魔族の誘惑 ~魅惑のつくね団子~
パシン!
と、指を鳴らす要領で肉球を鳴らし傀儡の魔術をといた私は、目の前の騎士君、アーノルドに問いかけた。
「にゃーにゃにゃうにゃにゃ、うにゃにゃにゃ?」
……。
うん、これ通じないね。
騎士は剣に手をかけることなく、緊張した面持ちで口を揺らす。
「貴方は一体、何者なんですか……っ。ただの猫でないのは確かですが」
「にゃはははは、にゃはっはは!」
人間のくせに見る目があるじゃないか!
と。
ジェスチャーで説明しようとするが。
うん。
無理だね。
目の前の騎士様、めっちゃ困ってる。
でも魔力を介した会話は色々と語弊が生まれやすいし。
仕方ない。
猫のまま公用語で話してもいいが、あれはちょっと油断するとすぐにニャーニャー言葉になっちゃうし。
喉の構造上、発声しやすい人型に変身するか。
まあ二人で話すために、専用の暗黒空間を作り出して世界の干渉から隔離された場所に隠れているので城内の人間に気付かれることはないだろう。
「ぶにゃん!」
魔王様から授かった王冠を亜空間から取り出し、紅蓮のマントも羽織りながら周囲に魔力の渦と煙を発生させる。
本当なら一瞬で変身できるのだが、いわゆる「演出」というやつである。
おそらく、騎士君の目線だと華麗に素敵に変身する私の名場面が映っているだろう。
「我が名はケトス! 魔王様一の腹心! 偉大なる御方の忠実なしもべ、魔王軍最高幹部が一柱、大魔帝ケトスである!」
にゃはははと宣言した途端。
ビシリと騎士の貌が絶望に歪んだ。
しばらく経って、
「ケトス……っ、貴方があの伝説の大魔獣、ケトス……!?」
ようやく彼は頬を伝う脂汗を光らせながらそう呟いた。
「コラコラー人間の分際で頭が高いぞぉ、様をつけるべきだとそう思わないかい?」
チッチッチと人差し指を立てていってやる。
こっちは猫様なのだ。
立場というモノを弁えて貰わないと困る。
まあ今は猫耳猫しっぽを持つ猫獣人の紳士っぽい恰好になってる筈だけど。ともあれ。
「失礼ですが……っ、本当にあのケトスさま、なのですか」
「本当にケトスだけど、なんだいその『あの』ケトス様って」
アーノルドくんは覚悟を決めたのか、平常心を取り戻した顔で言う。
「かつて北大陸に存在していたガラリア魔導軍事帝国。世界最強と謳われたあの帝都を一夜にして滅ぼしたと伝承されている荒れ狂う混沌の魔猫……あのケトスさまなのですか」
言われてふと考える。
ガラリア、ガラリア、ガラリア……。
「んー、よく覚えてないや。魔導を操る国は何個か滅ぼしてるし……もしかしてその国、魔王様の悪口とか言ったりした? 散歩中にうっかり耳にしてついヤッちゃったパターンもあるけど」
私は暗黒空間に保存してある記憶クリスタルをぐねぐねと動かしながら言う。
猫という器に魂が入っているせいか、どうも記憶容量が少なくなりがちなのでこうして映像に残しているのだ。
魔王様の事となるとどうも理性が消えちゃうから困るよね。
まあ困るのは主に周りがだけど、にゃははははは!
「あー、ヤッちゃってるね」
「やっちゃって、ましたか……」
「魔王様を召喚して世界を征服しようなんて考えてたバカな国だよ、懐かしい。まあ魔王様じゃなくて間違って私を召喚、生意気にも敵対国を滅ぼせなんて命令してきたからさ、つい滅ぼしちゃったんだよね。魔王様のペットである私が人間のために動くわけないのに! にゃはははは、ごめんね、もしかして関係者だった?」
あの時は魔王様を舐め腐ってた仕返し。
ただの私怨で国を滅ぼしたのに、世界を平和にしてくれた救世主なんて言われて崇められたっけか。
まあ勝手に崇めている分には害もないからいいけど。
「い、いえ。それで何故あなたのような大物が姫様と共にいらっしゃったのですか。大魔帝を名乗るほどの方が、このような小さき国に用があるとは思えませんが……」
「いいのかい、自分の国を小さいだなんて言って」
「ワタクシが忠誠を誓っているのは無駄に戦禍を広げようとしているこの国ではなく、姫様ですので」
魔族ではなく魔王様に忠誠を誓う。そんな私の状況に似ているのか。
ふむ。
私は意地悪はせずに、事情をそのまま説明することにした。
ここ数日、彼女にヤキトリを貰っていた事。
そして。
何者かによって呪われた彼女は数日中に死ぬのではないか、と。
まあ魔族会議でやらかしてほとぼりを冷ましているとは言わないけど。
どうやら彼は私の言葉を全面的に信用したようだった。
「姫様に呪いとは、なんて卑劣な!」
「おや、君は私がやったのだと疑わないんだね」
「それはまあ……貴方ほどの強大な魔が呪いの力を行使したら、徐々に死ぬのではなく、即死してしまうでしょうから」
随分と私の力を評価しているようである。額を伝う彼の汗は本物の緊張と畏怖を示していた。
嘘をついている気配はない。
「へぇ、君、すごいねえ。私の力が分かるんだ」
「これでも国一番の英雄と呼ばれております」
力ある人間、ということだろう。
無駄に抗い、姫様を返せこの化け猫が! まあまあ待ちなよ。って軽くいなしてドヤ顔をする展開を想定していたのでちょっと残念だったりするが、ともかく。
ヤキトリの恩ぐらいは返してやってもいいか。
「偶然とはいえ乗り掛かった舟だ、話ぐらいは聞いてあげるよ? 何か呪いに心当たりがあったりするんじゃないかな」
「姫様は……昔から兄君に疎まれておいでなのです」
「へえ、どれどれ」
言われて城内の気配を辿るとなるほど、確かに似た血の匂いをもつ男がいる。
場所は……地下か。
生意気にも透視魔術を防ぐ結界を張っているようだ。まあ人間ごときの結界など朝食のパンに挟むお徳用スライスハムより薄い。軽くグニャグニャできてしまう。
貴族風の男の姿が浮かび始めた。
「これがあの娘のお兄さん、か……あんまり美味しそうじゃないね」
貴族として整った顔立ちであるがあまり性格も良さそうじゃない。
周囲には扇情的な格好をしているエルフの娘が数人。他種族のメスを侍らせて、どうやら色々とお楽しみの様である。
部屋の中心。何人かが家畜のように拘束されている。鎖で繋がれ転がされている裸の男女は人間だ。意識を失いつつも魔術で操られているのだろう、互いに互いの肌を合わせて蛇のようにのたうっている。生命力を吸われているようだが……あれは生贄か。
まだ未完成のようだが、なにやら魔術儀式の準備をしているようだ。
見たところ召喚系統の魔法陣か。
冒涜的な儀式ではあるが、まあ魔族の私がとやかく言う筋合いはないだろう。国を守るために生贄をだすことは、歴史でもよく聞く話である。
さて。それはともあれ。
顕微鏡のメモリを捩じるイメージで目を細め、もっと奥まで探ってみると……この男、血脈に僅かなズレがある。
「あー、このお兄さん。腹違いの兄妹的なアレかい?」
「確かにそれもありますが、何と申しましょうか、戦場でも活躍なされ祝福をお使いになり聖女でもあられるナディア様は国民からも慕われていて――次代の王には兄君ではなく、ナディア様との声が上がり始めているのです」
そりゃこんな生贄の儀式をやるような兄は王にしたくないわな。
「しかしそぉなると。んーむ……なんだ……やっぱりただの政権争いか、人間ってどこの世界でもそういうのばっかりだよね。足を引っ張り合ってないで協力すればいいのに」
「お恥ずかしい限りです」
「つまんないから、帰る」
猫に姿を戻し。
トテトテトテと肉球音。
王宮のごたごたをつっつくほど私は暇じゃないのだ。
いやまあ……暇だけど。
「お待ちください!」
本気で帰ろうとする私を呼び止めるアーノルドくんを見つめ、はぁ……とあからさまな落胆をしめしてやる。
「もっとこうさ、昼ドラ的な展開は無いのかい?」
「昼ドラ?」
「君たちには分からないのか。んー、まあ恋愛も含んだ愛憎ドロドロとか、そういうヤツさ」
「それならば、その……ワタクシとナディア姫様は……あの」
そこまで言いかけて、アーノルドは目尻をぽっと赤く染める。
にょほほほほと私のヒゲがぴくぴくと動き出した。
「へえ、ほお、ふーん。君さあ、嫁入り前の御姫様に手を出しちゃったんだ!」
「手を繋いだだけです!」
「おや、交尾はまだだったのかい」
「こ、ここここ、こ……っ、なんて言い方をするんですか!?」
やっぱり人間ってからかうとおもしろいな。
人間の負の感情を食べる悪魔や死霊たちの気持ちが少し理解できてしまう。
「まあいいや、正直に話してくれた君にご褒美だ。呪いをかけている相手を逆探知してあげるよ。相手が分かれば、証拠もつかみやすいだろ? あとは君の手であの娘を守って恋愛度もズドンのばきゅん、一気にカップリング成立さ」
にゃはははと、立てた尾を膨らませながら私は、人型の姿に再度変身。
魔王様から頂いた猫目石の魔杖を取り出す。
この魔杖さえあれば、飽きやすい私でも短時間で、この地域全ての魔力の流れを支配することが可能だ。
どうせあのバカそうな兄皇子が犯人だろうけど。
なんか生贄っぽいのを集めてたし。
杖を一振り。
呪力を辿り、歪められた現実と亜空間の狭間を追って。
そして、私は困ってしまった。
「おや、これは参ったね」
「ど、どうかなさったのですか。貴方様の御力をもってしても分からなかったのでしょうか」
「いや、呪いを掛けている相手は分かったんだけど……」
まあ隠していても仕方ないか。
「彼女なのさ」
私は素直に語る事にした。
「犯人は女性、なのですか」
まあそういう反応になるよね。
「だから、死の呪いを彼女にかけているのはナディア皇女殿下自身、あの娘本人なんだよ」
騎士の表情は驚愕に歪んだ。
姫の忠実なる騎士、アーノルドくんが私に向かって叫んだ。
「嘘です! 嘘でなかったら、何かの間違いに違いありません」
「そう言われてもねえ……」
んー、困った。
まさか自死を目論んでいたなんて展開は予想していなかった。
そう。
まったく予想していなかった。
むくむくと耳毛が立ちあがる。尾がぶわりと膨らんだ。
むふ、むふふふふふ!
「にゃは、にゃーっはっははは! これぞ昼ドラ! 退屈な時間を無責任に楽しめる最高の環境じゃにゃいか!」
「ケトス様……?」
「にょほほほほほ。いいよ、全面的に協力してあげよう! もし彼女の救済に失敗したとしても私の責任じゃないし、君はどうしたい? 彼女を浚い駆け落ち? それとも他の王族を全てを滅ぼして彼女を女帝にでもしてみるかい?」
呆然としているアーノルド君。
その顔。
息がかかる程の距離まで詰め寄り囁きかけた。
「なんなら君を国王にしてあげてもいい」
それは魔の囁き。
「愛しい姫様を権力のままに穢すことだって君の自由になる」
私は魔族。
人間の尊厳を貶め、魔の道へと踏み外させるのも私の自由だ。
私の猫目を凝視する騎士。
「姫が欲しくないかい?」
彼の脳裏には、私の見せる幻影が映っているだろう。
国王として国を治め、力のまま、欲望のままに愛しい女を陵辱する覇者の姿。私ほどの魔族が本気で力を貸せばそれくらい可能なのだと、彼にも教えてやったのだ。
交尾の甘さも。
淑女を征服する背徳も。
好いた女を無理やりに暴き、自分を教え込む醜い快楽も。
全部。
穢れを知らない善人に、バターのように溶ける麻薬の快楽を無理やり呑み込ませるように。甘い蜜の欲望をじっくりと魂に塗りたくっているのだ。
騎士の喉がゴクリと鳴る。
清廉で潔白な騎士といえど所詮は人間。欲望は必ずある。
拳をぎりりと握り、強く大きな息を吐き捨て。
彼は言った。
「姫様が欲しい、それは確かに事実です。けれど、ワタクシは今の立場のまま姫様をお救いしたいのです」
その貌は清廉な騎士そのもの。
物語なら正統派主人公さながらのイケメンぶりである。
誘惑には乗ってこなかったか。
まあどちらでも構わないけど。
人間のくせに生意気だけど。
まあ、嫌いじゃない。
「いいよ、君がそれを望むなら、そうしよう。ただ分かっていると思うけど私は魔族だ。契約を交わすにはそれなりの代償が必要となる。君にその覚悟はあるかな?」
「勿論です、姫様のためならば命でも魂でも全て差し出す覚悟はできております」
迷いのない即答である。
くくくく、誓ったな。
「良いだろう! ならば我が壮大なる代償、貴様が我と契約するための代価を教えてやる! 心して聞くが良い!」
紅蓮のマントをばさりと翻し私は宣言した。
「城下町に佇む露店。神が作りし神酒に匹敵するほどの商品を扱う八花亭! タレのヤキトリ串十二本詰め合わせセット! この国一番の至宝と謳われるあの馳走を我の前に差し出すのにゃ!」
パタパタパタとマントが揺れる。
ぐふふふふ、あまりに大きな要求に息を呑んでいるようである。
「え、いや……えええ? いま、なんと?」
「タレのヤキトリ串十二本詰め合わせセットだにゃ!」
あの至宝な味を思い出した私の変身が僅かに解ける。
手のひらに肉球が浮かび上がる。
「……」
アーノルド騎士はなぜかジト目で私の肉球をみつめ、こいつに任せて本当に大丈夫なんか、といった感じの表情をしていた。




