氷雪に待つボンレスハム ~ダンジョン無双編その3~
散々暴れまくった無双の果て。
魔力の流れの行くつく先。最奥にあの女の隠れ家は存在した。
玉座の間の奥。
隠し階段を下った通路を抜けた広場に、ハロウィンを彷彿とさせるゴシックな洋館が建てられていたのである。
おそらく、ここにあの魔女はいる。
隠匿の魔術が施され、本来なら探すのも困難だった筈なのだが――。
まあ、もう全部マッピング済みだしね。
丸見えだったのだ。
辿り着くまでに、私の暴走を何度も止めたファリアル君が、なんかものすっごい疲れた顔をしているけど。
気にしない。
『んじゃ、存在隠しの魔術を掛けるからね』
ヒゲをにゃふんと揺らしながら宣言し、魔杖を一振り。
紅く輝く魔術波動。
発生する魔の風が、モフモフ獣毛を神秘的に靡かせる。
『怠惰なりしも、偉大なるもの。大魔帝ケトスの名において命じる。我らに静寂の加護を……』
私自らの力を魔術という形に変換し、音と気配を消し。
ぶわっと膨らんだモフ耳を立てる。
いやあ、私の力を魔術化するのって我ながら便利でいいな。
今度研究しよう。
なんか私、人間世界に干渉しはじめてからグングンと信仰度上がってるから、前より色んな魔術を発動できそうなんだよね。
そのうち。
大魔帝の力を借りた新たな回復魔術とか蘇生魔術とか?
そういうヒーラー大満足な効果も発現しちゃったりしたら、神としての私の評価がとんでもないことになっちゃいそうだが。
ま、私は憎悪の魔性。
この世界に満ちる全ての憎しみや恨みを力に変換し、吸収する魔の存在。
さすがにそういう肉体的な癒しとかは無理か。
カワイイし、アニマルセラピーだし。精神的な癒しならイケそうな気がするんだよね!
もしできたら、信者たちを集めて――各地の名産品と引きかえに、力を貸してやらないこともないのだが。
ともあれ。
美猫と外道錬金術師となぞ生物が、ゆっくりと忍び寄る。
そろ~り、そろ~り。
猫のあんよで忍び足。
なーんか、五百年前。ネズミとかカナリアに忍び寄っていく、こんな猫のアニメみたことあるなあ。
アレはやられ役だったけど。
ぺたぺたぺた。
洋館の壁を肉球で辿り……猫の一呼吸。
この辺かな。
トントンと魔杖の先で壁をつつき、魔力を通し――。
中を探る。
やはり……ここだ。
熱源が二つ。
一つは人の形をしている、もう一つは正方形の熱源。
四つの柱に囲まれているようだが……なんだろう、これ。
魔力の反応もある。
該当するのは一人だけか。
氷壁結界で人間の魔力を吸い蓄えている存在がいる、まず間違いなく彼女。
魔女エイルだろう。
死と絶望? あれ……呪いと演説の魔女だっけ……。
まああの残念なオバさんだ。
人質の半数はすでにロックウェル卿が救出しているはず。吸収した魔力は既に彼女の力となっているだろうが、おかわりはできないだろう。
つまり。
今はちょっと強力でも一回倒したら終わり、ということだ。
この間みたいに何回やっつけても死なないのは面倒だしね。
ファリアル君が小声で私のネコミミを揺らす。
「どうやら、ここで間違いありませんね。ワタシの探査魔術でもここを示しています」
『ちょっと逃げられない様に結界を張るから……突入はそのあとでね』
私も、猫のお口を小さく揺らしてそれを返す。
また逃げられてしまう前に――と。
自らの魔力をこの空間の中心、暴走する吹雪の宝珠に接続、干渉する。
カチャリ。
この空間をロックしたのだ。
文句なしにトップクラスの魔性であるロックウェル卿ならこのロックを素通りできるが、並の超強力な存在程度ではそうもいかないだろう。
別にダジャレじゃないよ。
私とファリアル君は互いに目を見て、頷く。
続いて触手なぞ生物も私の頭をナデナデしながら、目を合わせてきて。
……。
とりあえず私は頷いてやった。
なぞ生物は頷き、嬉しそうに触手をくねらせた。
というか、無数に生える触手の真ん中に目玉があったんだね……。
ともあれ。
童話魔術で壁に扉を強制召喚し――直接の道を確保。
いざ!
魔術で接続した洋館の鍵を――破壊!
ドゲゲゲドドドドススゲンゲン!
肉球キックで扉を開け。
突入!
『ニャーッハハ! 残念だったね、呪いとかなんちゃらの魔女エイル! この我が来たからにはお前の野望も……って、えぇ……!? なにその格好!』
強襲だった筈なのに、私は思わずネコ眉を歪めていた。
中にいたのは、コタツに入った妙齢の女性。
髪を結い上げているが……問題はその格好だ。
んーむ。
なんか……よれよれなジャージっぽい貫頭衣をきて、センベイを齧って、胸の谷間をボリボリと掻いている場面に押し入ってしまったのだが……。
「ふぁ? ……えー、なーに、もうご飯の時間かしら? アタシィ、ちょっとつかれちゃったし、まだゆっくりしたいんですけどお」
魔女エイルはじぃぃぃぃっとこちらを振り向いて。
銜えていたセンベイをポロリ。
「え? な! どうして、ここがわかったのって……きゃあああ! やだ、アタシ、普段着じゃないの!」
彼女は慌てて魔導書を掴もうと手を伸ばすが――私が探査の目的で巻いていた不可視の魔術糸に足を引っかけ。
ズコ!
コタツに頭をぶつけて、ずじゃじゃじゃじゃ。
「いやあああああ! な、なによ。なんなのよ、これ!」
そのまま。
ズデデドドドデン!
こたつ机の上のセンベイが床に落ち、素足のまま立ち上がろうとして、またスッ転び。下着を丸出しで、すってんころりん。
貫頭衣に下着だけって……おいおい。
なんとか手に取った魔導書で結界を張って、私達の侵入を阻むことに成功したようだが。
「叡智を我が手に! 我を守るは大いなる結界、この身に守護を! はぁ……なんとか、間に合ったわ。もう、最悪なんですけど」
態勢を立て直し。
魔術波動で床に落ちたセンベイの粉を、ふよふよとさせ。
魔女は何事もなかったかのように妖艶な笑みを浮かべて、リップすら塗られていないちょっと乾いた唇を動かす。
「うふふ、まさかここまで侵入されるとはね。さすがに大魔帝ケトスと血染めのファリアル。聞かせてくれないかしら。どうしてここがわかったの?」
えぇ……本当に残念なオバさんだなあ……。
やってることは極悪なのに……。
なんか。
なにごともない体で話を進めたがっているようなので、私もそれに合わせて猫微笑。
闇の魔力を纏い、獣毛を妖しく靡かせる。
『知らなかったのかい? 大魔帝からは逃げられない』
渾身の魔王様っぽいセリフである。
魔女はロックされた空間に目をやり、状況を把握したようだ。
「なるほどね。いいわ――表に行きましょう。あなた達もこんな狭い場所で戦いたくはないでしょう? ここには異界から取り寄せた無数のお菓子がある、あの子たちを……穢したくないもの」
『まあいいだろう。死に場所ぐらいは君に選ばせてあげるよ』
ドヤァァァア超かっこういいぞ!
いやー、こういうセリフ一度言ってみたかったんだよねえ。
彼女はスッと歩き出し。
「そう簡単にいくかしら。アタシはあなた達のような大物ではないけれど、中堅には中堅なりの戦い方ってものがあるの――。うふふ、あまり舐めない方が良いわ、よぉぉおおお、って、なによ! さっきからなんか足が絡まって、きゃああああああ!」
再び何かに足を引っかけズドドドデン。
あー、これ私の魔術糸だ。
どうしよう。
絶命のなんちゃらさん……。
こたつの上で服を乱して、すっごい間抜けな格好してる。
『えーと……ごめんねえ。君の身体に魔術糸を縛り付けておいたんだけど、気付かなかったのかな?』
「そ、そんなはずは! だってちゃんと戻ってからお風呂に入って、追跡魔術がついてないかチェックもしたのよ!?」
醤油センベイの粉が目立つ細い指を伸ばし、なんとか服をかき集める魔女。
さすがにここで攻撃するのは……やめとくか。
そんな残念な魔女エイルを待ちながら、私はじぃぃぃぃっと部屋の中を見る。
床に転がる醤油センベイ。
これ異界召喚で取り寄せたのか。
……にゃは!
戸棚にあるお菓子。それら全ての所有権を上書きする形で魔力を放ち、影猫を忍ばせ回収♪
虚無の暗黒空間に収納して、私はニヒィとご満悦。
いわゆる接収である!
魔女の隠しお菓子を全て頂き、私も何事もなかったように呟いた。
『だって、私、大魔帝だし。常識とか、そういうちっちゃい事は無視できちゃうし。本気の私の魔術だと――そういうチェック魔術も、すり抜けちゃうんだよね』
証拠とばかりにオバさんの太腿に巻きつく魔力糸を、見える状態にしてやる。
ププー!
ボンレスハムみたいになってやんの!
「こ、これは違うの! 太ったんじゃなくて、むっちりセクシーなのもいいって氷漬けにしてある街のメンズたちが夢の中で言ってたからであって! あ……いや、違うのよ! 別に氷像状態になっている若い男の夢の中に忍び込んで、あれやこれやしてたわけじゃないの!」
『えぇ……いや、聞いてないんですけど』
なんか聞いてもいない恥ずかしい事を暴露してるし。
鼻梁に昏い闇を宿したファリアルくんが、完全なる侮蔑を込めた視線で女を見下し。
小さく吐き捨てる。
「サキュバスの真似事ですか、下品な女ですね」
「だ、だって! しょうがないじゃない! あ、あなたたちだって自由にしていい……ちょっとタイプな相手の氷像があったら、そういう暇つぶしだって、しちゃうでしょう!?」
「人間にはプライドというモノがあるのですよ。――あなたはご自分がなさった事の、重大性に気が付いておいででないようですが……性別を反対にして考えてごらんなさい。下衆以下の性犯罪者だとお分かりですか?」
あ、ファリアル君……ゴミを見る目で魔女さんを見下ろしてる……。
貌が整ってるだけに、すっごいきついなこの目。
うっわ、魔女さん涙目だし……。
「いや、待って! だから、違うの! だって、仕方なかったのよ、我慢できなかったんですもの!」
「すみませんが……あまりこちらを見ないでいただけませんか、何か人間としての尊厳や品位が下がってしまいそうなので」
いわゆる、拒絶だ。
しかも完全な。
うるうると瞳を潤わせ、女は悲しみに嘆き咽び泣き始めた……。
「い、いやあああああぁぁああああああ! だって、あんなに近くに、美味しそうに眠っているんですもの、しかた、ないじゃない……っ」
いや、泣いてるけど……正直、魔族基準だとしてもかなり最低な行為だからね……?
ま、まあ一応フォローすると夢の中での、そういう、サキュバス的な行為は……相手の同意がないと実行できないことが大半だけど……。
それにしても――。
ど、どうしよう。
本当にこの魔女、すっごい残念なんですけど……。
私は、んーむと憐憫の視線を送りながら唸ってしまう。
この世界の強者って、魔王様と私以外に――まともなやついないの?




