
シリアスに唸る。
白き獣毛がわさわさとザワめいている。
「つ、つよすぎる上に外道すぎる、こんなのどうやったって勝てないじゃない! こちらは国一つ分の魔力を吸収してあるのに……っ。っく、大魔帝ケトス……っ、こうなったら、あなたのステータスと称号を確認させてもらうわ!」
言って。
玉座の間の絨毯に、ダン! と、足を打ち付ける狐。
刻まれる呪印。
城全体を揺らす魔術波動。
キツネ肉球で浮かんだ絨毯が狐火に焼かれて塵へと消える。
大技か。
世界に魔術で干渉をし始めたのだろう。
キリっとこちらを睨んだ彼女は蠢かせた尾で空を掻き、複雑な紋様を描き出す。
……。
あ――やっぱり狐の手ってよくみると黒い靴下履いてるみたいで、結構かわいいかも。
焦げたパン色のグラデーションもなかなかキュート。
それが、いけなかった。
脳裏に、また過去の幸せと憎悪が過る。
焦げたパン色だったあの子の手を守ってやれなかった、後悔。
私は……。
我は――。
何故に、いまだに人類を滅ぼしていないのだろう?
いかんいかん……。
このまま暴走したらさすがにまずい。
どうも私は……獣相手に、弱い。心に隙が生まれてしまう。
気を強く持ち直して、私は魔女狐を睨む。
狐も私の視線に応えるように、こちらを細い瞳で睨む。
「うふふふ、いくら大魔帝といっても心のある獣。その精神は猫がベースとなっている。つまり、アタシの幻惑魅了魔術もある程度は通じるという事よ! ステータスさえ把握してしまえば……搦め手が得意なアタシにもまだ勝機はある」
『さて、どうだろうか』
玉座にどしりと座ったまま。
王冠を輝かせ、紅蓮のマントを翻し――私は余裕の笑み。
ラスボスの微笑。
まるで魔王様のような貫禄と余裕だ。
「あら、そんなに油断をしていていいの? アタシは構わないし助かるけれど、少し調子に乗っているんじゃなくて?」
『まあいいよ。実際――君の魔術には興味がある。魔王様に仕える大魔術師としての私の興味を惹く、頂の領域の魔術だ。君は誇っていい、その研鑽に敬意を表して一度だけ、無抵抗にくらってあげようじゃないか。さあ、やってごらんよ』
猫目石の魔杖が、並々ならぬ怠惰な魔力を帯びながら輝きだす。
血のように紅いネコの瞳が、玉座からぎらぎらと女を睨みつけている。
超、かっこういい威圧感!
いや、これね。
遊んでるわけじゃないんだよね、実は。
趣味による、ラスボス魔王様ごっこ! ……ではないのだ。
ロックウェル卿からの連絡を待っているのである。
さすがに十重の魔法陣を扱う色欲の魔性と本気でぶつかり合えば、ただでは済まない。
このシグルデンで氷漬けになっている人質は、魔力の波に襲われ肉体から滅びるか、精神を汚染され廃人となってしまうだろう。
全員の救助完了を確認するまでは、時間を稼がなければならないのである。
おそらく、そろそろだとは思うのだが。
遅い……。
これ、止める役のファリアル君もロックウェル卿もいないし。
私が先に暴走して世界、滅ぼさないだろうな。
ちょっと心配になってきた。
肉球に浮かんだジト汗を誤魔化し、私はラスボスごっこを続行する。
『さあ見せてごらんよ、脆弱なる魔狐。少しくらい、私を愉しませてくれるのかな?』
「アタシは、あなたにとって……まともに相手をするレベルの相手じゃないって事ね」
『それが力の差だ。君だって理解はしているのだろう』
「そうね、現実にある差を否定するほどアタシも愚かじゃないもの。けれど――いいのかしら。あなた、魅了を甘く見ているわ」
正直。
すんごい面倒。
それが本音なんだけど、まあ仕方ないね。
甘いと言われてしまうだろうが――助ける手段が残されている状況で、罪のない民間人を死なせたくはないのだ。
人を死なせたくない、か。
憎悪とも情とも違うモヤモヤとした感情が、私の胸を通り過ぎていた。
憎んでいるのは確かなのに、非情になり切れない。
私は――人間とどう接したいのだろうか。
今は明確なグルメが目的として挙がっているが、それが欠けてしまったら?
私自身にも、分からない。
分からないのだ。
私は……いったい、なにものでありたいのだろう。
人、魔、ネコ。
もし自分の心を鑑定できるのなら、答えはどうだったのだろうか。
少し、おとなのかおをしてしまったせいか。
魔女は言った。
「翳のある大人の顔ね、大魔帝ケトス。猫のまま色っぽいなんて、少し感心してしまうけれど――あなた……いったい、なにものなの……?」
怪訝に顔を歪める女。
はて、妙な事を聞く。
『大魔帝ケトスさ。君だって、知っているだろう』
「そんなことは知っているわ。アタシが聞いているのは、そういうことじゃない。そういうことじゃ……ないのよ。あなた、どこかが歪だわ。まるで人間の心が混じっているみたい……なんて、それはさすがにないわね。人として、人をあれほど憎めるはず……ないもの」
女は少しだけ寂しそうに呟いていた。
人間を騙す魔狐にとっても、人間という生き物には何か複雑な感情があるのだろう。
魔狐、狐魔獣は案外に情の深い種族だ。
騙そうとして近づき、逆に恋をしてしまうモノさえいると聞く。
静かに瞳を伏して。
瞳を瞑っている間にバクバクと、モモハムを喰らいつくす私には気付かず。
彼女はゆったりと瞳を開けた。
シリアスな表情で彼女はキッと、私の満腹モフモフ猫顔を睨む。
「いいわ、アタシは魔と人との間で揺れ動きつづける死の商人フォックスエイル。魔狐の本気をあなたに見せてあげる!」
彼女の身体に纏うのは紫色の狐火。
揺れる尻尾の詠唱に合わせて、魔術波動と共に狐火が舞っているのがちょっぴり幻想的である。
初めて見るタイプの魔術だ。
あ、本当にちょっと興味が出たかも!
「本当に、無防備で受けるつもりなのね――甘いのね、大魔帝ケトス。その甘さが命取りよ! 全てを暴いた後の幻影、幻惑使いは絶対的の優位に立てる、喰らいなさい!」
『おや、魔道具を用いない鑑定かな。へえ、こういうやり方もあるんだ』
飛んできた魔術を直接、肉球で掴んで、ペシペシと確認。
ぶわっと膨らんだ尻尾をぶるぶると歓喜に震わせて――。
魔術構成を観察する。
『ふーん、精神から接続して汚染するのか。それで魂のレベルを探るのかい。面白い発想だね――ねえねえ! これ君のオリジナル?』
「ちょっと! 魔術を直接つかむなんてどれだけ非常識なのよ! いいからさっさと、アタシの術にかかりなさい! とりゃ、たあ、コンコーン!」
なにやら人の深淵に接続しようとしているが。
ふむ。
仕方ない、なんか頑張ってるし。
魔術に掛かってやるか……。
少しだけ――私は憎悪の底を、不躾な女に覗かせてやった。
ザアアアァアアァァアと、ノイズが走る。
女はノイズの先に眠る私の情報。
ステータスや過去といった称号を盗み取ろうと、笑みを浮かべた。
精神に直接、女の艶めかしい濡れた声が響きだす。
――さあ、みせてちょうだい。大魔帝ケトス。あなたのその心の内を……ねえ?
魔性たる獣の色欲に満ちた眼光。
濡れた瞳。擦れた吐息が心の中を誘うように撫でてくる。
情欲による鑑定スキルなど初めてみた。
強制的に相手を官能状態にさせ、情報を無理やりに引き出す悪辣なスキルのようである。
が。
んーむ、ドヤ顔で頑張ってる彼女には悪いけど……。
なんというか……私。
精神系のデバフとか、こういうの全部、無効化するんだよね。
うーん。
たぶんこのフォックスエイルくん。
非常に心苦しいが……。
魅了や洗脳といった精神系の魔術を得意とするのだろう。
本来なら格上の相手も倒せる、いわゆるジャイアントキリングを狙えるタイプなのだろうが。
こういうの。
全部、無条件でレジストする私と相性最悪だよね……これ。
精神を暴き誑かす、彼女の魔術は続く。
格好つけているトコロ、たいへん申し訳ないのだが。
絵面にすると、ブスっとしたネコちゃんの身体を撫で繰り回す白銀色のキツネさんなのである。
あ、ウザったいかも……。
こう、なんというか。ネコちゃんが可愛いから撫でたい! っていう、心が足りないね。
うん。
失格。
仕方ない。
追い出すか。
私はその瞳の光に……うすらとした笑みを浮かべて返してやった。
狐ごときが我の底を覗くのか……? と。
深淵の闇の中。
私は獣の腕を伸ばし……女の頬に手を触れた。
オマエはワタシの心の渇きを満たせるのかと。
ギシリ……ッ、と。
憎悪の魔性としての本性で笑みを浮かべてやったのだ。
ただそれだけ。
だが。
次の瞬間。
パリィィィィィギギギギッィィィィィィィン!
と、音を立て彼女の鑑定はキャンセルされていた。




