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血染めのファリアル ~ニャンコの頭は能天気~


 あまりにも私が可愛いからか、彼はしばらく私のモフモフ猫顔をじっと眺めていた。

 乾いた唇を開き、ようやく。

 血染めのファリアルと呼ばれていた男は私に言った。


「あのー、そのうぅ……ワタシのいうフレッシュゴーレムは完全に魂の抜けた遺骸に錬金術で疑似魂を吹き込み操る術。死霊魔術であるネクロマンシーに近い性質なのですが……」


『え? フレッシュゴーレムって――本来なら駄目だけど、女子供を虐げるような何をしてもいいムカつく敵を見つけた場合にさ。精神を汚染して生きたまま洗脳、遠隔操作できる人形化。そのまま外道な仲間の元に連れ帰らせて大爆発させる生体ゴーレムのことじゃないのかい?』


 しばし沈黙。

 なーんか、この人と私。こういう沈黙多いよね。

 信じる常識とか価値観とかの差なのかなあ……。


「え、いや。生きたまま傀儡ゴーレム化って、それは……あまりに外道過ぎるんじゃ」


 と。

 血染めなど堕ちた聖者などと言われているくせに案外まっとうな事を言うファリアルくん。

 愛らしく猫目を光らせた私は、理解できないと首を横にこくり。


『うにゃん? だって戦争状態にゃんて全部外道だろ? にゃんで洗脳フレッシュゴーレムは駄目にゃんだい? そんにゃ綺麗ごとを言うにゃら戦争にゃんて初めから全部禁止すればいいじゃにゃいか』


 おっといけない、猫的思考になりかけてニャニャニャ語がではじめてる。

 むつかしい事を考えるとそうなっちゃうよね。


「それは、そうですが……それに生きたまま人をゴーレム化するには、魂の状態をさかのぼり魔術刻印を刻む必要が……ワタシも試そうとしたことがありましたが……理論上は可能でも、実戦では実現できないはずじゃ」

 

 など、ブツブツブツと魔術構成について呟いているが。

 あ、一応は試そうとしたんだね。


『だって、私、大魔帝だよ? そりゃ当時は魔帝だったけど――魔王様の弟子で愛猫で、後継者の大魔獣だからね。それくらいはできちゃうんだよねえ、これが。にゃはっはは! まあ、いつもの私だから仕方ない、ってやつだね!』


 ちょっとドヤ顔な私はブニャンとネコ語で胸を張り、続ける。


『それにだ――。早く駆逐しないと民間人の女子供に被害がでるだろうし、それだったら一網打尽にした方がお得だし――仕方ないよね? 魔王様、敵でもそういう被害があるとすごい悲しい顔をしてたし……脆弱なる人間の分際で魔王様に悲しい顔をさせる奴なんて、生きてる価値もゼロだし? むしろ、マイナス?』


 戦争中とはいっても、私も本来ならそこまではしない。

 けれどだ。

 戦争状態を利用して一般市民を襲うような存在には、そういう報復をよくやったものである。


 真面目な話になるが――。

 そういう見せしめが目的ならば、派手な方が良いのだ。

 戦争に巻き込まれて死んでいく民間人を見るのは……。

 やはり……悲しい。

 そう、だから私はまったく悪くないのである!


 しかしだ。

 ふと疑問が浮かび――私はブニャっと肉球で顎を擦り、考え込む。


『おかしいなあ……この報復のおかげで、私が干渉する地域に限り、魔族人間ともに、戦争犯罪が極端に減ったって逸話が残されている筈なんだけど――もう人間たちには伝わってないのかな』


 厳格なホワイトハウルも、あの時ばかりは私の外道な戦術に目を瞑っていた。

 それほどに。

 戦争時の略奪や凌辱は悲惨だったのだ。


 このファリアル君もおそらく、早くその非道が終わる日を望み――自らの手を血で染めたのだろう。

 私には理解者がいた。

 けれど彼にはいなかった。

 彼にいたのは他の価値観を持った者。正義感を振りかざしその行為を咎める者がいた、それだけの差だったのだと思う。


 無論、その正義感も間違っていたわけではないのだろう。


 死者の遺骸は本来ならば尊厳を守られ、穏やかに弔われるべきだと普通の倫理観なら考えるからだ。

 これ以上悲しみを増やさないために、死者の身体を使い多くの人を救った。

 そのファリアル君の行為が正しいのかどうか――そこに答えなどないのだと、えらーい私は考える。


 私もロックウェル卿も、そしておそらくホワイトハウルも。それぞれに人間を憎みながらも、憎悪の魔性でありながらも――自らが定めた倫理観の中で人と接しているのだ。

 殺すにしても、対話するにしても。

 それぞれに基準があるのである。

 私たちは私たちの信じる道を貫き、戦争を終結した。

 その歩いた道に残る、血の肉球跡が続いていたことを否定するつもりはない。


 けれど。

 人間との戦いが終わり魔族は平穏な暮らしを送っているが――人間は違う。

 彼らは彼ら同士でいまだに戦い続けているのだ。

 きっとファリアル君は魔族との戦争後も――何度もその手を汚したのだろう。

 助けようとしたものから、疎まれ、蔑まれながら。

 それが、私の深淵まで覗いてしまった憎悪の元なのだろうか。


 そう考えるとこのマイナス思考も、まあ分からないでもない。

 私も魔王様に叱られた後、五分くらいは落ち込むし……きっと、それと似た心なのだろう。

 私は彼に近しいものを感じ、いわゆる親近感を覚えていた。


『ま、だからさ。君もあんまりウジウジしていないでさ。後悔やモヤモヤがあるならこれからそのモヤモヤ以上に人を救えばいいだけの話じゃないか』


 そう。つまり。

 早く私の胃袋を救うために、とろとろ焼豚を完成させるのじゃ!

 そんな野心を隠して、私はふっと笑いかけていた。


 後悔の分、我においしい幸せを与えればいい。

 具体的にはとろとろチャーシューを早くくれ。

 そんな。

 心からの微笑だった。


 はっ……と、ファリアルくんが目を見開いた。


「もしかして……ケトス様がワタシたちを……いえ、各地の人間を救っていらっしゃるのは――」


 その瞳はまっすぐに、私の瞳を覗いている。

 瞳を伏して――静かに私は頷いた。

 無言で語る。

 いつもの演出である。

 ファリアルくんの瞳に、光が灯る。

 あ、これ使えるな。

 たぶん。

 よっし!


『ああ、かつて様々に手を汚してきた私にも……人を救うことができる。それを証明したかったのかな? たとえ私の愛する者を奪った憎い人間だとしても――命だ。無差別に殺していいわけじゃない。かつて殺し合った存在だとしても、憎悪するだけでなく分かり合うことができる――そう信じたくなったのかもしれない。まあ、私は気まぐれだからね――よく分からないけれど、結果的に……人を救って歩いているのは確かだよ』


 なんかそれっぽいことをいう事にした。

 本当はグルメ目当てに干渉して、ついでに人間を救っているだけなのだが。

 まあ、あくまでも結果的にだが。客観的に見れば人間たちを救って歩いているように見えなくもないだろう。


『君も――ほんの少しだけ、前向きになってみたらどうかな』

「はい……、そうです……ね。すみません、集落の仲間とワタシを助けて貰った上に――こんな愚痴のような事を漏らしてしまって……」


 彼の表情から、少しだけ翳が消えていく。

 心が軽くなっているのだろう。

 そして、なにかが吹っ切れたのだろうか、今まで見せたことのない力強い笑みを私に送ってきた。


「ありがとうございます、ケトス様」


 無駄に端整な貌が、ぴかぴかって光ってるよ。これ、どんな乙女ゲーだよ。

 んーむ、これで私が女子猫だったらキュンと来ていたのか知れないが。

 この人の作る、焼豚さんぐらいにしか興味ないしなあ……。

 彼はふと不精ヒゲに手を当て、呟いた。


「もしかして……戦争犯罪人たちが謎の魔力暴走を起こし、同類を巻き込み大爆発を起こしていた事件って」


 ロックウェル卿が眷族たちに唐揚げを分け与えながら、振り向いた。


『そう、全てそやつの仕業だぞ。こやつは今でこそ人間にそこまでの憎悪を剥き出しにせんが、昔はすごかったからのう。特に魔王様を愚弄するような愚か者や、敵味方問わず、民間人の女子供を一方的に虐げるような輩には容赦なかったからな』


『まあ戦争中のドサクサに、関係のない弱い者いじめをするような人間なんて。ねえ? なんかムカっとするし、魔術の生体実験に使ったりしても誰も文句を言わないよね』


 ニャハハハハと魔杖で結界を更に分厚くしながら私は言う。


「では、もしや……戦時中に民から略奪を行っていた盗賊団を滅ぼし、全てを噛み殺したのは――」

『それはたぶんホワイトハウルだね』


「え? 大いなる光に仕える神獣さまが……?」


 あ……これ言っちゃまずいヤツだったかな。

 まあいいや。


「では――大戦時に突如、両軍を急襲したあの海底国家を一夜にして沈めたのも……あの、御方!」

『いや、あれはこっちのニワトリ。ロックウェル卿だよ』


 言われてロックウェル卿は、首をわざとらしく傾げ。

 ハトのように左右に上体を動かす。


『コケコカ? はて、なんのことだったかのう。魔王様を愚弄し、人間との大戦のスキをつき海から攻め込んでこようとした、そんな愚かしくも脆弱なる人魚と海底人の国など覚えとらんぞ?』


 戯言を嗜みつつも、ロックウェル卿の魔術は動いていた。

 お菓子ハウスを守る大鴉の結界を、更に強固な結界陣へと作り変えている。


『はっきりバッチリちゃんと覚えてるじゃん……。この間マーガレットくんとダンジョン探索についでに遊びに行ってきたけど、あそこ、いまだに生きたまま石化してる人魚とマーマンでいっぱいだったよ……? そろそろ解除してあげたら?』

『ふん、漁夫の利など狙わずどちらかの陣営につくか、第三者のままでいればよかったのだ。余はぜーんぜん、なーんも悪くないのである』


 そんな。

 私たちの戯れを見て、ファリアルくんは微笑んでいた。


「あなたがたを見ていると……はは、ワタシの悩みなど小さきモノだったのだと思ってしまいますね。そうか――世界にはワタシよりももっと破天荒で勇ましい方が……たくさん、あははは」


 心の底から愉快だったのだろう。

 大きな声を出して――笑ったのだ。


 さて、精神状態はこれで問題ないか。

 遠くから結界に干渉していた敵も、そろそろ近づかなくては破れないと悟っただろう。

 距離が一気に近づいている。


 まあ、近づいても破れないけど。

 判断能力がある……のか。それとも指揮者がいるのか。


 ともあれ、開戦はもうすぐそこまで近づいているのは確かだ。

 シリアスをやらなくてはならない、か。


『さて――諸君。そろそろ気を引き締めてくれたまえ――、来るみたいだよ』


 私はすぅっと瞳を細め。

 ムッシャムッシャと唐揚げさんに喰らいついた。


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