好きだから、独占したい〜レフィトside〜①
本当は、カミレにフィラフのことを話したくなかった。
フィラフは、オレのほしいものを何でも持っていたから。当たり前のように、母親から愛されてたから。
もしかしたら、カミレもフィラフのことを好きになるんじゃないか……。そう思っていたから。
その不安がなくなったわけじゃない。未来なんて、分からない。
だけど、オレがカミレのことが好きで、カミレもオレのことを好きだと思ってくれている。
それは、事実だ。
大丈夫という自信はなくても、オレのことなんか……とは、もう思わない。
それに、出会う可能性があるなら、やっぱり注意はしておかないといけない……んだよなぁ。
「フィラフはね、交友関係が良くないんだぁ。あまり家にも帰ってきてないしさぁ。友だちの家にいるみたいなんだよねぇ」
「えっ!? 弟さんって何歳だっけ?」
「十五歳。オレたちの一つ下だねぇ。春には入学してくるよぉ」
「そうなんだ。十五歳の子が家に帰らないって……」
「問題だよねぇ。フィラフの友だちは素行が悪いって有名なんだ。母親だけは必死に連れ戻そうとしてるみたいだけど、逆効果だしなぁ」
「そうなんだ……」
難しい顔してるなぁ。眉間にシワがよっちゃってるし。
この話をしたら、カミレは絶対にフィラフの心配をするってわかってた。
それも言いたくない理由の一つだった。
カミレがオレ以外のことを考えるのは、嫌い。
口には出さないけどさぁ。
「レフィトは、大丈夫なの?」
「……え?」
「お家、つらい?」
まさかの言葉に、カミレを見れば、空色の瞳の中に困惑した表情を浮かべるオレが映っていた。
「つらくはないよぉ」
つらいと感じたこともあったかもしれない。
でも、その感情はもう忘れてしまった。
居場所がなくて、オレにとっては温度のない家。
嬉しいことは何もないけれど、つらいとも思わない。
「レフィトにとって、家はどんな場所なの?」
「…………さみしい……かな」
ずっと、埋まらない心の隙間を埋めたくて、必死だった。
オレだけを見てくれる誰かがほしくて、でもそんな人はこの世のどこにもいないんじゃないかって、いつも不安だった。
「アンみたいに、オレを心配してくれる人はいたけどねぇ。ずっと飢えたみたいに、満たされなかったなぁ」
アンの心配に気づけたのも、つい最近だ。
カミレが気付かせてくれたのだ。
カミレの優しさに触れて、カミレを想うようになったから、わかるようになった。
オレの人生の幸福は、すべてカミレから始まっている。
カミレが教えてくれたんだ。誰かを好きになる喜びも、切なさも。信じるということも。
そのことが、嬉しい。
カミレのおかげで、新しい自分になれていることが、誇らしい。
そんな気持ちで笑えば、カミレの眉間のシワはさらに深くなった。
「どうしたのぉ?」
「何でもない」
いや、何でもないってことはないよね?
顔は怖いし、すっごい手に力が入ってるよぉ?
そんなに力を入れたら駄目だよ。爪が食い込んじゃう。カミレを傷つけるのは、カミレであっても絶対にしちゃ駄目なんだよ。
「手、痛くなっちゃうよ。力抜こぉ?」
「い……いの。こうしてないと、泣いちゃうから……」
えっ? 泣く!?
何で? 泣くところなんか、なかったよね?
カミレの両手の握りこぶしを解きつつ、じっとカミレを見れば、今度は歯を食いしばっている。
「レフィトが、笑うんだもん」
「えっ?」
「ぜんぶ、ぜんぶ自分でのみ込んで、笑うから……」
うなるように言い、ズっと音を立て、カミレは鼻をすする。
目は真っ赤で、表面張力で涙が溢れていないだけだ。
瞬き一つで、しずくとなって落ちていくだろう。
「カミレって、意外と泣き虫だよねぇ」
「そんなことない」
そうかなぁ。
泣き虫って、悪いことじゃないと思うんだけど。自分の感情を出せるってことだしさぁ。何が嫌なんだろう……。
「ねぇ、カミレ。ぜんぶ、のみ込んでなんかないよぉ。カミレのおかげなんだぁ。カミレがオレにたくさんのことを気付かせてくれたから、教えてくれたから、今、笑ってられるんだよぉ」
「何それ……」
ドンッと頭からオレの胸にぶつかってきた。そんなカミレに、自然と頬が緩む。
自分のために泣いてくれる人がいる。
泣かせてしまったことに、ほんの少しだけ胸が痛むけれど、それ以上にあたたかい気持ちになる。
オレの胸でグズグズ泣いているカミレの頭をなでた。
優しい、優しいカミレ。
フィラフと知り合ったら、きっと放っておけなくなる。
オレと仲直りだとか、そういうことをさせるんじゃなくて、フィラフの歪さを心配するだろう。
今だからこそ、わかるのだ。
オレのほしかったものを持っていたフィラフも、あの人の犠牲者なのだと。
理想を押し付けられ、やりたいことはやれず、監視され、束縛され、ひとりの人間としてではなく、所有物として扱われていたのだと。
窮屈になったのか、おかしいことに気が付いたのかは分からない。
だけど、フィラフは逃げたがっている。
その方法が、素行の悪い連中と一緒にいるってのが問題なんだけどなぁ。
それもフィラフなりの反抗なのだろう。
馬鹿だなぁ……と思う。かわいそうだなぁ……とも思う。
けれど、助けようとまでは思えない。
同じ敷地内に住んでいて、血も繋がっている。
それでも顔を合わせるのは、年に数回の家族でとる晩餐の時だけで、話したことは数えるほど。
オレからしたら、フィラフは血の繋がった他人なのだ。
フィラフは、友だちのところで、自分の居場所を見つけられたのかなぁ……。
あの人の呪いから、逃れられたのだろうか。
愛しているという免罪符を持って、所有物にされた過去から立ち上がれたのかな。
……うん。きっと、無理だったんだろうな。
だから、フィラフは令嬢に甘い言葉をかけて、依存させるのだ。
そして、自分なしではいられなくしたあとに、突き放す。
親が厳しければ厳しいほど、心の隙間が大きければ大きいほど、フィラフの思い通りになる。
そして、フィラフは鬱憤を晴らすかのように、嘲笑うのだ。
フィラフは女の人が嫌いだ。
愛なんか、クソだと思っている。
オレとは別の方向に歪んだのだ。
「フィラフは女の人が嫌いだけど、傷つけるために近づくから、逃げてねぇ」
驚いたように見開かれた空色の瞳の中に、念を押すかのように笑うオレがいた。
本日、短編「元悪役令嬢は、最推しの旦那様と離縁したい」を投稿しました。
悪役令嬢転生したヒロインが、推しの幸せを願って婚約破棄しようとしたのに、婚姻してしまったあとの話になります。
離縁したいヒロイン×離縁したくない旦那様のラブコメです。
そちらもお楽しみいただけると嬉しいです!




