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氷雪に待つボンレスハム ~ダンジョン無双編その1~


 シグルデン王城内部はモンスターの巣窟。完全なるダンジョン領域になっていた。

 領域ボスの名は、呪いと絶命の魔女エイル。

 よくわからん残念なオバさんである。

 猫ダッシュをしながら横目でダンジョンの内装をちらり。

 パッと浮かんだイメージは――。

 騎士団ダンジョン。

 そんな名前が似合いそうな氷城である。

 たぶん並の上級冒険者でも入って数分で溶けてしまうほどの、超高難易度ダンジョン。ゲームなら序盤に顔見せだけしてあるものの中には入れず、終盤になってようやく入れるようになる面倒な場所だろうね。


 ぶにゃぶにゃぶにゃぶにゃ。

 カツカツカツ。ギギギギギィ♪


 シグルデン王城ダンジョンに響く足音。

 愛らしい猫魔獣と外道錬金術師と、空飛ぶなぞの触手生物が駆ける。

 おそらく。

 この城内には、自動殺戮石人形の他にもモンスターが配置されているだろう。

 吹雪の宝珠によりこの地は隔離されていた、私の知らない、魔王軍の配下にいないモンスターもいる筈か。

 強そうだったら勧誘してもいいかもしれないが。

 なにはともあれ、ここのダンジョン領域のボスである魔女をなんとかするのが先か。


 ◇


 昔は衛兵たちが並んでいただろう廊下に並ぶのは、命なき傭兵。

 自動殺戮石人形の兵隊団だった。

 洗脳兵ではなく石人形なのでちょっとほっとした。

 無機質な人形の虚ろな顔が、何もない空間をじぃぃぃっと見つめ続けている。

 魔術照明が浮かんでいるところを見ると、魅了された人間の王族か拉致された洗脳奴隷兵たち、そして視覚を頼りにするモンスターが徘徊しているのは間違いないか。

 それはともかく。

 暗い場所に浮かび上がる人形の顔って、ちょっと怖いね。

 その足元には罠もある。

 宝箱すら湧いている。

 彼等に守られた通路の奥には、魔物特有の威圧感のある気配が蠢いていた。


『さーて、今度こそ私の出番かな。いざ! 無双じゃあ!』

「少々お待ちを」


 と、勢いをつけてオートマタに突撃しようとしたのだが。

 ファリアル君の腕が私を抱き上げ、制止していた。

 オートマタに何かするつもりなのだろう。


『えー、せっかく私の無双ターンなのに! いいじゃん、壊しちゃおうよ!』

「今からすることが失敗したらお願いしますよ」


 優しい微笑を零した彼の腕の中で手足をぴょこぴょこ、ぶうぅぅぅと唸る。

 どうもファリアルくん相手だと魔王様を思い出して、強く出られなくなるな。

 外見とかはそんなに似ていないのだが。

 しかし何をするつもりなのだろうか。

 壊すつもりならわざわざ私を止めないとは思うのだが。

 そんな彼が取り出したのは、得体のしれない魔香。

 バッ――と長い手を翳し。

 牡鹿の骨兜の下。鼻梁に昏い美貌を携えて。魔力波動を輝かせる。

 ――ギシリと口の端をつり上げ。


「人は塵に、塵は人に。汝の生命はけして無駄にあらず、最後の慈悲にて我が魔力をその骨に刻め。魔傀儡(ドール)制御強奪(マインハック)!」


 石人形の顔に、ちょっとフテブテしい猫ちゃんマークが刻まれていく。

 意思のない貌に闇の光が灯る。

 なるほど。

 魔力を込めた魔香で、オートマタの回路を狂わせ所有権を奪ったのか。

 材料は……たぶん、何かの生き物の灰だな……。

 あまり想像するのは止めておこう。

 まあ、もう慣れたけど。

 魔王軍幹部っぽいファリアル君の腕の中で、魔術波動に揺られ、尻尾とモフ毛を靡かせていた私って結構イケていたかもしれない。


「これでオートマタのコントロール権は全て剥奪しました。都合が良い事に自動で動きますからね、ロックウェル卿様のサポートをさせましょう」


『さすが製作者。君、製作段階でコントロールを奪えるように細工してたんだね』

「まあ自動で動くならば敵になる可能性も想定しておりましたから。集落の時には準備が間に合いませんでしたが、今ならこの通りです」


 ロックウェル卿のもとに向かう指示を出しながら彼は、そう言った。


『ところでこの太々しいデブ猫は何のマークなんだい? なんか思い入れがありそうだけど』

「ワタシの……大切な方ですよ」


 本当に、大事な猫なのだろう。

 同じ黒猫ではあるが……私ではないな。こんなにブニャっと太々しくないから、違うだろう。うん。

 彼の笑顔の温かさは本物だった。

 ここまで好かれているのなら、きっとその猫は幸せだったのだろう。


「さて、ここからが本番でしょうかね」

『だね。魔女へと続く魔力の流れはこっちの道で間違いない――、じゃあ、行くよ! ぶにゃはははは! あのおばさんに手痛い一発、食らわせてやるのだ!』


 氷漬けになった深紅の絨毯を駆け抜けた先には、モンスターの山がいる筈。

 絨毯に足を踏み入れた――。

 刹那。

 強い魔力の反応が次々と浮かび上がってくる。

 来たか!

 ミノタウロスやインキュバスなどを中心とした、男性型魔物である。

 おそらく魔女に魅了されてダンジョンに登録された魔物たちなのだろう。

 群がって、何かを喰らっているが。

 あれは……。


『あー、こういう展開か……ちょっと、気分が悪いね』

「これは――……っ。なるほど、たしかに……食料が尽きた国ならば……そういう選択肢もあったのですね」


 牛の顔を持つ魔物が、何かを口に銜えていたのだ。

 ナニかの破片。

 獣の鋭い牙から、ポタポタと雫が垂れている。

 その色は、赤い。

 彼等が喰らっているソレは、氷漬けになっていた何かのニク……だった。


 ガジリィィ……、ガジリィ……。

 牙と牙が擦れあう音がダンジョンに鳴り響く。


 ここにある肉といえば……まあ、一つしかないだろう。

 ……。

 敢えてそれには触れず――眉間に険しい皺を刻んだ血染めのファリアルは、ギッと相手を睨んでいた。

 亜空間に手を入れた彼は、禍々しい骨の剣を取り出し……シュっと毒の液を垂らし。

 七重の魔法陣を大地に這わせ――。

 警戒の声をあげる。


「ケトスさま! 敵が来ます、まずはワタシが敵の動きを――」

『いや――君は下がっていたまえ。見るのは……辛いだろう』


 私は魔王軍最高幹部として、魔族としての穏やかな声を出していた。

 触手生物がファリアル君の補助魔術を敵全体にバラ撒こうと連携を取る。

 が。

 それよりも前に。

 憎悪の魔性として、大魔帝ケトスの影が――、領域全体に拡がっていく。


 猫の形の影が、その咢を開き。

 キシァァァァァアアァァ――ッ!

 威嚇音を上げた。

 次の瞬間。

 呪殺の影響下にいた魔物の身体が――ぐちゅりと歪んで、肉塊へと変貌していく。

 ぐちゃぁあ!


「え……」


 むろん、敵を排除したのは私である。

 あまりにも一瞬だったからだろう。

 血染めのファリアルはその光景をただ茫然と見つめていた。

 まあ謎の触手生物は目を輝かせて喜んでいるが。


「今のは一体……」

『呪い殺しただけだよ――私は、ネコだからね。こういうのも得意なのさ』


 蠢く闇の中に光るのは、赤い瞳。

 魔性としての影を壁一面に広げる猫魔獣。


 まだ敵はいる。

 その口には肉の破片が詰まっていた。

 魔物としての彼らに罪はない。

 近くに肉があれば食う、それだけの話なのだから。


 ただ、私はそれを少し気に入らなかった。

 だから、肉塊にした。それだけの話である。


 大魔帝として、肉を喰らう魔物達に私は告げた。


『残酷とは言わないでおくれよ――君達だって覚悟があってソレを喰らったのだろうから』


 我ながらかなり冷めた声を出していたと思う。

 ファリアル君もまた冷めた瞳で崩れた肉塊に目をやった。

 まだ生存していた怯え固まる魔物を横目で眺め……、何も言わずにその怯えごと魔物を血の海に沈める。


 何をしたのかは分からない。

 けれど、彼が指で宙をなぞっただけで魔物の首は全て飛んでいたのだ。

 これが、血染めのファリアルの本当の力なのだろう。


 血染めとなった片手に纏わりつく体液を切るように払い、ファリアルは言った。


「ワタシはもはや人としての器から逸脱しております。けれど、やはり……同族が喰われる姿は、けっこう、堪えますね」

『それが――人の心なんだろうね。私にはもう……それすらも霞んでしまったけれど。やはり、どこか寂しくなる』


 告げて、私は瞳を伏す。

 それがかつて人間だったモノとしての、せめてもの弔いだった。


 ここの食料は尽きていた、そして……。

 ここにいるモンスター達は知恵ある高レベルの存在。あの氷像が民間人であると知っていたはずだ。ならば――過度に同情などする必要はない。

 人が人に厳しいように、案外、魔物も魔物に厳しいのである。


 触手生物が肉塊に近づき……魔物が銜えていた氷漬けのボンレスハムを回収してくる。

 肉は既に表面が剥がれていた。

 中の包み紙も無惨に捲られ……そのラベルも剥かれ……。

 着色料の赤い汁が……。


 ……ん? 着色料にラベル?

 んんん?


 私は触手生物からお肉を受け取るとその抉られた部分を時間逆行で再生し。

 ちらり。


『ボンレスハム? なーんでこんな所に異界の御惣菜があるんだろ』


 私の口からは、いつもの猫ちゃんの声が漏れていた。

 無添加、安心。昔ながらのお肉屋さん。高級モモハム?

 異界召喚で取り寄せたのか、表面にはメーカー名と商品名のラベルが貼られている。

 ……。


『いや、無添加なのに着色料使ってるってどうなんだろ、これ』


「異界の文字が読めるのですか?」

『まあ――大魔帝だからね。これは間違いなく異界召喚で取り寄せられたものさ』


 ふむ、と考え込むファリアル君。


「なるほど、あの魔女……食料が足りないので異界から取り寄せていたのですね。ワタシはてっきり人間が喰われているのかと思って、少しカッとなってしまいました。いや、お恥ずかしい」


 よく見ると、ここにはダンジョンモンスター用の食糧庫が別に用意されていたようで……なんか、すっごいエグイ地獄絵図ではなかったようだ。


 まるで元の世界のスーパーマーケットのような設備には、いろんな種類のお肉やらアイスやら、お菓子やらが並んでいる。

 どうやら全て魔女が呼び出したものらしい。

 そう。

 別に冷凍人間は喰われてなどいなかったのだ。


 肉球とお耳と猫ちゃんのお鼻が、カァァァァァアアっと紅くなる。


 あで?

 これ。すっごい恥ずかしい勘違いしてた?

 義憤的ななにかに駆られて、めっちゃ本気で肉塊にしちゃったよね?

 だって。

 ねえ?

 あんな所で氷漬けのお肉を齧っていたら、誤解するよね?


 そ、それもそうなんだけど……。

 私は後方をちらり。


 ど、どうしよう。私も同じ勘違いをして……呪殺しちゃったけど。

 もしかして……やり過ぎた?

 深紅の絨毯に並ぶのは血染めの肉塊の道。


「さすがはケトス様ですね、あれだけの量の上級魔物を一瞬で。大魔帝に逆らう者には、無慈悲な死を……そういうことですか」

『ま、まあねえ……ぶにゃはははは!』


 ダンジョンモンスターだからそのうち、リ、リポップするし……いいよね?

 そりゃたぶん一生、ネコに怯えるトラウマを負うかもしれないけど。

 私、ぜーんぜん悪くないよね?

 そもそも、大魔帝たる我の存在に気付いていながら襲ってきた方が悪いのだ!


 そうだ、私、悪くない。敵が悪い。

 そうだね?

 まあ、それでも――、一応、警告だけはしてやるか。無関係な魔物も中にはいるかもしれないし。


 こほんと咳ばらいをし、声に魔力を纏わせて。

 うにゃっと口を開ける。


『あー、あー。テステス。ただいま音声魔術のテスト中! ロックウェル卿、聞こえてるー?』

『おー、ケトスか。こっちは順調だ、ちゃんと聞こえておるぞ! このオートマタたち、便利で助かっておるぞ!』


 お、ちゃんと届いてるな。

 向こうも音声魔術で返してくれた。

 さて、これで準備はオーケー。

 ダンジョン全体に広がるのは、大魔帝の嘶き。


『くはははははは! 魔王城を住処とするダンジョン猫である我の道を塞ごうとは、愚かなり!』


 いつもの演出、それもあるが。

 これは慈悲でもあった。

 ようするに、死にたくないなら逃げろよと最終警告を与えているのである。


『脆弱なる氷城を根城とする魔物諸君、こんにちは。我は大魔帝、猫魔獣ケトスである! ダンジョンに集いし血に飢えた魔物どもよ、聞くがいい。我はこれから蹂躙を行う。一切の慈悲を排除した、蹂躙である! 腕に覚えがある者は我が前に現れよ。灰燼へと帰す暇さえ与えぬほどの死を汝らにくれてやろう、ぐは、ぐはははははは! あー、疲れた。ねー、ロックウェル卿! こんな感じでいいかなー?』


『おー、いいのではないかあ! 今こちらはピサロ帝がついて救助を開始しておる、こやつドンくさい人間の割には使えるではないか! 余の霊峰に持ち帰ってもよいか? 壁に飾っておこうと思うのだがあ!?』


 なんか。

 とんでもないことを言い出したぞ。あのニワトリ卿。


『にゃあああああああ、駄目だよ!? それ、暴君だし、地味だけど一応皇帝で、人間の中では偉いんだ! 居なくなると西帝国グルメ計画が滞っちゃうよ!』


『グルメ計画とな!? ケトスよ。その辺をもっと詳しく聞かせてくれんか!』

『わかったー、じゃああのオバさんやっつけた後にねえ!』


 音声魔術を切って、ふうと私は仕事を終えた猫の顔でにゃふん。

 さて、これでいいか。

 あ。

 よく考えたら、さっきの会話も全部中継しちゃってたけど……。

 別に問題ないか。


『あれ、ファリアル君どうしたの?』

「いえ……西帝国の皇帝が来ていると耳にしたので、ちょっと昔を思い出しましてね」


 不愉快とは違うが、なにやら複雑な顔をしているのはファリアル君。

 百年前の戦争終結後、人間世界から追いやられた彼にとってはなにか因縁があったのかもしれないが。


『ふーん、まあ何があったのかは知らないけど。君たちの集落を助けるために支給された補給は、全て西帝国からの支援品だ。彼らが民間人のためだと無償で提供してくれてね――ま、どう思うかは自由だけど。私は一応、事実だけを伝えたからね』

「そう、なのですか。それは……感謝しないわけにはいけませんね」


 ファリアル君は私のモフ耳をみて苦笑をしていた。

 わだかまりがあるのかもしれないが、もう、彼にとっては過去の事なのだろう。

 なにはともあれ。

 ネコヒゲが、ぶにゃ~んと疼く。


 獲物を狩る、あのウズウズがモファモファの獣毛を更に膨らませている。

 ニヒィ!

 ようやくこの時が来た。

 私は待ちに待っていたのである!

 これから堂々と、無双の時間じゃあああああ!


 今度こそ、本当に――ちゃんとした無双、できるよね?



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