悪役令嬢にざまぁされないように、静かにするのは無理でした②
遅くなりました。
本日の更新分です!!
ざわり……と、空気が揺れた気がした。
私たちの間に流れる空気だけが静かで、他の音は何も聞こえなかった。
琥珀色の瞳が、私を見詰めている。
「我が剣を、カミレに捧げる。生涯の忠誠を。命をもって、忠義を尽くす。たとえ命運尽きようと、汝のために戦うことを誓う」
静かだけれど、凪いだ声が、鼓膜を揺らす。
いつもの可愛いレフィトではなく、かっこいい騎士のレフィトがそこにいた。
スチルみたい……。
風にたなびく少しクセのある柔らかな黒髪が、真剣な琥珀色の瞳が、耳に残る誓いの言葉が、私の胸をドキドキさせている。
まるで、おとぎ話の世界に飛び込んでしまったみたいだ。頭がふわふわして、夢の中にいるみたい。
「カミレ、頷いて?」
恋焦がれるように囁かれた言葉。
その言葉に、自然と頷いた。
かっこよくて、心臓が爆発するんじゃないかってくらい、早鐘を打っている。
「すべての勝利をカミレに捧げるから」
差し出された手に、吸い寄せられるように手を伸ばす。そうすれば、手の甲に唇が落とされた。
上目遣いで見つめられて、また心臓が跳ねる。
上目遣い=可愛いだと思っていたのに、そこにいるのは、かっこいいひとりの男だった。
いつものレフィトとは違う、知らなかった新たな一面。
胸が苦しいほどに、ドキドキして落ち着かない。
「行ってくるね」
そう言って去っていく背中に、言葉をかけることもできず、無言で見送った。
あまりのかっこよさに、胸がいっぱいで何も言えなかった。
何で、頑張っての一言も言えかなかったのだろう……。
試合へと向かっていくレフィトに、可愛く声をかけている令嬢たちを見て、後悔が胸へと広がっていく。
「何も言わなくて、いいんですの?」
「まだ間に合うわよ」
アザレアとネイエ様の言葉に、大きな声を出してもいいのだろうか……と少し躊躇った。
だけど──。
「レフィト、頑張ってね!!!!」
気がついたら、叫んでいた。
私の声に振り向いた琥珀色の瞳は細まり、唇は弧を描く。
その笑みは、可愛いわんこのレフィトじゃない。騎士のレフィトだ。
すでに恋に落ちているのに、またレフィトに恋をした。どんどん好きになっていく。落ちていく。
「舞台のワンシーンのようでしたわ……」
うっとりとしたアザレアの声に、我に返った。
気付けば、周りから注目を集めている。
羨望や嫉妬、様々な視線が私に注がれていて、居心地が悪い。
それでも、堂々と胸を張る。いつまでも視線なんかに負けてちゃいけない。
そんな中、ひときわ強い視線を感じ、そちらを見れば、マリアンが私を見ていた。
のみ込まれそうなほど、マリアンの赤い瞳が怒りで燃えている。
「見ないほうがいいわ」
その言葉にネイエ様の方を見れば、穏やかな笑みを浮かべている。
「レフィト様の試合が始まるわよ。カミレさんが見ていなかったら、レフィト様ががっかりするわ」
そう言うネイエ様の視線は、マリアンに向かっている。
怒りを隠さないマリアンと、微笑みを浮かべるネイエ様。ネイエ様が最強な気がするのは、気のせいかな……。
「始まりますわよ!!」
興奮したようにアザレアは言い、試合開始の合図が鳴った。
レフィトの相手は上級生のようだ。見たことない男子生徒で、体格が良い。肩幅が広く、がっしりしている。強者の雰囲気を醸し出している。
「相手も騎士なのかな?」
「騎士団に行った時は、お見かけしませんでしたけど。何だか、強そうな方ですわね」
アザレアの言葉に頷きつつ、レフィトの試合を見守る。
ほんの少しの間、互いに動かなかったが、対戦相手は大きな声をあげ、木刀を振りかぶった。そのまま、レフィトに向かって走っていく。
そして、ビュオッと音が聞こえそうなほどのスピードで木刀は振り下ろされた。
ヒュッと、私ののどが鳴った。恐怖で思わず閉じた瞼。開けるのが怖い。
レフィトは、無事だろうか。怪我をしたり、してないかな……。
レフィトが強いのは知っている。
だけど、不安で不安で堪らない。
恐る恐る、瞼を開ければ、木刀の先にレフィトはいなかった。
対戦相手の背後に立ち、木刀を相手の喉元に突きつけている。
審判の、レフィトの勝利を告げる言葉が響いた。
あまりにも早くついた勝敗に、会場がざわついている。
「圧勝ね」
「そう……ですね」
ネイエ様の言葉に頷いた。
レフィトは、まったく息を乱していなければ、汗一つかいていない。それなのに、対戦相手はひどく疲弊したように見える。
叫びながらの一振り。そんなに全力をこめたのだろうか。
それとも、レフィトの前に立つという恐怖で疲れたとか? まさか……ね?
最強だと聞いていたし、ログロスをやっつけてくれた時も、レフィトのことを強いと思った。
だけど、体格に恵まれている上級生と戦い、余裕で勝利した姿を見ると、その強さを更に実感する。
こちらを見て、小さく笑みを溢したレフィトが、何だか急に遠い人のように感じてしまう。
けれど、それは駄目だと自分を叱責する。
勝手に遠くに感じているだけなのだ。
どんなに強くても、レフィトはレフィトだ。何かが変わったわけじゃない。
レフィトに向かって手を振れば、へにゃりと笑って、手を振り返してくれた。
そのことにホッとしてしまう。
そんな自分の弱さに、誰にも聞かれないよう、小さくため息を溢した。




