悪役令嬢にざまぁされないように、静かにするのは無理でした①
ネイエ様との密会も終わり、数週間が経った。その間、ものすごく平和だった。
平和だったのは、私の周りだけかもしれないけれど。
レフィトとネイエ様が話し合って決定した『私がお茶会に呼ばれた時、マリアンがあえて何も教えなかった』という噂。それを、学園で流した。
事実を周知させただけの噂なのだが、この噂が私の予想を大きく外れた動きを見せたのだ。
私がクラスメイトの私物を盗もうとした……という冤罪。それは、アザレアが仕向けたとなっていたはずが、アザレアがマリアンに命令されて行ったという内容に変わったのである。
その噂をアザレアは必死に否定しているが、その必死さが逆に怪しまれる原因となった。
マリアンがアザレアに対して、冷たくなったのも、勘ぐられる要因だろう。
「どうして、こんなことになってしまったのかしら……」
深刻な顔でアザレアがため息をこぼした。
アザレアのピンクのドリル巻きも、今日はいつもより元気がないような気がする。
「それだけ恨みをかっていたんでしょう? アザレアちゃんが気にすることはないわよ。アザレアちゃんの人徳の勝利じゃないかしら」
ネイエ様が紅茶のカップを片手に微笑んでいる。
アザレアを褒めているようで、マリアンの人徳がないと言っているように聞こえるのは、気のせいだと思いたい。
そんなネイエ様の言葉の毒にアザレアが気づくわけもなく──。
「マリアン様は素晴らしいお方ですわ。きっとマリアン様に嫉妬した方々の仕業ですわよ」
息を吸うかのごとく、マリアンを擁護した。
けれど、以前と違うのは、表情に陰りがあることだろう。
マリアンを好きだけど、手放しに信じられない……といった感じかな。
そう思いつつ、ティーカップをそっとソーサーへと戻す。
カチャリと鳴らずに戻せたことにホッとし、クッキーへと手を伸ばした。
「カミレさん、食べ過ぎは淑女として感心しませんわよ」
「大きなお口を開けるのも駄目ね」
アザレアとネイエ様に指摘され、開けていた口を慌てて閉じ、小さな口でクッキーをかじる。
淑女として、恥ずかしくないようになりたい。そうふたりに話してから、こうしてチェックをしてくれているのだ。
自分では気がつけないので、本当にありがたい。
「もうそろそろ、始まるわね」
時計に視線を向けたネイエ様に、私とアザレアは頷いた。
今日は、男子生徒による剣術の模擬戦が行われる。
その間、女子生徒はお茶をしながら優雅に見学……ではあるものの、お茶の作法を先生方にチェックされていて、姿勢やお茶の飲み方等を見られている。
令嬢として幼い頃から教育を受けていれば、大して意識しなくても問題はないだろうが、実技に関しては大きく平均を下回る私にとっては、気が抜けない状況なのだ。
レフィトの戦う姿が見られるのは、すごーく楽しみではあるけれど、見惚れている間に減点にならないように気をつけないと。
「あれ? あそこにいるのって……」
女子生徒がいる場所とは別にある家族席。
そこにパンセくんとジャスミンちゃんの姿が見えた。
パンセくんは嬉しそうにマリアンに手を振り、ジャスミンちゃんは悲しそうにその姿を見詰めている。
「パンセくんのお兄様が参加しているから、見学に来たのね。ジャスミンちゃんも、断ればいいものを……」
そう言いながら、ネイエ様は、苛立たしげにパンセくんを見た。
アザレアはそんなネイエ様を見たあと、マリアンに視線を向ける。
「離れてみると見えるものってありますのね。マリアン様は、何をお考えなのかしら……」
その呟きは何だか悲しそうで、私とネイエ様は答えることができなかった。
何となく気まずい雰囲気のまま、模擬戦の一回戦が始まった。
模擬戦は、木刀を使用し、何試合か勝ち残るまでは、四試合が並行して実施される。
勝ち上がりのトーナメント形式で、三学年合同だ。
そのため、一年生は体格的に不利だが、騎士を目指す、あるいは既に騎士として鍛錬に励んでいる者にとって、人生を左右する年に一度のビックイベントとなっている。
「何もなければ、優勝はレフィト様でしょうね。一年の中なら、レオンハルト王子やログロス様、ゼンダ様がある程度は勝ち上がるんじゃないかしら」
「ログロス様って一年だけど、一つ上じゃないですか」
思わずツッコミを入れれば、ネイエ様は楽しそうに瞳を細めた。
「そうね。けれど、一年生だもの」
クスクスと笑いつつ、その視線は初戦で苦戦をしているデフュームへと向かう。
「これから三年間、優勝はレフィト様でしょうから、あの方は、とても悔しがるわね。勝利の女神としてのブローチを受け取るのはカミレさんだもの」
その言葉に、ゲーム内のイベントでも模擬戦があったな……と思い出す。推しだったデフュームとは関係のないイベントだから、すっかり忘れていた。
確か、騎士団長の子息であるレフィト用の個別イベントだったはずだ。
ゲーム内で優勝者は、小さなネイビーブルーの宝石がついたブローチを学園から贈呈され、それを愛する者へと贈っていた。
悪役令嬢版でも同じかは分からないけど、通常版のイベントを使いまわしていたらしいので、似たような内容であった可能性は高い。
このブローチは、学園内で最強の人物に愛されている証として、ちょっとしたステータスになるだろう。
うん。マリアンが欲しがりそうだわ。
えっと……、これはマリアンの恨みを買うことになるのかな?
レフィトが優勝して、私にくれると思っているのは、かなり自惚れな気がしなくもない。
けれど、他の人に渡すとも思えないし、渡さないで欲しいと願ってしまう。
「あら、どうにか勝ったわね」
他人事のようなネイエ様は言った。
一回戦を勝ち上がったデフュームは、まるで優勝したかのように誇らしげにマリアンへとアピールをしている。
そんなデフュームに、マリアンが大きな拍手と笑顔を送っているのが見える。
「あんなに喜んで……。次の対戦相手が誰だか分かってるのかしらね」
「誰なんですか?」
「レフィト様よ。遊ばれて終わるんじゃないかしら」
ネイエ様は、とても楽しそうに言った。
この組のすべての対戦が終われば、次の試合がはじまる。次はレフィトの一回戦だ。
それなのに、なぜかレフィトが私たちの方へと歩いてくる。
「カミレ」
「どうしたの? もう始まるんじゃないの?」
そう聞いたと同時に、レフィトは微笑んだ。
そして、片膝をつき、木刀の先を地に着ける。
まるで、おとぎ話に出てくる騎士の誓いのようなポーズだった。




