悪役令嬢にざまぁされないように、勝ってくれたのですか?①
昼休憩が終わるので、レフィトとリカルド王子とは別れ、ネイエ様と席へと戻った。
「アザレアちゃん、まだみたいですね」
「ギリギリまでゼンダ様といたいのよ」
それもそうか……と思いつつ、ちらりとネイエ様を見る。
リカルド王子のお説教されている姿と、雰囲気の変わった時の差が、少し気になっていたのだ。
うーん。聞いてもいいのかな……。駄目なら、ネイエ様なら答えないだろうし……。
「どうかした?」
「あの……、ネイエ様から見たリカルド王子って、どんな方なんですか?」
私の質問にネイエ様は小さく笑みを浮かべ、少し考える様子を見せた。
「クセが強くて、性格に難があるのは確かよ。ただ、私も未だによく分からないのよ」
「え?」
「周りからの評価は、特筆したところのない、空気の読めない第二王子ってところね。空気が読めない……というか、人の心の機微が分からないのは、ご本人も自覚しての通りなんだけど、何て言えばいいのかしらね、時々私の見えていないものが見えているんじゃないかって思うわ」
考えるように、ゆっくりと言葉を選びながら、ネイエ様は続けていく。
「無邪気に話す内容が、その時は本心に見えるのに、あとあと振り返ってみると、本当に本心だったのか分からなくなる時があるのよ。何も考えていないように見えても、次の瞬間にはすべてを把握されている気がすることもあるし……」
何となくだけど、言っていることは分かる気がする。
会っていた時間は短かったけれど、振れ幅が大きかったのだ。
それはレフィトもだけれど、レフィトの場合は感情での振れ幅で、リカルド王子の場合は思考の振れ幅が大きい印象だった。
無意識なのか、それとも意図的に切り替えているのか……。
「疲れるから、あまりお会いしたくないのは確かね。昔は、可愛かったのに……」
溜め息を溢しながらも、冗談めかしてネイエ様は言った。
リカルド様といる時のネイエ様、生き生きしているように見えたんだけどな。
気のせいだったのかな。
「カミレちゃんも気に入られたようだし、これから覚悟した方がいいわよ」
「え? 私、社交界には行きませんし、こういうイベントがない限りはそう会うこともないですよ。ご入学されれば、また別の話になるでしょうけど」
「…………? カミレちゃん、もうすぐ社交界に行くことになるわよ?」
「それって、レフィトの婚約者としてですか?」
「そうでもあるけれど、そうじゃなくて、十二月の建国祭は行くでしょう?」
当たり前のように聞いてくれるけど、ネイエ様と私とでは、参加する建国祭の催しが違う。
私は、お城で主催されるパーティーに行く予定はない。
「街のお祭りの方なら、今年も行こうと思ってますよ。レフィトから、パーティーについての話もありませんし」
「えっ? 学園の生徒は全員──」
『間もなく、午後の試合を開始いたします。ご着席のほど、お願いいたします』
ネイエ様の言葉は、アナウンスで聞き取れなかった。
学園の生徒がどうしたのだろう。
「あの──」
「遅くなりましたわ!」
聞き返そうとしたところへ、アザレアが急ぎ足で帰ってきた。その表情は、どことなく硬い気がする。
「まだ、点呼は取っていないかしら……」
「大丈夫よ。ゆっくり食事はできた?」
「はい。あら、その紙は何ですの?」
アザレアの視線は、レフィトを応援するために作った丸い紙へと注がれている。
実際に使っているのを見た方が分かりやすいよね。
そう思って、手に持って振って見せた。
「応援するために作ったんですよ。本当は、うちわに書きたかったんですけど、学園ではすぐに用意できないみたいで……」
「天才!! 天才ですわ!! 遠くにいながら声を届け、応援し、自身をアピールできる。なんと素晴らしいアイデアなのかしら!! 私も、真似をしてもよろしいかしら!?」
「あ、うん。どうぞ……」
勢いに押されるように頷けば、アザレアは早速メイドさんたちに厚紙やカラーペンを頼んでいた。
お嬢様って、こういうのをやらないイメージだったから少し意外だ。いや、アザレアだからやるのかもしれないけど。
アザレアが作っている間に、午後の試合が始まった。
ゼンダ様の試合は、午後のニ試合目。時間がない。
私とネイエ様も手伝って、三人で必死に作成をしていく。
「前の試合は、まだやってますかしら?」
「もう、終わりそうよ。カミレちゃんの方は、どこまで進んだ?」
「あと少しです!」
何とか間に合いホッとした頃には、ネイエ様との話は、すっかり忘れていた。
アザレアの様子もいつものように戻っている。
「おふたりのおかげで間に合いましたわ。これで応援して、ゼンダ様をビックリさせますわよ!」
アザレアはハートに切った厚紙を振り、これから試合が始まろうとしているゼンダ様の応援を始めた。
それを見たゼンダ様は、ギョッとした表情を見せたあと、少しだけ照れ臭そうにアザレアに小さく手を振った。いつもツンなゼンダ様の、デレた瞬間だった。
「み、見ましたかしら!! か、かっこいいですわ。ゼンダ様、世界一かっこいいですわよ!!!!」
ブンブンと『ゼンダ様 がんばって』『ゼンダ様 大好き♡』と書かれたハートをアザレアは振る。
「ラブラブですね」
「そうね……」
私の言葉に答えたネイエ様は、笑みを浮かべているけれど、アザレアを見る瞳には心配の色が浮かんでいる。
「ネイエ様?」
どうしましたか? と聞く前に、ネイエ様の笑みが深くなった。
どうやら、聞かれたくないことらしい。
「私たちも応援しましょう」
「そう……ですね。お相手は、レオンハルト王子ですか……」
私が王子の名前を言った瞬間、アザレアの表情がまた硬くなった気がした。




