魔女と外道とドヤ顔にゃんこ ~滅びの焼豚鍋~中編
既に雷の槍による攻撃は全ていなされていた。
むしろ反射の魔術の影響で、魔力を吸収されつつもある。
魔術を止め、賢くえらーい私はぶにゃーんと考える。
このオバさんが黒幕となると――。
ふーむ。
こいつが言っていることは嘘ではなく真実か。
つまり。
シグルデンの人間たちはこの集落の者を除き、全てこの女の虜か手の内で氷漬けになっている。
んーむ、それでこの大陸の人間の数が異常に少なかったのか。
既に大陸が滅んでいると思っていただけに、これはプラスの情報だ。
人質になっている。
ならば、まだ生還できる手段が残されているという事なのだ。しかもこのオバさんは言っていた、この大陸の人々すべて――と。
あくまでも結果的にだが。
助けるべき民間人はみーんな冷凍保存されているのだ。
肉体が形状を保っているのならば、死者の眠る虚無まで行ける私の能力、冥界下りとのコンボでまず間違いなく全員蘇生できる。
吹雪の宝珠の暴走から、人間たちを守ってくれたといえなくもない。
魅了されている王族は知らんけど。
さて――何にしてもそろそろ決着はつけないといけないだろう。
ギャグ属性強めのおばさんだが――。
やっていることは結構凶悪であるし、なによりもそれなりに強い。魅了による洗脳魔術を使っていたようだし、魔王城を襲わせたのも、こいつか?
それは絶対に確認する必要があるだろう。
そもそも私は――魔王様のお眠りになられている我が家を襲われて。
結構、ご立腹なのだから。
『なぜ我が家。魔王様のお住まいになるラストダンジョンに洗脳奴隷兵……人間をさし向けたんだい。あれは、君の仕業だろう?』
「あら気付いていたの? そうよ、各国から浚われた人々を使って魔王城を攻め込んだのはアタシ。結構強かったでしょう? でも勘違いはしないでちょうだいね。世界各国から英雄クラスの人間たちを密かに浚って準備していたのはアタシじゃない、この国の王族達よ。時代錯誤にも世界征服なんて企んでいたみたいだけれど――アタシはただそれを横から利用しただけ」
んーむ。こんなドヤ顔で微笑してるし。
黒マナティのワンタッチで壊滅したのは言わないでおいた方がいいか。
さすがに……可哀そうだよね。
しかしここの王族連中、そんな古臭い考え違いをしていたのか。
民間人はともかく他を助ける必要は、あんまりなさそうである。
ファリアル君の話だと、国の王族は集落の援助と補給をわざと断っていたフシもあったし。
もし。
魔王様なら、たとえ人間の集落でも飢えと寒さで滅びそうなら……ちゃんと手を差し伸べていたんだろうな。
人間の汚い部分を見てしまった気がして――私はちょっと寂しくなった。
『あーあー、こほん。あ、あんな、きょうりょくなー洗脳ぶたいを――用意できた理由は分かった。けれどやはり分からない。そう――そうだ。何故。なにゆえ……我にはどうしても分からぬことがある。何故――傀儡と化した人間を使い我が主の城を襲った?』
魔王様を襲われた。その過去を思い出した私の精神は、変化し始めていた。
女は変わりゆく私の問いかけに、表情を崩さず唇だけを動かした。
「だってそうすれば、また戦争が起こるじゃない。魔族と人間の戦争――あなただって懐かしいんじゃなくって」
『――……ほぅ、人と魔の戦争を望む、か。なるほどな』
私の心の淵にある憎悪が、紅く照り始める。
ロックウェル卿の鶏眼も赤き輝きを放ち始める。羽毛が、モコモコと膨れ上がり始めていた。
我らの声と気配に変化があるとも気付かず。
女はまるで自分に酔ったように妖しく微笑んで、続けた。
「人間と魔族が再び戦争を始める。それってとても素敵な事じゃないかしら。力を持て余した魔族は敵を得て、人間同士争う人間はようやく共食いをやめて協力できる。ほら、うまく噛み合うじゃない。だからアタシは時計の針を戻すのよ――人間は魔族と戦う事でしか、本当の平和を得られない。永遠に続く魔と人間の戦争時代を作り上げる、それがアタシの最終目標よ」
女は口の端をつり上げて、言った。
「後の人はアタシをこう評価するでしょうね、長い人類同士の戦いを終わらせ平和をもたらした、美しき女神と――ね」
正気ではない、か。
美しさがあることは否定しないが、この世界の人間は存外に目が肥えている。妙齢な女性を美しき女神と称したりはしないだろう。
それすらも分からないとは……哀れな娘だ。
なぜ世界の悪者は、私のようにただ謙虚で、心美しくいられないのだろう。
私ならば美しき猫魔獣と称されたのだろうが……。
瞳を細め、私は言う。
『魔と人との戦争再開など。勇者なきこの世界が許すはずなかろう。必ずやそれを阻む奇跡が生まれ、妨害される。貴様ほどの使い手ならば既に気づいているのであろう』
「あら、あなたも世界の流れを読めるのね? 先見の魔術は魔女の特権だと思っていたけれど、まあその通りよ――だからアタシは、このシグルデンを守る宝珠の暴走を利用させてもらった。あー、勘違いはしないで頂戴ね。アタシが暴走をさせたわけではないわ、これも王族の仕業。いくら絶命の魔女であるアタシでも大陸一つを猛吹雪で殺してしまうほど、残酷じゃないもの」
『異なことをいう、人間の王族が――自らの国を滅ぼしかけたというのか?』
「ええ、バカなお話でしょう? 世界を征服するためにより強固な結界を求めて、長きに渡りバランスを保っていた宝珠を弄ったのよ。結果、外界との魔術的つながりすらも断つことに成功し――自らの命運をも断った。彼ら自身が暴走し、取り返しのつかない力を放出させてしまっただけ。暴走する結界の中は――世界からも気付かれにくい。どう、理論上は可能じゃなくって? その顔を見ると、ご理解いただけたようね。ふふふ、色々と便利なのよ、結界って」
滅びゆく国を再利用しただけに過ぎない、とはいえ。
この女、やはり危険だ。
魔と人との戦争は実際に、起こりかけていた。
私の眷属である黒マナティが身も蓋もない手で圧勝していなければ、魔王軍と正面衝突していたのだから――。
幹部達の中には人間との戦争を進める者も出ただろう。
そしておそらく、私はそれを止めなかったはずだ。
黒マナティを眷族化していなければ、今頃私は魔王軍最高幹部として人類を滅ぼしていたのかもしれない。
世界は黒マナティに――かつて勇者として召喚されかけ、失敗に終わり……人間を恨みながら世界の狭間に漂っていた死霊の手によって救われていたのだ。
しかし、こいつは本当に――あの大戦を再演させようとしているということか。
私から、魔王様との穏やかな暮らしを奪った……あの戦を。
狂気の宴を。
こいつは脅威だ。
いわゆる、世界から危険分子と排除される器を持った邪悪だ。
世界や神に力を貸すのは気に入らないが。
消すか。
存外、私の心は冷えていた。
冷凍庫から取り出したばかりのアイスクリームよりも冷えていた。
バケツサイズのアイスを抱えて、ぐにゃはははは! と笑いながら食したいと思いながら冷えていた。
私は消滅させてもいいか確認するように、ロックウェル卿に目をやる。
彼もまた、冷えた表情の内にギラギラと闇の瞳を紅く尖らせ、無言で私に頷く。
その嘴には唐揚げさんが詰まっていた。
武器ともいえるその口には今、ギシギシに詰まったトリさんの脂と涎がじゅるりと垂れている。
こいつ、自分で召喚できるようになったか……さすがは元大魔帝。
私はちょっとジト目になったが――。
ともあれ。
問答は無駄と判断した私が女を消し炭にしようと咢を開けた、その直前。
彼女はふと、寂しそうに遠くを見ながら紅い唇を上下させた。
「それに――アタシや血染めのファリアルのような邪魔者。平和になってから正義の名の下に追放された者も、再び堂々と……生きられる時代が戻ってくるの。ほら、ねえ……? 悪い事ばかりじゃないわ」
女は妖艶を気取って微笑していたが。
その言葉の隅には、どこか悲しい切なさが滲んでいた。
腹に少し触れて――彼女は一瞬だけ、瞳を伏した。
薄らと開いた唇。
その揺れる瞳にあったのは――母性だ。
きっと、この女も百年前の戦争。その後の時代の流れで何かを失ったのだろう。
外道な手段を理由に追放されたファリアル君と同じように……。
……。
ま、まあファリアル君の場合は完全に自業自得な気もするけど。
ともあれ、確信犯であったのなら仕方ない。
私は魔王様の部下として、あの戦いに参加していた魔族としての息を吐いた。
せめて戦いという形で消してやろう。
そう思ったのだ。
『我が主の城を下らぬ野望に巻き込もうというのか。気が変わった。我は本気を出させてもらうとする』
言って、私は肉球を鳴らす。
さて、滅びかけているシグルデンの現状にどこまで関与をしているかは知らないが。
野放しにしていい存在ではない。
この魔女は、民間人の女子供を傷つけた――それはとてもいけないことだ。
空気が変わり始める。
魔王様の部下として私が……動き始めていた。
『ファリアルとやら、ロックウェル卿も――援護を頼むぞ』
「肌が震えるほどのこの魔力は……っ、は、承知いたしました」
既に本性を剥き出しにしかけていた私に気付いたのだろう。
ファリアル君も気を引き締めて触手生物の使役に集中し始める。
世界を壊さない程度に憎悪の魔力を放出し。
異形と化しながら私は唸りを上げた。
ザザ、ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァアアア!
混沌たる魔力の波動に揺られ――世界が、動き始めた。
世界に影響を与えるほどの力なのだ――力ある存在には大魔帝の降臨に気付かれてしまうだろうが、まあ仕方ない。
「ど、どういうことよ!」
『何がであるか?』
さすがにこれほどの魔力を直接目にするのは初めてなのだろう。
貌を引きつらせ。
混乱したように――魔女は取り乱していた。
「え? だって! 大魔帝ケトスの弱点は人間の人質だって話でしょうが!? こちらには膨大な数の人質がいる。あなたほどの魔ならば嘘ではないと分かっている筈! あれほど強力な魔竜が嘘つくとは思えないわ! あなたは人間を守る習性がある! それは確かよ、なのに、これは――どういうことなの!?」
『誰に聞いたのかは知らぬが、その情報には一つ大きな過ちがある』
くぐもった声が、私の口から漏れ始める。
めきり、めきりと身体が全盛期の姿へと変貌していく。
『魔王様を愚弄するものを消すことは――大義である。魔王様に関する事柄は全てにおいて優先される。それがたとえ尊き命だとしても――仕方のない犠牲だ。それがこの世界のたった一つのルール。来世でもよく覚えておくことだ、氷雪国家に暗躍せし脆弱なる魔女よ』
黒猫の影が周囲全体を覆い隠す。
ギラギラギラと赤い瞳が集落を照らしていた。
ファリアルくんが、目を見開き――まるで本物の神を目にした信仰者のように感嘆とした息を漏らしていた。
「待ちなさい! これがどうなってもいいの!」
『愚かなり、今更人質など我には……――っ……ほう、貴様……外道だな』
獲物を求め猛っていた私の動きは止まっていた。
スゥっと外道を見る瞳が閉じていく。
ここまで、するか。
私はこの女を舐めていた。
それを認めなくてはならないだろう。
奴は、とんでもないモノを人質に用意していたのだ。




