悪役令嬢にざまぁされたくない令嬢の婚約者は、幸せな庭を作りたい〜レフィトside②〜
名前呼びを回避できたし、迫ってくる勢いも削いだ。
困っている状況は確実に脱したと思うんだけどな……。
次は間違えないように、じっとカミレを見る。失敗して、失望されたくない。
オレのこと、いらないってならないで欲しい。
いらないってされたら、どうしたらいいか分からないから。
そうなった時にオレができるのは、カミレを空っぽの人形にしてそばに置くことくらいだから。
「分かりましたわ! 必ずお役に立って、その時にまたお願いすることにいたしますわ」
そう宣言したアザレア嬢は、カミレの良い下僕……じゃなかった、友だちになってくれそうだ。
本当にアザレア嬢は、カミレの友だちにちょうどいい。
いらなくなったら処分しやすいってところも、ちょうどいいよね。
「うんうん。いい調子だねぇ」
「いや、そうじゃないよね? それだと関係に上下ができるじゃん。私はアザレア様の上に立ちたいわけじゃないんです。ただ、距離の詰め方が急すぎて困っただけで……」
「急でしたか……」
「そうですね。せめて、もう少し親しくなってからだと助かります」
「分かりましたわ。お役に立ってみせますわ」
「だから、そうじゃなくて……」
すっかり困った表情をカミレはしている。
下僕としてそばに置いておけば便利なのに、それをしないカミレはやっぱり優しい。そして、可愛い。
「友だちのために役に立ちたいって思うのは、普通のことなんじゃない?」
「うーん。そうだけど、そうじゃないっていうか……」
「お友だちのためなら、何でも頑張りますわ!!」
首を傾げたカミレと、前のめりのアザレア嬢。
友だちという言葉に違和感を感じてないみたいだ。
アザレア嬢はともかく、カミレは優しすぎる。
アザレア嬢なんか、友だちという言葉で縛って、使い捨ててもかまわないことをカミレにしたのにね。
誰にでも優しいカミレ。オレだけのカミレでいて欲しいのに、自由な彼女が好きだ。
だから、カミレの理想の世界を作るんだ。まずはカミレの友だちを置き、いらないものは処分する。
オレの作りあげた世界……カミレに優しい世界にいれば、カミレはきっと幸せだ。その隣は、もちろんオレで、邪魔するヤツも処分だよね。
「友だちのために頑張りたいアザレア嬢のために、やるべきことを言うから、よーく聞いてねぇ?」
「私たちがかけた冤罪の真実を話すことですわよね。そして、カミレさんの素晴らしさを伝えますわ!!」
両手をグッと握り、アザレア嬢はやる気に満ちている。
そんなアザレア嬢に、何となくだけど、事態を面倒にしてしまう予感がした。念のため、釘を差しておこうか。
「冤罪をとくのはお願いするけど、カミレが優しいとか、そういうのは言わなくていいからねぇ?」
「どうしてですの?」
「アザレア嬢がカミレに丸め込まれたと思われるからかなぁ」
「そんなこと──」
「あるよね?」
強めに言えば、アザレア嬢は小さく頷いた。
思ったよりも自分を分かっているらしい。
「それでゼンダの仕事だけど、冤罪の真偽を聞かれるだろうから、アザレア嬢たちが計画を立てたことだって言って欲しいんだぁ。あと、アザレア嬢の学園内での護衛だねぇ」
「護衛? 必要ありませんわよ」
「いると思うよぉ。裏切るわけだから、恨まれるだろうしねぇ」
「話せば分かってくださいますわ」
「そういう人もいるだろうねぇ。今までのアザレア嬢の友だちがそうだといいね?」
ま、無理だろうけど。
仲間から弾き出される程度で済めば、マシなんじゃないかな。
マリアンも、自分の味方じゃなくなったアザレア嬢を表面的には助けるだろうけど、実際は切り捨てるだろうしね。
馬鹿みたいにマリアンに忠誠を誓っていたアザレア嬢がカミレ側についたと知れたら、周囲はどう思うのかな?
少しずつメッキを剥がしてやろうね。
カミレに嫌がらせをした報いは、きちんと受けさせないと。
急激にするとカミレが嫌がるから、じわじわと真綿で締め付けるように息の根を止めないとね……。
「レフィト、悪い顔してるよ」
「そう? 早く誤解がとけるといいなぁ……って思っただけだよぉ」
そう言ったけれど、カミレは疑っているようだ。
カミレはオレのこと、よく分かっててくれる。
カミレだけが、オレのことを分かってくれる。
カミレの幸せはオレが守るからね。いらないものは処分して、カミレが幸せに暮らせる世界を作るよ。
さて、そろそろ転がしておいたゼンダを解放しようか。
文句を言ってきそうだけど、協力をさせる以上、床に転がして放置ってわけにもいかないしね。
「ゼンダも分かったぁ? ちゃんと、婚約者のこと守るんだよぉ?」
縄をほどけば、ゼンダは自分で噛まされていた布を外す。そして、予想通り、キャンキャンと吠えた。
相変わらず、うるさい。
もう一回、縛ろうかな……。
「アザレア、絶対にこいつの言うこと聞くなよ」
「どうしてですの? 私の護衛なら不要ですから、放っておいてくださいまし」
キッと睨みつけて放ったアザレア嬢の言葉に、ゼンダは怯んだ。
そりゃ、好きな子に不要と言われたら、凹むよなぁ。自業自得だけど。
「馬鹿だな、ゼンダは。お前が何を言ってもアザレア嬢は止まらないよぉ? それだけの関係しか作れなかったお前の落ち度だねぇ」
「ちょっと、レフィト!?」
少し慌てたカミレがオレを止めるけど、もう少しだけ言わせて欲しい。
「大丈夫だよぉ。事実しか言わないからさぁ」
そう、すべてが事実だ。
婚約者という立場にあぐらをかいて、傷つける言葉を投げ続けた。その結果がこれだ。
好きだから……で、何でも許されるわけじゃない。
「婚約者は、お前のものではないんだよぉ。心を持ったひとりの人間に、お前はひどい言葉を投げ続けた。だから、お前はアザレア嬢に受け入れられないし、いらないものとされるんだよぉ」
忘れちゃいけない。これは、オレへの戒めでもある。
カミレをオレの思い通りにしようとしてはいけない。一番近いところにいるのはオレだけだけど、それ以外の許容は必要だ。
カミレに嫌われないためには、好かれる努力が必要なんだ。
特別なんだよ。婚約者はたったひとりなんだ。
何もしなくても、自分を見てくれる。普通に考えたら、あり得ない存在なんだ。
婚約しているから、愛しているからと何をしてもいいわけじゃない。
「まさか、お前の態度で好かれるとでも思ってたのぉ? 滑稽すぎて笑えないねぇ」
本当に馬鹿だ。
どんなに大切にしたって、大切にされないことだってあるのに、ひどいことをしても、そばにいてくれると信じているなんて。




