悪役令嬢にざまぁされないように、もっと絆を深めましょう①
帰り道、馬車で揺られながら、レフィトを見る。
さっきまで、ネイエ様と一緒になって、悪い顔をしながらイキイキと作戦を立てていたというのに、今は一言も言葉を発することはない。
視線も床に固定されたまま、不自然なくらい私の方を見ようとしない。
「レフィト……」
そっとレフィトの手に触れれば、肩がビクリと反応した。
「ごめ……」
そう言いながら、こちらを見たものの、すぐにさまよわせた視線。それを、逃すものかと、頰を両手で包んで固定する。
それでもなお、琥珀色の瞳が私から逃げようとしている。
「……怖い?」
怯えているように見えて、そう聞けば、レフィトは小さく頷いた。
「…………怖いよ。カミレに嫌われるかもしれないのが、怖い」
弱々しい声。合わない視線。それなのに、貼り付けられた笑み。
こんな時にも、レフィトは笑う。そうするのが当たり前だと言うように。
つらかったり、悲しかったり、苦しかったりする時は、笑わなくていいのに。感情を隠したりしなくていいのに……。
「嫌いになんか、ならないよ。私はね、レフィトが好き。ずっと一緒にいたいと思ってるよ」
なんで、こんなに不安がるのだろう。
私のことを信用できないんだと思っていたけど、本当にそうなのかな? 他の理由があったりするの?
「……うん。ありがとぉ」
そう言って、へにゃりと笑った瞳の奥は、まだゆらゆらと不安が揺れている。
安心したように見える笑みなのに、不安は消えることなく、奥底で燻り続けているのだ。
「私が、ネイエ様のところに行くと思ったの?」
「……分からない。でも、オレといてくれる理由が分からないんだぁ」
まただ。不安を口にしながらも、笑っている。
へらり、へらりと笑う笑顔の仮面。レフィトが自分自身を守るための盾……なのだろうか。
「理由、本当に分からないの?」
レフィトは、こくりと頷いた。
さっき、好きだと、一緒にいたいと、伝えたばかりなのに。伝わっているのに、伝わっていない。
何でだろう。
伝えても、伝えても、私の言葉はレフィトの中には残らない。
その場では喜んでくれるのに、すぐに乾いてしまうのだ。砂漠にジョウロで水をまいているかのように。
まるで、誰かが自分のことを好きになるなんて、一緒にいたいと望んでいるなんて、これっぽっちも思っていないみたいだ。
心の奥に、その感情が根を張っている。
そんな気がしてならない。
一度そう思ってしまえば、こんなにも自信がないところも、いつも私の様子をうかがっているところも、自分の手を汚いというところも、すべてが繋がった気がした。
レフィトは、こんなにも優しくて、気遣いもできて、努力を惜しまなくて、すごく強くて、貴族としても完璧に振る舞えて、最強に可愛いのに。いいところが、いーっぱいあるのに。
自分のことを、自分で認められないんじゃないかな。
私の考え過ぎだったらいいな、と思う。
だけど、不安に揺れる瞳を見ていると、もしかしたら……という考えが頭を離れない。
胸がギュッと詰まって、泣きたくなった。
「レフィトのことが、好きだからだよ」
琥珀色の瞳を見つめて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
すべての不安を取り除くことは、できないかもしれない。
それでも、今この瞬間、少しでもレフィトに安心してもらいたい。
「オレ、何でカミレがオレのことを好きだって言ってくれるのかも、分からないんだぁ」
吐き出された声は、泣いている。それなのに、レフィトはまた笑みを浮かべる。
泣きたくないんじゃなくて、泣き方が……分からないのかもしれない。
「私ね、レフィトの好きなところ、たっくさんあるんだよ……」
前にちょこっとだけ言ったことがあったよね?
ふにゃりと笑うレフィトの、私だけに向けてくれる、心を許してくれてるんだなって表情が好きだって。
好きになったきっかけだって。
他にも、たくさん、たくさん、あるんだよ? 私にとって、レフィトより素敵な人はいないんだよ?
だけど、だけどね、それをレフィト自身が自覚しないと。
今すぐに無理なのは、分かってる。
それでも、少しずつレフィトに自分自身のことを好きになって欲しい。
そう願うのは、私の我が儘なのかもしれないけれど……。
「レフィトはさ、自分の好きなところある?」
「好きなところ……」
「好きってほどじゃなくても、ここは良いところかな? とか、ここは許せるってところでもいいよ?」
けっこうハードルを下げたつもりだけど、どうだろう。
何か、何か一つでもあって欲しい。
「ない……かなぁ?」
「本当に? どんな小さなことでもいいから、何かない?」
しつこい……よね。
だけど、今が大事な気がする。
レフィトがこんなにも弱さを見せてくれることはないから。
このタイミングを逃したら、いけない気がするんだ。
「…………カミレを、……カミレを好きになれたところ。カミレを好きになったところだけは、オレの中で誇れるところ……だよ」
そう言って、へにゃりとレフィトは笑った。
「オレ……、こんなにも誰かを好きになれる日が来るなんて、思ってもみなかったんだぁ」
とても嬉しそうに。
とても幸せそうに。
まるで、キラキラとまぶしい、自分だけの宝物を口にするかのように。
レフィトは笑う。頬を染め、瞳を細め、ほんの少しだけさみしそうに。
ずっと、レフィトには太陽が似合うと思っていた。
ううん。今でも思っている。
だけど、今のレフィトは、あたたかいのに、どこかさみしい夕焼け空のようだ。
ぽたり……と、何かが私の手に落ちた。




