悪役令嬢にざまぁされないように、協力した方がいいですか?⑥
「カミレさんは、卒業されたら、どうする予定なんですか?」
「城勤めができたらと思っていますけど……」
「正気……ですか? 国に勤められるほど優秀でも、城は魑魅魍魎の集まりです。マリアン様と折り合いが悪くては、とてもじゃないですが、勤めることは難しいかと……」
これ、前にレフィトにも言われたなぁ。
ざまぁ回避さえできれば、もう大丈夫だと思うんだけど、考えが甘いのかな。
「うちに是非いらしてください。学園でも、必ず守りますから」
気持ちは有り難いけど、断ろう。お給料は気になるけど、ネイエ様、ちょっと怖いし。
たとえ退職することになったとしても、城勤めを経験していると、次の就職先も好条件で雇ってもらいやすいだろうしね。
「ありがとうございます。お気持ちは嬉し──」
「……さっきも言ったけど、カミレは駄目だから」
レフィトに言葉を被されてしまい、断ろうとした言葉は音にならなかった。
低いトーンの声が、重くなった雰囲気が、この場を支配しようとしている。
「オレのとなりからカミレを奪おうとするなんて、どういうことか分かるよね?」
「……レフィト?」
「おまえひとりの命だけで済むと思ったら、駄目だよ?」
「ちょっ……、レフィト!」
淡々と抑揚のない声が言葉を紡ぐ度、部屋の温度が下がっている気がする。
呼んでいるのに、私の声への反応はない。届かない。
私を抱きしめている腕は変わらず優しいのに、纏う空気がおかしい。顔は見えないけど、いつもの優しい琥珀色の瞳には、きっと闇が広がっている。
どうしてだろう。
どうして、そんなに私が信用できないのかな。
信じてくれるか聞いた時、不安そうだったけど「うん」って言ってくれたのに。
私が、レフィトから離れていくとでも、思っているのだろうか。
決して長い付き合いじゃないけど、信頼関係を築いてきてたと思っていたのは、私だけだったの?
「あら、私を殺すだけじゃなく、何をするつもりなのかしら」
「おまえの大切なもの、すべてを壊すよ。カミレを奪おうなんて、二度と思わないようにね」
レフィトと対峙するネイエ様の顔から表情が消えた。
見たことない鋭い眼差しを、レフィトへと向けている。
戦う気だ……。
このままじゃ駄目だ。止めないと。
けれど、口を開こうとした瞬間、レフィトの大きな手が私の口を塞いだ。
どうして?
疑問と絶望がぐちゃぐちゃになって広がっていく。
それと同時に、イラ立ちも覚えた。
どうして、私の言葉を聞こうともしないの?
それは、ネイエ様に向けるものじゃないでしょ?
不安なら、私に言えばいい。ちゃんと聞くのに。聞かせて欲しいのに。
「それは、私への……カティール家への宣戦布告と思ってもいいのかしら?」
「さぁ? おまえがオレからカミレを奪おうとしなければ、何も起きないよね? 先に喧嘩を売ってきたのは、そっちだよね」
違う。喧嘩なんて、売ってきてない。
レフィトが過剰に反応しているだけだ。
「カミレさんにも、選ぶ権利があると思うわよ」
「余計なお世話だ。オレからカミレを奪うなら、全部壊してやる……」
ピリピリとした空気が痛い。
どうしてレフィトは、こんなにネイエ様を警戒しているの?
言葉で脅して、諦めさせようとするの?
私は、レフィトのそばを離れる気なんてないのに……。
グッとレフィトの腕を下に引けば、思いの外、簡単に外れた。
苦しくないように、押さえてくれていたのだろう。
話は聞かないくせに、変なところで優しい。
「レフィト!」
この場の空気を壊すかのように、少し強めにレフィトを呼べば、ピクリと腕が小さく動いた。
今度は、私の声が届くかもしれない。
いや、届かせてみせる。
「ネイエ様は、私を無理矢理連れて行ったりしないよ?」
抱きしめられている腕の中でもぞもぞと動き、ギュッとレフィトを抱きしめる。
そうすれば、レフィトの腕の力も強くなった。まるで、絶対に離さないと言うかのように。
その背中を優しく撫でる。
怒ってはいる。怒ってはいるけれど『そうしなければいけない』と、なぜか思ったのだ。
「どうして、私が離れていくと思ってるの?」
質問への答えはない。
「ずっと一緒にいるんじゃなかったの?」
何で、何も言ってくれないの?
一緒にいる未来を、レフィトも願っているんでしょ?
口約束だけじゃなくて、私たちの間には、婚約という確かな形があるのに、何が不安で、何に怯えているの?
言ってくれなきゃ、分からないよ。
言葉で聞いたところで百パーセントの理解なんて、絶対にできないのに、聞いても教えてくれないんじゃ、どうしたらいいんだよ。
「私は、レフィトから離れたりしないよ」
信じてもらえないことが、悲しい。
気持ちが伝わっていなかったことが、悔しい。
気持ちを共有してもらえないことが、苦しい。
「何で、一緒にいる未来を信じてくれないのよ!! ネイエ様を脅す前に、まずは私と話すべきなんじゃないの!?」
最後は感情的になってしまった。
勢いに任せて言い切ったあとに、サァーっと血の気が引いていく。
ちらりとネイエ様を見れば、ぽかんと口を開けて、私を見ていた。
や、やってしまった……。
感情は見せるくせに、自分の気持ちをちっとも伝えてくれないレフィトに腹が立ってたとはいえ、強く言い過ぎた。
「……ごめんなさい」
ギューギューに私を抱きしめ、レフィトはとても小さな声で呟いた。
まるで怒られた子どものように、声がしょぼくれている。
「私も、ごめん。言い過ぎた」
さっさとネイエ様の誘いを断っておけば良かったのだ。
不安にさせたのは、私なんだから。
「不安にさせて、ごめんね」
顔は見えないけれど、レフィトが首をふるふると横に振った気配を感じた。




