顕現! 偉大なるニャンコハウス! ~ネコ魔獣の巣作り~
猛吹雪で死にかけていた集落に築かれた、お菓子の家の群れ。
雪しかなかった銀世界には今――お菓子ハウスが社宅のように、ズラーっと並んでいる。
時間は夕方を過ぎた頃になるのだろうか。
太陽を遮る吹雪の結界のせいで確認できないのである。
ともあれ、ひとまずは落ち着いていた。
眠る人間たちを守る場所。
お菓子の家による結界構築に成功していたのだ。
スナックハウスといえど、私とロックウェル卿の魔術で限界まで強化してあるので一安心。
丈夫さは大魔帝の保証付き。
人間程度の魔術師では絶対壊せない強度にまでなっている。
こんな極寒じゃ、野営用の薄いテントじゃダメだしね。錬金術造りの煉瓦カマクラの家も、もはや込められた魔力が尽きかけ守りは薄く――だったら、眠っている間に安全な場所に強制引っ越しとなったわけである。
家族単位で家を召喚し、転移させたが。
緊急事態だったということもあり、人間たちの許可は取っていない。
体力や精神力回復のためにスヤスヤ寝ているのだから当たり前だが――起きたら見慣れないファンシーなお菓子の家で寝ているのだ。
きっと驚くだろうね。
大魔帝の生み出した素敵ハウスにどんな反応をするか、ちょっと楽しみであるが。
きっと、困惑や悲しみを持つ者もいるとは予想している。
だが、まあ……あのまま死んでしまうよりかはマシだと納得してもらうしかない。
目覚めたら個人の所有物などは、各自でとってきて貰うことにしようとは思っていた。
例えば――故人の形見であったり、大切にしていた物があったりもするだろうし。
……。
そう、既に限界を迎えていたこの集落には、多数の死者が出ていたのである。
形見とか想い出の品。
金銭的な価値はないが、大切な品。そういった大事なモノは、いくら偉大なる私の魔術でも判断できないからね。
物の価値など、その人によって違うのだから仕方ない。
私はふと、お菓子結界の外を見る。
精神と体力を蝕む猛吹雪の呪いだ。
こんな環境で、よく耐えて生きていたと人間たちを少しだけ褒めてやりたい気持ちもあった。
家の中は召喚空間によって作られた特殊な場所だから寒さもあまり感じない。それでもちょっと肌寒く感じるのだから、吹雪の宝珠によって作られた結界はそれなりに強力なのだろう。
あの時、人間の一人は宝珠が暴走しているとか言っていたが――。
私の召喚空間に寒さで干渉できるほどの力……か。
はてさて、何が待っているのやら。
あんまり舐めてかからない方がいいかもしれない。
実際、眷族の幻影黒猫たちに周辺を調査させた結果。この周囲の土地は全て魔力持つ猛吹雪に埋もれ……滅んでいた。この集落も、あの人間の錬金術がなければ滅んでいたのだろうと思う。
それでも奴隷兵を使い襲ってきた何者かがいるのは確かなのだが。
周辺の調査ではなんの手掛かりもつかめなかった。
自信満々で調査の立候補をしてきた黒マナティにもっと奥まで探査して貰っているが、もうしばらく時間はかかる。
まったく、このシグルデンはどうなっているのやら。
まあその辺の事情を聞くために、人間たちが回復するのを待っている最中なのだ。
魔術で無理やり起こすのは、精神力に影響を与えるから避けたいしね。
『どうかしたのかケトスよ、似合わず黄昏おって』
『んー、ちょっと考え事をね』
ちなみに。
私たちほどの大魔族二匹がただ待っているのかといわれると、もちろん違う。
大魔帝である私とロックウェル卿の前線基地と化した、特大のお菓子の家。
一番大きく煌びやかな、豪邸。
通称、我が偉大なるニャンコハウスの中。
『ニャッハー! モフモフクッションの異界召喚、成功である!』
『コケ、ココックワーッ! 見よ! こちらも暖房用の魔力石の加工に成功したぞ、これを暖炉に置けば半永久的にポカポカのぬくぬくである! 各人間たちの家に配置しておくからな。後で余に感謝するように言っておくのだぞ!』
『オッケー、私に感謝するように伝えておくね。黒マナティに運んでもらうから渡しといてー!』
ぬくぬく、温かい巣作り中である。
とりあえず要りそうなものを召喚したり、魔王城から取り寄せたり。
猫と鶏で大忙しなのだ。
ロックウェル卿がモコモコ羽毛を翼で掻きながら、唸りを上げる。
『クワックワ? んーむ、我らが素晴らしき基地に置く巨大な魔力コタツはどこに配置するべきだろうか?』
『適当でいいよー、不便だったらズラせばいいし』
帝国から譲り受けた食料品を収納しながら私は言う。
この食料と衣料品だが、配給元は魔王軍ではない。
心配しているだろう賢者君に、唐揚げを追加発注したついでに軽く事情を説明したら、皇帝ピサロくんが難民用の蓄えをポンと支援してくれたのである。暴君なんて言われてるくせに、民とか一般人とかそういうのにあの人弱いよね。
むろん、打算もあるだろうが。
それでもやはり、いざとなった時に人間の帝国の名前を使えるというのはなかなかに便利である。
人間の衣料品って、魔族のサイズと違うから人間用のを提供して貰ったのは助かった。
そんな感謝をちょっと浮かべる私の横。
ロックウェル卿が羽毛の中の亜空間から木製の皿を取り出し。
クワリ!
『煎餅の入れ物はこれで良いか、御茶菓子はやはり必要であろうしな!』
『お、いいねー。それ!』
なんかこういうの、秘密基地を作ってるみたいでワクワクするよね。
ついつい、尻尾も嬉しさにブルブルしてしまうのだ。
『のうケトスよ。ボードゲームも召喚してくれんか? ほれ、以前にやったことがあっただろう。余はあれでそなたに勝ちたいのだ』
魔王軍時代に時間つぶしに遊んでいた戦略系の陣地取りゲームか。
『にゃははは! 召喚するのは構わないけど、君、私に勝てるのかい?』
『コケッコッコ! 余も伊達に百年遊んでいたわけではないからな! 霊峰で、いつも独りで練習をしていたのだ!』
『え!?』
一人で……ボードゲーム?
そういや……。
こいつ、私と再会するまではあんまり霊峰から出てこなかったんだっけ。無差別に石化させちゃうから、対局なんてできるはずないし。
『分身の魔術で余と余で戦っていたのだが、決着がつかんのだ。それでは面白くなかったからのう』
『あー、うん……あ、あとで二人でやろうね』
『クワックワ! 今度こそは負けんからな! 覚悟をしておると良いぞ!』
『私が連勝しても、怒らないでおくれよ……』
鳥頭だから、ゲームの途中で戦略とかすぐ忘れちゃうんだよね……このニワトリ。
しかし。
こんな能天気なロックウェル卿は久々だ。
普段はなんだかんだで……石化能力の暴走を恐れているのだろう。
ま、やはりこういうのも悪くない。
悪くない。悪くないからか。
なんか。
モゾモゾする。
ピンピンに伸びた猫ヒゲも、うずうずしてしまう。
『うにゃ……!』
私はズジャっと格好よく素敵にジャンプし――。
爪とぎ台座に着地!
そして。
我慢できずに――。
バリバリバリ! ベリョベリョベリョ!
『うにゃ……! にゃにゃ、にゃにゃにゃにゃ!』
ベリバリベリ! バキリボキリ!
バリョバリョバリョ! バーリョバリョ!
つい。
取り寄せたばかりのオリハルコンの爪とぎで、我が魔爪を研いでしまった。
ベキベキベキ。
錬金術師なら喉から手が出るほど欲しがるオリハルコンの細切れが、私の足元に溜まっていく。
私は最近。
悪くないと思う瞬間が増えている。
好きとまではいわないが……そう、悪くない。
悪くないのだ。
自慢ではないが、私は自身の性格が素直じゃないと自覚している。
だから。
悪くないとは、まあ……そういうことなのだろう。
その事に気が付いて、猫的にちょっとウニャウニャしてしまったのである。
恥ずかしいのだ。
で、恥ずかしさを誤魔化すためにこういう行動にでてしまうわけである。
わかるよね?
うん。
そんな。ウズウズむずむずで愛らしい御猫様である私の顔を、半目になって呆れた様子のロックウェル卿が見る。
『なーにをサボっておるのだ』
『サボッてるんじゃないですしー。ちょっとウニャウニャしてるだけですしー』
バリバリバリバリ!
爪とぎって、一度始めちゃうとなかなか止まらないんだよね。
気分が乗ってしまうのである。
『よくわからんが、まあ必要なことならば仕方ない。余は人間たちの体調をチェックしにいくからな、夕飯の準備は頼んだぞ』
言って、転移の魔法陣を展開するニワトリ卿。
その手には様々な薬剤と、治癒効果のある彼自身の羽が握られている。
こいつも結構、面倒見が良いよね。
まあニワトリ頭であるが、その手腕は本物だ。彼になら、任せておいて問題ないだろう。
そう思っていたのに。
転移の直前、
『はて、余はなにをしにいくんだったかの? 唐揚げが食べたいというのは覚えておるのだが。ケトスよ、何か知らぬか?』
彼は真面目な顔をしてそう言った。
……えぇ……。
モフモフ羽毛なお腹を翼で掻きながら、手に持つ医療品を眺めてクワーっと鳴いている。
その頭に浮かぶハテナを見て、私は言った。
『とりあえず……今だけは人間モードになっときなよ』
『ふむ、余は今の姿の方が麗しく気高いのだが。駄目か?』
『うん、駄目だと思う』
これで三歩でモノを忘れる鳥頭じゃなかったらよかったのにね……。
仕方ないけど。
ちなみに。
ボードゲームの勝敗だが――私の連戦連勝のボロ勝ちで終わったとだけ日記には記しておこうと思う。
だって負けるの嫌だし。
これでも私、魔王軍最高幹部になるくらいには戦術も学んでたし。
手加減とかしなかったんだよね。
ま、これからいくらでも対局できるのだ。今度はちゃんと人間モードになった卿と戦えばいいだけだろう。
そう言ったら、彼は何故か妙に嬉しそうに顔を逸らしていた。
ニワトリ卿の考えって、単純なホワイトハウルと違ってやっぱりちょっと分からないんだよね。
ま、嫌いじゃないけどね。
◇
動きがあったのは翌朝の事だ。
集落の中で一番最初に目を覚ましたのは――やはり一番魔力の高い、錬金術を扱う骨兜を被った族長っぽい男だった。
一時間ほど前に目覚めたらしいのだが、その頬にやつれた翳はない。
看護につけていた黒マナティがちゃんと無事かどうかを確認してから、このニャンコハウスに連れてきてくれたのである。
面倒だからもう錬金術師男とか族長って呼ぶことにしよう、うん。
まだ若いようなので、本当に族長かどうか知らないけど。
ともあれ。
魔力持つ炎の照明が闇を照らす特殊な空間の中に私たちは、いた。
四方は硬い柱に囲まれている。
その柱の上にあるのは四角い台にも似た大理石。それら全てを覆うのは、魔力熱を保存する性質をもった特殊なモフモフ布団。
……。
ようするに。
巨大なコタツの中だ。
それを知らない人間から見たら、さながら闇の神殿、魔王様の玉座の間にも似た特殊な場所に思えるだろう。
私はドヤ顔を必死で我慢しながら。
貫禄ある大魔族風に、男に事情を説明した。
穏やかダンディ、極悪だが冷静な魔族幹部の声である。
『――というわけで、集落のみんなは無事だよ。お腹いっぱいになってまだ寝ているけれど、目覚めれば君みたいに完全回復さ。ちゃんと一人一人に護衛もついている。ま、感謝してくれていいよ』
私の言葉に、男の顔が動き始めた。
表情が生まれ始めたのである。
驚愕と不信、そして――感謝か。
まだ意識の覚醒が甘いのだろう、男の唇はたどたどしく動いた。
「どうし……て」
『私達は情報が欲しいんだ。だから――君達を生かす必要があり、助けた。ただそれだけの話さ』
理由があった方が男も安心するだろう。
様々な感情が彼の心に巡っているようだが、ともあれ私は安堵していた。
こんな顔ができるのなら、あの時の鈍い反応ではなくなっているのだろう。
本当に、良かったと。
心の底から思っていた。
『君が目覚めてくれて、安心したよ』
私は、静かにそう微笑んでいた。
ロックウェル卿も――頷き、微笑んでいた。
寝ている人間たちを世話していた彼にとっても、人間の目覚めを嬉しいものと感じているのだろう。
心からの安堵に、胸がちょっとだけ楽になる。
そう、本当に――本当に、よかったぁあああああ!
実は、もう一つの安堵があったのだ。
私の掛けた悪気のない実験感覚の魔術が、ちゃーんと解けてくれて安心したのである。
いや。
だって……ロックウェル卿はちゃんと目覚めるから安心しろって言ってたけど。
なかなか目を覚まさないから……ね?
このままグーグー。
私の魔術が効き過ぎて、本当に永久に眠り続けてしまうんじゃないかとちょっと不安だったのだ!
まあ、ちゃんと目覚めてくれたんだし。
これは言わなくても別にいいよね!




