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レフィトの婚約者として、前に進みたい④

 

 えっ……。

 フィラフ・ルドネス?

 

「なんで……」

 

 何度見ても、その名前は変わらずに書かれている。書き足されたというわけもなく、乱れなく並んでいるのだ。

 

「女の敵リストに入ってる……」

 

 どういった意味で、女の敵かは書かれていない。

 けれど、少なくともアザレアやモネラちゃんが近付くのは危険だと認識されているということ。

 

「これ、アザレアの両親もモネラちゃんも気付いてるよね」

 

 アザレアが気付いていない可能性は大きい。というか、気付いてないと思う。

 もし、レフィトの弟の名前があることを覚えていれば、私が見る前に言ってくるはずだ。

 

 モネラちゃんが、失礼だとか気にせずに逃げるように言ったのって、このことだった?

 ……すごく真剣だった。それだけ、気を付けるようにってことなんだよね。

 

「レフィトに聞いてもいいのかな……」

 

 自分の弟のことだ。何か知ってるかもしれない。

 言わないってことは、隠したいってことなのかもしれないけど。

 うーん。聞いてみようかな。悩んでいたって、解決はしないし。関わっても大丈夫なのか、レフィトの意見も聞きたい。

 義姉弟になるのだから、仲良くできるものならしたいし。

 

 問題は、どうやって切り出すかだよね。

 レフィトは、自分の家族の話をほとんどしない。話たくないって雰囲気なんだよなぁ。

 

 どうしたものかと本を閉じ、柔らかなベッドに入る。

 この日の夜、悩んで寝れないかと思いきや、いつもより柔らかで気持ちの良い寝具に誘われ、気がつけば眠ってしまっていた。

 

 

「はっ!! 朝だ!!」

 

 カーテン越しの日差しで目が覚めた。

 見慣れない天井、柔らかなお布団に、アザレアのお家にお邪魔していることを思い出す。

 

「私って、なかなか図太いよなぁ……」

 

 自分に呆れつつ、制服に着替えて顔を洗う。

 貸してくれたお部屋は、バス・トイレ付きで、高級ホテルのようだ。もしかしたら、高級ホテルよりも豪華かもしれない。

 泊まったことはないから、分からないけれど。

 

「カミレ様、失礼いたします。朝のお時間で──」

「あ、おはようございます」

 

 侍女さんが来てくれたので、洗面所から顔を出し、挨拶をすれば、瞬間移動と思える速度で侍女さんが隣にきた。

 

「あの……」

 

 何だろう。まとっている雰囲気がちょっと怖い。

 

「カミレ様!!」

「はいっ!!」

 

 あ、大きい声を出しちゃった。令嬢としては、アウトだよね。

 よし。やり直そう!

 

「えっと、どうされましたか?」

 

 うん。これで完璧だ。やれば、できる。

 次はやり直さなくても、できるように──。

 

「どうされましたか? では、ございません!!」

「……へ?」


 な、何が? まだ何もしてないよね?

 まさか、言い直しはアウトなの?


「差し出がましいようですが、それではカッツェ家にお泊りになっている意味がございません!」

「え?」

「カミレ様は、貴族令嬢としての立ちふるまいを身につけるたに、いらしてるのですよね?」

「あ、はい……」

「ならば、貴族令嬢としてお過ごしくださいませ。ご自分で朝の支度を一般的なご令嬢はいたしません」

 

 あ……。そういえば、アザレアもひとりで着替えちゃいけないって言ってたっけ……。

 うわ。二日目にして、もうやらかした!!

 

「すみません」

「侍女に対しての謝罪も、基本的には必要ありません」

「はい……」

「もう着替えてしまったものは仕方がありませんので、これから、気をつけてください。短い期間で、貴族令嬢としての立ちふるまいを身につけることは、容易ではございません。その手助けを私どもも全力でさせていただきます。私ども使用人が口出しすることをお許しください」

 

 そう言いながら頭を下げられ、心臓が縮み上がった。

 

「頭をあげてください。無理を言って、迷惑をかけているのは私の方です。ご指摘いただけると助かりますので、私の方からお願いしたいくらいですよ」

「では、遠慮なく──」

 

 そう言って始まったご指摘の多さに、頭を抱えたくなった。

 だが、実際に頭を抱えれば、再び指摘が入るだろう。

 善意なのは、わかっている。立派なご令嬢にするという使命感を非常に感じる。

 ありがたいよ? 時間がないのも分かってるんだけど、もう少しゆっくりにしてーーーー!!!!

 

 ◆◆◆

 

 学園へと向かう馬車の中、私はレフィトの肩にもたれかかって座っている。

 

 カッツェ家でお世話になっている間も、レフィトと学園に通うことは変わらない。

 その判断が正しかったのだと、ものすごく実感している。

 まだ何もできていないし、進歩もしていないのに、私のHPだけはドンドン減っていて、現在元気の充電をしているのだ。

 

 レフィトが全力で拒否しなければ、今頃アザレアと一緒にカッツェ家の馬車に乗っていた。

 それも楽しかっただろうけど、レフィトからしか摂取できない栄養というものもある。

 少し拗ねながら「カミレと一緒にいられる時間が減るのに、登下校も別々になるなんて、嫌だなぁ」と言う姿は、めちゃくちゃ可愛かった。

 いつも通り、犬の耳としっぽの幻覚がバッチリ見えて、その可愛さに気が付けば、レフィトと一緒に行くことに決めていたんだよね。

 あの時の私、グッジョブだよ。


 お世話になっている身でわがままなのは分かっている。それでも、慣れない環境というものは緊張するし、消耗もする。

 レフィトとふたりだけの空間に癒されるのだ。

 

「カミレ、疲れてるねぇ」

 

 レフィトの琥珀色の瞳が心配そうに私を覗き込んだ。

 

「お嬢様って、大変なんだね」

 

 まだ始まったばかりなのに、弱音がこぼれた。

 自分の駄目さを理解していたつもりだったけど、あまかったのだ。

 

「無理しなくて、いいんだよ?」

 

 そう言いながら、私の頭をなでてくれる。甘やかしてくれる。

 だから、私はもっと頑張ろうって思える。

 絶対に安心できる場所があるから。レフィトがそばにいてくれるから。

 

「ううん。頑張る。レフィトがね、甘やかしてくれるから、頑張れるんだよ」

 

 琥珀色の目が数回瞬きをしたあと、細まっていく。

 その表情が好きだ。

 この空気を壊したくないな……と思う。でも、聞かないと。

 

「ねぇ、レフィト」

「うん?」

「レフィトの家族について、教えてほしいの」

 

 そう告げた瞬間、レフィトの瞳の中に闇が広がった気がした。

 

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