ヤンデレと餌付け②
「ほら、口開けて?」
もう一度、口元にサンドイッチを近づけられそっと口を開ければ、琥珀色の瞳が細まった。
楽しそうに笑った口から見えた八重歯が攻撃的だ。
「誰にでも優しいのは、いいところなんだよなぁ」
独り言のような呟きに、急いでサンドイッチを飲み込む。
「誰でもってことは──」
「じゃあ、あの男に好意を持ったのぉ?」
「あの男?」
「隣の席だった男だよ」
その言葉に大きく首を横に振るけれど、琥珀色の瞳の奥にある炎は消えない。
ヤキモチを焼くほど話したつもりはなかった。でも、レフィトからしたら違ったのか……。
何となく雰囲気が変わったなぁ……って、思ってたのは気のせいだったの?
いや、少し前なら「殺しちゃおうかぁ」くらい言ってた気がする。
ということは、前進してる? ヤンデレ度合いも低くなってたりする?
言葉を探していれば、また目の前にサンドイッチを差し出される。首を横に振るけれど、サンドイッチはどいてくれない。
仕方なく食べれば、レフィトは満足げな表情をする。
不機嫌なのに楽しそうで、レフィトがよく分からない。
それでも、咀嚼しながら、どうしたらいいのかを必死で考える。
けれど、話そうとする前に、サンドイッチを口に入れられてしまうため、さっきから食べることしかできていない。
「オレはね、カミレといたいんだぁ」
「私だって!!」
一生懸命噛みながら答えるけれど、もごもごとしてしまった。
そんな私をクスクスと笑いながら、レフィトは私の口の端を親指で拭うと、その指をぺろりとなめた。
「ついてたよぉ」
「……ありがと」
どうにかお礼を言うけれど、恥ずかしくて仕方がない。十六歳にもなって、サンドイッチをつけてたなんて、どんなおっちょこちょいなのよ!!
……って、あれ? 口についたのって、レフィトがどんどんサンドイッチを入れてくるからじゃない? それに、ついてたのだって教えてくれればいいのに。
百歩譲って拭ってくれたのは良いとして、それを食べる必要はないよね?
恨みがましい視線をレフィトに向ければ、にこりと微笑まれて、またもやサンドイッチを口に入れられた。
飲み込んでは入れられを続け、やっとサンドイッチ攻撃が止んだ。
全部食べさせてもらっちゃった……。
「お腹いっぱいになったぁ?」
「なったけど……」
「じゃ、寝よっか」
「えっ!?」
驚いて間近にある琥珀色を見つめれば、抱きしめられ、背中を優しく撫でられる。
「昼休憩の残り時間は、寝なきゃ駄目だよぉ」
「何で?」
ここから話し合いがスタートするんじゃないの?
今後、レフィト以外の異性と話す機会は絶対に出てくる。そうなった時、毎回今みたいだと困るよね?
レフィトとしても、心穏やかじゃないでしょ?
でも、言いたくないとなると、どう話し合えばいいんだろう。無理矢理言わせるのは違うと思うし、誘導するのも好きじゃない。
この問題を放置して、レフィトがモヤモヤしなければいいんだけど、どうなのかな?
「カミレ、疲れてるでしょぉ?」
「そんなことより、大事なことが──」
「カミレより大事なことなんかないよ。カミレ、疲れてるよね?」
うっ……。たしかに疲れてる。でも、私の疲れより大事なことだと思うんだけど……。
しばらく無言で見つめ合ったけれど、レフィトは絶対に譲る気はない。
仕方なく頷けば、レフィトは小さく笑う。
瞳の奥にあった炎はくすぶっているけれど、いつものレフィトに戻ってきている。
だけどね──。
「私が、レフィト以外の男の人が話すのが嫌だってことしか分かってないけど、大丈夫なの? 苦しかったり、つらかったりしてない? 我慢してない?」
やっぱり心配なのだ。
言うか言わないかはレフィトに任せるしかない。だけど、言いやすい雰囲気くらい作りたいよ。
「大丈夫だよ。オレの問題だしねぇ」
「……私にできることは?」
「オレ以外の男と話さないでって言ったら、してくれるのぉ?」
「それは……」
無理だ。
学生の間だけなら何とかなるかもしれない。
だけど、就職すれば、男性社会の中に飛び込んで行くことになるのだ。関わらないなんてできない。
「ね、無理でしょぉ? だから、いいんだよ」
「でも……」
「いーの。これは、オレの独占欲の問題だからさぁ」
そうかもしれない。それでも、私が不安にさせているのだから、ふたりの問題だと思うんだよね。
「不安にさせて、ごめんね」
結局、どうしたらいいのか分からずに、レフィトを抱きしめる。
レフィトは、誰よりもさみしがりやだ。詳しくは聞いたことないけど、幼少期のさみしさが原因で不安定になりやすいんだと思う。
「あと、さっきは怒ってごめんね」
「さっき?」
「うん。席を交換した時、怒ったでしょ? だから、ごめん。レフィトが隣の席に来てくれて、嬉しいよ」
あの行動だって、何か理由があったのだろう。
だって、レフィトは、私が嫌がることを極力避けようとするから。
それなのに、理由も聞かずに怒ってしまった。
まずは理由を聞いて、隣の席になれることは嬉しいことも伝えて、それから注意すべきだったのだ。
「カミレって……」
「うん?」
「何でもない」
困ったようにレフィトは笑う。
瞳の奥にある炎は消え、代わりに犬耳の幻覚が見えた。
「仕方がないよねぇ。そんなカミレを好きになったんだしさぁ」
「え?」
どういうこと? なんかひとりで納得しちゃってるし。
「オレとの時間も取ってよねぇ」
「当たり前でしょ!!」
「うん。じゃ、寝ようねぇ。寝不足はよくないよ」
そう言いながら、レフィトは私の背中を優しく一定のリズムでたたく。
結局、何も解決をしていないのに、寝不足と疲労により気付いたら寝てしまった。
「おっ、いたいた。探したぞ」
誰かが来た気配がして、意識が少し浮上する。
軽い感じで話すこの声はきっとカガチさんだ。起きなきゃと思うのに、まぶたが上がらない。
「学園では話しかけないでほしいんだけど」
「そう言うなって。おっ! お嬢さんはお休み中か?」
「見るなよ?」
「相変わらず、心が狭い!!」
レフィトは終始迷惑そうなのに、カガチさんはカラカラと笑っている。
「ほれ、手紙を預かってきた。ちゃんと読めよ」
「いらないんだけどぉ」
「そう言うなって。渡したからな!!」
ドアの閉まる音と共に、足音が遠くなった。
その代わり、手紙を開くような音がする。
「ま、オレの方も用があったしちょうどいいかぁ」
レフィトはため息をこぼした。
何かあったのかな? と思ったけれど、目が覚めた時、半分寝ていた私はすっかりこのことを忘れていた。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
カミレと一緒にいる時間が減ることへの不安が、レフィトの中で消化しきれなかったのですが、落ち着きを取り戻しました。
次話から、またカミレが頑張っていきます!!




